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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 付録 その2『少女たち、東の国へ』

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〜9月30日 23:30

 付録は『AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録』の世界観とキャラクターを引き継いだスピンオフ作品群です。本編と一定の関連性を有している、あるいは同一時間軸上にある場合もありますが、基本的に、新エピソードというわけではなく、補完的・補充的なサイドストーリーです。わけあって、付録シリーズは有償公開となります。予めご了承ください。なお、本編への加筆修正や直接の続編につきましては、従来通り無償公開いたします。

 魔王の復活と『セト』の呪いは、愛の枯渇と無関心の蔓延という深刻な影響を魔法社会の全体にもたらしたが、その事件に関与したみなみなの並々ならぬ活躍によって万難は排され、ようやく平和と安定を日常の中に取り戻しつつあった。
 過酷な戦場に赴いたシーファとアイラも無事に帰還し、無事に再開を果たした彼女らは、どうやら特別な絆を結んだようである。リアン、カレンとの関係も相変わらずで、休日には誰かの部屋におしかけては、朝まで話題に花を咲かせるということを今でも行っているようだ。

 時は、魔王事件からしばらくを経た、その年の年末、あと1週間ほどで新年を迎えるというそんな時期のことであった。冬の期末試験を無事に終えたシーファたち4人の少女たちは、今日はリアンの部屋に集まってなにやら年末年始の過ごし方について相談を繰り広げている。

 窓の外では雪がしんしんと降り続き、中央市街区を中心に魔法社会全域が、深い純白の雪景色に彩られていた。『北方騎士団』との国境に位置する『ノーデン平原』は、その前庭にあたる『アナンダ氷原』とともにすっかり深い雪と氷に覆われ、その冬の間は、もうこれ以上彼らの侵攻に怯える必要はないという保証を与えてくれているようであった。

 部屋の中ではストーブが炊かれ、外の冷たさとは対照的に、眠気を誘うような心地よいあたたかさで満たされている。窓は、すっかり曇ってしまっていた。

* * *

「外は大雪ですね。」
 アイラが言った。
「本当ね。こんなに冷え込む冬も、近年では珍しいかも。」
 ストーブで暖を取りながら、シーファが答える。
 
 リアンとカレンは台所で、あたたかいホットチョコレートを用意してくれていた。隠し味に加えられた、アルコールを飛ばしたブランデーの香りが、なんとも心地よい。ふたりが、それを振舞ってくれた。

リアンとカレンが淹れてくれたホットチョコレート。甘い香りが部屋に漂う。

「どうぞ。あたたまりますよ。」
「ゆっくり一息つくですよ。」

 二人の手からマグカップを受け取って一口運ぶと、その芳醇で深い甘さがあたたかさとともに広がって、なんとも豊かな気分にさせてくれた。ふぅ、と大きく一息つくシーファ。その姿に、アイラが愛おしそうな視線を送っている。

「みんなは、この年末どうするですか?」
 そう訊いたのはリアンだ。
「私は、リアンと一緒に寮に残るつもりです。私の実家は遠いですし、この雪ですから…。」
 最初に応えたのはカレン。シーファとアイラは顔を見合わせている。

「二人はどうするのですか?」
 カレンが訊ねると、
「私たちは、まだ特に決めてないわ。アイラの家はすぐ近くだから帰るのかもだけど…。」
 そう言って、アイラの顔をシーファは見やった。二人はそっと肩を寄せている。
「今年は、リセーナ様もいらっしゃる年末になりますから、何らかのタイミングで一度はお店に戻ると思いますが、冬期休暇はそれほど長いわけではないので、もしかするとこのまま寮に留まるかもしれません。」
 そう言いながら、マグカップを傾けるアイラ。外ではなおもしんしんと雪が降り続いている。

「なるほど。みんな、明確な予定はまだないということなのですね。」
 リアンが妙なことを言いだした。
「実は、私から提案があるですよ。ちょっと待っててくださいね。」
 そう言うと、リアンは席を立って机のところでなにかごそごそやっている。やがて、何か紙切れのようなものをもってみなの所に戻ってきた。

「実は、東の隣国から招待を受けているですよ。といっても、私ではなく父がですが…。まああの男は、愛妻のいる家から出ようなんてことは考えないので、それで役に立つなら使えと、これをよこしてきたです。」
 そう言うと、リアンは手にしていた紙切れの束をみなに見せた。それは、どうやら旅券で、行き先は東の隣国の有名な観光地域にある温泉宿のようである。

「これ、期間が思いっきり年末年始にかかっているですよ。だからある意味で使いにくいのです。なので、もしみんながこれといって決まった予定がないのなら、一緒に東の隣国まで出かけませんか?この宿はここ魔法社会でもよく知られている場所で、料理と温泉でつとに有名なところなのですよ。この時期は特別食べ物もおいしいと聞きます。どうですか?」
 そうリアンはみなに訊いた。

「いいですね。この宿のことは知っていますが、確かにリアンの言う通りかなり有名な高級旅館です。そこに招待を受けるというのは悪い話ではないですね。」
 事情通のアイラが言った。
「へぇ~、そうなんだ。アイラがそう言うなら、私も行ってみたいな。東の隣国なんてこんな機会でもないと行くことないもんね。」
 シーファは乗り気の様で、リアンが一緒に持ってきた旅館の案内状に興味津々に目を通している。
「カレンはどうしますか?せっかくだから一緒に行くのですよ。」
 そうリアンが言うと、
「ええ、もちろん。一緒に行きましょう!」
 彼女は、二つ返事で了解した。

「なら決まりですね!この旅券は自由にしてよいと言われているので、折角だから便乗するのです。ただ、ひとつだけ問題があるですが…。」
 少し言いよどむリアン。みなはその顔を覗き込んだ。

「実は、部屋が大きな相部屋で、個室じゃないのです。それだけが難点と言えば難点ですね…。」
 リアンがぼそりとそう言った。

「なぁんだ。そんなこといいじゃない。私たち4人は何度も一緒に旅をしてきた仲じゃない。いまさらよ、そんなの!」
 シーファがそう言った。
「でも、いいのですか?せっかくの温泉ですから、アイラはシーファと二人きりの方がよかったりはしないのですか?」
 申し訳なさそうに訊くリアン。

「そんな。気の使い過ぎですよ、リアン。せっかく4人で出かけるんですから、4人で楽しみましょう!二人で過ごせる時はほかにいくらでもあります。みんなで一緒にいられる時間のほうが大切ですよ!」
 アイラはそう応えた。シーファとカレンもそれに頷いている。

「じゃあ、決まりなのですよ。この冬は東の隣国まで温泉旅に出かけるです。」
「ええ、そうしましょう!」

 どうやら年末年始の過ごし方が決まったようである。思えば『三医人の反乱』以降、ゆっくりと気の休まることがなかった。挙句の果てには、『北方騎士団』との戦いにまで駆り出されたのである。英雄たちの休息としては、十分に相応しい冬の過ごし方なのかもしれない。
 雪はなお、しんしんと降り続き、ストーブの上のやかんがかたかたと音を立てている。

リアンの部屋で年末年始の計画を練る少女4人。

* * *

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9月18日 01:30 〜 9月30日 23:30

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