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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第6集その6『波止場を目指して』

 今、キース・アーセンとライオット・レオンハート、そしてライオットの力作である『アンデッド・オートマタ』は『ダイアニンストの森』を『ディバイン・クライム山』に向けて南下している。まだ午前中の早い時間で太陽の高度は低く、鬱蒼とした森の中は随分と涼しかった。10月を間近に控え、森を覆う広葉樹はわずかに色づき始めている。足元には落ち葉も多く散乱していた。『ディバイン・クライム山』までは一本道で、獣道のようではあるが一応刻まれている街道を進むことで到達することができる。
 邪悪な裏口の魔法使いが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するこの森は夜間は危険であるため、キースたちは暗くならないうちにこの森を抜けようと先を急いでいた。
 繁茂する木々の枝葉によって、太陽の光が十分に届くということはなかったが、それでもその高度が天頂に近づくに従って、汗を催すようになってくる。この時期でも日中はまだ十分に暑い。
 額から首筋を通って服の中へと流れ込む汗を不快に感じながらも二人はずんずんと南に進んで行った。

 もうどれほど歩いたであろうか。太陽はすっかり西に傾き、枝葉の間から差し込む光が赤みを強めるようになってきた。森の出口はまもなくだ。足元の落ち葉をかき分けるようにしながら前に足を繰り出すキースたち。その彼らの視界をようやく森の出口がとらえたのときには、もう太陽は『ディバイン・クライム山』の山際に沈みかけ、その山の端を真っ赤に燃やしていた。揺らめく陽光は美しいが、直視には絶えないほどにまぶしかった。そうこうしているうちにも、小川のある登山道の手前の開けた場所に彼らは出た。

「今日はこれ以上は無理だな。」
 キースが言った。
「そうでやすね。でも暗くなる前に森を抜けられたので僥倖でやした。」
 応じるライオット。
「ちょうどいい塩梅に、このあたりは開けていて水の補給ができる小川もある。今晩はここからほど近いあの高台にキャンプを張ろう。」
「そうでやすね。」
 そう言って丘を登ると、そばにあった大樹の根元に荷を下ろし、野営の準備を始めた。
「なぁ、ライオット。」
「なんでやすか?」
「そいつはテント設営には使えないのか?俺たちだけでは面倒だぞ。」
「もちろん大丈夫でやすよ。こいつは見かけ以上に万能でやんす。まずはこいつと一緒にテントを張りやしょう。」
 そういうと、ライオットは何やら魔法の呪文を詠唱して同行させていた『アンデッド・オートマタ』に指令を送った。その哀れな造形物はライオットに実に忠実で、キースたちと力を合わせて瞬く間にその場所にテントを設営して見せた。

「ざっと、こんなもんでやんすよ。」
 自信をのぞかせて言うライオット。キースはその魔法の腕前と、『アンデッド・オートマタ』の動きの巧みさにすっかり感心していた。

小川から少し離れた丘の上に設営されたテント。

「とりあえず、俺は火を起こすよ。」
「アニキは錬金術師でやんすから、火おこしはお手の物でやんすね。」
「まあな。」
「それで、火はいいとして問題は飯だ。お前何を持ってきた?」
「乾パンと魔法瓶詰でやんす。アニキは何を持ってるでやんすか?」
「お前と同じだ。まあそれでも腹は満てるだろうが、なにか味なものが欲しいな。」
「でやんすね。」
「兎でも捕まえに行けばいいんだろうが、しかしもう陽が落ちる。これから森の周辺をうろうろするのは危険だろう。」
 あたりを見回しながらキースが言った。
「もっともでやんすね。でも、乾パンと魔法瓶詰だけってのは味気ないのも事実でやんす。」
 そう言って、ライオットはにやりとした。
「どうするんだ?何かいい知恵でもあるのか?」
「そのためのこいつでやすよ。こうみえてこれは戦闘用にも耐えるでやんす。こいつに得物を探させてくるでやんすよ。もちろん夜でも使えやす。」
 そう言うと、ライオットは再び術式を詠唱し、その『アンデッド・オートマタ』を使役した。するとそれは、人工的な仕方で足を繰り出しながら森の奥へと姿を消していく。
「しばらく待つでやすよ。その間、おいらは小川に降りて水を汲んでくるでやんす。」
 ライオットは、オートマタの背を見送った後、水筒といくつかの薬瓶をもって小川に向かって丘を降りて行った。キースは薪を集めると、錬金式の火おこし装置を使ってそこに焚火をたいた。

 沈みゆく太陽を覆い隠すようにあたりを染めていく濃紺の夜の中に、赤くあたたかい火が灯る。その火は次第に火力を強め、ゆらゆらとその場で揺れ始めた。キースはときどき小川の方に視線を遣りながら、焚火に薪をくべていく。秋の陽が沈むのは早く、ついさきほどまで山の端を赤く照らしていた太陽はもう地平の奥で、微かな光の残滓があるほかは、星々が瞬くばかりであった。

* * *

 しばらくして、水筒と薬瓶を手にしたライオットがテントのところまで戻ってきた。
「綺麗な清水でやすよ。魚も多いみたいでやす。釣りをしてもよかったかもでやんすね。あいつはまだ戻って来ないでやすか?」
 くんできた水をその場に置きながら、ライオットが訊いた。
「ああ、まだだ。気配もないな。」
 火力を慎重に調整しながら応じるキース。穏やかな時間が流れていく。

 その時だった。森の少し奥の方から、何やら獣が駆けて来る足音がする。その様子からしてずいぶん大型の生き物のようだ。その自然の足音のあとを人工的な足音が追っている。

「どうやら来たみたいでやんすね。」
 そう言いながら、音のする方を見やるライオット。足音はいよいよ大きくなり、ついにそれは視覚の輪郭を得た!なんと、2メートルはあろうかという巨大なクマを勇猛果敢に『アンデッド・オートマタ』が追いかけて、二人の方に向かってくるではないか。

巨大なクマを追いかける『アンデッド・オートマタ』。

 どんどんと迫ってくる熊に備え、キースとライオットはその場で立ち上がって身構えたが、すんでのところで、『アンデッド・オートマタ』はその鉤爪上の両腕でその熊を捉え、仕留めたのであった!
 哀れな熊は締め上げられて息の根を止められ、その場にぐったりと身を横たえた。
 その様をキースとライオットは驚きをもって見守っている。

「おい、こんなのを捕まえてどうするつもりだ!?」
「もちろん、食うんでやんすよ。」
「食うって、熊を食うのか!?」
「それ以外にないでやしょ?アニキ知らないんでやんすか?」
「なにをだ?」
「この時期の熊は脂がのってて美味いんすよ。」
 嬉しそうに語るライオット。女性を思わせるその美麗で華奢な外観からはとても想像のつかないダイナミックな物言いである。
「しかし、俺は熊なんて料理したことないぞ。お前だって、料理はからきしじゃないか!」
 咎めるように言うキース。
「大丈夫でやんすよ、アニキ。こいつは料理もこなすでやんす。おいらたちはただ待ってればいいでやんす。」
 そう言って、キースはにやりと笑った。
「そうなのか…。それならいいが…。」
「まあまあ、結果を御覧じろでやんす。」

 そう言うとライオットは再び術式を行使してオートマタを操った。それは二人の視界から隠すようにして熊の身体を抱えて丘を降りると、小川のほとりで自然の摂理に基づく実におぞましい生殺与奪の儀式を始めた。すっかり食肉となった熊の身体を持ってそれが二人のもとに戻ってきたのはそれから30分ばかりした後のことだった。

「見事でやんしょ?」
 嬉しそうにいう、ライオット。
「確かにな。なんだかんだ言って、お前はやっぱり優秀なネクロマンサーだ。」
 キースは感心ひとしおだ。
「そんな、褒めても何も出ないっすよ。あ、熊肉は出るっすけど。」
 そういってライオットはいつものようにカラカラと笑う。

「さて、食材もできたところで、料理といくでやんす。でも、ご存じの通りあっしは肉を焼くだけでもからっきしでやんすから、こっからはアニキに任せたでやんす。」
「ああ、それはまあ、大丈夫だ。」
 そんな掛け合いをしながら、オートマタから受け取った肉に、荷物から取り出した塩コショウといくらからのハーブを使って下味をつけてから、焚火の上にかけた金網の上に、魔法瓶詰の野菜と一緒に並べていくキース。空っぽの胃の腑を刺激するような香ばしい香りと音が五感を駆け巡っていく。

「アニキはいいお嫁さんになれるでやんすね。」
 面白いことを言うライオット。
「お前に言われるとなんとも複雑だな。お嫁というならお前の方だろうよ。」
 キースはそう応えた。
「いやいや、おいらは無理っすよ。家事全般何にもできないでやんすからね。」
 そんなことを言いながら、金網の上で焼きあがる食材を輝く瞳でライオットは眺めていた。

「そろそろいいだろう。俺の荷物の中に鉄板があるからそれを持ってきてくれ。」
「へいでやんす。」
 そう言うと、ライオットは立ち上がって、キースの荷のところに行き、そこから皿に使えそうな鉄板を取り出して持ってきた。キースは金網の上から、その上に調理済みの食材を移していく。なんとも旨そうな香りがあたりに立ち込めていた。

 月光の他に、光はもはや焚火のものしかなくなっている。その火を囲みながら、二人は料理を口に運び始めた。熊肉の味は牛肉に似ているが、歯ごたえはそれよりも強く、また油が十分に乗っていて、やや獣臭さはあるものの濃厚で食べ応えのある美味であった。添えられた秋野菜もそれとよく合い、二人はその美食を大いに楽しんだ。あたりはすっかり真っ暗で、どこからともなくフクロウの鳴く声が聞こえてくる。遠くでは狼か野犬が遠吠えもしているようだ。

 一日歩き詰めてすっかり空になった胃の腑を秋の味覚で満たしながら、二人は様々に言葉を交わした。

* * *

「今、トマス兄はどうしてるでやんすかね?」
 ふとライオットが言った。
「そうだな。あの一件以降、あいつはアカデミーに戻って来ていない。それどころか、魔法社会全体に指名手配されちまった。」
 苦々しそうに言うキース。
「いくらなんでも下着泥棒で全国指名手配って大げさすぎる気がするでやんす。それにしてもトマス兄はどうしてあんなことしたんすかね?」
「そうだな。俺にも正直あいつが考えていることの本当のところはわからんよ。ただ、以前のあいつはもっと美に関して純粋な奴だった。」
 キースは遠い眼をして言った。
「美しいものは、美しい。それを美しいままに愛でる。それが俺たち『マジカル・エンジェルス・ギーク』の矜持でやすよ。それはトマス兄の口癖でもありやしたのに…。」
「そうだな。いつのころからか、トマスは花をめでるだけでなく、花と花が実をつけることに強い興味を抱くようになった。」
「そうでやすね…。」

 パチパチという爆ぜる音を響かせながら、二人の前で焚火が揺れている。

「トマス兄の言うこともわからいではないんでやすが…。おいらだって、全然興味がないと言えば嘘になるでやんすよ。アニキだっておなじでしょう?」
「ああ、まあな。でも、俺たちはそういう、なんというか直接的な性愛を目的として女学徒たちを追っていたわけじゃないんだ。彼女たちの美しさ、愛らしさをそのままの姿でただ愛でる、そうあるべきはずだったんだ。」
「で、やんすね…。」
「トマス自身、まあ、俺たちは、はた目にはとても褒められたのでないことをしてきているようにしか見えないだろうが、それでも女学徒たちを傷つけるようなことはしなかったし、その意志もなかったはずだ。ところが、あいつはあんな凶行に出ちまった。なにが、パンツェ・ロッティ教授の遺志を継ぐだよ。馬鹿げてるぜ…。」
 キースのその言葉には、前々からトマスの変化を感じながらそれを止められなかった自責の念のようなものが滲んでいた。

「花と花が交わって実をつける…、確かにそれは愛情の究極の形でやすが、でも愛情ってそれだけじゃないようにおいらは思うでやんす。そんな直接的で直情的な愛情の表現は相手を傷つけてしまうっすよ。おいらはこんなんでやすが、美しいものは美しいままにしておきたいっす。自分の手でそれを壊すようなことはしたくないっすよ。トマス兄にだってそれは分かってるはずだと思うんすが。」
「そうだな。かつてのトマスは確かにお前の言う通りだった。ところが、ある時期から、そうだな、ロッティ教授が亡くなって、その遺品である『パンツェ・ロッティの閻魔帳』を見つけた頃からだろうな、あいつは変わっちまった。『愛の極致は性愛にある。実をつけてこそ愛は意味を持ち、それ以外は幻想だ』そんなふうに言うようになった。確かに、あいつの言うことも分からないではない。俺たちが他人、特に異性とかかわりあいを持ち、時間を、生活を共にするのは、新しい生命を誕生させることが究極の目的だ。それは分かるんだよ。そうでないと俺たちの、生き物としての経脈は潰えてしまうからな。でも、それだけが愛の形かと言われるとそうは思えない。あいつの言う『性愛の象徴たる美の陳列と賛美』というのはどうにも俺には理解できないんだ。大っぴらにそんなもの並べ立てるのはただの猥褻でしかない。確かに、ロッティ教授は、どうにも猥褻としか言えないようなところも多分にあった。それは認めざるを得ないが、それでもあの教授には愛に対する純粋な側面があったように思うんだ。確かに、リセーナ・ハルトマンとの肉欲におぼれていたのは確かだが、それでも俺は教授の心には彼女への純真もちゃんとあったと思えるんだよ。」
「そうでやんすね…。おいらはこんな男だか女だかわかんないなりをしてるでやんすから、正直異性間の関係性ってまだよくわかんねぇでやんすが、でもキースアニキのいうことの方が正しいように思えるでやんす。愛が実をつけるのは、それは手段というか、なんて言えばいいかよくわかんないっすが、そのために愛が紡がれるんじゃなくて、愛が紡がれた結果そうなるのが自然なんだと思うんすよ。その意味では、トマス兄はあべこべでやんす。」

 そう語る二人の瞳には、赤い焚火の火が揺れていた。それは、今はどこにいるのか分からなくなったトマスが身に着けていた血染めの赤いローブを思わせるようであった。

「でも、おいらはトマス兄を信じてるでやんすよ。トマス兄は、妹のフィナちゃんをとっても大切にしてたでやんす。どんなにトマス兄の考え方が変わってもフィナちゃんを自分で傷つけるようなことは絶対望まないはずでやんす。そこに、やっぱりトマス兄の純真はまだ残ってるはずでやんす。」
「そうだな。あいつの言う『性愛の象徴たる美の陳列と賛美』というのが一体何を指すものなのか俺には想像もつかないが、でもフィナがそんな目にあうことをあいつが望んでいるとはとても思えない。まして、自らフィナをそんな目にあわせることは絶対にしないはずだ。それはお前の言う通りだな。」

「とにかく、この度の先にきっと答えがあるはずでやすから、まずは『時空の波止場』とやらに行ってみるでやんす。」
 意を決したようにライオットが言った。
「そうだな。まずはトマスを探し出さないと始まらない。ロッティ教授の連れ戻しか…。いったいどうするつもりなのか皆目見当もつかないが、あいつは今でも俺たちの知ってるトマスであると俺も信じたいよ。」
「そうでやんす。信じることからすべては始まるでやんす。愛だって同じでやんすよ。信頼や尊重のない性愛なんて本当にただの猥褻でやんす。あのトマス兄がそんなことだけしか見てないなんて、おいらにはとても思えないでやんす。」
「そうだな。俺もそう思う…。」

 料理を移した鉄板はすっかり空になっていたが、二人の会話はいつまでも続くかのようであった。天上を秋の星座がとりどりに飾っている。もうすぐ太古の神秘を使ってあの星天を駆けることになるというのだ。そしてトマスもまた、それを画策しているという。時の檻に囚われたリセーナ・ハルトマンの解放、そしてパンツェロッティの魂の欠片の回収と帰郷、まるで夢物語のような運命の糸にキースとライオットは絡めとられていた。

「もうずいぶんな時間になるな。あのオートマタは火の番もできるのか?」
「もちろんでやんすよ。」
「それじゃあそろそろ休もうぜ。明日もまだ先は長いからな。」
「そうでやんすね。」
 そう言うと、またもやライオットは術式によってオートマタに指示を与え、火の番をさせた。その鍵爪状のひょろ長い手指を使って、器用に薪をくべていくオートマタ。これで朝まで火が絶えることはないだろう。
 二人は着替えを済ませてからテントに入り、寝袋に身体を収めると、疲れた意識を銀の砂の舞うままに任せた。やがてその精神は宵闇に閉ざされていく。

* * *

 翌朝、目を覚ましたキースがテントの外に出ると、健気なオートマタは一心不乱に焚火の面倒を見てくれていた。その火の勢いは衰えることなく、オレンジ色の炎を夜明けの薄暗さの中に揺らしていた。

「ありがとうな。」
 キースがそう声をかけると、その意味がわかるのか、オートマタは少し視線をキースの方に向けた後、再び焚火の世話にとりかかった。
 朝陽が東雲を彩雲状に染め、宵の青がゆっくりとピンク色に変わっていく。陽の出だ。キースは、昨晩の残りの熊肉を、持ってきていたパンと共に焼き、焼きあがった肉を挟んでサンドウィッチを作った。それはパンと熊肉を何層にも重ねた中にチーズをあしらった実に豪快なもので、空腹を抱えて起きて来るであろう大食漢のライオットを出迎えるのにおあつらえ向きの料理であるように思えた。

キースが調理した豪快なホットサンドウィッチ。

 出来上がった熊肉のホットサンドウィッチを食べやすい大きさにカットしていると、あいかわらず女性ものの寝巻を着たライオットが起き出してきた。

「アニキ、おはようでやんす。早いでやんすね。」
「ああ、お前が腹を減らして起きてくると思ってな。先に飯にするか?それとも小川で顔を洗ってくるか?」
 そう訊くキースに、
「そうっすね、先に顔を洗ってきて、それから着替えを済ませるっすよ。朝飯はその後の楽しみっす。」
 そう応えて、ライオットは丘を駆け下り、小川に向かって行った。

 小鳥の声があちこちから聞こえてくる。太陽はいよいよ東の空に顔を出し、あたりに朝の到来を告げていた。しばらくして戻ってきたライオットは再びテントの中に入り、ごそごそと着替えを済ませてから、ゆっくりと姿を現した。やはり今日も彼はスカートをはいているようだ。

「おい、ライオット。」
「なんでやんす?」
「今日は登山だぞ。スカートなんかで大丈夫なのか?」
「と言われてもこれしか持ってないでやすよ。」
 そう言って、ライオットは笑った見せた。
「全く仕方ない奴だな。飲み物は水しかないが、これはうまいぞ。食え。」
 キースは、切り分けたサンドウィッチをライオットの前に差し出した。その瞳が輝きを増す。
「アニキ、ありがとうでやんす。いただくでやんすよ。」
 大口を開けてサンドウィッチをほおばるライオット。その姿を見ながら、キースはサンドウィッチを片手に、水の入った薬瓶を傾けて水を口にしていた。

「『ディバイン・クライム山』の登山口はここから目と鼻の先だ。そろそろいくぜ。」
 出発を促すキース。ライオットも頷いてそれに応え、荷物を肩に担いだ。テントと寝袋はすでに『アンデッド・オートマタ』が片付けてくれており、それは二人の二の中に仕舞われていた。意気ようようと歩き出すふたりの少年の後を、異形のオートマタが人工的な歩みでついていく。
 やがて彼らの視界にその登山道がとらえられた。

* * *

「さて、ここからは登山だ。といってもむやみに上るのは危険極まる。『タマヤの洞穴』の位置を知るいい方法がないものか?」
 そう言って、地図を見やるキースに、ライオットが言った。
「アニキ、任せてくださいつったじゃないすか。まあみててくださいっす。」
 そう言うと、ライオットは術式の詠唱を始めた。

『生命と霊性の安定を司る者よ。法具を介して助力を請わん。我は汝の敬虔な庇護者なり。冥府の門を開いて霊魂を呼び出そう。それは精霊の形をなして我が命を遂行せん。集え!鬼火:Will-o'-the-Wisp!』

 詠唱が終わるや、彼の周辺に青白い光を放つ複数の鬼火が呼び出されそれらはふよふよと中空を舞っていく。どうやらライオットはそれらに『タマヤの洞穴』の入り口を探させるようだ。

『鬼火:Will-o'-the-Wisp』の術式を行使するライオット。

 しばらくしてライオットが言った。
「アニキ、わかったっすよ。ついて来てください。」
 そしておもむろに登山道を登り始める。キースは慌ててその後をついて行った。ごつごつとした岩肌をしっかりと踏みしめるようにして上っていく二人。山には、登山道こそ刻まれてはいるが、油断すると足を取られそうになる険しさがあった。太陽はその高度を上げ、それに伴って暑さが増してくる。汗をぬぐいながらも足を繰り出していくと、その山の中腹付近に少し開けた場所が現れた。

「あそこでやすよ。」
 ライオットが指さす先を見ると、人が一人通れるかどうかという狭い亀裂が山肌に刻まれており、それは奥の空間へと続いているようであった。
「じゃあ、いこうか。」
「で、やんすね。」
 身をよじるようにしてその入り口をくぐるとあたりは真っ暗で、屎尿を思わせるような強烈な悪臭に包まれていた。足元にはよくわからない粘着質の物体が広がっており、それが悪臭の発生源のようである。時折、天井から生暖かい水が零れ落ちて来るが、それがどうにも気味悪くてならなかった。

「きちゃないところでやすね。なんすかこの匂いは?」
「ああ、同感だな。とにかくこんなところですっころぶなよ。臭いお前を担いで帰るなんていうのはまっぴらごめんだ。」
「ご同様でやんす。」
 そんな話をしながら、洞穴の奥へと進んで行く二人。ライオットは呼び出した鬼火を明かりの代わりに使っていた。青白く照らされた洞穴内はなんとも不気味で、その臭気とあわさって言いようのない不快感をたたえていた。

 一本道の洞穴がやがて行き止まる場所に来た。

「おかしいでやんすね。分岐点はなかったはずでやんすが…。」
 そう言いながらライオットが周囲を見渡している。
「確かにここまで一本道だった。ここが最奥なのは間違いないだろう。」
「ってことはここにポータルがあるはずっすよね。」
「ああ、情報が正しければな。」
「どういうことなんすかね?」

 そう言いながら、岩壁をさするようにするキースとライオット。

「とりあえず覗いてみるっすか?」
 そう言うやライオットは術式の詠唱を始めた。

『閃光と雷を司る者よ。我は汝の盟友なり。今助力を請わん。光を曲げて妨げるものを通過せよ。障害を除き、見えぬものをこの目に示せ。透視:Scanning!』

 すると、目の前の岩壁の一部が丸く透けて、その奥が見えるようになった。そこを覗き込むと、ずっと岩という訳ではなく開けた空間が広がっていて、その奥に渦巻く魔法光のようなものが見えた。

「アニキ、どうやら当たりのようでやんすよ。」
「そのようだな。この岩壁でポータルを隠していたわけか。」
「しかし、これをどうするかでやんすよね。何か開ける方法があるんでやんしょうか?」
 少々困ったという風に言うライオットを尻目にキースが何かごそごそとやっている。
「アニキ?」
「ライオット、下がっていろ。」
「どうするっすか?」
「開かないなら、開ければいいんだろう?」
 不穏なことを口走るキース。
「ああ、なるほど。じゃあアニキに任せたっす。」
 そう言って、ライオットはオートマタと共にキースから距離を取った。

 キースが懐から取り出したのは、相当の威力のありそうな錬金爆弾だった。彼はそれを目の前の岩壁に向かって投げつける!

岩壁を錬金爆弾で爆破するキース。岩壁は木っ端みじんになった。

 けたたましい轟音と共に、道を塞いでいた岩壁は粉々に砕け散り、二人の前にポータルへと続く空間を広げた。

「さすが、アニキでやんすね。」
 駆け寄ってきたライオットが言う。
「まあな。これで道はできた。行こう!」
 そう言って、二人とオートマタは奥に進み始めた。砕け散った岩壁の向こうの空間は、それまでの洞穴とは趣が異なり、足元は整然とした石畳がしかれ、壁には太古の時代のものと思われる魔法文字と文様が全面に刻まれていた。その様子は、間違いなくそこが何らかの目的をもって作られた人為的な空間であることを物語っていた。

 その空間の最奥に、『時空の波止場』に繋がるのであろうポータルは確かにあった。そのポータルは渦巻く黄金色の魔法光を静かにたたえている。

遂にみつけた魔法のポータル。

「ここだな。」
「いよいよでやんすね。」
「この先はまったくの未知の場所だ。引き返すなら今だぞ。覚悟はいいか?」
「またまた、アニキ。何をいまさら。さあ、行くでやんすよ。」

 そういうと、ライオットはキースよりも先にポータルの光の中に飛び込んだ。その身体を黄金色の魔法光がゆっくりと包み、それを小さな光の粒に変えながら魔法光に溶け込ませるようにして吸い込んで行った。キースもまた、それに続いてその波にのまれていく。オートマタもまたその後に続いた。

 3つの影が消えた後、その太古の空間には再び静けが戻ってきた。黄金色の光はいつまでもその場で渦巻いている。時折滴る水滴だけがその場に音を立てていたが、それを聞く者はもうそこには誰もいなかった。

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第6集その6『波止場を目指して』完


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