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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第4集その4『南船北馬』

 あくる朝、アイラの部屋でともに目覚めた3人は、これから始まる旅のおさらいをした。求める3つの材料のうち、『メドゥーサの頭蛇』は南端のオッテン・ドット地区に、対して『手長翼竜の眼』は北端のバレンシア山脈に、更に『オグの糖蜜』は中西部に広がるミレイに森にある。それらを求めて、北から南まで駆け巡らなければならないのだ。どのようなルートをたどるべきか、様々な案が出されたが、現在地に最も近いバレンシア山脈にまずは赴き、それから南下してオッテン・ドットを訪れた後、最後にミレイの森に至る、そういうことで段取りが決まった。途中の補給という意味でも、出発地のインディゴ・モース、途中はオッテン・ドットとケトル・セラーをそれぞれの時点における拠点とすることで無理なく旅を遂行できるであろう。

 アイラの部屋で暖かい朝食を済ませた後、少女たちは荷物をまとめていよいよ出発の時を迎えた。その日は、少し雲にかげってはいたが、天候が荒れると言うほどでもなく、カンカン照りよりはむしろ旅には適しているように思える、そんな朝であった。めいめい、昨日カリーナから手渡された新しい得物を大切そうに身に着けていく。
「みなさん、準備はいいですか?」
 着替えを終え、荷をしょったアイラが声をかけた。
「ええ、大丈夫よ。」
 シーファの声に合わせて、リアンも大きく頷いた。
「では、行きましょう。」
 アイラに先導されて、3階から下に向かう。まだ早朝であったが、すでに多くの従業員が出社していて、みなせわしなくそれぞれの仕事に邁進していた。その間を縫うようにして店を出ると、アイラの義父と義母が見送りのためにそこで待っていてくれていた。

「まあまあ、アイラ。カリーナから聞きました。ずいぶんと危険な旅に出るそうですね。」
 夫人がアイラに話しかける。
「くれぐれも無理をしてはいけませんよ。あなたは私たちの大切な義娘(むすめ)なのですから。」
 そういって心配そうにおろおろするご夫人にアイラが応えた。
「ご心配なく、お義母様(おかあさま)。きっと無事に帰って参ります。お義父様(おとうさま)にもご心配をおかけして申し訳ありません。」
 そう言うとアイラは二人の手を取って深々と頭を下げた。
「本当に、気を付けるのですよ。まったく、カリーナときたら、何もあなたを行かせずとも、人を出してやればよいのに…。」
「いえ、お義母様。カリーナ様には十分なご支援をいただきました。私にはこうして心強い仲間もいますから、ご心配には及びません。ここは暑うございますから、お二人は店内にお戻りください。それでは行って参ります。」
 再度深々と義両親に挨拶をしてから、アイラはいよいよ旅路に着いた。
 おとうさま、おかあさま、そしてカリーナ様、その奇妙な響きのコントラストに何事か思いを巡らせながら、シーファとリアンはその後に続いて行った。

 老夫婦の温かいまなざしが、いつまでもその小さな3つの背中を見送っている。空全体を覆うヴェールのような薄い雲の裏で、真夏の太陽が白い輪郭を静かににゆすっていた。

* * *

 インディゴ・モースから東に進路を取って東方街道に入ると、東の荒野を経てバレンシア山脈へと至ることができる。しかしそこは、大都会インディゴ・モースと境界を接しているとは思えないほどの荒れた土地で、ひと気はほとんどなく、あるのは土と岩、そして背丈のある草ばかりで、バレンシア山脈からは年中冷たい北風が吹き降ろしており、厳しい剥き身の自然がそこを通る旅人に容赦なく牙を剥く、そんな場所であった。
 東に進むほどに、名うての大都会も少しずつ閑散とし始め、やがて三人の少女たちを件の荒野が出迎えてくれた。舗装はまだ途切れていないが、道幅はずいぶんと狭くなり、上下にうねって歩きにくいことこの上ない。真夏のこの時期であっても、万年雪を戴く尾根から吹き降ろす乾いた風は実に冷たく、この荒野で満足に作物が育たないというのは無理からぬことであると、進みゆく少女たちに実感させていた。そんな険しい自然の中を一心不乱に前進していく。

「とても8月とは思えませんね。」
 額にかざした手で砂埃をよけながらアイラが言った。
「まったくだわ。夏に寒いなんて、びっくりよ。」
 シーファも辟易しているようだ。リアンだけは、固く口をつぐんだまま足を繰り出している。
「リアン、大丈夫?」
 気遣うシーファに、リアンは頷いて答えた。

 普段猛威を振るう割に今日は一向に頼りにならない夏の太陽は、それでもどんどんと西に駆けていき、やがてあたりは少しずつ明るさを失っていった。ほんの数週間前よりも夕刻が早く感じられる。季節はわずかながらも秋に傾いているようだ。赤い光線が薄雲を介して地平の際を焼いている。その傍に、ちいさな瞬きが、一つ、また一つ輝き始めた。

「今日はこれ以上は無理ですね。この辺りでキャンプを張りましょう。暗くなってからでは危険です。」
 そう言って立ち止まるとアイラは荷物を下ろした。シーファとリアンもそれに続く。肩で息をしながら周囲を見やると、思いのほか暗くなるのが早いのが分かった。
「あなたの言う通りね。すぐに火を起こすわ。」
 そう言うと、シーファは荷物の名から固形燃料を取り出してそれに火を灯した。あたりに明るさと熱が戻る。リアンは、そこにくべるべく薪と枯草を集めていた。アイラはテントの設営に取り掛かっている。
 30分ほどめいめいにせわしく動き回り、ようやくにしてその日のキャンプの準備が整った。

荒野でのキャンプの準備が整った。

「さてと、こんなものでいいでしょう。あとは食事ですね。」
 そう言うと、アイラは荷物の中から様々な魔法瓶詰と調味料を取り出した。
「大したものは作れませんが、せめてあたたかい鍋でからだを癒しましょう。」
 鍋の中に、材料を入れては巧みに香辛料を選んでそれを加えていく。やがてふつふつと煮える音が聞こえ、食材と香辛料の奏でる香りのハーモニーが少女たちを刺激し始めた。アイラの話では、今日鍋に加えたのはカモ肉の塩漬けだそうで、一般的な鶏肉よりも濃厚な味わいが楽しめるのだとのことであった。一緒に入れられた野菜はごくありふれたものであったが、すべてが瓶詰めであったため、少し塩辛いかもしれないと彼女は気にしていた。鍋から立ち上る香りはますますその魅力を増してくる。

「そろそろいいでしょう。」
 そう言うと、アイラは木の椀にその中身をつぎわけてくれた。椀を通して伝わる料理の温かさが、季節外れに冷たくなった手のひらを温めてくれる。
「いただきます。」
 声を揃えた後、めいめいに匙を繰り出していった。カモ肉には適度な弾力が残っており、噛み応えが十分で、歩き詰めてすっかり空になったお腹を存分に満たしてくれた。アイラが心配した通り、少し塩味が勝ってはいたが、それでも十分に美味かった。

「実はこんなものもありまして。」
 アイラが取り出したのは美しいルビーの色をした、アルコールの入っていないワインだった。
「本当は、16歳になるまではノンアルコールであっても飲酒は禁止されていますが、まあここはアカデミーではないので特別ということにしましょう。」
 いつものまじめ一辺倒とは少しだけ違う表情をのぞかせて、アイラがその栓を開けた。葡萄と、おそらく添加されているのであろう果物をもとにしたと思われる甘味料の独特の香りが料理の香りと入り混じった。ほんの少しの背徳が彼女たちの味覚と嗅覚をより敏感にしていく。

アイラが隠し持っていたとっておき。ノンアルコールなので厳密には規則に触れない。

 料理を食べ終えた後の木の椀に、その秘酒を注ぎ分けていくアイラ。薪の火に照らされて、そのルビーの色は一層美しく揺蕩っていた。
「乾杯!」
 そういって、みなで杯を傾けた。もちろんお酒ではないので、アルコール独特の風味はないわけであるが、渋味と甘みの同居したその非日常の味は、少女たちののどを楽しませるのに余りあるものであった。ほんのりあと口にかおる甘味料に含まれたイチゴの風味が心地よい。

* * *

「アイラのおかげで元気が出たところで、本題に入るですよ。」
 そう言って、今度はリアンが荷物から大きな辞典を持ち出してきた。表紙には『魔法社会生物大辞典』とある。
「あなた、そんなものまで持ってきたの?どおりで荷物が大きくなるわけよね。」
 あきれたように言うシーファを尻目に、リアンはその重たい本を開いた。
「手長翼竜の生息位置を特定する必要があります。」
 リアンの主張はもっともだった。バレンシア山脈は広大な山地である。目的の手長翼竜は確かにそこにいると知られてはいるが、それを探して山脈全体を踏破するなどというのは自殺行為以外の何物でもない。リアンの青い瞳が、焚火の色を受けなが、そのページを巡っていった。シーファとアイラもそれを覗き込んでいる。

 手長翼竜は有名な生物であるのでそのページはすぐに見つかったが、既述は思いのほか細かい。薄暗い薪の火を頼りに、蟻の這うような字を追っていく。やがて、お目当ての情報にたどり着いた。その記述によると、手長翼竜はバレンシア山脈でも特にその東側の尾根に連なる、『バレンシア喜望峰』に多く生息するのだということがわかった。その一方で、全てを見通す神秘の竜が棲むと言われる『プリンス・ピーク』の周辺ではほとんど見かけることができないという。リアンのお手柄であった。うっかり間違えて先に『プリンス・ピーク』を登ろうものなら、大きな無駄をするところだったのだ。
 リアンの小さな心は、あの日からずっとカレンに会いたいという焦燥にひたすら囚われていたが、それでも彼女なりにどうするのが最善なのか、どう振舞うべきなのか、懸命に考えを巡らせながら、懸命にその衝動を統御しているようであった。
 シーファとアイラのあたたかい瞳が、その美しい銀髪の上に注がれている。

「では、明朝は荒野をもう少し東に移動してから、『バレンシア喜望峰』に取り付きましょう。幸いにしてあそこはそれほどの標高ではありませんから、運が良ければ明日のうちに『手長翼竜』を発見できるでしょう。」
「そうね。しかしそうなると戦いの準備を十分にしておく必要があるわね。何といっても相手は竜よ。とても一筋縄ではいかないわ。」
「同感です。くれぐれも油断なく行程を進めましょう。」
 アイラとシーファが明日のことを確認していく。リアンはまだ辞典を読みふけっていた。

 あたりの漆黒を夏の星座が覆い、雲に隠れるようにして月がその顔をのぞかせている。夜が更けるほど吹き降ろす風はにますます冷たさを増してきた。

「そろそろ休みましょう。」
 アイラに促されて三人はテントに入って早々に休んだ。疲れが彼女たちを眠りへと引き込んでいく。夜間も絶えることのないようにと、シーファが巧みに調整した魔法の火だけが、その場で静かに揺れていた。

* * *

 翌朝も曇り空であった。昨日同様あたりは真夏に似つかわしくない寒さで、少女たちは1枚余分に着込んだ上にしっかりとローブを羽織った。険しい山を登っていくことになるから、それぞれ飛行能力のある『虚空のローブ』を身に着けている。術士であるため普段はあまりローブを身に着けることのないアイラはどことなく居心地が悪そうだ。
 乾パンと干し肉、野菜の魔法瓶詰で簡単な朝食を済ませてから、テントをたたんで火の始末をして、少女たちは進路をさらに東にとった。乾いた土を踏みしめながら進んで行く。雲は厚さを増すばかりで、あたりは俄かに鉛色になってきた。降り出さなければよいが、そんなことを考えているうちにいよいよ『バレンシア喜望峰』の登り口が見えてきた。荒野は一層を険しさを増し、ごつごつとした岩肌はそこへの人の侵入を忌避するかのようである。

「ちょっと待ってください。今日はこの中に幸運の女神がいるようですよ。」
 意味深なことを言ったのはアイラだった。彼女が指し示す先を見ると、何か大きな動く影が見える。周囲はもはや荒野というよりは山地だったが、それでも険しい登山道を登りゆくというほどではなく、まだ比較的開けた岩場であった。魔術式の小型望遠鏡をポケットから取り出してその先を覗くシーファの顔が輝いた!
「いたわ!手長翼竜よ!アイラの言う通り、今日はツイているわね!」
 その言葉を受けてリアンも望遠鏡で覗いてみる。登山道に繋がる少し先の開けた場所に確かにその姿はあった。

鉛色の雲の下で岩場に佇む手長翼竜。

 その名の通り、その生き物は巨躯に見合わないずいぶんとひょろ長い手足で岩場を捕えており、蝙蝠のような鉤爪のついた大きな翼を広げている。つい最近獲物にありついたばかりなのか、ずいぶんと落ち着いており、すぐに飛び立ってしまうということはなさそうだった。
 三人は、足音を殺してゆっくりと近づき、慎重に距離を測っていく。俄かに緊張が高まってきた。山脈から吹き降ろす風はなおも冷たく、湧き出た汗を流れ落ちる間もなくさらっては体温を下げていくが、しかし、めいめいに新しい得物を握るその手はぐっしょりと濡れていた。

「まずは、動きを封じないといけないですよ。逃げられたらそこまでです。」
 その細長い尾に青い瞳を釘付けにして、リアンが機会をうかがっている。慎重にタイミングを計りながら、彼女は詠唱を始めた。

『閃光と雷を司る者よ。法具を介して助力を請わん。我が手に光の綱を成し、かの者を大地に繋ごう。一筋の束縛と戒めを成せ!杭付の光の綱:Light Lasso with Stake!』

 リアンの手から、一筋の光の綱がほとばしり、それは目にもとまらぬ速さで、獲物めがけて駆けていく。その一端が翼竜の細長い尻尾を捕えたかと思うと、瞬く間にそれに複雑に絡みついた!突然の暴虐に翼竜は反射的に身をくねらせその場を飛び立とうと羽ばたくが、その刹那、リアンの繰り出した光の綱のもう一つの端が杭のようになって固い岩場に食いついた。翼竜の身体は一瞬ぐわっと空に舞いかけたが、その杭と綱に繋がれた反動と衝撃で地面に叩きつけられる。翼竜はその理不尽に大いに狼狽しながら、不気味に細いその身体をのたうちまわすが、一向にその戒めは解けなかった。

光の綱と杭によって翼竜の飛行能力を無効にするリアン。

「やるじゃない、リアン!」
 シーファが思わず声を上げる。
「これで逃げられる心配はなくなりました。しかし、面倒なのはこれからですよ!」
 そう言うと、カリーナから譲り受けた新しい錬金銃砲を慎重に構えて、アイラは狙いを定めて行った。シーファとリアンもそれに続く。

* * *

 十分に接近してから狙いを定めてアイラは発砲した。彼女の射撃の腕は一流で、全弾が翼竜に命中した。翼竜の体表は、頑強な竜鱗というよりは、ネズミの肌の様であったが、さすがは竜の眷属、それは想像以上に頑丈なようで、被弾をものともしない。
「さすがですね。通常法弾では通用しませんか!」
 そう言うと、アイラは弾倉を開けて、別の弾丸に詰め替えはじめた。翼竜はなおもその場を逃れようと激しく暴れまわりながらも、その目はしっかりと少女たちを見据えていた!
「あぶない!」
 うつむいて弾倉に法弾を詰め替えているアイラの身体をシーファが横倒しにその場に伏せた。その頭上を燃えさかる炎のブレス(吐息)がかすめていく。シーファの可憐なブロンドを焦がす嫌な匂いが鼻をさした。

「すみません。油断しました。まさかブレスを吐くとは。」
「ほんとうね。翼竜の類にブレスはないと習った記憶があるんだけど、まぁ、そんなものよね。」
 不敵な笑みを浮かべながら、シーファはアイラを助け起こす。咄嗟の衝撃で法弾があたりに散乱しているが、仕方ないというふうにアイラは手元に残った法弾だけを弾倉に込めていった。リアンも、カリーナにもらった錬金銃砲を構えて狙いを定めてみるが、ミミズが巧みにくねるように動きをまわりながら炎の吐息で牽制してくるその難敵に苦戦している。

「逃げられないのはいいとしても、こうもくねくねされると当たるものも当たらないわね!」
「全くです。」
 ブレスに警戒しながら、三人でそののたうつ身体を取り囲みながら機会をうかがう。
「そうね。当たらないのなら、当たるように繰り出すまでよ!」
 面白いことを言って、シーファが詠唱を始めた。エメラルドとルビーが輝く美しい長剣を媒体にして、魔法の力を引き出していく。

『空気と圧力を司る者よ。法具を介して助力を請う。空圧を刃と化して、今それを嵐のごとく撃ち出そう!切り刻め!乱雑なる刃:Random Amputation!』

周囲の空気を圧縮していくつもの刃を作り出し、それを撃ち出すシーファ。

 まばゆい魔法光を滾(たぎ)らせる剣をシーファが渾身の力でひと薙ぎすると、高圧の空気の層が鋭い鎌のように幾重にもそこから撃ち出されて、翼竜に襲い掛かっていった。翼竜は、相も変わらずもつれてしまわないのが不思議なほどに激しくその細長い体をくねらせていたが、その細さや動きの巧みさを全く無視して、野蛮なるその空気の刃はあらゆる方向から乱暴にその身体を切断していった。耳を裂くような金切り声をあげながら、そのひょろ長い翼竜の身体はばらばらの肉塊と化してあたりに散らばった。
 静かな山間の岩場で朝のひと時を満喫していただけの翼竜は、まったくの理不尽によって哀れな姿をさらしている。その凄惨なありさまに、さすがのアイラもぽかんとしていた。

「まったく、イノシシは手加減を知らないのですよ。」 
 ぼそりとこぼすリアン。
「なによそれ?どういう意味?」
 シーファが食いつくが、リアンはお構いなしにそのかわいそうな頭部に近づいてそれを拾い上げた。
「…、申し訳ないのです。」
 そう言いながら、魔法で防腐処理を施した後、その目的物を革袋に慎重に収めた。
「まずはひとつ。」
 達成感を表すはずのリアンのその言葉には、何か別の色が乗っていた。

* * *

 なにはともあれ、目的のものを手に入れることができた。シーファとアイラには任務の達成感と開放感の方が大きかったようだが、リアンだけは別の想念の中にいた。先ほど翼竜の頭部を拾い上げたその手を、彼女はじっと見つめていた。
 来た道を黙々と西に戻っていく。

 思いがけない僥倖で、朝のうちに翼竜を仕留めることができたので、夕方の少し前には荒野を南に抜けて、復興真っ最中のフィールド・インにまでたどり着くことができた。『三医人の反乱』によって、ほぼ全域が瓦礫の山と化したその街にも確かな復興の槌音が響いていた。人流はすっかり戻っており、この街特有の、若者たちのはつらつとした声が届いてくる。

「どうしますか?復興が進んでいるといはいえ、ここで宿を求めるのは難しいかもしれません。」
 あたりを見回しながらアイラが言った。石造りの大きな建物の再建もすでに始まってはいたが、まだ多くがバラックか簡単な木小屋で、アイラの言うことをもっともらしく裏付けていた。
「キャンプを張ってもいいけれど、この時間なら中央市街区まで戻ることもできないではないわ。」
「…。」
 リアンだけはずっと押し黙ったまま歩いている。
「そうですね。今日はアカデミーの寮に帰りましょう。」
「そうね、それが無難だわ。」
 シーファとアイラの間で話は決まったようだ。沈みゆく夕日に向かうようにして三人は中央市街区に足を進める。太陽がいよいよ地平の裏にその姿を隠そうかというところで、少女たちはアカデミーに到着した。大地と空の境界を分けるようにして、赤と青がせめぎ合っている。それを見守るようにちらちらと瞬く星が美しい。

「今日は、いったんここで解散にしましょう。また明日、ゲート前に集合ということで。」
 そう言うシーファ。
「わかりました。出発は何時にしますか?」
「そうね…。オッテン・ドットまではずいぶん長いから、少し早いけれど朝7時にここを発ちましょう。」
「わかりました。」
 シーファとアイラの言葉に、リアンも頷いて答えた。
「じゃあ、また明日。」
「はい、それでは。」

 夏夜を彩る星々に見送られるようにして、三人はそれぞれの寮の部屋に戻っていった。ここを吹く風は、この時期の暑さと湿度を取り戻している。

* * *

 その夜、リアンは寮の自室でとある手術を行っていた。今朝方理不尽に手をかけた翼竜の頭部から、肝心の瞳を摘出しているのだ。カレンが姿を消してから、彼女との縁(よすが)を繋ぎ留めたいとすがるような思いで独学していたガブリエルの知識が、大いに彼女を手伝ってくれた。生命の神秘と霊性の安定を司るという大天使ガブリエル。生命の神秘、生命…。その手が奪った命に黙々と無慈悲の業を施しながら、リアンの眼は熱を帯びていった。その熱は、静かに頬を伝い、彼女の手元にこぼれていく。

 やがて、カレンとのつながりを取り戻すための一つ目の糸が、瓶の中に静かに閉じ込められた。腐敗防止のために施した術式が放つ魔法光の中で、それは静かに揺蕩っている。

リアンが摘出した『手長翼竜の眼』の瓶詰め。

 机の上に置いたその瓶を眺めながら、リアンは眠れぬままに夜が白むのを感じていた。あとふたつ。
 新しい太陽が、静かに東雲を染めていく。

to be continued.

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第4集その4『南船北馬』完


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