続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集03『最初の夜、それから』
「ただいま。遅くなってごめんね。」
拠点に戻ったシーファをカレンが出迎えてくれる。
「おかえりなさい、シーファ。ずいぶん遠くまで行ったみたいですね。荷物が届いていますよ。」
「そう、それはよかった。どうしても欲しい食材があってね、タマンの中心街まで行っていたの。みんなお腹空いたよね。すぐに支度するから、ゆっくりしてて。」
そう行って玄関を上がると、室内では着々と関しの準備が整いつつあるのがわかった。錬金機器や魔術式電算装置の扱いに長けるリアンが、監視機器の最終調整に勤しんでいる。奥の部屋は、空間が魔法拡張されていて、そこにはアイラ専用の鍛冶スペースが用意されていた。武具の作成や修繕を自前でできるように準備したようだ。カレンは、もう随分な量の水薬を用意している。
シーファの買い物の荷は、鍛冶部屋の一つ手前の居間に転送されていた。そこには、他にもアイラの依頼を受けて『ハルトマン・マギックス』社から転送されてきたのであろう様々な錬金素材が所狭しと並んでいた。
「とりあえず、日持ちするものは4日分、そうでないものは2日分仕入れてきたわ。今夜は腕によりをかけて美味しい夕飯をごちそうするから、たのしみにしててね。」
そう言いながら、シーファは届けられた荷をほどき、今宵の夕飯用の食材を選別して取り出している。
「みんな、大変だったでしょう。夕飯まで休憩しててよね。」
そう言って、彼女は台所へ入った。
「手伝いましょうか?」
カレンがそう申し出るが、
「ありがとう。でも大丈夫よ。あなただって、水薬の生成に空間拡張と骨折りだったでしょう?みんなと一緒に食堂で待ってて。」
シーファはそう言って、ひとり調理に取り掛かる。
「じゃあ、おまかせしますね。」
そう言って、カレンは台所の隣りにある食堂のテーブルについた。作業を終えたリアンとアイラもそこに集まってくる。
「飲み物を買ってあるから、それぞれに飲んでね。魔術式保冷庫にしまってあるわ。」
食材の準備をしながら、シーファがそう言うと、リアンたちは保冷庫から好みを取り出し、めいめいその乾いた喉を潤し始めた。やがて、テーブルを談笑の声が囲む。その朗らかなやりとりを聞きながら、シーファの手はどんどんと動いていった。
* * *
彼女は探し求めて手に入れたとっておきの食材の背に刃を入れると、丁寧にワタを取り除いていく。それから、それを片栗粉にまぶして揉み、最後に流水で洗うと、丁寧にバットに並べていった。
それと同時進行で、よく洗ったブロッコリーを下茹でする。続いて、別の鍋にバターを加えると、そこにくし切りにした玉ねぎを加えて炒め始め始めた。パチパチと跳ねる油の音が心地よい。やがて玉ねぎが透き通って、甘い香りを漂わせてくる。
玉ねぎが十分に炒まったところで、シーファは下ごしらえを済ませたとっておきの食材を加え、小麦粉をふるい入れていった。小麦粉が全体に馴染むよう炒め合わせた後、ミルクを加えて全体をゆっくりと混ぜていく。鍋の中が、ホワイトソースを用いて作ったシチューのような様相を呈してくる。そこに下茹でしたブロッコリーとともにチキンスープの出汁を加えてから、塩胡椒で味を整えていった。昨日、胡椒の効かせすぎについてリアンに皮肉られたばかり。以前の二の轍は踏むまいと慎重にその量を調整していった。香辛料の鋭い香りが辺りに華やかさを添え、白い湯気がその回りを舞う。やがて鍋の中がなんとも言えないとろみをおびてきた。
匙で一口救い味を見ると、少なくともシーファの下には申し分ない味付けに感じられた。
「これでいいわね。」
そう言うと、今日買ってきた使い捨ての食器を並べ、そこに料理を注ぎ分けていく。台所から溢れ出た美味しそうな香りが、隣接する食堂にまで流れていった。みな、すっかりお腹をすかせているようだ。
「おまたせ。自慢の逸品よ。これを食べて一日の疲れを癒やしてね。」
そう言うと、シーファは椀をそれぞえに供していった。小さな椀から、湯気とともに美味しそうな香りが揺蕩っていく。それは、エビとブロッコリーのクリーム煮だった。
* * *
「まあ、おいしそうですね。」
「とてもきれいな色のエビなのですよ。初めて見るかもです。」
「よく気づいたわね、リアン。今日のとっておきがそれよ。普通のエビでも十分美味しいんだけど、色味という意味ではこれにまさるものはなくてね。高級食材というわけではないんだけど、意外に手に入らないの。今日は偶然にも見つけられてよかったわ。さあ、どうぞ堪能してちょうだい。」
シーファは、リアンにそのこだわりを説明する。
「なんというエビなのですか?」
「『ホワイト・ライオン』というの。この時期にだけタマンで水揚げされるめずらしい種なのよ。味は普通のエビとそんなに変わらないんだけどね。でも、このなんとも言えない桜色はクリーム煮にうってつけなの。さあ、食べてちょうだい。」
シーファの促しに従って、みな匙をとった。ひとすくいして口に運ぶと、鶏出汁の効いたクリームスープとエビの奏でるハーモニーが何とも麗しく、その手は、次第に止まらなくなっていった。
「ふむ、これなら合格なのですよ。」
そう言ったのはリアンだ。
「まあ、ずいぶん生意気言っちゃって。でも喜んでもらえてよかったわ。」
「本当に美味しいですよ、シーファ。あなたにごちそうしてもらうのはこれが初めてですが、実にいい夜になりました。ありがとう。」
そう言ってアイラが目を細めている。その言葉を聞いて、シーファは嬉しくてたまらないようだ。頬を少し赤らめながら、照れくさそうに視線を伏せている。
「それでは、今後もシーファには買い物係と食事係をお願いするですよ。」
「それはいいけど、私にも監視任務の仕事はさせてよ。」
そういうシーファに、
「もちろん。そのためもシーファにはその役目を果たしてほしいのです。」
リアンがそう続けた。
「どういうこと?」
シーファが問うと、
「今日のうちにひとまずの準備はできたですよ。ただ、アカデミーが用意してくれた監視装置はずいぶんな旧式で、これでは遠方にある『ハロウ・ヒル』の様子を十分に監視することができないのです。そこで、私は明日からその改良に取り掛かるですよ。その間の監視は、錬金機器の扱いに長けるアイラに担当してもらうですが、この機器の使用には常時魔力の消耗を必要とするです。カレンも、拡張魔法空間の維持に魔力を要しますし、私も、機材改良のための錬金術に魔力を使いますですよ。」
「それはその通りだと思うけど、だからって、なんで私が買い物と食事の専属になるわけ?」
シーファはどうにも合点がいかないようだ。リアンは説明を続ける。
「知っての通り、今回の任務には万一の場合の駆除行動が含まれているです。でも、当面、少なくとも明日からの2日間は、みんな準備に魔力を費やさなければなりません。となると、少なくとも誰か一人は魔力を温存しておく必要があるですよ。私たちの中で、魔法的な殲滅力に一番優れるのシーファですから、シーファの魔力を温存しておくことにしたというわけです。」
「なるほどね。そういうことならわかったわ。いいわ。私が物資調達と食事の準備を請け負いましょう。」
「はい、なのです。監視装置の改良が済めばそれからはみんなで交代でもいいのです。とにかく、最初の数日は戦力として機能するのはシーファだけになりますから、よろしく頼むのです。」
リアンのその説明に、カレンとアイラも頷いている。そうこうしている間にも、よほどの美味だったのだろう、器も鍋もすっかり空になっていった。
* * *
食事が一段落した後、皆であたたかいお茶をたしなみながら、作戦会議を行った。初日を含めた最初の3日間については、夕食の際のリアンの説明通りであったが、後半の4日めから、万一の駆除作戦実施に及んだ場合についてどう備えるかを話しあった。
「これが『イースト・ハロウ』地区の全域を撮影した鳥瞰魔術記録ですよ。」
そう言って、リアンが手元の端末から1枚の画像を皆に見せてくれた。
「中央を北西方向から南東方向に走っているのが、ルート35。そこから北に見える居住区がここ『イースト・ハロウ』地区なのです。監視対象となるのは、そこから東、この画像で言えば北東方向に広がる『苦みが原平原』と『ハロウ・ヒル』なのです。今日観測できた限りでは、それほど大きな群れは確認できなかったですよ。ただ、4、5体からなる群れが、5つほどあるのは確かですね。『ポルガノ族』は夜行性ですから、肝心なのはこれからの時間帯の行動なのです。でも、肝心の監視装置に暗視装置がないのですよ。だから、改良が必要というわけですね。」
リアンが現状をつぶさに整理した。彼女の情報処理技術は大したものである。
「見てください。これが、アカデミーから支給された監視装置なのですよ。さっき言った通り、暗視装置がないことと解像度の低さに課題があるですから、明日から2日かけて新しい監視装置を作り上げるです。そのために必要な機材は、アイラが揃えてくれたですよ。」
そのリアンの言葉に、アイラが頷いて応えている。
「それができれば、昼夜通しての自動監視が可能になるです。ですから、作戦の本番はそれからですね。」
「その上で、万が一大規模な駆除作戦を実施する必要が生じた場合ですが、その舞台は市外区と『ハロウ・ヒル』の間にある『苦みが原平原』になると思われます。」
リアンの説明を引き継いで、アイラが言った。
「問題は、そこが本当にだだっ広い平原で、障害物や相手の進路を制限できる構造物がほぼ皆無だということです。駆除作戦の際は、相手の群れの規模にもよりますが、全面衝突が避けられないというわけですね。しかも、相手の本拠地は丘の上にありますから、地形的優位を握られる格好になります。」
画像に映し出される平原を指さして、アイラは話を進めていく。
「ところが我々は4人しかいません。ですから、駆除作戦に臨むには、カレンの召喚術が鍵になります。できるだけ多くの死霊を召喚してもらうためにも、彼女の魔力管理とその防備が最重要になるでしょうね。幸い相手は魔法を使いませんから、防備については、私に考えがあります。任せてください。」
そう言うとアイラは奥の鍛冶場を見やった。どうやら何かを錬成するつもりのようだ。
「私の召喚術でどこまでのことができるかわかりませんが、大規模な群れを4人で相手にするにはそれしかありません。とにかく最善を尽くします。」
カレンのその言葉を受けて、リアンが続けた。
「そして、駆除の要になるのは、シーファの魔法とアイラの剣戟なのです。どれだけの規模の群れを相手にするかで、戦術は臨機応変に変えないと行けないですが、それを見極めるためにも、まずは徹底した監視体制の樹立を急がないとです。明日から2日間は、まずはそれに集中ですね。」
「わかったわ、リアン。それで、その間の万一の場合に備えて、私は、魔力を存分に温存しておくと、そういう段取りなわけね?」
シーファの言葉に、リアンは頷いて応えた。
「当面の夜間の警邏(けいら)は、カレンの召喚した死霊で行うです。とにかく、『苦みが原平原』を超えて市街区に侵入してくる『ポルガノ族』の数を数えてほしいのですよ。そのサンプルを元に、『ハロウ・ヒル』に生息している群れ全体の数を推計するのです。」
「わかりました、リアン。では早速今夜から監視を始めますね。」
「お願いしましたのです。」
* * *
ひとまずの打ち合わせを終えた頃、時刻はもう22時をわずかに回っていた。カレンが死霊を召喚してそれを空に放つ。作戦がいよいよ始まるのだ。初夏の空を月と星座の群れが彩っている。太陽は静かに、翌朝に向けて地平の裏を駆けていた。1日めの夜が暮れていく。
to be continued.