見出し画像

続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集08『風雲急』

 誠にグロテスクながら滋味深い昼食を終えた4人は、熱めのお茶をそれぞれすすりつつ、シーファの撮影してきた『苦みが原平原』の魔術記録と、周辺地図を並べて覗き込んで、今後の対応をどうすべきか話し合っていた。
 そんな時、おもむろにアイラの通信機能付携帯魔術記録装置が着信を告げる音を響かせる。表示されているマジック・スクリプト(発信者番号のようなもの)はウィザードのものであった。すぐに応じるアイラ。

「どうされましたか、先生?」
「その声は、アイラか?すまない、全員の共有端末に通信を仕掛けたつもりなんだが、君のよこしてくれた作戦立案書を読んでいたところだったから、どうやらそれで先を間違えたようだ。すぐに連絡し直すよ。」
 そう言って通信を終えようとするウィザードに、アイラは丁寧に言葉を返した。
「それには及びません、学部長先生。全員で会話をできるようにして、受信していますから、そのままお話しください。」
「そうか、それは助かる。では、早速だが、シーファは帰って来ているか?」
「はい、先生。ここにいます。」
「昼前に、お前が『苦みが原平原』の偵察に出ていたと聞いているが、様子はどうだった。」
「はい、先生。事態は思う以上に深刻なようです。」
 ウィザードの問いに応じながら、シーファは自分の端末を操作して魔術記録の写しを彼女宛てに転送している。」
 それは瞬く間に、ウィザードのもとに転送されたようだ。
「これを見る限り、どうにもすでに『ハロウ・ヒル』から『苦みが原平原』への移動がはじまっているようだな。これはさしずめ、先遣隊といったところだろう。この調子で移動を続けられたら、全体が平原に結集するのがどのくらいの時宜になりそうか見当がつくか?」
「はい、このままのペースで移動が続けば、もう猶予はほとんどありません。早ければ明日の昼前にも群れの結集は完了すると思います。」
 そのシーファの言葉を聞くや、早速に監視装置を操作して、現在の群れの移動状況と、そこから辿ることのできる予測時間について逆算を始めるリアン。茶がぬるむのとは反対に、その場には鋭い緊張が走り、各々が熱を帯びていった。

* * *

「明日の昼前か…。」
 念を押すウィザードの言葉に、魔術電算によってその予測にに合理的根拠を見出したリアンが、シーファに向かって頷いて見せる。
「はい、先生。早ければ、明日の日暮れごろ、ちょうど『ポルガノ族』の夜行性がもっとも活発になる時間帯に、『イースト・ハロウ市街地』への襲撃がありうるかもしれません。彼らの行動は整然と統率がとれていますから、その動きの背後に何らかの意図が働いていることは間違いないように思えます。群れの全体が武装していることから、何らかの襲撃行動を目論んでいることは、残念ながら、疑う余地がないところです。」
 危機感を持ってシーファは見通しを伝える。カレン達も固唾を飲んでいた。
「困ったな…。」
「そう仰るということは、連合術士隊の準備が間に合わないということでしょうか?」
 アイラがウィザードにそう訊いた。
「その通りだよ。知っての通り、連合術士隊の指揮をアカデミーが執るためには、政府国防省からの権限委譲を都度取り付けないといけない訳だが、目下それが難航している。当局も、これほど事が早いとは思っていなかったようで、準備が全くなかったようだ。最高評議会経由で決済を急がせているが、部隊の移動時間も考慮に入れると最短でも明日の夜になる。おそらくだが、『ポルガノ族』の活発活動時間には間に合わないだろう…。」
 ウィザードの声は、どうにも困惑を極めている。

「それでは先生、私たちで独自の駆除作戦を遂行し、連合術士隊到着までの時間を稼ぐというのではどうですか?」
 そう訊ねるアイラ。どうやら彼女は、先に送った戦術立案の評価を気にしているようだ。
「そうだな。もう少しこちらで調整してみるが、お前たちにはその準備を引き続き進めてもらうより他ないだろうな。」
「それでは、作戦は…。」
 アイラの声に、少しばかりの期待と動揺が載る。
「ああ、作戦は君が先に送ってくれたあの戦術でいい。というより、4人という極限的な戦力でできることとしては、それ以外にないからな。変更事由が生じた場合には都度連絡を入れるが、それがない限りは、君の立案した戦術の通りに事を運ぼう。」
 それを聞いて、普段は冷静沈着なアイラの表情に、明らかな色が差す。
「実は、感心していたんだ。アイラ、君には戦術家の素質があるようだな。正直、これは世辞ではなくまったく見事な立案だ。しかも、その遂行に必要な装備類についてまで既に段取りしているとは、さすがは『ハルトマン・マギックス』の経営者の親族というべきだろう。よくやった。」
 ウィザードといえば、アイラと特別な縁(よすが)を結んだシーファが敬愛してやまない特別の存在だ。そのウィザードに、自分もまたそのように評価されたことがよほど嬉しかったのであろう、その瞳は麗しく輝きを強くしていた。
「ありがとうございます、学部長先生!」
「なに、礼を言わなければならないのは寧ろあたしたちの方だ。なんとなれば連合術士隊の遅延はあたしら大人の不手際だからな。お前たち半熟の学徒に重責を負わせてすまないが、とにかく今はひとまず準備だけ、万全に頼む。どうしてもとなった際には、作戦遂行についての命令書と許可書を正式に届けるから、それまではくれぐれも軽挙妄動には出るなよ。」
 アイラの逸(はや)るいささかの興奮を察したのか、ウィザードはやんわと釘を刺した。それでも、その声色には強い信頼が現れている。

「特に、シーファ。今回の作戦では明らかにお前にかかる負荷が大きい。優れた錬金装備が用意されているとは言っても、お前は人間の力だけでアイラの『黄竜』の力と同調する必要がある。それは言うほど簡単なことじゃないからな。」
「心得ています、先生。いつかの約束を今でも確かに覚えていますから。二度と先生のご期待とご心配に背くことは致しません。」
 シーファは溌溂(はつらつ)とそう答えた。
「それは結構だ。今のお前なら大丈夫だろう。」
「はい!」
「だがな、一つ技術的な注意をしておく。アイラ肝入りの『無重金』の装備だが、あの特殊な反重力作用は、よく鍛錬された錬金金属を薄くしなやかに展伸することによって得られている。もともとが卓越した錬金金属だから、斬撃と殴打には強いが、膜状に成形されている都合上、射突には弱い。お前たちから聞く限り、相手の武装はハンマーや斧といった鈍器と斬撃武具が中心のようだから心配はないと思うが、弱点を知っているに越したことはない。いいな、射突にはくれぐれも用心しろ。無理をするなよ。」
 何物も、万能ということはない。ウィザードはそれを忠告しているのだ。シーファはしかと頷いてから、感謝の言葉を伝えてその忠告に応えた。
「いいだろう、皆、決して短慮の愚行にはでるなよ。軽挙妄動と熟慮断行は違う。それを肝に銘じておけ。いいな?」
 声を揃えてそれに応える少女たち。
「では、作戦遂行命令と許可については追って連絡する。準備を進めながら、緊急事態に備えよ。以上だ!」
「はい!」
 そうして通信は完了した。俄(にわ)かに室内に訪れた静寂を、窓の外の初夏の雷鳴が脅かしていく。どうやら天気は傾くようだ。昼下がりとは思えない不穏な暗さが、どうにも居心地悪い。

* * *

 ウィザードとの通信を終えてから、皆それぞれの持ち場に戻り、作戦遂行の準備に取り掛かった。リアンは監視装置に張り付いて、群れの動向を見守り、そこにいくらかの予見を併せては計算を繰り返して、移動完了時間の予測精度を少しでも高めようと奮闘している。カレンはその傍について、必要な手伝いをしているようだ。
 アイラは、鍛冶のために魔法拡張された部屋にこもって、各種装備について最後の点検を施す。更に、店に連絡を取って、立案した作戦に万が一にも抜けがないか、それについて姉たちに相談していた。そんなめいめいの背中を見つめるのがシーファだ。昼食の片づけをしつつせっせと台所を整えていた。やがてそれも終わりを迎える。時刻は緩やかに15時に差し掛かろうとしていた。

「じゃあ、夕飯の買い物に行ってい来るわね。今夜は御馳走にするから楽しみにしていてよ!」
 そう言い残して拠点を後にした。雨はまだかろうじて落ちてはいなかったが、いつ降り出してもおかしくない様子で厚い雲が空を覆っている。遥か彼方からは雷鳴の轟が聞こえてくる。彼女は西に進路をとって市街地を目指した。

* * *

 それから早くも2時間弱の時が過ぎて、シーファが拠点に戻ってくる。重い荷物を片手に集めて、空いた方の手で入口の戸を押し開けると、それに気づいたカレンがそっと戸を支えてくれた。
「ただいま、カレン。ありがとう。皆、お腹空いたでしょ?すぐ夕飯にするからちょっとだけ待っててね。」
「おかえりなさい、シーファ。慌てなくても、少し休憩してからでもいいですよ。仲間なんですから、そんなに気を使わないで。」
「大丈夫よ。今日は、珍しい食材に出会えたから、それでうんと美味しいのを振舞うわ。今から腕が鳴ってるのよ。」
 そう言うと、彼女は買い物袋を両手に下げて、台所に消えていった。カレンはその背を静かに見送っている。

 ほどなくして、台所から妙(たえ)なる香りが立ち込めて来た。今宵はどうやら焼き料理と煮込み料理のセットのようだ。素材は何であろう。シーファは確か、珍しい食材に出会えたと言っていた。カレンからそれを伝え聞いたリアンとアイラの空腹は、いやがおうにもそれへの関心で鳴りを潜めることができなくなっているようだ。
 台所から漂ってくる香りは、どんどんとその香ばしさを増していく。
「もうそろそろよ。皆、席についてちょうだいね!」
 香りの源から、そんな声が聞こえた。3人は言われるまでもない、といった様子で、手を洗ってからいそいそと食卓に着く。そこにはすでにグラスが用意されいて、どうやら飲み物にも何か楽しみが潜んでいるようだ。
「カレン、悪いけど手伝ってもらえる?」
 その声に促されて、台所奥へと向かうカレン。しばらくして戻って来た彼女の手には、実に旨そうなガーリック・トーストの盛られた皿が携えられていた。

奥からカレンが運んできたガーリック・トースト。刺激的な香りがなんとも胃の腑を刺激する。

 続いて、奥からメインディッシュを携えたシーファが姿を現す。それは、一見ビーフシチューのようであったが、用いられている肉が明らかに牛肉とは違う。一体何であろう?リアンは興味津々で自分の器の中を覗き込んでいた。普通の変哲ないシチューであれば、素材の肉はブラウンソースの中で一緒に煮込むものであるが、今宵のそれは、じっくりと煮込まれたシチューに、別途ステーキのよう焼いてうまみを閉じ込めた肉を後から添えたこだわりの逸品であるようだ。音を立てて鳴るリアンの美しい喉を、カレンが静かに見つめていた。

シーファが手間に手間をかけて用意してくれた極上のシチュー。その素材はまだ秘密のようだ。

 皆に、料理を配膳してから、シーファも席に着く。いよいよ食事の時間だ!
「あの、あの、シーファ。この食材は何なのですか?」
 リアンの興味はいよいよはちきれんばかりのようである。よほど空腹なのであろう。その特性素材は美食を知り尽くしている筈のリアンの記憶にもないようだ。
「よく訊いてくれたわね!」
 シーファの顔がぱっと輝いた。
「これは、なんと珍味中の珍味、『エディブル・ドラゴン』の竜肉よ。もちろん天然ものじゃなくて、錬金術と生命科学の生成ものだけどね。」
 その朗らかな声に、リアンは瞳を爛々と輝かせている。

 竜肉は天然もの、生成もののいずれであっても、牛肉や豚肉などとは全く比較にならない滋養と旨味を備えた食材であり、一般に普及こそしてはいたが、それでもなかなか口にすることのできない珍味であった。

生成後、家畜として育てられる『エディブル・ドラゴン』の近影。

 匙を手にした繊細なリアンの指がもうその肉に伸びようかというその刹那、やさしくシーファがそれを遮った。
「そんなに期待してくれるのは嬉しいんだけど、まずは乾杯しましょう!」
 そう言って、食卓の上に1本の酒瓶らしきものを置く。もちろん、ここ魔法社会でも未成年の飲酒は厳に禁じられていた。だから、それはいわゆるノンアルコールのお酒なのであろう。せめて雰囲気だけでも演出しようという、シーファの心憎い配慮の現れであった。

桜色の中身がなんとも麗しいノンアルコール酒の酒瓶。

「アルコールは入ってないから心配はいらないわよ。おそらく、明日は大事(おおごと)になるでしょうからね。最後の晩餐と洒落込みましょう!」
 そう言うと、シーファはそれをめいめいの手元のグラスに注ぎ分けていった。
「乾杯!」
 杯を併せると、一気にそれを喉に送る4人。甘酸っぱい果物の風味が疲れた口内を存分に癒してくれた。
「それでは、いただきますですよ!」
 リアンがそう口火を切ったことにあわせて、豊かで穏やかな食事の時間が始まった。竜肉の珍味は皆の舌を大いに満足させたようであり、その笑顔がシーファの心中をやさしい温かさで満たしていた。

* * *

「シーファ、ごめんなさいなのですよ。」
 突然に、リアンがそんなことを言う。
「なによ、急に?ノンアルコールで酔っ払った?」
「そうではないのです。あの、胡椒のこと、いつまでもからかって申し訳なかったですよ。シーファはいつでも、私たちのためにこんなにしてくれるのに…。」
 なにやら声に涙の色を載せるリアン。しかしシーファは磊落(らいらく)だ。
「もう、そんなことを気にしてたの?あなたの皮肉屋は今に始まったことじゃないじゃない。それも含めて私たちは友達でしょ?アイラにはかなわないけど、いつでもこれくらい御馳走してあげるわ。」
「そうですね。確かに、アイラの方が美味しいのは否定できない事実なのですよ。」
 そう言って、リアンは爛漫(らんまん)の笑顔をシーファに向けた。
「まあ、やっぱり相変わらずね。でも喜んでもらえてよかったわ。祝勝会も奮発するからね!明日は最善を尽くしましょう!」
 その声掛けに、みなしっかりと頷いて応える。というのも、食事の最中にウィザードからの魔術通信があり、正式に命令書と作戦許諾書が送付されてきていたのである。皆、覚悟はしかと定まっているようだった。

* * *

 窓の外ではなお、夜空を厚い雲が覆っており、ぽつぽつとではあるが既に降り出していた。そんな中、モニタ上に浮かぶ赤い光点の群れは、ゆっくりとではあるが、しかし確実にその全体を西に移してく。決戦の時は近い。
 美食の満足と鋭い緊張を綯交ぜにして、夜の帳(とばり)が少女たちの運命をゆっくりと覆い始めていた。夜明けまでにはまだ幾分と時間がある。しかし、暗い空に星は見えなかった。

to be continued.

続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集08『風雲急』完


いいなと思ったら応援しよう!