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簡易骨伝導補聴器システムを作る テレビ出力無線骨伝導化編

 老母(81歳)の耳がいよいよ聞こえなくなり、テレビを楽しむことができなくって来ました。医師の話によると「特に右耳の状態が深刻で回復は難しいが、幸いにして骨伝導機能は左右とも殆ど全く失われていない」とのことでしたので、市販の骨伝導ヘッドフォンとBluetoothトランスミッターを使って、快適なテレビ視聴のための簡易な骨伝導補聴器システムを構築することを思い立ちました。本文は、その顛末を記したものです。

【閲覧上の重要な注意】

 本稿は、医師など専門的・技術的な知見を持つ職能の適切な監修のもとに編集されたものではありません。あくまでもごく個人的な技術的挑戦の記録であり、その再現には生体的・医学的に重大な問題・結果を引き起こす可能性があります。また、あらゆる場面・状況で、本稿記述の通りの効果が発揮できることを何ら保証するものではありません
 特に、聴覚という人間にとって極めて重要な五感に対する機械を用いたエンハンスメントを試みていますから、それには大きなリスクも伴うことを十分にご理解ください。本稿の内容を試行される場合には、医師等の専門家に事前に相談し、適切な助言を受けられることを強く推奨します。
 また、本稿で紹介する機器に関するショッピングサイト(Amazon)へのリンクが敷設されていますが、著者は紹介している機器の販売もしくは販売促進をする意図は全くなく、リンク敷設の目的は、製品の仕様や価格についての情報に対する読者の皆様のアクセシビリティの向上以外に、何らの経済的目的も有していません。
 以上、ご了承の上、お読み進め下さい。よろしくお願い致します。

【1】 目次

1 使用機器のご紹介
2 テレビの無線骨伝導システムの構築
3 老母の感想

【2】 本文

1 使用機器のご紹介



使用機器(左)骨伝導ヘッドフォン(右)Bluetoothトランスミッタ

(1)骨伝導ヘッドフォン(Bluetoothインターフェース)
 今回の主役の一つである骨伝導ヘッドフォンです。普通のヘッドフォンやイヤフォンは耳を覆うか耳穴を塞ぐため長時間の着用に違和感を覚える利用者もいます(老母は耳に物を入れるのが苦手です)ので、開放型の骨伝導ヘッドフォンは魅力的な選択肢となります。
 また、母の場合、通常の「耳」の機能を補正・拡張する方法はもはや奏功しないことが医師によって示されました。幸い、骨伝導による音の聞き取り能力はまだ十二分に残存しているとのことでしたので、この開放型骨伝導ヘッドフォンを選択したわけです。

開放型骨伝導ヘッドフォン

(2)Bluetoothトランスミッタ(無線送信機)
 続いては Bluetooth トランスミッタです。それは、Bluetooth の無線規格を使用して主にオーディオ信号を別の Bluetooth 対応機器に送信するための機器で、今回はこのトランスミッタとテレビの出力を接続して、テレビの音声を骨伝導により老母に鮮明に伝えることを目指しています。
 価格は音質等々によりピンキリですが、今回は4000円ほどで手に入るものを活用しました。

Bluetooth トランスミッタ(USB Type-Cによる充電、3.5φオーディオジャック入力対応

 テレビと接続することによって、テレビのヘッドフォン出力から出力されるテレビ音声を Bluetooth 対応機器に送信することを可能にします。USB Type-Cコネクタ(充電用)と 3.5 φ オーディオ入力ジャックを備えています。
 これまた価格は機能・性能により区々ですが、今回は2500円程度で入手できるものを選択しました。低遅延のオーディオ伝送専用のものもありますが、そうしたものは高価で大体10000円~の価格帯に属しています。
 Bluetooth は様々な機器を無線化できるため非常に便利ですが、
① 安定的で実効的な伝送距離がそれほど長くない(経験則で10m程度)。
② オーディオ信号などを伝送する場合、無視できないレベルの遅延が生じる場合がある(極めて低遅延な製品もありますが、一般的なものは0.5秒~1.0秒程度遅延する場合が多いです)。

2 テレビの無線骨伝導システムの構築

(1) 概要
① Bluetooth トランスミッタをテレビの音声出力/ヘッドフォン出力に接続します。
② Bluetooth トランスミッタと Bluetooth 骨伝導ヘッドフォンをペアリングします。
③ 伝送を開始します。

Bluetoothトランスミッタと骨伝導ヘッドフォンを用いる場合の概念図
Generated by DALL-E3

(2) Bluetooth トランスミッタとテレビの音声出力/ヘッドフォン出力への接続
 まず、Bluetooth トランスミッタとテレビの音声出力/ヘッドフォン出力を 3.5 φ のオーディオジャックをもつケーブルで物理的に接続します。テレビとトランスミッタを無線接続するわけではないのでご注意ください(それも技術的には可能ですが、無線接続する個所は最小限にする方が遅延等の問題を生じにくくなるので、有線で行けるとところは有線で接続するのがお勧めです。

Generated by DALL-E3


 接続先の選択肢としては「音声出力(Line Out)」と「ヘッドフォン出力」の2つが一般的ですが、ヘッドフォン出力に接続するのがお勧めです。なぜなら、多くのテレビにおいて、ヘッドフォン出力に Bluetooth トランスミッタを接続した状態で、テレビ自体のスピーカーからは自動的に音声出力がされないようになるからです。これは重要なことで、トランスミッタをつないだのに依然としてテレビのスピーカーから音が出たのでは、聞き手にはテレビのスピーカーとトランスミッタ経由の音声が2重に聞こえてしまい、かえって聞こえにくい状況になってしまうからです。トランスミッタを繋ぐと、テレビのスピーカーからは音が出なくなるというのがポイントです。もちろんテレビの音声はトランスミッタに流れています。

 次に、Bluetooth トランスミッタと Bluetooth 骨伝導ヘッドフォンをペアリングして音声を伝達できるようにします。
 ペアリングとは1対の Bluetooth デバイス間で接続のための関係性を確立することを言います。基本的には1度ペアリングを確立すると、次回以降はこの手続きなしで、双方の電源が投入されると自動的に接続が再確立されます(ただし、これは機器の性質や設計によります。今回使用した機器は、再ペアリングこそ必要はありませんが、電源の再投入のたびにペアリングする機器を選択する必要があり、何も考えないで使える、というほど簡単にはいきませんでした)。
 なお、Bluetooth 機器のペアリングの具体的な方法につきましては、ご使用の機器の取扱説明書をご参照ください。機器によって方法は区々なので、一般化してお伝えすることができません(多くの場合は、両者の電源を接続が確立するまで長押しします)。

③ 音声信号の伝送開始
 ペアリングが完了すると、Bluetooth トランスミッタから Bluetooth 信号経由で音声信号が骨伝導ヘッドフォンに無線伝送され、ヘッドフォンから音が聞こえるようになります。
 前述したように、テレビのヘッドフォン出力にトランスミッタを接続した場合、この間はテレビのスピーカーからは音声が出力されず、音声は骨伝導ヘッドフォンからだけ聞こえます。
 これにより、老齢を原因とする重度難聴の母もテレビの音をクリアに聞くことができるようになりました。

3 老母の感想

 本書の試みは、簡単に言えば、テレビのヘッドフォン出力を Buletooth トランスミッタを使用して無線化するというだけの単純なものです。ただ、骨伝導ヘッドフォンを使おうと思う場合、そのほとんどが Bluetooth 接続を前提としており有線でヘッドフォン端子に接続できる選択肢が少ないこと、手芸や工作が好きな我が老母には線に煩わされることなくテレビ音声を楽しむことが重要であったことなどから、それなりに意味のあるものになりました。

 以下はこの装置を使ってテレビを視聴した老母(81)の感想の抜粋です。

① 昔聞いていたテレビの音に戻った。
② ボリュームを上げなくてもはっきりと音を聞き取れる。
③ 陶器の器を指ではじくときに生じるような繊細な音まで聞こえる。
④ 人の声が音ではなく声として聞こえる。
⑤ 声質によらず人の発話の内容が言葉としてはっきりわかる。
⑥ 音楽や効果音の解像度が劇的に改善した。
⑦ テレビで音楽を楽しむことができるようになった。
⑧ ヘッドフォンが耳を塞がないので長時間でも苦にならない。
⑨ ヘッドフォンのバッテリーがもう少し長持ちするとよい。
  (※現在はだいたい5~7時間くらい持続)
⑩ テレビ以外の音や声もこのような聞こえ方をするとよい。

今後の課題

 テレビのヘッドフォン出力を無線化するというだけの簡単な取り組みでしたが、まずまず納得の結果を得ることができました。今回採用した機器固有の問題もありますが、次のような課題が浮上しました。

① トランスミッタとヘッドフォンはともに時間経過で自動電源OFFするが、再電源投入時に両方の機器に簡単な操作を必要とする(電源を入れるだけで接続再確立と音声伝送が再開されない)。
② ヘッドフォンのバッテリーの持ち時間(現在は5~7時間だが、ほぼ1日テレビをつけっぱなしにしている老母にとっては10~12時間程度の持ち時間があると望ましいことが分かった)。
③ テレビの音声の音質は改善したが、その他の音や話し声を聞こえやすくすることはできない。

今後の取り組み

 骨伝導ヘッドフォンシステムは、個人差や難聴の程度に左右される側面は多々あるのだと思いますが、それでも一定の場合に聞こえを向上することがわかりましたので、上記の課題を踏まえて今後もさまざまな工夫を凝らしていきたいと考えています。
 具体的には、テレビの音声に限定することなく、あらゆる生活音・周囲の音や、話し声の聞こえの改善を実現するシステムの構築に挑戦してみたいと考えています。方法としては、トランスミッタに高性能の無指向性マイクを接続し、それを高性能なPCを介してリアルタイムに「必要な音と不要な音の処理を行って」Bluetooth で骨伝導ヘッドフォンに無線伝送する構造の実現を試みます。
 もしこの簡易無線骨伝導補聴器システムが実現すれば、片耳数十万円、両耳では100万円超に到達するような専用の医療用補聴器を用意しなくても、日常生活の聞こえに関する部分をある程度改善することが可能になります。本当は、医師の監督の下で補聴器を用意すべきであることはよくわかっていますが、お金の問題は働けば何とかなるにしても、「耳に異物を容れるのを好まない」という母の要求はいかんともしがたい側面があります。
 できるかどうかはまだ未知数ですが、当たりだけはつけました!まだ、実際の音の発生から、骨伝導ヘッドフォンにその音が伝達されるまで0.3~0.5秒程度の遅延が発生すること、原音と伝送された音が2重に聞こえてしまうこと、などなど解決すべき課題は山積していますが、なんとかできそうな手ごたえもつかむことができました。特に、ソフトウェアイコライザによる入力音声のリアルタイム調整はなかなかパワフルで有用です。雑音や聞こえなくてもいい音をとことん抑制しながら、はっきり聞こえなければならない音や話し声だけをクリアに伝えるということが設定次第でできるようになります。
 次回の更新機会がありましたら、その時はぜひとも、上記汎用的な無線骨伝導ヘッドフォンの応用記事を掲載したいと思います。

 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。テレビ音声を骨伝導ヘッドフォンで無線聴取することによって、本人は昔の良好な聞こえを一定程度取り戻すことができますし、周囲も大きなテレビの音を気にしなくて済むようになり、非常にウィンウィンです。
 その実、老齢による聞こえの問題は深刻です。お金が無尽蔵ならスマートで医療的な解決策は様々あるのだと思いますが、民生用品による手軽かつ安価な解決策も模索されてよかろうと個人的には感じています。
 今後ともさまざまな試行錯誤を続けていこうと考えています。

2024年2月1日 著者記す


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