見出し画像

続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第3集04『旅路』

 翌日早朝、思わぬ自分探しをする羽目になったシーファと、それを切望するアイラ、それから彼女たちに随伴することになったミリアムとユンは、ともに『アーカム』からアカデミーへと向かった。表の世界では、そこからアカデミーまでは目と鼻の先である。
 4人は、事務部門の業務開始時刻になるとすぐに『全学職務・時短就労斡旋局』の窓口に赴いて、今度の旅の手続きを執り行った。その行程自体は、魔法学部長たるウィザードの許可を得てはいたものの、旅の成功を中間考査の単位に置き換えるというその特殊性から、なかなかにしてややこしい手続きを強いられたのである。スケジュールの作成に始まり、日々日報を作成するのみならず、無事に旅を終えた暁には、その全体を総合した報告書をめいめいに作成して提出することを義務付けられたのであった。試験としての評価はその報告書の内容によってなされ、各科目の見込み点(これまでの試験結果による見込み平均点)にその点数を加算することで、最終結果とされるのだという。
 今年、中等部の最終学年にある少女たちは、高等部への進学を間近に控えていた。そのため、試験を受けられないことには大きな不利が伴うのであり、ウィザードとしては、厳格でありながらも、機会損失とならないように十全の配慮を施したというわけである。

 全員分の手続きが完了するまでには、実に1時間半近い時間を要した。すでに時刻は午前10:00に差し掛かっている。日報や報告書作成のための所定の書式を受け取った後、4人はゲート前に集まって荷の再確認をしてから、ついに、秘境『魔界村』へ向けての旅路に就いた。

 初夏の陽は、いよいよ夏の輝きを伴ない始め、この時刻ともなれば、ローブの下に大いに汗を誘う。予定としては、その日の夕方までに『タマン地区』に入り、そこで1泊したのちに『ダイアニンストの森』に進み、そこから、忘れられた秘境『魔界村』へと進路をとることになっている。

 アカデミー前から『南大通り』へと至り、そこから南へと向かう少女たち。太陽は常に彼女たちの正面に位置していて、暑いといったらなかった。それでも4人は、懸命に足を繰り出していく。

* * *

 『南大通り』を抜けてから、ゆっくりとそれに続く『タマンストリート』に移り始めた頃、ユンがシーファに話しかけた。
「ねえ、シーファ、本当にアイラのことをすっかり忘れてしまったのかい?」
 その声には、どういも不思議でならないという音が乗っている。
「ええ、みんなのことは憶えているんだけど、アイラさんのことだけは、どうしても思い出せなくて…。」
「でも、これまでの旅で、魔法学部長先生から紹介された錬金術師の子が一緒だったっていう記憶はあるのよね?」
 シーファの返事を受けて、ミリアムもが訊いた。
「そうなのよ。確かに、だれか錬金術師の子と、リアン、カレン達と4人で色んな旅をしてきたのは憶えているの。でもね、肝心のその人物とアイラさんが結びつかないわけ。私、いったいどうしちゃったんだろう…?」
 戸惑いを隠せないままそう言うシーファ。

「あの…。」
 その時、声を発したのは当のアイラだった。
「シーファ、『アーカム』でこの旅の準備をしていたときにも一度お願いしたことがあると思うのですが、その『アイラさん』というのはどうか辞めてもらえませんか?あなたとの絆がすっかり切れてしまったように聞こえてしまうんです…。お願いですから、私のことはアイラと読んで下さい。まあ、本当なら私の方で、シーファさんと呼ぶべきなのかもしれませんが…。」
 途切れた糸の端を懸命に探し求めるようにして声を紡ぐアイラ。その表情には、いつになく不安と心配の色が色濃く表れていた。
「そうね…。あなたと一体どんな間柄だったのか、思い出せれば一番なんだけれど、本当に全然思い浮かばないのよ。名前さえピンとこないというのが正直なところで…。」

 シーファはそう言うが、それでも、その心の内に何かが欠けた一抹の寂寥があることを確かに自覚してはいた。しかし、それが目の前で自分を見つめる少女と直截(ちょくせつ)するのかどうかについては、なおわからないままなだったのである。

「でも、今日までの準備を通して、あなたの親切と思いやりはよくわかったわ。それに応えるのも大切なことだと思う。それに、こうしてこれから旅路を共にするわけでもあるしね。いいわ!これからは、あなたのことをアイラと呼ぶことにする。仲良くしましょう。ね、アイラ!」
 屈託のない笑顔を浮かべて、そう語り掛けるシーファ。まだまだ二人の距離は遠いままであったが、それでもほんの少し、かつての日常が戻って来る希望を、その時アイラは感じていた。
「こちらこそ!この旅を無事にやり終えて、なんとしても煉獄に繋がれたあなたの記憶を取り戻しましょう!」
 そう言って、アイラは手を差し出す。シーファは少し遠慮がちにそれを取った。絶え間なく連続する現実の中で失われてしまった心をなお繋ぎとめようとする純真と、ぷつりと切れた間隙の中でその純真をどう受け止めたらよいか分からない動揺が、なんとも奇妙な綾織りをなしている。果たして、この糸は、再び一本の線に戻ることができるのだろうか?同行するミリアムとユンは、そのぎこちない一連を、歩きながらそっと見守っている。

* * *

 そうこうしているうちに、太陽は随分と西にその頭(かしら)を傾け、石畳を照らすその光が赤みを帯びてくるようになった。なまめいた風が、少女たちの白頬を撫でていく。そこには、いくばくか潮の香りが含まれていた。ようやく、『タマン地区』の市街地に入ったのだ。今回の目的地は、シーファとアイラにはすっかりおなじみの『ダイアニンストの森』である。4人は、分岐点を東に折れて『ルート35』へと至っていった。その先にある東部市街地は、かの日にシーファの命を散らした『ハロウ・ヒル』の市街にもつながっている。アイラは、過日シーファを守り切れなかったその悔恨で胸が鋭く痛むのを静かに一人噛みしめていた。今度こそ、彼女を守り切り、その失われた心の欠片を取り戻して見せる!決意を新たにしながら、少し先を行くシーファの美しいブロンドが、ほんのり赤みを帯びる様を見つめていた。

 しばらくして4人は、東市街区にその夜の宿を求めた。時刻はゆっくりと16:00に差し掛かっており、朝からかれこれ6時間ばかりの行程を消化してきたことになる。ここまで歩き詰の少女たちの胃の腑は、昼食を簡易な携行食で済ませたこともあって、すっかりその中身は失われており、その日の夕食が待ち遠しくて仕方なかった。

 アイラが『ハルトマン・マギックス』社経由であらかじめ宿に予約を入れてくれていたおかげで、宿泊の手続きは実にスムースだった。受付で荷物を預けると必要な手回り品だけをもって、早速4人は部屋に入る。それほど大きな部屋ではなかったが、ベッドは4つあり、疲れた体を休めるには十分に思えた。東向きの山際の窓は西から遠く、差し込む光が次第に翳っていく。
 4人は順にシャワーを浴び、着替えを済ませてから、めいめいのベッドの上で、夕食の到着をしばしゆっくりと待っていた。その間にも陽は更に大きく西へと傾き、部屋の中は一層暗くなるばかり…。ミリアムが照明をつけると、室内が俄(にわ)かに明るく照らされた。窓際とマントルピースの上に灯された蝋燭の火が揺れている。先日まで、火に対する警戒心を解くことのできなかったユンも、少しずつではあるが、恐怖心を克己できるようになったようである。
 明日からの旅路について、4人が相談を繰り広げているところに、扉をノックする音が聞こえてきた。待ちに待った夕食の到来である。

* * *

 その日のメニューは、近時何かと話題に上がる魔術的捕食動物の一つ、『魚人族』を用いた海鮮料理で、刺身と寿司に彩られた見事な船盛であった。海の街ならではのもてなしである。4人の胃の腑の虫は、もうその鳴き声を我慢できないようであった。

『魚人族』を用いた豪勢な船盛料理。養殖ものだが鮮度は抜群である。

 少女たちは、瞳を輝かせながら、その美食に手を伸ばしていく。
「美味いね。それにしても、魔術的捕食動物が普及し始めたのは、つい最近の『魔王事変』の後からなのに、もうすっかり日常の景色になったね。」
 赤身の寿司をおいしそうに頬張りながら、ユンが言った。
「本当よね。確か、最初のきっかけは『奇死団』事件だったわ。農村部の疲弊で食糧生産が滞ったところにあの『魔王事変』が起こって、それで食料供給の逼迫(ひっぱく)を打開する方策として、その製造が始まったのよね。自分で生み出した命を自分で消費する…か。罪悪感がないと言えば嘘になるかも…。」
 そう言いながらも、ミリアムの手が止まることはない。シーファとアイラも、目の前で一抹の複雑な心情をも掻き立てるその美食に舌鼓を打っていた。そういえば、リアンとカレンから、こんな連絡が来ている。なんでも、アカデミーに例の魔法使いを彷彿とさせる人物が転入してきており、つい先日、魔術的捕食動物を人間が消費することの悪辣さについて弁論を行っては、学内を大いに沸かせたのだそうな…。しかし、そのときはまだ、その知らせが密かに孕む深刻について思いを馳せることはなく、ただ目の前の料理を空いた胃の腑に送り込んでいくのであった。

「アイラって、すごいのね!」
 そう言ったのはシーファだ。彼女は、その人が『ハルトマン・マギックス』の養女であるという事実も忘れてしまっているらしい。宿の準備から気の利いた料理の手配まで、その抜け目ない手腕に純朴な驚きと憧憬を表していた。
「そうでもないですよ。というより、今こうしてお店と関わっていられるのは、本当はシーファのおかげなんですよ。どこまで記憶にあるかはわからないですが…。まあ、あのときは、リアンの活躍が随分目覚ましかったですね。」
 一人、懐かしい日々に思いを巡らせながら、アイラは食後のお茶をゆっくりとすすっている。
「それよ!カレン探しのことでしょ!そのこと自体はちゃんと覚えているのよね。あのときはリアンに引っ掻き回された挙句に、変なあばら家の天井に吊るされたりなんかして本当に大変だったわ。でもね、あなたが一緒だったという感覚はどうしても持てないのよ。4人だったのも確かに憶えてる。憶えてるんだけど…。」
 そう言って、シーファは少し視線を落とした。その両手は、『タマン地区』特産のお茶が注がれたカップを包んでいる。ミリアムとユンも食器をよけてできた隙間に地図を広げて、次の目的地を確認していた。

 食後の穏やかな時間がほんの束の間、少女たちの疲れた身体を癒していく。窓辺とマントルピースに置かれたろうそくの炎が、室内を照らしながら静かにその身を揺すっていた。その夜、就寝前にミリアムが蝋燭をそっと消そうとしたが、ユンは大丈夫だからと言って、マントルピースの上の蝋燭は残したままにした。

 東に広がる『苦みが原平原』の向こうから、動物の遠吠えが聞こえてくる。もしかするとそれは、『ポルガノ族』なき後にそこに居ついた狼のものかもしれない。フクロウの声も静かにこだまする。それら天然の音声が、夜の静寂を一層際立たせ、床に身を横たえる少女たちの意識を闇の中に捉えていった。
 常夜灯代わりの蝋燭だけが、か細くゆらめいている。

* * *

 瞬く間に、あくる日は訪れた。東側の窓から、陽光が差し込んでくる。常夜灯の蝋燭はすっかり燃え落ちてしまっていたが、朝日はそれをものともしない光量を伴なっていた。
「おはよう!」
 めいめいに声を掛け合いながら、起き出した少女たちは順に着替えを済ませ、すっかりと身支度を整えた。宿が準備する朝食の時間よりも早くに立つ必要があったため、その日はアイラがお店から持ってきた非常食、新しい『ハルトマンメイト』で済ませることにした。それは、魔術的捕食動物の中ではちょっと変わり種の、『スピーシーG』なる昆虫型の人工生物を乾燥して粉末状にしたものを乾パンの生地に練り込んで焼き上げたものだ。カロリーだけでなく、たんぱく質や各種ミネラル分が豊富で、以前のものと比べて一層優れた栄養価を提供するという期待の新商品であった。今朝ここを発った後は、当面この『ハルトマンメイトG』と、みなで持ち寄った『魔法瓶詰』だけが貴重な生命線ということになる。

新しく開発された『ハルトマンメイトG』。高たんぱく、高ミネラルの優れた非常食である。

「これ、味も悪くないし栄養価も抜群なんだけど、原材料が昆虫型の生き物というのがなんともね…。あの姿を思い出すと、なんとも言えないわ。」
 苦い顔をしながらそう言ったのはミリアムだ。
「まったくだね。粉末にして練り込んでいるからいいものの、こいつが入っていると思うと、正直ぞっとするよ。」
 全く同感と言った様子で、パッケージに印刷されたその昆虫型生物のデザインを指さしつつ、ユンも続いた。
「それなら、パッケージに『スピーシーG』の絵を載せなければいいんじゃないかしら?」
 思いがけない提案をしたのはシーファだ。それを受けて、販売元会社の関係者であるアイラは何やら思案を巡らせる。
「確かにそうですね…。携行食品としての優位性と栄養面の利点だけを主張して、一般に少々抵抗感のある『スピーシーG』の存在を視覚的に感じさせないようにパッケージ・デザインを改めるのはいいアイデアかもしれません。ありがとう、シーファ。」
「どういたしまして。まあ、せっかく生まれてきた『スピーシーG』の存在が薄まってしまうのは、かわいそうかもしれないけどね。」
 そう言って朗らかな笑顔を交わしす二人を、ミリアムとユンの二人が見つめていた。
「さあ、それじゃあそろそろ行こう!」
 ユンのその促しに従って、めいめい残りの分をローブのポケットにしまうと、威勢よく宿の部屋を後にした。

 夏に向かう朝日は早くも世界をありありと照らし出している。4人は、『ルート35』を更に南東方向に進んで、やがて『ダイアニンストの森』に入っていった。早くもローブの下は汗ばみ、鬱蒼(うっそう)とした森の中で増していく湿度がなんとも煩わしい。その少女たちの背を、宿から受け出した重い荷が苛(さいな)んでいた。足を繰り出すたびに、土道が乾いた音を立てる。時折吹き抜ける風が一瞬汗をさらって心地よいが、しかし不快な暑さと湿気はすぐに戻ってくるのであった。

「『魔界村』に続く道への目印は、『ディケイド・バウム』という朽ちた古木だよ。調べた限りではこの獣道沿いにあるはずだから、注意深く探そう。幹を穿(うが)つ大きな穴がホタルのように瞬くいくつもの魔法光をたたえているらしいから、すぐに見つかると思うんだけど…。」
 そう言って、慎重にあたりを見回すのは先頭を行くユンだ。その後に、ミリアム、シーファ、アイラの順で続いていく。いつもより深い、森の東側に踏み込んで、8つの瞳は懸命にその目印を探していた。

to be continued.

続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第3集04『旅路』完

いいなと思ったら応援しよう!