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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 付録 その3『年末の怪異』

 付録は『AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録』の世界観とキャラクターを引き継いだスピンオフ作品群です。本編と一定の関連性を有している、あるいは同一時間軸上にある場合もありますが、基本的に、新エピソードというわけではなく、補完的・補充的なサイドストーリーです。わけあって、付録シリーズは有償公開となります。予めご了承ください。なお、本編への加筆修正や直接の続編につきましては、従来通り無償公開いたします。

 東の異国の温泉宿に到着したその翌日は、いよいよ年末の押し迫った12月30日であった。少女たちは朝から湯と料理を存分に楽しんでいる。あたりはすっかり雪に覆われている上に、宿より奥は深い山間(やまあい)で、宿の外に出てできることというのもこれといってなかった。
 そんな状況で、昼からここちよい温泉につかり、美食を貪るというのはこの上ない至福である。先の大混乱と過酷な日々をそれぞれにおかれた場において懸命に生き延びてきた彼女たちへの御褒美ということなのであろう。豪奢(ごうしゃ)な時間が穏やかに過ぎていった。

 今日は、東国の湯場での代表的な衣装である浴衣をまとって、雪山の景色を楽しんでいる。シーファは、自慢のブロンドをアイラと同じ一つ結びにして、一緒に並び腰かけては、足湯に興じていた。今日も宿が供してくれた、しょうがの効いたあのあたたかい甘酒をアイラと一緒に酌み交わしている。

足湯に興じるシーファとアイラ。

 リアンたちもまた同様で、折角だから東国の風情を思い切り楽しもうと、シーファたち同様浴衣に着替え、ゆっくりと足湯を堪能していた。お昼までにはまだいくばくか時間がある。とくにこれといって何かするでもなく、気の置けない安心のできる相手と一緒に、ただひたすらに、与えられた時間を流れるままに任せていた。

同じく足湯を楽しむリアンとカレン。

 しょうがの辛みが少々苦手だったリアンは、緑茶をたしなんでいる。一方のカレンは、甘酒の風味を鼻腔の奥に送っていた。言葉を交わさないことが、お互いの間に万感の思いを伝えあう、そんなひと時である。

 やがて昼に至ると、昨晩同様、若女将を先頭に女給たちが大勢やってきて豪勢極まる食事を用意して行ってくれた。食べる時間に制限がないのも同じで、とにかく湯と食事を楽しめばよい、ただそういうことになっていた。昼は、山菜を中心とする豊富な山の幸であふれていて、海の幸に彩られていた昨夜とは少々趣を異にしている。

さまざまの山の幸を取りそろえた豪勢な昼食。昨晩からずっと食べ続けである。

「すごいのですよ!」
「美味しそうですね。」
 リアンとカレンがその美食の群れに目を輝かせる。
「でも気を付けないと年明けはこの辺りが大変なことになりそうね。」
 そう言って、シーファは浴衣の上から脇腹をつまんで見せた。その仕草をまねながらアイラが、全く同意、といったような表情を浮かべている。

「まあ、4、5日のことだから大丈夫なのです。」
「そうですね。また、しっかり教練に励むことにしましょう。」

「その油断が、一番まずいのかもよ。」
「そうですね。ここにいる間、身体を動かす機会はまずないでしょうから。」
 少し意地悪な感じで言うシーファとアイラをよそ眼に、リアンとカレンはすっかり眼前の料理の虜になっていた。

 山鳥の鍋料理から、牛肉料理、各種のジビエまで、実に色とりどりの食材が揃えられており、いったいどれから手を付けるべきか、目が回りそうであった。また、肉類だけでなく、山菜の類もどれもおいしそうで、少女たちの胃の腑だけでなく、目をも大いに楽しませてくれたようだ。

 とりあえず、鍋ものと、痛んではいけない食材だけを先に存分に味わって、その他の料理については、夕方までにゆっくりと賞味することにした。

 冬の陽は、やや気ぜわしく天空を駆けていき、瞬く間にその光を白から橙へ、そして茜色へと変えていった。湯と食事の間を行き来している間に、あっという間にあたりは夕焼けに包まれることとなった。さすがに飽食続きなので、その夜は、あっさりと茶漬けを注文することにし、それと昼の残りで済ませようということで話が決まったようだ。

飽食続きだったのでと選択した茶漬けの膳。しかしなかなかのボリュームである。

 少女たちの前に、茶漬けの椀が並べられる頃にはすっかり冬の陽は落ちてしまっていた。大窓を開けたままでは吹き込む風が寒いので、アイラがそれを閉める。次第に部屋の中が暖かくなるが、それでも、障子とよばれる薄紙の張られた戸で隔てただけでは、外の音は風音も含めて実によく聞こえ、流れる温泉の湯のせせらぎとともとに、冬の宵の風情を存分に室内にもたらしてくれていた。

* * *

 少女たちが宿泊している離れの部屋は、母屋からずいぶん距離のある場所で、あたりには温泉と山肌しかないこともあって、周囲の音が特別よく聞こえた。それくらいに静かな場所だったのである。ゆっくりと茶漬けをすすっていると、ふと、どこかから、彼女たちと同じくらいの年齢と思われる少女と思わしきものの泣き声が聞こえてくるような気がした。最初は、外で風が鳴いているのであろうと思い、大して気にするでもなかったが、耳を澄ますとそれは間違いなく、すすり泣く人の声で、時々その声に交じって諭すような、言い聞かせるような声が聞こえてくる。

 不思議に思ったアイラが大窓を開けると、それが空耳ではないことが明らかになった。

「これ、誰かが泣いている声ですよね?」
 アイラが言う。
「やっぱり、みんなにも聞こえてたのね。さっきからずっと気になっていたのよ。」
 そう応じるシーファに、みなも頷いて応えた。
「いったい何でしょうね?」
「気になるですよ。」
 そういうと、リアンは、部屋に備え付けらえた魔術式の通信装置で、宿の本館と連絡を取り始めた。

 しばらくして、女給が部屋を訪ねて来る。

「あの、先ほどから、しきりに誰かの泣き声が聞こえてくるのですが、この宿で何かあったのですか?」
 アイラが女給に聞いた。
「申し訳ないことです。声が漏れないように気を付けていたのですが、この離れは周りが特別静かですので、どうしてもここにだけは聞こえてしまうようでして。もしご迷惑であれば鎧戸をお閉めいたします。」
 女給はそう言って頭を下げる。
「聞いていると、泣き声はひとりではないようです。こんな華やかな宿で若い女性の泣き声が止まないというのも気になります。」
「ごもっともなことです。本当に申し訳のないことでございます。」
 アイラの言葉に、女給は平謝りを続けるばかりだ。

「あの、もし差し支えなければ事情を聞かせてもらえませんか?」
 そう言ってシーファが身を乗り出した。リアンとカレンもそれに同調するそぶりを見せる。

「はい、でもこれは、その、この村の代々の習わしに関することでして…。」
 女給は言葉を詰まらせた。

「習わし、ですか?」
 シーファが問う。

「はい。毎年この時期には忌まわしい習わしがございまして。」
 ぽつぽつとこぼすように女給が話始めた。

「ぜひ、聞かせてください。」
 続きを促すアイラ。
「わかりました。お話ししましょう。でもどうぞお気になさらないでくださいまし。お客様には関係のないことでございますから。」
 頷いて耳をそばだてる少女たち。
「実は、この山の奥には古い(やしろ)社がありまして、そこには『おろち丸』という大蛇の妖怪が棲みついておるんです。」

「妖怪!!」
 みな、息を飲む。

「はい。非常に厄介な妖怪でして、それが吐く毒息は、田畑を駄目にしてしまう瘴気なんでして。それで、作物を無事に育てたければ、その代わりとして生娘を数人、毎年、贄に差し出せと、そう言うのです。」
「なんてこと!じゃあ、あの泣き声は。」
「はい、今年の贄に選ばれたおぼっこのものです。かわいそうとは思うのですが、農作物を全部だめにされると、それこそ村中が生きていけません。そのため、毎年年末に、『おろち丸』に贄を捧げているんです。」
 女給は泣くようにして言った。なんでも聞くところによると、十数年前、その女給自身、姉を贄に取られたことがあるのだそうだ。地元の自警団にあたる武者隊が何度が討伐に出向いたのだそうだが、相手は相当手練れの妖怪のようで、それが放つ瘴気の前に生気を奪われ、歯が立たないのだそうである。それで、これ以上犠牲を出し続けるくらいならと、村長が、年末に数名の生娘を贄に差し出すことにすることで、それ以上の害悪を及ぼさないという約束を『おろち丸』との間に取り付けたのだとのことであった。

「『おろち丸』はなんでも『セト』とかいう邪(よこしま)な神格の末裔だそうでして、たいそう強い力を持っているんです。私らではどうにも対処のしようがありませんで。お客様には嫌なお話を聞かせてしまいましたが、今宵、贄を捧げてしまえば万事つつがなく過ぎますから、何卒、しばらくの間、目をつぶっていておいてくださいませ。」
 そう言って、女給は深々と頭を下げる。少女たちは、互いに顔を見合わせてから頷いた。

* * *

「お話よくわかりました。聞いてしまった以上、そのままにはできません。ぜひ、私たちにその『おろち丸』退治をさせてはもらえませんか?」
 シーファが毅然と言い放つ。思いがけないことに当の女給は完全に面食らっていた。
「しかし、そんなことをお客様にお願いするわけにはとても、とても…。」

「いえ。もし、その『おろち丸』が本当に『セト』とのつながりがあるなら、私たちの方としても捨て置くことができないんです。『セト』は滅ぼすべき相手ですから。」
 アイラもそう言葉を添える。女給はうろたえるばかりだが、それでも最後にはこう言った。
「それはありがたいことです。村の一大事、私一人ではとても決められませんので、これからすぐに女将に相談して参ります。もし、女将と村長の許しが出ましたら、その時はなにとぞ…。」

「ええ、任せて頂戴!」
 シーファが太鼓判を押して見せる。他の三人の少女たちも腹は決まっているようだ。
「ありがたいことでございます。それでは、これから伝えてまいりますから、しばらくお待ちくださいませ。」
 そう言うと、女将は離れから母屋に戻っていった。

 俄かに騒然としたその部屋に静寂が帰ってくる。

「なんだか大変なことになりましたね。」
 カレンが言った。
「でも、聞いてしまった以上、放っておくわけにはいきません。」
「そうなのですよ。年端も行かない娘を妖怪に差し出すなんて狂気の沙汰なのです。」
「同感だわ。」
 アイラ、リアンの発言にシーファが同調する。

「でも、実際問題どうするんですか?贄にされる少女たちについて行くというのでは、危険が大きいですよ。」
 カレンの言うことはもっともだ。
「そうねぇ。」
 考え込むシーファ。
「それは、私たちが、代わりの贄を務めるのが一番でしょうね。」
 アイラが言った。
「身代わりってわけね。それは名案だわ。でも…。」
「でも?でも、どうしましたか、シーファ?」
「贄に差し出されるのは生娘って言ってたわよね。」
「はい、です。」
「私とアイラはいいとして、あなた達は大丈夫なんでしょうね?」

「!?…、変な勘繰りはよすですよ!わ、わ、わ、私とカレンはそんなんじゃないのです。シーファたちこそ怪しいのですよ。とにかく、私もカレンも立派な贄になれますから、心配は無用なのです。」
 おおわらわに取り乱すリアンの傍でカレンが真っ赤になっている。まあ、嘘ではないのだろう。

「どのみち、『おろち丸』とやらは成敗するのですから、その辺りはあんまり問題にならないのではないですか?」
 アイラがいたずらっぽい調子で言った。
「問題大ありなのですよ。私たちはそんなに不純では、な、な、な、ないのですよ!」
「はいはい。わかったわよ。」
 リアンとシーファの間でそんなやり取りが交わされている間も、カレンはうつむいたままだった。

「何にせよ、私たちが身代わりを務めるということで話を進めましょう。あとは女将と村長の間で話が決まるのを待つだけですね。」
「ええ。とりあえずできる準備だけでもしておきましょう。」
 アイラとシーファの提案にリアンとカレンも乗って、しばし、女給からの連絡を待つことにした。

 外ではいくばくか風が強くなったようで、上空ではか細く空が鳴っている。雪も再び降り出したようだ。明るい室内と対照的に、外は不気味な暗さと静寂を保っていた。泣き声はいまだに聞こえてくる。

* * *

 しばらくして、外の風の鳴き声と共に漏れ聞こえてきていた少女たちの声が届かなくなったかと思うと、宿の女将が、4人の少女たちと、それから、先ほどの女給を伴なって離れを訪れてきた。女給は離れの外で待っている。

4人の少女を連れて離れを訪れた女将。

「お客様、お話は女給から聞きました。彼女たちを助けてもらえるというのは本当ですか?」
 引き連れた4人の少女が今年贄として選ばれたという者達なのだろう。みな泣きはらして目元を赤くしている。

「はい。『おろち丸』なる邪悪な存在が、この方々に害をなそうとしていると伺いました。また、それが『セト』の系譜に連なるとも。私どもの方からもお願いです。ぜひ、『おろち丸』の討伐をさせてください。」
 代表してシーファがそう応答した。

「それは本当にありがたいお話なのですが、村長と私が一番恐れるのは、万一にも討伐が失敗したときのことなのです。」
 それはもっともな懸念である。
「お聞きの通り、既に『おろち丸』の討伐は何度か試みたことがありますが、名うての武者団でさえ、奴の前ではなすすべなくやられてしまっております。その度に、田畑を潰されて大変な目にあってきました。ですから、私どもとしましては、みなさんのご厚意が成功しなかった時のことを案じているのです。ようやく『おろち丸』との間で落としどころが見つかったばかり。ここで奴の機嫌を損ねて一層事態を悪くすることだけは何としても避けたいのです。」
 女将はそう言った。

「ご懸念はよくわかります。しかし、その仮初の安心の為には、彼女たちを犠牲にしなければならないのでしょう?」
 そう訊いたのはアイラだ。女将は目を伏せ、少女たちはただただむせび泣く。
「そのような非道を見過ごすわけにはいきません。」
「しかし、相手は邪なる神の末裔(まつえい)ともいいます。みなさんもまた、こう申しては失礼ですが、年端も行かぬ若い方々。それが、そのように邪悪な存在に打ち勝てる保障は難しいのではと思えるのです。」
 女将は慎重な姿勢を崩さなかった。
「確かに、おっしゃることはよくわかります。そうですね…。では、私と彼女は先の動乱の折に、『北方騎士団』と直に対峙した経験を持つと言えばどうですか?また、彼女たち二人は、銃後で『セト』の呪いから魔法社会を守って見せた功労者だと言ったらどうでしょうか?」
 そう言って、アイラは、シーファ、リアン、カレンの顔を順に示した。

「なんと、あなた方が?」
「はい。魔王や『セト』と直接に対したのは私の先生方ですが、私たち自身、それがもたらす脅威と直に渡り合ってきました。きっとお役に立てると思います。それに、『セト』の存在が関係しているとわかった以上、繰り返しになりますが、私たちの側で、放っておくことができないのです。」
 アイラは説得を試みる。

「そうですか…。私としても、せっかくこの宿に奉公してくれるようになったこの子達を贄に差し出すようなことはしたくありません。」
「でしたら、私たちを彼女たちの身代わりとして贄に差し出してください。」
「そんなことを?」
「はい。今年の贄は少々血の気が多く、果敢にも『おろち丸』に抵抗を試みたが、結局徒労に終わったということなら、村に害が及ぶこともないでしょう。万一失敗の折には、反抗は贄が命惜しさにやったことで、村の方々は知らぬ存ぜぬを通していただければと思います。そうすれば、今この場にいるこちらの方々の生命を、少なくとも、今日ここで犠牲にすることだけはなくて済みます。悪い話ではないと思いますよ。」
 さすがは、大企業で海千山千の商社マンを相手に切り盛りする経営者の一端たるアイラである。その説得は見事なものであった。

「そうおっしゃられては拒む理由が見つかりません。」
 遂に女将を折れさせることに成功したのである。
「しかし、そんな危険を私どものために負ってくださるのにはいったいどんな訳が…?」
「これは『セト』の禍(わざわい)によって犠牲になった人々の弔い合戦でもあります。何度も言うように、これは私たちの事情から出たことですから、お気になさる必要はありません。どうかお任せいただけませんか?」
 そう迫るアイラに、女将はとうとう恭順の意を示した。

「わかりました。それでは、みなさんにお任せします。村長には私の方からよく伝えておきますから。」
「ありがとうございます。それでは、私たちを今年の贄としてその『おろち丸』のところに送り出してください。」
 アイラは言った。
「わかりました。ではすぐに準備をさせますから、みなさんの方でもご用意をお願いいたします。」
「心得ました。きっと、朗報を持って帰ります。」
「それでは、こちらの準備ができましたら、お迎えに上がります。」
 そう言うと、女将は少女たちと女給を連れて離れを出て行った。

 空模様はいよいよ妖しくなっている。嵐になるかもしれない。ひょうひょうとなる空が不気味な様相を呈していた。少女たちは着替えを済ませ、得物を整えて、連絡が来るのを待つ。

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