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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 付録 その3『年末の怪異』

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〜9月30日 23:30

 付録は『AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録』の世界観とキャラクターを引き継いだスピンオフ作品群です。本編と一定の関連性を有している、あるいは同一時間軸上にある場合もありますが、基本的に、新エピソードというわけではなく、補完的・補充的なサイドストーリーです。わけあって、付録シリーズは有償公開となります。予めご了承ください。なお、本編への加筆修正や直接の続編につきましては、従来通り無償公開いたします。

 東の異国の温泉宿に到着したその翌日は、いよいよ年末の押し迫った12月30日であった。少女たちは朝から湯と料理を存分に楽しんでいる。あたりはすっかり雪に覆われている上に、宿より奥は深い山間(やまあい)で、宿の外に出てできることというのもこれといってなかった。
 そんな状況で、昼からここちよい温泉につかり、美食を貪るというのはこの上ない至福である。先の大混乱と過酷な日々をそれぞれにおかれた場において懸命に生き延びてきた彼女たちへの御褒美ということなのであろう。豪奢(ごうしゃ)な時間が穏やかに過ぎていった。

 今日は、東国の湯場での代表的な衣装である浴衣をまとって、雪山の景色を楽しんでいる。シーファは、自慢のブロンドをアイラと同じ一つ結びにして、一緒に並び腰かけては、足湯に興じていた。今日も宿が供してくれた、しょうがの効いたあのあたたかい甘酒をアイラと一緒に酌み交わしている。

足湯に興じるシーファとアイラ。

 リアンたちもまた同様で、折角だから東国の風情を思い切り楽しもうと、シーファたち同様浴衣に着替え、ゆっくりと足湯を堪能していた。お昼までにはまだいくばくか時間がある。とくにこれといって何かするでもなく、気の置けない安心のできる相手と一緒に、ただひたすらに、与えられた時間を流れるままに任せていた。

同じく足湯を楽しむリアンとカレン。

 しょうがの辛みが少々苦手だったリアンは、緑茶をたしなんでいる。一方のカレンは、甘酒の風味を鼻腔の奥に送っていた。言葉を交わさないことが、お互いの間に万感の思いを伝えあう、そんなひと時である。

 やがて昼に至ると、昨晩同様、若女将を先頭に女給たちが大勢やってきて豪勢極まる食事を用意して行ってくれた。食べる時間に制限がないのも同じで、とにかく湯と食事を楽しめばよい、ただそういうことになっていた。昼は、山菜を中心とする豊富な山の幸であふれていて、海の幸に彩られていた昨夜とは少々趣を異にしている。

さまざまの山の幸を取りそろえた豪勢な昼食。昨晩からずっと食べ続けである。

「すごいのですよ!」
「美味しそうですね。」
 リアンとカレンがその美食の群れに目を輝かせる。
「でも気を付けないと年明けはこの辺りが大変なことになりそうね。」
 そう言って、シーファは浴衣の上から脇腹をつまんで見せた。その仕草をまねながらアイラが、全く同意、といったような表情を浮かべている。

「まあ、4、5日のことだから大丈夫なのです。」
「そうですね。また、しっかり教練に励むことにしましょう。」

「その油断が、一番まずいのかもよ。」
「そうですね。ここにいる間、身体を動かす機会はまずないでしょうから。」
 少し意地悪な感じで言うシーファとアイラをよそ眼に、リアンとカレンはすっかり眼前の料理の虜になっていた。

 山鳥の鍋料理から、牛肉料理、各種のジビエまで、実に色とりどりの食材が揃えられており、いったいどれから手を付けるべきか、目が回りそうであった。また、肉類だけでなく、山菜の類もどれもおいしそうで、少女たちの胃の腑だけでなく、目をも大いに楽しませてくれたようだ。

 とりあえず、鍋ものと、痛んではいけない食材だけを先に存分に味わって、その他の料理については、夕方までにゆっくりと賞味することにした。

 冬の陽は、やや気ぜわしく天空を駆けていき、瞬く間にその光を白から橙へ、そして茜色へと変えていった。湯と食事の間を行き来している間に、あっという間にあたりは夕焼けに包まれることとなった。さすがに飽食続きなので、その夜は、あっさりと茶漬けを注文することにし、それと昼の残りで済ませようということで話が決まったようだ。

飽食続きだったのでと選択した茶漬けの膳。しかしなかなかのボリュームである。

 少女たちの前に、茶漬けの椀が並べられる頃にはすっかり冬の陽は落ちてしまっていた。大窓を開けたままでは吹き込む風が寒いので、アイラがそれを閉める。次第に部屋の中が暖かくなるが、それでも、障子とよばれる薄紙の張られた戸で隔てただけでは、外の音は風音も含めて実によく聞こえ、流れる温泉の湯のせせらぎとともとに、冬の宵の風情を存分に室内にもたらしてくれていた。

* * *

 少女たちが宿泊している離れの部屋は、母屋からずいぶん距離のある場所で、あたりには温泉と山肌しかないこともあって、周囲の音が特別よく聞こえた。それくらいに静かな場所だったのである。ゆっくりと茶漬けをすすっていると、ふと、どこかから、彼女たちと同じくらいの年齢と思われる少女と思わしきものの泣き声が聞こえてくるような気がした。最初は、外で風が鳴いているのであろうと思い、大して気にするでもなかったが、耳を澄ますとそれは間違いなく、すすり泣く人の声で、時々その声に交じって諭すような、言い聞かせるような声が聞こえてくる。

 不思議に思ったアイラが大窓を開けると、それが空耳ではないことが明らかになった。

「これ、誰かが泣いている声ですよね?」
 アイラが言う。
「やっぱり、みんなにも聞こえてたのね。さっきからずっと気になっていたのよ。」
 そう応じるシーファに、みなも頷いて応えた。
「いったい何でしょうね?」
「気になるですよ。」
 そういうと、リアンは、部屋に備え付けらえた魔術式の通信装置で、宿の本館と連絡を取り始めた。

 しばらくして、女給が部屋を訪ねて来る。

「あの、先ほどから、しきりに誰かの泣き声が聞こえてくるのですが、この宿で何かあったのですか?」
 アイラが女給に聞いた。
「申し訳ないことです。声が漏れないように気を付けていたのですが、この離れは周りが特別静かですので、どうしてもここにだけは聞こえてしまうようでして。もしご迷惑であれば鎧戸をお閉めいたします。」
 女給はそう言って頭を下げる。
「聞いていると、泣き声はひとりではないようです。こんな華やかな宿で若い女性の泣き声が止まないというのも気になります。」
「ごもっともなことです。本当に申し訳のないことでございます。」
 アイラの言葉に、女給は平謝りを続けるばかりだ。

「あの、もし差し支えなければ事情を聞かせてもらえませんか?」
 そう言ってシーファが身を乗り出した。リアンとカレンもそれに同調するそぶりを見せる。

「はい、でもこれは、その、この村の代々の習わしに関することでして…。」
 女給は言葉を詰まらせた。

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9月18日 01:30 〜 9月30日 23:30

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