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AIと紡ぐ現代架空魔術目録 本編第9章第1節『剥かれ始めた牙』

「あなた、お待たせしました。」
 そういう声の主を男は優しく抱き寄せた。
「あなたの待ち望んでいらしたものがついにできあがりましたわ。」
 そう語る声に、
「君は本当に素晴らしい女性(ひと)だ。これほどまでに見事に作り上げてくれるとは。」
 男はその華奢な身体を自分の膝に座らせて、そう語った。
「それは生命と霊性の神秘を極めた『人為のスターダイヤモンド』です。その中に、あなたの求めていらっしゃるものが仕舞われていますわ。」
「あとは時が来るのを待つだけだな。」
「ええ。懸念しておられた霊性の穢れの問題も、これが解決してくれます。穢れなき霊の座に、神秘と叡智が降り立つ日はもうそう遠くありません。」
 そう言うと、女性は頭を男の胸に寄せた。
「実を言うと、私の方でも進展があったのだよ。見たまえ。」
 男は執務机らしいところから1枚のガラス板のようなものを手に取って、それを女性に見せた。

男が女性に見せた硝子盤のようなもの。そこには何か神秘的な模様が刻まれている。

「小さな神の名を冠し、すべての叡智と節理を司るもうひとつの大天使『大エノク』。その存在との契約を可能にする羅針盤だ。見てごらん。これに私の名を書き記すことで、契約は完了するのだ。そうすれば、私は天上の神秘をあますとこなく知ることができる。」
 男の声は興奮で上ずっていた。男の胸にその額を預けながら女性が訊く。
「でも、署名のためには、禁断の聖筆が必要なのではなくて?」
「そうだな。ふふ。しかし、それもすでにここにあるのだよ。」
 そう言って、男は執務机の引き出しの中から、まばゆい魔法光を放つ1本の筆を取り出した。

男が取り出したペン。この世のものとは思えない神秘的なたたずまいである。

「まぁ、ずいぶんとご用意がよろしいのですね。」
「ああ、私も遊んでばかりいるわけではないからな。それに、君にだけ仕事をさせるというわけにもいかない。」
 そう言って男は女性の頭を優しく抱いた。女性は恍惚とした目をしている。その瞳は美しい黄金色に輝いていた。
「いずれにしても、これで、私の大望は成る。穢れなき霊の座に降臨する万能の叡智と節理、ありとあらゆる法則を司り、万物を統べる力がもうすぐこの手に入るのだ。これもすべて君のおかげだよ。心から感謝している。」
 男は、女性の額に口づけした。
「よろしいのですよ。あなたのご希望がかなうならば、それはすべて私の喜びでもあるのですから。」
 そう言って女性は一層その身を深く男性に預けた。男の腕がその肩を強く抱きしめる。
「ありがとう。すべてはもうすぐ始まるのだ。そう、これは終わりではなく始まりだ。あらゆる犠牲は、新しい世界においてこそ豊かに報われる。全てがこの手によって新しくなるのだよ。あらゆる穢れは取り払われ、無垢な美しさに万物が彩られる、その世界をふたりで見よう。」
 その後、その場の時間はふたりだけをゆっくりと覆っていった。

* * *

 7月も中旬に差し掛かり、秋の『全学魔法模擬戦大会』の代表を選出するための最終選抜が行われる時節を迎えていた。初夏に古城で実施された選手権大会で、ウィザード科を除く各科の代表はすでに決定していたが、壮絶な引き分けによって順延された同科の代表は、この夏の試合で選ばれる運びとなっていた。その候補は、いうまでもなく今年の中等部1年を代表する優秀なウィザード、シーファとニーアのふたりである。他の学科でもエキシビション・マッチは行われるが、ウィザード科の試合は真剣そのものの、特別な意味合いを持っていた。特に、戦災孤児であり身寄りのないニーアは、この試合で代表に選抜されて秋の大会で活躍することに賭けているようで、普段からなみなみならぬ教練を重ねていた。もちろん、シーファがそれに劣るということはなかったが、ふたりの実力は常に拮抗しており、どちらが代表権を獲得するかは、中等部における今夏の話題を大きくさらっていた。事実、不心得者たちは、両者の勝敗の行方を賭けの材料にしており、それに関与する者らの話によると、勝敗の行方はシーファ6、ニーア4というのが大方の見方となっていた。シーファが、魔法生物『カリギュラ』を討伐し、その過程で『真石ルビーのレイピア』を手に入れた事実が、そのオッズを根拠づけていたようだ。しかし情報筋によれば、ニーアもまた優れた術式媒体を密かに獲得し、本番でそれを披露するのではないかという話があり、それが本当であれば、両者の勝率は完全に五分ということになっていた。賭けの胴元は、どう数字をいじくれば結果的に自分たちを最も利することができるかにについて、大いに頭を悩ませていたという。
 もちろん、学内のイベントについて賭けを行うことは、重大な学則違反ではあったが、しかし、こうした一大事しに際して賭けが行われることはもはや日常の風景となっていた。今回もまた、ふたりの勝敗をめぐって、大枚が行き交っていたのである。
 最終選抜の当日は、一日一日と近づいていた。団体戦でチームを組むシーファとニーアは、互いに切磋琢磨しながら各々の個人力とチームワークの両方に、余念なく磨きをかけていた。ふたりは、好敵手であると同時に、かけがえのないチームメイトでもあったのだ。

 勝利の女神はどちらに微笑むのか?学年全体がそのきまぐれに殺気立っている。その試合の行方に関心を寄せるのは、教師陣もまた同様であった。今年のウィザード科には優秀な学徒が多いともっぱらの評判である。ウィザードもまた、若人の成長と練磨、そして協調をあたたかく見守る大人のひとりとして、日々両者の指導にあたっていた。
 夏の陽はゆっくりと東から西にその居場所を変えながら、運命の日の到来まで、時を静かに刻んでいる。

* * *

 そしてついにその日が訪れた。雲一つない抜けるような真夏の晴天を、蒸しかえる熱気が覆っていた。その熱さは、試合場に集まった見物人たちに広く伝播しているようで、観客席からは大きな歓声が上がっている。
 いくつかのエキシビション・マッチが終わった後、ついに競技フィールドに主役の二人が姿を現した。ウィザード科の個人戦代表を争うシーファとニーアである。噂通り、ふたりはともに新しい得物を携えていた。シーファは燃えるようなルビーのレイピアを、それに対するニーアは、澄み渡る清水のように美しいアクアマリンのエストックを手にしている。

ニーアが手にしているアクアマリンのエストック。彼女もまたこの日のためにとっておきの得物を手に入れていたようである。

 司会の進行に促されて、ふたりはゆっくりと競技フィールドの中央に歩み出た。各々が手にした法石製の得物が、夏の日差しに照らされてまばゆい輝きを放っている。赤と青、それはふたりが身にまとうローブ、そして点数を指し示す魔法光掲示板の色でもあった。赤がシーファ、青がニーアである。両雄は今、競技フィールドの中央で相まみえ、試合開始の合図を待っていた。

試合開始の合図を待つふたり。左手がシーファ、右手がニーアである。ふたりとも準備は万端のようだ。勝負の行方はただ神のみぞ知る。

 ふたりの登場を目の当たりにして、観客席からどっと大歓声があがる。声援の大きさもまた五分五分のようだ。互いの名を叫ぶ声があちこちから響いてくる。リアンとカレンも固唾を飲んでふたりの対戦を見守っていた。
 夏の陽がフィールドを明るく照らす。その時は近い。やがて審判がその手を高らかに上げた。いよいよだ!
「ウィザード科個人戦代表選抜試合、1本勝負!用意!」
 向かい合うふたりを中心にして会場全体に緊張が走った。
「はじめ!」
 ついにその戦いの火ぶたが切って落とされる!

* * *

 中等部の1年生で空中戦を披露したのは、後にも先にもかのウィザードとソーサラーしかいない。その先例にもれず、シーファとニーアのふたりもまた、地上戦で雌雄を決するようだ。しかし、ニーアはその跳躍力を飛躍的に高める虚空の魔靴を着用している。戦術の幅という点では、彼女に利があるのかもしれない。力のシーファと技のニーア、両者の魔法がついに激突した!

 初手は両者が同時に仕掛けた。ともに『火の玉:Fire Ball』の術式を、それぞれ得意の仕方で繰り出す。ウィザードはルビーの力で威力を引き出し、ニーアはアクアマリンの力で速度と制度を増し加えている。

 アクアマリンはどちらかといえば、火の領域よりも水や氷に適性があるが、それでも光との相性は良く、更には、術輻輳や速度、精度と言った術式の外延に強い作用を及ぼすため、ニーアのようにあえてそれを得物とするウィザードも多かった。ルビーによって火と光の力をストレートに伸ばそうとするシーファとは、その点でも対照的である。

 両者が放った火の玉はフィールドのほぼ中央で衝突し、互いに猛烈な光と熱を放出しながらかき消しあった。あたりにはその熱の余波が漂う。会場からはどよめきと歓声が沸き起こった!

 その余熱と衝撃の影響から身を守るようにして、両者は防御姿勢をとりながらともに距離をとる。シーファは腰を低く落とし、右手にレイピアを構えて相手の出方をうかがい、対するニーアは、直立して後ろ手にエストックを構えて、攻撃の機会を見定めている。
『火と光を司る者よ。法具を通して加護を請う。我が手に炎の波をなせ。我が敵を薙ぎ払い、燃えつくさん。殲滅!炎の潮流:Flaming Stream!』
 次の手を先に仕掛けたのはニーアだった。そのエストックから、ち密に計算された軌道を描く幾筋かの炎の潮流がほとばしってくる。それらは確実にシーファの動きを捉えているようであった。防御障壁を展開しながら、走って回避行動をとるシーファ。髪の毛をかすめるように迫る2筋の炎流をかろうじてかわすが、後続の幾筋かが彼女の足元を捉えた。とっさに前転して回避を図るものの、そのうちの1筋を脚に受けてしまった。魔法光掲示板が青色で30と表示する。大歓声が巻き起こり、ニーアの名を呼ぶ声が競技場に響き渡った。

「やるわね。今度はこちらの番よ。」
 そういうと、シーファは詠唱を始めた。ニーアは構えを崩さず、冷静に防御障壁の展開機会を計っている。
『火と光を司るものよ。法具を介して助力を助力を求む。水と氷を司るものとともになして、わが手に力を授けん。火と光に球体を成さしめて我が敵を撃ち落とさん!砲弾火球:Flaming Cannon Balls!』
 ルビーによって威力と数を存分に増したいくつもの火球が、ニーアに向かって襲い掛かる。ニーアは動じるでもなくそ防御障壁での大半を防いでいった。後続の火球がなおもその身体を追撃しようとした瞬間、ニーアは虚空の魔靴の力を解き放って高く空中に飛び上がり、身をひるがえして、そのほとんどをかかわした。一発だけが、その肩口をわずかにとらえる。十分に威力を増した火球はあらかじめ展開していた防御障壁を打ち破ったようで、ニーアに損傷が入る。魔法光掲示板は赤で20を示した。再び大歓声が巻き起こる。シーファとニーアの名を呼ぶ声は拮抗しているようだ。

 ふたりは再び距離を取り、次の一手をうかがう。相互に緊張が走り、額から首筋にかけて汗が流れ落ちていった。
 ニーアがからめ手で『雷:Lightning』の術式を繰り出す!しかし、シーファはそれを織り込んでいたようで、一直線に迫りくるその雷光に対して、さっと横に身をかわすと、一気にニーアとの間を詰めた。
 刹那、鋭い金属の衝突音があたりに響き渡り、シーファのレイピアとニーアのエストックが刃を合わせる。両者ともに、その刃に対して、『武具拡張:Enchance Weapons』の術式を展開し、その威力を高めていた。2本の刃の間で、魔法光が火花のようにちりちりと巻き上がる。肉弾戦さながらの大接戦だ。身をかがめて力をこめ、シーファがニーアを押し返すと、ニーアはその力を虚空の魔靴に乗せて、空中で大きく後転しながら、再度距離をとる。着地するや否や、シーファの方に振り向いて、今度は『竜巻:Tornade』の術式を繰り出した!
 不意を突かれる格好となったシーファは、回避が間に合わず、防御障壁こそ展開したものの、その直撃に耐えられずにその身を後ろに押し返された。魔法光掲示板は青字で60を灯す。会場からはニーアコールが沸き起こった。リアンとカレンは声の限りにシーファの名を呼ぶが、それはすっかりかき消されてしまった。不覚を取ったという面持ちでシーファがにやりと笑い、唇をなめる。まだ勝負がついたわけではない!彼女は再びニーアとの距離を一気に詰めて、武具での接近戦に持ち込む。レイピアとエストックが激しくぶつかり合い、そのたびに金属音があたりに鋭くこだまする。またもやつばぜり合いになろうかとしたその瞬間、レイピアを持っているのとは反対の手で、シーファは『衝撃波:Shock Wave』の術式を繰り出した!
 その行動はニーアの予測にはなかったようで、彼女は間一髪防御障壁を展開こそしたが、障壁ごとその直撃を受けて後ろ手に吹き飛んだ。損害は入っているようである。魔法光掲示板が赤字で50を表示した。大接戦である。

 ふたりともずいぶんと息が上がってきた。両者ともに口が開き、肩で大きく息をし始めた。そろそろ大技で勝負を決めなければ体力と魔力がもたない。それは共通の焦りであった。大技を繰り出すには魔力を大きく消費する。魔力枯渇は即負けとなるため、その決断は慎重に行わなければならない。その一方で、体力を使い切っても結局は負けとなるから、仕掛けどころを見定めるのが重要だ。ふたりはともにじりじりと距離をとりながら、にらみ合いの手を緩めなかった。
 先に意を決したのはニーアだった!彼女はアクアマリンと相性の良い『加重水圧:Hydro Pressure』の術式を見事な命中精度と速度で撃ちだした。シーファの回避行動はとても間に合いそうもない。しかし、驚いたのはその瞬間の彼女の行動で、水流をかわそうとする代わりに、左手で展開したで間に合わせの防御障壁でそれを受け止めつつ、レイピアを介して『殲滅光弾:Strike Nova』の大技を繰り出したのである!もちろんその身体が受ける損害は小さなものではなかったが、捨て身で繰り出したその光弾は、ニーアを真正面からとらえ、すんでのところで繰り出した防御障壁ごと彼女をフィールドの場外まで吹き飛ばした。
 青で90,赤で100を示す魔法掲示板を見て、会場からは割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
「100対90、勝者、シーファ!」
 審判がシーファの勝利を高らかに宣言する。シーファは体内の魔力のかなりの量を消費したようで、片膝をついて肩で息をしていた。レイピアをフィールドに突き立て、それを杖代わりに上体を支えている。

 ようやく決着がついた。そう思った時だった!

* * *

 ニーアがゆっくりと上体を起こして静かに立ち上がった。しかし、その様子がどうにもおかしい。その胸の真ん中あたり、ちょうど鎖骨の間を中心にして怪しい色の魔法光をまばゆく放ち、その全身がエーテル様の不自然な透明感を醸し出している。やがてその頭上には天使の輪が浮かび、背中には大きな翼があらわれた。

起き上がったニーアの全身に俄かには信じがたい変化が起こる。いったい何が起こっているのか?

 そのシルエットは紛れもなく天使のそれであったが、シーファにもそれを見守る大多数の観客にも、そこで彼女の身に何が起こっているのか、全く理解できなかった。そのまま彼女の転身はどんどん進んでいく。やがて、完全に体を起こし姿勢を正したニーア、というより先ほどまでニーアであった存在というべきそれは、怪しい魔法光を放つ瞳で、シーファと会場を見据えた。

もはや人間のものとは思えな怪しい輝きを放つ瞳でシーファと会場を捉えるニーア。

 刹那、その両手からおびただしい数の氷の刃が無差別に撃ち出された。それはシーファだけではなく会場の全体に向けて容赦なく降り注がれる!観客席は大混乱で、集まった学徒達は悲鳴をあげながら逃げ惑った。居合わせた教員たちは、防御術式を展開して必死に学徒達を守ろうとしている。カレンもリアンをかばいながら、片手で強力な防御障壁を展開していた。しかし、その氷刃は威力も数も凄まじく、障壁はどんどんと摩耗していくばかり。それを支える手は痛みと血にまみれた。カレンの腕の中で、リアンがおびえた表情を浮かべている。一通りの混乱の後、場内アナウンスが即時の避難を呼びかける。蜘蛛の子を散らすようにして、学徒達は競技場から我先にと逃げ出していった。教員たちは、なおも防御障壁を展開しながら、その避難の波を出口へと誘導していく。
 氷刃の雨をかろうじて耐え抜いたシーファもまた、ずいぶんな怪我を負いながら、なおその天使と対峙していた。
「ニーア。どうしたの。返事をして!」
 そう呼び掛けてみるが、天使はその瞳と胸元の魔法光を強くするばかりで、答えるそぶりを全く見せない。再びその手に魔力がたぎる。
「やるしかないの?ニーア、お願い応えて!」
 その声もむなしく、その光る瞳は再びシーファの動きを捉えにかかった。その殺気はただならぬもので、シーファは再度力を振り絞り、やむを得ずに『殲滅光弾:Strike Nova』の術式を繰り出した。
 その光弾はニーアの身体を真正面に捉え、大きな爆発を引き起こして、ニーアの身体を大きく後ろ手に舞わせた。振動とともにその身体を地面に打ち付ける。ダメージは相当なものはずだが、ニーアは構わずに身を起こした。シーファにはもう魔力が残っていない。遠のきかけていく意識を懸命につなぎとめようとする彼女にはお構いなしに、ニーアはなおも術式を繰り出した。まばゆい閃光と雷が、うずくまるシーファの身体に迫ってくる。
 もうだめだ!
 そう思った時、強力な魔法障壁が目の前に展開され、ニーアの放った稲妻を受け止めてた。
「先生!」
 それはウィザードだった。高い位置にある観客席から飛び降りてきたのであろうその姿は、虚空のローブを身に着けていた。
「早く逃げろ!」
 険しい声が上がる。
「でも、ニーアが!」
 涙と動揺に声を震わせて言うシーファを、
「いいから、早くいけ。死にたいのか!」
 と、払いのけるようにして怒鳴りつけた。ウィザードにとっても、目の前の事実は受け入れがたいものであった。ニーアが、件の『人為の天使の卵』の影響を受けているのは明らかだった。しかしなぜそれがニーアなのか、どういった経緯で彼女がその毒牙にかかったのか、それは全くわからなかった。ただ、はっきりしているのは、目の前の愛すべきかつての教え子が、今まさにもう一人の大切な学徒に手をかけんとする差し迫った危険に変貌しているという、その残酷な事実だけであった。
「ちくしょう。お前の敵はきっととってやるからな。せめて安らかに眠ってくれ。」
 そう言うと、ウィザードは血が滲むほどにキッと固く唇を噛んで詠唱を始めた。
『火と光を司る者よ。法具を介して力を求めん。我は汝の敬虔な庇護者なり。今、火と光の源をここに呼び出し、その力の解放をもって我が敵をあだなさん!星光爆発:Star Light Explosion!』
 ウィザードは殲滅性の究極術式をニーアに向けて繰り出した。その茜色の瞳から涙があふれていたことは言うまでもあるまい。彼女が召喚した白色矮星はかつてニーアだった存在にぶつかって大爆発を起こし、その脅威を無力にした。ウィザードの魔法の直撃を受けたそれは、見るも無残なむくろとなってその場に倒れこみ、短く儚いその生涯を閉じた。

ウィザードの魔法を受けて最期を迎えたかつてニーアだったもののむくろ。その姿はあまりにも痛々しく、直視に耐えるものではなかった。

 その一部始終を見たシーファの顔は、想像を絶する驚愕のあまりにその美しさをすっかり失ってしまっていた。ウィザードは、涙を流しながら戦慄するその身体を抱きしめて言った。
「大丈夫、もう大丈夫だから。今見たことは全部忘れろ。いいな、全部忘れるんだ。」
 彼女の頭に手をおき、それを優しくなでた。ウィザードの胸の中で、恐怖のとりこになった小さな少女はただただ泣きじゃくっている。ウィザードはその身体をいつまでも抱き包んでいた。

* * *

 その姿を、高いところから見守る人影があった。

「やはり、単なる天使化では霊の穢れが弱さとなるか…。」
 そうつぶやく人影。
「霊の穢れを完全に取り去ってからでなければ、真の力に到達できないというのは間違いないようだな。アレの完成を急がせなければ…。」
 そう言うと、人影は建物の中に姿を消した。

* * *

 こうして、恐怖に彩られた夏の代表選抜大会は幕を閉じた。その悲しき異形の正体をめぐっては、学内で様々な憶測を呼び起こしたが、ごく一部を除いて、その背後にある真実に到達できる者はいなかった。ただ、同様の恐怖にいつまた襲われるのか、関心はその一点のみに集中し、アカデミーは俄かに騒然となって、そこで生活する誰もが未知の脅威に慄くことになる。

 それは奇しくも、アカデミーの福祉部門が、戦災孤児や災害孤児、および傷病人を助け、彼らに力を与えるためとして『天使の秘薬』なる特別の薬の投与を始めた時期と重なっていた。

 今日も時計は静かに、その歯車を回し続けている。夏はまだまだその苛烈さを忘れてはいない。照り付ける日差しはなも鮮烈な強さを保っていた。

to be continued.

AIと紡ぐ現代架空魔術目録 本編第9章第1節『剥かれ始めた牙』完


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