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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第5集その2『おとこの矜持』

 あくる日、午後の2限目の講義が終わった後で、シーファは管理棟に設置された捜査本部に急いだ。新米の自分が上司二人を待たせるわけにはいかない。時間はまだ16時を少し回ったばかり、約束の時間までにはまだ幾分か余裕がある。真っ先に部屋に到着してこれから始まる捜査の準備をしなければ、そう思って足早にその部屋のドアに取りついた。
 念のためと思ってノックをすると、中から声が聞こえた。
「どうぞ。」
 それはカステルだった。
「失礼します。」
 そういってドアを開けると、捜査本部奥の真ん中に置かれた机に陣取ってカステルが書類の準備をしているのが見えた。
「シーファ君、ずいぶん早いな。」
 手元から視線だけを上にあげて、カステルが声をかけてきた。
「お待たせして申し訳ございません。」
 シーファがそう謝罪を述べると、
「なに、今日、高等部の2年は午前中が試験で、午後の1限で終わりだったというだけのことだ。気にする必要はないよ。」
 カステルはずいぶん早い時間からこの部屋に自分がいる理由をそう説明してくれた。それを聞いて、シーファの肩の力が幾分やわらぐ。

「そんなに緊張しなくていい。君の人となりは知っているつもりだし、私はそのようなことをいちいち気にしないんだ。無理のない範囲でベストを尽くしてくれればそれで構わないよ。」
 そんなシーファの様子を察してか、カステルがそんな言葉をかけてくれた。
「恐縮です。ありがとうございます。」
 再びシーファの肩に力が戻るが、カスレテルは今度は顔を上げて、微笑んで言った。
「それだよ、シーファ君。そんなにかしこまる必要はない。我々は仲間じゃないか。その心がけだけで十分に尊い。だが、時には親睦も必要だ。『アカデミー治安維持部隊』なんて大げさな看板をしょってはいるが、第一に私たちはここの学徒なのだからな。そう気張らなくてよいよ。」
 その笑顔に嘘はないように思えた。シーファはカステルの下で働けることが嬉しく感じられていた。

 そうこうしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「セラか、入ってくれ。」
 カステルが声をかけると、ドアが開いて資料を両手に持ったセラが入室してきた。シーファは敬礼でそれを迎える。カステルはあのように言ったが、『アカデミー治安維持部隊』は、学内で生じる面倒ごとや魔法関連の犯罪事件の調査と解決にあたる独立の警察機関で、時には殺傷力をともなう実力の行使もあり得る権力機関た。そのため、一般的な学園における風紀員会などに比べ、実体的な強権を行使する立場にあった。それ故、組織内の階級と規律は絶対で、年若い学徒といえども、エージェントに選抜された以上はその厳しい環境に置かれることとなっている。ある意味では、カステルのように理解のある人材は比較的珍しいともいえるのだ。

「セラ、それはまたずいぶんな量の資料だな?」
 カステルが声をかけた。
「全部、あの『Our Angel(僕らの天使)』に関するものか?」

「ええ、そうですわ。でも、公開されている情報を印刷しただけのものが殆どですから、実質的に役立ちそうなものはそう沢山ではなくてよ。」
 そういうと、セラはカステルが作業しているのとは違う長机の上に、その資料をどさりと置いた。そして、その中から、数枚の資料を取り出し、その内容を明らかにし始めた。

「『Our Angel』の運営者は『マジカル・エンジェルス・ギーク』という同好会で、資料によると『学内の美しい花を探し出し、それをつぶさに記録することを使命とする』団体であるとのことですわ。責任者は部長のトマス・ブルックリン、副部長はキース・アーセンで、会員は他に3名ほどの小さな集まりですわね。」 
「なるほど。で、顧問はだれだ?」
 そう問うカステルに、
「現在は顧問に就任してくれる教職員を探し求めている最中とのことよ。顧問不在が、部活動から同好会への降格理由とありますわね。」
 セラがそう答えた。

「ほう、きわめて珍妙な活動内容であるにも関わらず、かつては正規の部活動だったのか。それは驚きだな。文字面はともかく活動の内実は要するに学内でアイドル探しなどを私的に行うということだろう?そんなのをよく教授会が許したな?」
 そのカステルの指摘はもっともだった。シーファもそれに頷いている。

「で、その部活動だった時の顧問についての記録はあるのか?」
「ええ、ございましてよ。」
「それは、どなただ?」
「今は亡きかの謎物教授、パンツェ・ロッティ魔法学部長様だったようですわ。」
 やれやれといった調子でセラが言う。パンツェ・ロッティのかつての学内での行状は、特に女学徒達の間にすっかり知れ渡っていたようだ。

「なるほど、あの御仁が顧問を務めておいでだったのなら、さもありなんだな。公開している情報に特段やましいものは今のところ確認されていないが、ふたを開けてみればいろいろ出てくるかもしれん。これは早速あたりを引いたかもしれんな。もちろん、油断と思い込みは禁物なわけであるが…。」
 そういうと、カステルは立ち上がり、書き終えた書類の耳を揃えてわきに置くと、セラが手にする件の資料を手渡すように促した。どうぞと言わんばかりにしてそれを差し出すセラ。カステルは、それに目を通しながら、先ほどのセラの説明をひとつずつ自分の目で確認していった。

 時刻はまもなく16時40分に差し掛かろうとしている。その日は朝から天気がぐずついており、厚い雲に覆われてあたりは急速に暗さを増しつつあった。遠くで雷鳴も聞こえるようだ。重い雲の裏で時々明滅が起こるのがわかる。どうやら夕立になるかもしれない。風が窓に強く打ち付けている。

* * *

「それでは行こうか!」
 時計に目をやってカステルがそう言った。
「セラ、資料を頼む。今日は令状なしだからな。うまく立ち回らんと何も引き出せないで終わってしまいかねん。そのあたりに注意を払ってくれよ。」
 その言葉に、シーファとセラは頷いて答えた。シーファが扉を開け、二人をまず通し、最後に部屋を出て戸を閉じると、カステルがそれを施錠した。

 窓から外を見るといよいよ黒い雲が沸いている。今にも振り出しそうだ。管理棟から部活等までは学舎の回廊をぐるりと回るより、中庭を突っ切ったほうが早い。カステルはどうやらそちらを選択したようだ。階段を降り、開けた場所から中庭に出ると、石畳にぽつぽつと雨染みが見える。まだ直ちに雨粒が肌に触れるという様子ではないが、降り出したのは間違いないようだ。一層暗くなる雲の合間を稲妻の紫が彩っている。

 シーファは全身に、緊張によって力がこもるのを感じていた。足早に進むカステルとセラ。シーファもその後を駆けていく。やがて、雨粒が身体に触れるのが感じられるようになってきた。雷鳴の音も稲光も、先ほどより近づいて来ている。

 植林された木々の枝の下を縫うようにして石畳を進んでいくと、やがて部活等の入り口が三人を迎えてくれた。セラが事前に調べたところによると、『Our Angel』を運営する同好会『マジカル・エンジェルス・ギーク』の部屋はここの3階に位置するそうだ。入り口をくぐると周囲は石造りの壁に囲まれて一気に真っ暗になり、その先に階段が続いている。三人はそこを昇って行った。
 中庭ではまだぽつぽつだった雨は、今では雨音を立てて木々の葉に打ち付けている。光を失いながら騒然とする秋の夕の石造りの階段は実に不気味で、シーファは首筋にぞっとする寒さを感じていた。これから先に待っているのはどのような男たちなのか?同年代の女学徒を花にたとえ、それを美しいままに記録に収めることを「使命」なのだという輩だ。なんともぞっとして仕方がない。「美しい花を手折る」としていないのがせめてもの救いであるように感じられもしたが、昨日のリアンの話を思い出すに、被写体を記録に収める際に、その男どもは、写される側の都合や許可ということについて全く無頓着であるようだ。きっと、どうせロクな連中ではないのであろう。怒りと恐怖、それに不信感が綯交ぜになったような穏やかならざる感情が胸の内に沸き起こるのを感じながら、シーファは階段を駆け上っていった。

* * *

「ここの廊下の奥から3番目の部屋ですわ。」
 階段を登り切って廊下に出たセラが、その方向を指さしながら言った。
「では、シーファ君に露払いを頼もう。先ほども言ったがいきなり刺激してはいかんぞ。今日は肝心のものがないからな。」
 カステルがシーファに、先に先方と話を付けるようにと言ってきた。

「あら、あなたが行くのではなくて?」
 セラがそう訊くと、
「だって、やつらが求めているのは学内に咲く美しい花なのだろう?なら花は新鮮な方がよいに決まっている。ならば、ここはシーファ君が適任だと思わないかね?」
 カステルは少し意地悪っぽい調子でそう応えた。
「まあ、花は新鮮な方がよいだなんて、ずいぶんな物言いですこと。あなたの感性は、意外と彼らに近いのでないかと思えてしまいますわ?」

「ふふ、咲き誇る花には、ほどけたばかりのつぼみにはない魅力があるとでも言いたげだな、セラ。」
「知りませんわ。」
 二人の上司がそんなことをやりあっているとき、
「かしこまりました。細心の注意を払って任務にあたります。」
 とシーファの凛とした声がそこにかぶさった。

「御覧なさい。あまり若い子を困らせるものではありませんわ。」
「いや、シーファ君に露払いを頼みたいというのは冗談ではない。では、改めて、シーファ君よろしく。」
「了解です。」

 そう言うとシーファは『マジカル・エンジェルス・ギーク』が活動しているらしい部屋のドアをノックした。

「はい、開いています。どうぞ。」
 少し野太い、くぐもった声が中から聞こえてきた。
「失礼します。」
 そう言って扉を開けると、目を疑う光景が飛び込んできた。先ほどセラから聞いた彼らの活動内容と、『Our Angel』で公開されている情報に予め触れていたことから、ある程度どのような様子であるが察しはついていたつもりではあったが、その実情はシーファの予想の遥か斜め上をいくものであった。

 その部屋中には大きく引き伸ばされた女学徒の魔術記録の印刷物が所狭しと貼られており、シーファがドアを開けたのに応じて姿を現した男は、眼鏡をかけた小太りの学徒で、前を外した上着の下に、女学徒の魔術記録をでかでかとプリントしたシャツを身にまとっていた。シーファは目尻と頬がひきつるのを感じながらも、懸命に冷静を装いながら、目の前のその男と対峙している。

シーファの来訪に応じて姿を現した青年。

「あの…。」
 シーファがそう言いかけると、男に遮られた。
「もしかすると、入部希望の方ですか?女学徒の入部希望なんてこんな嬉しいことはない。よく来てくれました。」
 そう言うなり彼はシーファの手を両手でとって上下に振った。その手は厚く、少々汗ばんでいて、シーファは背筋に何かが這い登るような嫌な感覚を覚えつつ、なおも冷静の維持に努めていた。

「いえ、そうでは…。」
 ようよう言葉を紡ごうとすると、男はまたすぐにそれを遮って、
「では、ご見学で!それでも十分です。さあ、どうぞ。どうぞ。」
 そう言って、部屋を案内しようとした。なぜこの男は突然の来訪者に対し、こうも好意的なのか。そういえばいつもと違って今日は『アカデミー治安維持部隊』の制服でなく、ウィザード科の制服を着ている。同行している上司二人も同じだ。昨日別れ際に、「制服は着替えなくてよい」とカステルが言っていたのはこれを狙ってのことだったのであろうか?始めシーファは『アカデミー治安維持部隊』のエージェントとして公務執行的な態度に出るつもりであったが、融和的やんわりと情報を聞き出すことに狙いがあるのだとすれば、身分をあえて明かさない方がよいのかもしれない。カステルの方を見やると、彼女はシーファの気づきを悟ってのことか、大きく頷いた。

「魔術記録に関心がありまして。友人がその分野に強いものですから…。それで、魔術記録に関する同好会としてはまずここを訪ねるべきと聞きまして、それで先輩方と一緒にやってきました。」
 シーファは居住まいを正してそう取り繕った。

「それは素晴らしい!」
 出迎えてくれた男はいよいよ目を輝かせている。心なしか鼻息も荒い。
「僕は、ここの責任者をしているトマス・ブルックリンと言います。ようこそ、我らが『マジカル・エンジェルス・ギーク』へ。歓迎します。」

「ありがとうございます。私はシーファ、中等部の2年です。」
「そうですか。中等部の!それはそれは。僕は高等部の3年です。その年齢から魔術記録の腕を磨けば、将来が楽しみです。それにあなたのように美しい方なら、『Our Angel』の表紙を飾ってもらうことだってできる!今日はなんていい日なんだ!」
 よほど、普段は女学徒の来訪がないのだろう、トマスは悦に入ってしまっている。
「それで、中等部の2年生ですよね。あなたのお友達というのは?」
 トマスが、シーファに訊ねた。それを聞いて、はっと手掛かりに思い当たるシーファ。それを待っていたかのように、セラが『Our Angel』の表紙を印刷した紙をシーファに渡す。

「これを見てください。この子が私の友達なんです。お知り合いですか?」
 シーファはそこに印刷されているリアンの魔術記録をトマスに指示した。
「なんと!あなたはリアンさんのお友達でしたか!!それは実に素晴らしい。今日は本当にどうしたんだ!彼女は、今年の中等部2年のなかでも飛びぬけて美しい花です。あの陽の光に輝やくシルクのような銀髪、湖のように青く透き通るあの瞳、もう思い描いただけで脳裏にその可憐な姿が浮かびます。脳裏の映像を記録する魔法があればと思うほどです。まったく素晴らしい逸材ですよ彼女は!!」

 友人をそのように言われるのは悪い気はしないが、しかし彼女を称えるその眼鏡の奥の瞳が、本当は何をのぞき見ようとしているのか分かったものではない。懸命に作り笑うその表の表情とは裏腹に、シーファの拳は固く握りしめられていた。

* * *

「ところでだ。」
 ふいに後ろで部屋を見回っていたカステルが声を発した。
「シーファ君のご友人の魔術記録、実に見事な瞬間が切り取られている。先ほど、あー、ブルックマンと言ったかな、君が詩的に表現してみせたその女学徒の立ち振る舞いの流麗さを現実から切り抜いたようじゃないか。実に見事なお手並みだよ。」
「僕の魔術記録をそんな風にほめてもらえるなんて、しかも女性に理解してもらえるとは、こんなに嬉しいことはない。本当に今日は天上の到来日なのかもしれないな。」
 トマスはますます自分に陶酔しているようであった。

「それで、ひとつ訊ねたいのだが、この写真の中の可憐な妖精は君の知り合いなのかね、ブルックマン?」
 興味関心を装いながら、眼光を鋭くしてカステルが訊いた。しかし幻惑にからめとられているトマスがその瞳の色に気付くことはなかったようだ。嬉し気にその思いを語る。

「そうであったら、どれほど素晴らしいでしょう。あの白銀の麗しい髪と、青く透き通る瞳と知り合いなのだとしたら。しかし残念ながら、彼女は現世に存在しながらも、魔術記録の中でしかとらえることのできない、手の届かぬ天使なのです。ああ、あの美しい姿を思うだけで、心に熱いものがこみ上げてきます。」
 その詩とも妄言ともつかないひとり語りを聞きながら、シーファの心中には俄かに言葉にならない不穏が渦巻いていたが、表情だけはなお笑みを保っていた。

「ふむ。そうか。手の届かない至上の存在であるからこそ、直接触れるのではなく、魔術記録の中に大切に仕舞うように留めおくと、そういったところなのだろうか、ブルックマン?」
「ええ、その通りです。あなたとは実に話が合いそうだ。ただ、僕はブルックマンではなく、ブルックリンです。悪しからず。」
 相変わらず、トマスの言葉には酔いしれた響きが隠れていない。

「そうか。それは失礼したブルックマン。それで、私が思うに、男と女が花として実を付けるとするならば、そこに現れるのは君が謳ったような髪の毛やや瞳の美しさだけでなく、もっとこう核心に近い、そう、いわば美の究極の神秘の極致のようなものがあろうと思うのだが、君たちはそういう瞬間を魔術記録に収めたりはしないのかね?あるいはそういう欲求を抱くことはないのだろうか?」
 カステルは、トマスの嗜好に理解を示すように、その関心の奥底に眠る黒い願望をかき出すようにして質問を続けた。シーファとセラにも俄かに緊張が走る。しかし、トマスだけは顔色一つ変えずに、その問いに答えようとして、口を開きかけた。

 その時だった。
「馬鹿にしないでくれ!!」
 その部屋の隅で彼女の達に背を向けたままずっと何事か作業をしていた一人の男が声を発した。振り返ると、トマスとは対照的に小柄でやせ型の、やはり同じように眼鏡をかけた男子学徒が席を立ってこちらに向かって歩いてくる。

突如声を上げた男子学徒。

「トマス、こんなやつに先生の理念がわかるはずがない。調子に乗ってないで頭を冷やし、言葉を選べ。」
「キース…。」
 その者に促されて、トマスの興奮は一気に醒めたようだった。

「君は?」
「俺はキース、キース・アーセン。高等部の1年だ。このいけ好かないセラ・ワイズマンめ。お前が『アカデミー治安維持部隊』の高等エージェントなのは知っているんだ。何を探りに来た!」
 キースと名乗った学徒は語気を強めた。

「まぁ、こんなところで、見知った顔に会うとは思いませんでしたわ。二枚目で評判のあなたにこんな趣味があったというのも驚きですよ。そういえば眼鏡も初めてですわね。」
 応じたのはセラだった。先ほどまで奇妙な連帯と融和を奏でていた空気は一気にその色を変えた。

 外では、間近で雷鳴がとどろいており、まばゆい稲妻がせわしなくほとばしっている。雨は中庭の木々や窓を激しく打ち付け、ずいぶんな喧騒であった。

「相変わらずお高くとまった物言いだな、ワイズマン。」
「あら、私はいつでも同じでしてよ。あなたのようなカメレオンではございませんので。」
 挑発するように言うセラ。キースの目元が吊り上がるのがわかる。

「大方、俺たちが盗撮をしていると難癖をつけ、最近学内を騒がせている下着泥棒と関係があるとでも言いたいのだろうな!だが…。」
 その時、シーファがキースの言葉遮って言った。
「でも、盗撮は本当じゃあありませんか?それだけでも十分に風紀を乱す行為だと言えます。しかもこの部屋の中、こんなにたくさんの盗撮魔術記録を並べ立てて、いったい何のつもりなのですか?」

「お前たちにはわかるまいよ。男と言えば下世話で下劣な好事家だとしか思っていないだろう。しかしな、全ての男がそんな救いようのない輩というわけではないんだ。」
 キースはシーファに毅然と言い放った。

「ほう、それはどういう意味だね。実に興味がある。先を聞かせてくれたまえ。」
 カステルがそれに応じた。

「トマスは本当に純真なやつなんだ。俺たちだってそうだ。トマスも俺たちも、女学徒が好きなのは否定しない。彼女たちを美しい偶像として崇めていることも確かだ。でもな、俺たちは彼女たちが傷つくことを望まないし、彼女たちを不幸にしたいわけでもない。美しいものをただ美しいままに称えたいというそれだけのことだ。まあ、そう言ってもお前らにはわからないだろうがな!」

「それなら、あの魔術式電算装置を預かっても構いませんか?」
 そう切り出したのはシーファだ。両者の間の緊張が一気に高まっていく。

「いいよ…。」
 そう言いかけるトマスを押しのけるように、
「そこまで言うなら令状はあるのか?」
 キースが問いただす。

「いや、今日はそういう目的で来たわけではない。君たちの話をただ聞かせてもらいたかっただけだ。従って、あれを差し出してもらう必要はない。」
 カステルが彼に応えた。

「トマス、お前は先生のご遺志を継いでいるんだろう?こんな権力の犬に尻尾を振るな!あれを見たところでこいつらに俺たちが大切に思っているものの意味がわかるものか!」
「でも、キース。ここで彼女たちの要求を拒んだら、ますます僕らが疑われることにならないか?僕たちにやましいところはないんだから、調べたいというのなら調べてもらえばいいんだよ。」
 表情を険しくするばかりのキースをトマスがそうなだめる。

「甘いんだよお前は!こういう輩はこちらが下でに出ると権力を振りかざして何でも思い通りにできると思い上がっているんだ。いいか!あの中を調べたければ、令状を持ってこい。そうでない限り今後任意の取り調べにも応じるつもりはないからな。わかったらさっさと出ていけ!」
 キースの剣幕はずいぶんなものだった。

「いや、今日のところはこちらの失礼を詫びるよ。君たちの矜持を傷つけるつもりはなかったんだ。これ以上の捜査が必要な時には、君の言う通り令状を持参しよう。誠に失礼した。ただ、盗撮だけは感心できん。できれば今後は被写体の許可を得てから撮影を行うようにしてくれたまえ。もし、被写体から被害届が出されたときには、残念だがもう一度ここを訪れねばならんことになるのでな。」
 そう言うと、カステルはシーファとセラの二人を先に部屋から出し、トマスとキースの二人にお辞儀をしてそこを後にした。

 雷鳴と雨音が止むことを知らない。これではさすがに中庭を近道とすることはできまい。仕方なく三人は回廊を大回りして捜査本部へと帰着した。

 秋の夕日は黒く厚い雲の奥で、どこにあるのかもわからず、どうやらすでに沈みかけているようで、あたりは暗くなるばかりだった。稲妻の明滅が、ときどきあたりを詳細を鮮明に映し出す。

* * *

「二人ともご苦労だった。とりあえず、もう少しだけ今日のおさらいをしよう。」
 そう言って、カステルは捜査本部室の部屋を開錠した。彼女に続いて二人も室内に入り、めいめいの席に着く。

「で、どう思う。まずは所感を聞かせてくれ。」
 カステルが訊いた。
「まぁ、黒だと思っていいのだと思いますわ。トマスはともかく、キースのあの拒みようはやましいところがあるからとしか思えませんもの。」
 セラがそう答える。
「しかし、責任者のトマスは魔術式電算装置の引き渡しに同意した。もしあのまま我々が強行していれば、調べること自体はできただろう。あれを見られてよいということは、トマスの言うことが真実であると考えることもできないわけではない。感心できる話ではないが、下着泥棒とは無関係かもしれん。」
「それは一理ありますけど…。でも、あの話の流れから、これ以上我々が要求を強めることはないと踏んでのカマかけかもしれませんわ。油断はできませんわよ。」
「私もセラ警部補に同意します。結局は令状を盾に調査を拒んだというのが事実です。あれにはきっと見られると不都合なものが保存されているのだと思います。現状で令状は申請できないでしょうか?」
 シーファが訊ねた。

「どうだろうな。できない相談でもないような気がするが、彼らを泳がせてみるのも一考ではあるまいか?もし彼らが本当に事件と何らかの関わりがあって、その上で、我々の調査が及んびつつあることを知った以上は、きっと事を急ぐのではなかろうかと思うのだ。あれを調べてブツが出てきたとしても、それは、彼らが破廉恥な盗撮をしていることの証拠にしかならない。下着泥棒については、知らぬ存ぜぬを突き通されればそこで手詰まりになる。もちろん盗撮の件で引っ張ってから取り調べていくという方法もないではないが、もう少しスマートに行きたいところだ。とにかく、これから彼らを監視し、動きがあれば現行犯で抑えることにしよう。それが盗撮のであれば仕方がない。それに乗じて取り調べを進めることにしよう。」
 どうやらカステルの方針は決まったようだ。

「私は、今日の動きをレイ警視監に伝える報告書を書くためにここに残るが、君たちはもう帰寮してよいぞ。」
 カステルのその言葉を受けて、二人が荷物をまとめようとしてたその時だった。カステルが言葉を続けた。

「しかし、彼らの目的は美しい花の記録なのだろう。なら、なぜあそこにセラや私の魔術記録がないのだろう。不自然ではないか?」
 ふとそんな問いを発した。
「まあ、あなたはまたずいぶんと自信家なのね。自分が美しい花だとでもおっしゃりたいのかしら?」
 セラがあきれたように言う。
「いや、まあそれもあるのだが…。」
「ございますの!?」
「君たちも気づいたであろう。魔術記録のほとんどは中等部の学徒をとらえたものだった。また、下着泥棒の被害者も今のところ中等部が中心だ。あとは高等部が少しだな。被害者の年齢層に若干のずれはあるが、概ねティーンエイジャーが対象であり、その多くはローティーンときている。この不思議な点を放っておいてよいものか気になっている。」
 カステルは、視線を虚空に送り考え込むようにして言った。

「ただの変質的な少女趣味じゃございませんの?けがらわしいことですわ。」
 セラは辟易といった口調だ。
「かつて、件のパンツェ・ロッティ教授が『魔法社会における人権向上委員会』から糾弾されたことがある。内容は、そのものずばり破廉恥行為としてだ。具体的には学徒に対する盗撮の疑惑。」
「存じ上げていますわ。」
「その時の被害者の年齢層と今回の被害者の年齢層はほぼ一致する。つまり、一部高等部生を含む、多くの中等部生だ。そして教授は、当時から彼らの顧問であった。これは偶然の一致というには関係が深すぎるように思うえまいか?」
「その通りですわね。それで、彼らを適度に加圧しつつ、尻尾を出すのを待つと、そうおっしゃりたいのね?」
「理解が早くて助かる。さすがは私の助手だな。」
「お褒めいただいても何も出ませんでしてよ。」 
 そんな二人のやり取りをシーファは羨望のまなざしで見つめていた。ユーモラスでありながらもきわめて思慮深く視野の広いカステル、その彼女の意をよく酌んで、寸分の隙なくその求めを理解し応えるセラ、自分もいつかそのように洗練されたエージェントになれるのだろうか?シーファは二人の上司を前にして、そんなことを考えていた。

 雨音が小さくなり、雷鳴もずいぶんと遠くで名残を響かせている。あたりは本当に真っ暗で、雨をさらう風が不気味に感じられた。しかし、どうやら夕立の喧騒は去ったようだ。

「それでは、私たちはこれで失礼しましてよ。」
「今日はありがとうございました。」
 セラとシーファがそう挨拶すると、カステルはうつむいて書類を記入しながら、ペンを持った方の手を振ってそれに応えた。

 『マジカル・エンジェルス・ギーク』とパンツェ・ロッティ。そこに連なる、マークとキース。彼らが果たして問題の下着泥棒なのか。それとも彼らは純粋に美を称え記録するという矜持を持ったおとこ達であるのか?三人は今、その試金石を探し求めていた。

to be continued.

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第5集その2『おとこの矜持』完


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