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続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集06『夜明けを迎えて』
「今度は、カレンです。今回、駆除作戦を実施することになれば、なんといってもカレンの大規模召喚術式がその成否を大きく左右することになります。ですから、大量の魔力消費をできるだけ緩慢にするとともに、魔力放出後の自然回復を速やかに促すためにこれらを用意しました。」
作戦説明を執り行うアイラ。
「まずは、魔力制御と防御の要になる『魔黒鉱の重鎧』です。非常に重く鈍重な装備ですが、死霊の群れの召喚の後、後方で1人になるカレンをきっと守ってくれるでしょう。本当は、これに急速魔力回復用のエメラルドをあしらいたかったのですが、調達の時間がなく間に合いませんでした。それで用意したのがこちらです。」
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そう言うと、アイラは魔石エメラルドをあしらったペンダントを差し出して見せた。
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「カレンには200体以上に及ぶ大量の死霊を一気に召喚してもらわければなりません。その数が文字通り今回の作戦の要となるわけですが、どう工夫しても召喚術式完了後の一時的な魔力枯渇は避けられません。『魔黒鉱の重鎧』の効果により、魔力の発散はいくぶん緩和するはずですし、自然回復も促されますが、少しでも早く意識を正常に取り戻すために、これを鎧の下に身に着けておいてください。そして、意識がしっかりしてきたら、すぐに急速魔力回復薬を服用して、次の状勢に備えてもらいます。」
「ありがとう、アイラ。これらがあれば大丈夫です。きっと、期待に添える召喚をやってみせますよ。もちろん、天使の力も利用しますから。」
そう言うと、カレンは、アイラから鎧とペンダントを受け取った。
* * *
「そして、シーファです。先ほど説明したように、リアンの突撃で左右に分かれた敵勢力を、カレンの召喚した死霊の群れで壁状に押し留めつつ各個撃破していく作戦となるわけですが、そこで討ち漏らした残敵を処理するのがあなたと私の役目ということになります。また、思わぬ黒幕が奥に控えているおそれも充分にありますから、それへの対処も重要になります。」
「そうね。それは心得ているわ。で、実際にはどんな装備で、私は『黄竜』の力を解放したあなたについていけばいいのかしら?」
シーファは少々不安そうだ。本駆除作戦において、アイラと足並みを揃えて残敵を掃討するという重要任務に就くことになる彼女だが、『黄竜』の全力を解放して臨むアイラと、馬もなく、為天使の輪もない状態のまま、どう足並みを揃えればよいものか、全く確信をもてないでいるようだ。
「思わぬ伏兵、または敵の黒幕の存在に備えて、シーファには極力魔力を温存しておいて貰う必要があります。魔法での殲滅性という意味では、私達の中で、あなたの右に出る者はいないわけですから。」
慎重に言葉を紡いでいくアイラ。
「だから、今回は私も剣戟で、ということなのよね?馬があれば充分にあなたについていけると思うけれど、それができない以上、空でも飛ばない限り無理な相談よ?もちろん空は飛べるには飛べるけれど、そうすると魔力を温存できなくなるし…。」
シーファはなお慎重な姿勢を崩さない。
「だから、これです!!」
そう言うと、アイラは鍛冶場に置かれている鎧らしきものにかけていた布を勢いよくはぐった。
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「これは?」
「驚くなかれ、反重力作用を持ち、魔力をほとんど消費することなく蝶のように宙を舞うことのできる超特殊錬金金属『無重金』製の鎧と剣です。」
それを聞いた一同の目が丸くなる。それもそのはず、『無重金』とは、錬金術で錬成した、天然の金とは異なる特別の金に、更に特殊な魔の凝縮した天然鉱石の『磁鉄鉱』を合成して錬成した希少素材中の希少素材で、そのインゴットは、同じ質量の天然の金の価格の軽く5倍はするという特別の代物なのだ。『アカデミー治安維持部隊』の中級エージェントとして、それなりの安定的な固定給を得るシーファではあったが、とてもとても彼女の給金で賄えるような品物ではなかった。
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「ちょっと、アイラ。『無重金』の鎧と剣なんて、気は確かなの!?確かに、これがあれば、素材特有の独自の軽さと反重力作用によって、空を飛ぶようにその場を駆け巡ることはできるようになるけれど、こんな高価なもの、とてもじゃないけど私、支払いできなわよ!!」
シーファの美しい橙色の瞳が驚愕のあまり点になってしまっている。
「大丈夫ですよ、シーファ。これはお店からの支給品です。もちろんお代は作戦の成功報酬からいただきますが、あなたからお金を取るなんて、そんなことするわけがないじゃないですか。あなたを困らせるようなことはしませんよ。あなたと私の仲じゃないですか。」
そう言って、アイラは当惑するシーファに優しい眼差しを送る。鋭く走った刹那の緊張が、ゆっくりとほどけていくのがわかった。
「それならいいんだけど…。でも、無理はだめよ。全部あなたがひっかぶるようなことはなしにしてね。」
「もちろんですよ。ありがとう、シーファ。」
そう言って、視線を交わす二人の少女。それを見てリアンが釘を刺す。
「ご両人、いちゃつくのは後にするですよ。とりあえず今は、作戦会議の真っ最中なのです。『ポルガノ族』の一部には武装の兆候もありますから、真剣にやらないと駄目なのです。」
そう言って、わざとらしく膨れてみせる。
「まぁ、生意気言っちゃって。」
「わかってますよ、リアン。大丈夫です。」
「それならば、よろしいのですよ。」
そんな言葉をかわす3人を見て、カレンはやれやれという表情を浮かべている。
* * *
監視装置の警報音で起こされてからはや数時間、丑三つ時を過ぎて、時間帯はすでに明け方へと差し掛かっていた。東の高台から聞こえる物音は、獣の遠吠えとフクロウの声から、小鳥のさえずりへと変わり、東から空がゆっくりと白んでくる。最悪の事態を織り込んで、アイラがこつこつと今後必要になるであろう装備を用意してくれていたことで、作戦が実施に移された場合であっても、どうにか対処しうるだけの段取りは整いつつあった。
「ありがとう、アイラ。あなたのおかげで、どうにか駆除作戦を遂行できそうです。」
そう言ったのはカレンだ。
「どういたしまして。お店の協力あってのことですから、お気遣いは無用です。とにかくも作戦と装備はこれで整ったことになりますね。後は敵の出方をこれまで以上に慎重に探ること、それから、今打ち合わせた内容を魔法学部長先生にお伝えして、作戦支持を仰ぐことをしなければなりません。」
「確かにその通りだわ。想像以上に『ポルガノ族』の数が多いから、もしかすると、私達での駆除作戦は見送りになる可能性も多分にあるわ。だから、それも加味して、夜が明けたらすぐに先生に連絡しましょう。」
アイラの言葉を受けて、シーファがそう応えた。
「それでは、少し仮眠を取るですよ。これからは、これまで以上に体力と魔力の温存が重要になるです。とにかく陽が昇ったら、真っ先に魔法学部長先生に連絡を取ることにするですよ。それまでは、ひとまず監視を続けながら休憩です。」
リアンのその言葉に、他の3人の少女は頷いて応えた。東の雲はすでに随分と色づきを見せ始めていたが、日の出にはまだいくばくかの時間が残されている。その寸暇を惜しんで、しばしの仮眠をとる少女たち。つかの間の穏やかな時間が流れていった。
* * *
それから数時間を経て、時は朝8時を迎えようとしている。最初に目を覚ましたのリアンだ。起き出すなり、監視対象である『ハロウ・ヒル』の様子を急ぎつぶさに見やっている。警報こそ鳴りを潜めていたが、それでも、『ポルガノ族』の結集の様子は見るからに明らかであった。陽が昇ったことで、深夜帯に監視するよりもより鮮明に状況を把握することができるようになっている。
『ハロウ・ヒル』上に群れなす多数の『ポルガノ族』たちは、革製の装備を基本としつつも、一部は金属製の武具を身に着け、物々しい出で立ちで高台の上に蠢(うごめ)いていた。その様子は、戦争前さながらという様相である。魔法生物である『ポルガノ族』には、群れにおける一定の自律性は認められるのであるが、金属製の武具の装備といい、今回は明らかに何者かが後ろで糸を引いているのであろう、天然の『ポルガノ族』の振る舞いとは明らかに違う様相をまざまざと呈していた。
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手にしている武具は、主にハンマー、手斧、ナタ、槍といった比較的古典的なものであるが、集団での白兵戦に持ち込まれると厄介なことになりそうな危うさを醸し出していた。リアンはその特徴を慎重に記録し、また、武器の種類ごとに敵部隊を分類するなど、必要な準備を施していく。
そうこうしているうちに、シーファたちも起き出してきた。
「リアン、早いのですね。あまり無理をしてはいけませんよ。」
「大丈夫ですよ。監視は私の仕事ですから、万一の駆除作戦に支障のないよう、細心の注意を払うですよ。」
カレンの気遣いに対して、リアンは意気揚々とそう応えた。
「さあさあ、腹が減っては戦ができぬよ。とりあえず朝食にしましょう。」
寝床を抜け出すなりしばし台所に姿を消していたシーファが、朝食を持ってリビングに姿を表す。アイラはその給仕を手伝っていた。その日の朝は、ベーコンエッグと、ガーリックトースト、それに苦み走ったコーヒーである。
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「さあ、しっかり食べてちょうだい。シンプルだけど栄養は満点よ。」
そう言って、シーファは朝食を皆に振る舞った。めいめい、席に着いてそのごちそうを頬張る。リアンは、特性のガーリックトーストがいたく気に入ったようだ。耐えない緊張の中に、ごくわずか、気のおけない時間が流れた。
「朝食を終えたら、すぐに先生に連絡しましょう。」
シーファの掛け声に、みな頷いて応える。はたしてこのまま4人だけの駆除作戦敢行となるのだろうか?二手三手先を読んだ、アイラの卓越した準備のおかげで、万一の場合の準備は整ってはいる。後は、本来駆除作戦を担うこととに決定していた連合術士隊の到着が間に合うのか、あるいは、4人が先行して駆除作戦に打って出る必要があるのか?すべては、ウィザードの判断に委ねられていた。食器が空になるにつれて、運命の時は、刻一刻と近づいていく。
窓の外では、小鳥が忙しなく、ちゅんちゅんと鳴き声を上げている。陽は少しずつ高くなっていた。窓から差し込む朝日が眩しい。
to be continued.
続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集06『夜明けを迎えて』完