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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚最終集 最終話『新しい始まり』

 創造主の隠れ家から戻ってきた4人を出迎えてくれた波止場の住人は、その間の魔法社会の出来事を彼女たちにつぶさに教えてくれた。

 毎夜中央市街地を脅かしていた魔法社会の裏切り者らは、ソーサラーと『連合魔導士隊』の決死の戦いにより遂に降伏した。10日10晩に及んだその戦いは実に厳しいものであったが、その脅威を退けることに遂に成功したのである。

 『北方騎士団』との二面作戦もまた苛烈を極めたが、『愛の結晶』が紡がれたちょうどその時、天空から、幾筋もの雷光が地上に降り注ぎ、中央市街区に肉薄していた騎士団を蹴散らした。その機に乗じて、シーファととアイラは一気呵成(いっきかせい)に転進し、『北方騎士団』をアナンダ氷原まで押し戻すことに成功した。敗走一色となった騎士団は、そこから更に北上し、『ノーデン平原』に陣取るバーンズ卿の『白銀騎士団』と合流して、再起を図ったが、中央市街区からの増援を引き連れてかけつけたウィザードとソーサラーらに圧倒され、そのまま自国領内への撤退を余儀なくされた。これにより、ついに魔法社会は外敵の脅威から解放されるに至ったのである。

増援としてシーファのもとにかけつけるウィザード。

 ずっと、評議場に閉じ込められたまま忸怩たる思いを募らせていたウィザードは、自ら馬を駆る機会を与えられたことで、水を得た魚のような、渾身の活躍を見せたという。彼女が駆けつけたことでシーファの軍の士気は一気に回復し、そのままアイアンフィスト卿率いる『黒騎士団』を追い立てることに成功した。それはまさに蜘蛛の子を散らす有様だったと伝えられる。彼女には『近衛騎士団』が随伴した。

『アカデミー最高評議会』直属の護衛部隊である『近衛騎士団』。ウィザードに随伴して南西戦線の状況を一変させた。

 また、北西戦線には、中央市街区の安全を確保したソーサラーと『連合術士隊』が駆けつけ、サンフレッチェ大橋の南のたもとまで後退を強いられていたアイラの背を力強く支えた。

アイラ隊の増援として駆けつけたソーサラーと『連合術士隊』。

 アイラ自身、相当の深手を負っていたが、それでも大いに意気を取り戻し、ソーサラーたちとともにそのまま『ノーデン』平原まで敵を追走したという。こうして、『北方騎士団』の最精鋭による二方面侵略という歴史上最大の危機を遂に免れることができた。

 ウィザードとソーサラーが抜けたアカデミーの安全と日常は、ネクロマンサーとリアン、カレン等がしかと守ってくれた。傷病者の数が目に見えて減るということはなかったが、それでも統制の利かない混乱は脱しつつあるようだ。

 『北方騎士団』を撤退させた3日後、みなが魔法社会への凱旋を果たした。再び愛の光と輝きに満たされた魔法社会の人々は、喜びをもって彼女らを迎える。アカデミーの修繕も順調に進み、少しずつ、日常が取り戻されつつあった。

 そんなある日、フィナは思いがけない軌跡と遭遇する。12月の、寒さの中で透明な陽光が引き締まる美しい朝のことであった。いつものように寮室から教室棟に向かっていると、途中の丘にあるベンチに懐かしい人影がかけているではないか。

中庭のベンチに独り腰かける少女。

 その姿を見て、フィナは涙を止めることができなかった。

「ルイーザ!!!」
 思わず駆け寄るフィナ。ベンチの人影は、少し気恥しそうにしてその呼びかけに応えた。
「フィナ!」
 固く抱擁を交わす二人。あのとき、ルイーザは確かに『愛の欠片』になったはずだった。しかし今、フィナの両腕の中には確かにその人がいる。

「ああ、ルイーザ。どうして、どうして…。」
 フィナの驚きと喜びは言葉にならない。ルイーザは言った。

「実はね、神様がね、もう一度生き直す機会を与えてくださったの。ルシアン君達のこと、マリクトーン先生のこと、私には償わなければいけない罪がたくさんあるけれど、それを自覚しながら生き続けることで、その罪をそそぐのもまた一つの贖罪の仕方だとそうおっしゃって。だから、望むならフィナの所に帰りなさいって。それで帰ってきたの。」

「ああ…、ああ、ルイーザ。」
 涙をいっぱいにためて、フィナがその身体をしっかりと抱き留める。ルイーザもまたそれに全霊で応えた。

「フィナ。あのとき、あなたが助けに来てくれて、本当に嬉しかった。あなたが来てくれなかったら、私は力と傲慢に飲み込まれたまま、孤独に人生を終えるしかなかったわ。でもその暗い闇の中から、あなたが救い出してくれたの。あなたは本当に、私にとっての光よ。ごめんね。そして、ありがとう。」
 二人の抱擁は、それ以上もう言葉など要らないというほどに、固く長く続いた。

 呪われた作り手、カースト・メーカーが最後に話していた贈り物とはこれのことだったのだ。彼は、人が、自らの罪を悟り、悔い改め、そして再生へと歩んで行けるのだということを、彼女たちの存在をもって証明しようとしているのだろう。ルイーザの瞳は、従前と何ら変わらぬ、透き通ったサファイアの輝きを保っていた。フィナのエメラルドの瞳がその視線をただただまっすぐに受け止めている。

 創造主は、ルイーザの魂から、穢れを取り除くことはしなかった。それは、彼女自身が、それを受け止め、それを乗り越え、それをも糧にして、必ずや、より大きな友愛に到達するのであろうことを確信していたからに違いない。事実、ルイーザはもはや魔王にとりつかれていた時の異常性を見せることは全くなくなり、その天真爛漫と純粋な正義の心で、誰にも公正に、正大に接する奥深い心の持ち主へと成長していった。フィナとはよく親交を結び、生涯にわたって交流を温めたという。フィナもまた、無二の親友を取り戻したことで、その人生に潤いと輝きを大いに増し加えたという。若き二つの魂は、いつまでも友愛の縁(よすが)で結ばれて、まばゆい光を放っていた。そこにできる影もまた、彼女たちの人生の奥深さをよく物語り、彩っている。

* * *

 魔法社会に、もうひとつ喜ばしい出来事があった。フィナとルイーザが奇跡の再開を果たしてから4か月ほどを経た春のただ中のことである。リセーナが子どもを出産したのだ。それは、かつてパンツェ・ロッティとの間に育んだ愛の果実であった。
 ログエルと名付けられたその子には、ハルトマン姓ではなく、ロッティ姓が与えられた。リセーナもまた、職場としては『ハルトマン・マギックス』に戻り、アイラと共にカリーナの片腕として辣腕を振るっているが、亡きパンツェ・ロッティへの愛の誓いから、ロッティ姓を名乗り、今ではリセーナ・ロッティとして魔法社会に活躍の場を得ている。
 かつての彼女の悲恋は、思いがけない形で報われ、祝福されることとなった。ログエルの養育については、アカデミーが全面的なバックアップを行っており、ウィザードたちの見守りを受けて、すくすくと育っていった。
 その存在は、文字通り、新しく始まった魔法社会の希望であり、象徴であるかのように思えた。

 ウィザードは、魔法学部長代行から正式に魔法学部長となり、また『アーク・マスター』の学術位階を得て、最高評議会の常任評議員となった。今では、同じく最高評議会に常任評議員として加わったソーサラーとともに、ルイーザの父、ゼン・サイファ議長の両脇を固める側近として、アカデミー運営に尽力している。かの悪名高き『学則第8章6条』の改定を始めとして、大規模なアカデミー改革が敢行され、その秘密主義は解消されて、より風通しのよい、公明正大な組織として生まれ変わりつつある。そのような、新しいゆりかごの中で、フィナやルイーザといった新しい世代が、豊かに育っていった。

 ネクロマンサーは、半ば周りに押し込まれる形で看護学部長となり、今日も忙しく看護・医療の分野で力を尽くしている。どこから漏れ聞こえてきたのか、彼女の初等部時代の二つ名である『黒衣の天使』がすっかり定着し、今では知らぬ者のない存在となっていた。その彼女を、立派に成長したカレンとリアンが支えていることは言うまでもない。

 対『北方騎士団』戦を見事に戦い抜いたシーファとアイラは俄かに現世の英雄となり、ふたりとも注がれて止まない世間の好奇の目にどぎまぎしているようだ。ともに中等部の最終学年へと進級し、今は高等部進学の準備に奔走しているようだ。高等部の後は、シーファは教職をこころざし、アイラは店で働くことを考えているようである。カリーナとリセーナは、アイラにはぜひ学術位階まで進んで欲しいと望んでいるようであるが、当のアイラは、どちらかといえば天賦の商才を活かして、姉二人を一日も早く支えたいと考えているようである。

 ぎこちなくきしみながら時を刻んでいた歯車は、ようやく油を指された機械のように、なめらかな運航を再開した。

 キースとライオットは相変わらずであるが、ライオットはアイデンティティの実現のために一層自分に磨きをかけ、キースはそれを理解して応援するよき理解者となっている。おそらく、波止場でほんの一瞬垣間見せたライオットの純真がキースに届くことはないのだろうが、それでも、二人の絆が深まっていることだけは間違いないだろう。彼らが、卓越した錬金術師、ネクロマンサーとして社会に活躍の場を得る時は、決して遠くない。

 『アーカム』から始まった一連の物語はこれで幕を閉じる。神秘の魔法具店、始まりの場所『アーカム』の住人は何をしているのだろうか?キューラリオンとアッキーナはあれからまた性懲りもなく『アーカム』を再開し、今日もまた濃い霧の裏側で、妖しげな客の来店を待っているようだ。

 では、ウォーロックは?

 彼女が今、どこで何をしているのか、知る者はだれもない。彼女は、その無限の好奇心に任せて、ブレンダの『時空の波止場』から、船乗りたちの誘いに乗って、遠い遠い時空の旅に出たのである。今もなお、どこか見知らぬ星の彼方で、その好奇の瞳を輝かせていることだろう。その魂の座には、今もパンツェ・ロッティが静かに宿っている。彼女が、その秘められた『神』の力を再び開放することはもう二度とないのであろうが、それはある意味で、望ましいことでもあった。

 空を翔ける流れ星を見て、ネクロマンサーは、遠い遠い出会いの日のことを思い出していた。今日はログエルの満1歳の誕生日の宵である。彼の誕生の秘密を知る全員が一堂に会していた。

 もちろんその場所は、『アーカム』のいつものカウンターである。リセーナの胸に抱かれたログエルを囲って、その生誕を祝う歌声がいつまでも響いていた。

パンツェ・ロッティとリセーナの子、ログエル・ロッティ。

 ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサー、シーファ、リアン、カレン、アイラ、リセーナとその姉カリーナ、それからアッキーナとキューラリオン、みなに取り囲まれるようにして、ログエルは静かに寝息をたてていた。その微笑みをたたえた表情は、この先の全ての希望を物語っている。もちろん、『セト』が残した穢れは、これからも潰えることはないだろう。しかし、それをも飲み込み、あるいは糧にして、この目の前の新しい生命が、至福の内に人生を全うすることを、その場にいるすべての者が心から願っていた。

 やすらかな彼の寝顔を照らすように、満点の星空をひとすじの流れ星がかけていく。とおい、とおい、時空の果てから…。

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚最終集 最終話『新しい始まり』完

後日譚 完

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 完

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