見出し画像

AIと紡ぐ現代架空魔術目録 本編第7章最終節『古城の秘密』

 古城全体が静かに寝静まる中、ごそごそと動き回る影がそこにあった。約束の23時が訪れたのである。看護学部の寝室前で待ち合わせた3人は、床にしゃがみこみ、頭から『透明マント』をかぶって暗闇の中を蠢いていていた。透明マントは姿を隠すことのできる一風変わった魔法具ではあるが、特段特殊な物というい訳ではなく、どこの魔法具屋でも買い求めることができ、何となれば、『アカデミー術具・魔法具直営販売所』で購入することができるほどに一般的な代物であった。
 今、例の3人、すなわち、シーファ、リアン、カレンは、そのマントを頭からかぶって、身をかがめながらゆっくりと地下室に続く廊下を歩いているのだ。途中、カンテラを手に、その廊下を見回る教員たちと出くわしたが、この透明マントの効果で気づかれることはなかった。3人は足音を殺しながら、慎重に、ゆっくりとその突き当りにある地下へと続く階段を目指す。周囲を厳重に見回る、ウィザード、ソーサラー、そしてネクロマンサーたちとすれ違うが、どうやら彼女たちは透明マントの下の3人の怪しい影には気づいていないようであった。
「しめた!!」
 そして3人は、地下室へと続く階段へとたどり着いたのである。

地下へと続く階段。奥には牢部屋のようなところにつながっているようだ。

 階段は狭く、長く、その両脇には松明が灯っていた。おかげで、足元を確認することができる。3人は静かにその階段を進み始めた。こつこつという足音をできるだけ殺しながら、その石段を下っていく。その奥はどうやら牢部屋や拷問部屋につながっているようだ。俄かに周囲の気温が下がり、黴臭いにおいがあたりに立ち込めてくる。不気味な装いだった。3人は、好奇心と恐怖の両方にとらわれながらも透明マントを前へ前へと繰り出していた。
 地下には、いくつもの牢部屋と、おそらくは拷問部屋であろう部屋が、まっすぐに続く石畳の廊下の両脇に並んでいた。3人は、そこをまっすぐに進みながら、最奥を目指していく。奥に進むほどに松明の光は十分には届かなくなり、3人はついに透明マントを脱いだ。
「ここからは、慎重に立って進みましょう。」
 そういうシーファに、ふたりは小さくうなづいて答えた。周囲の気温は一層低くなり、あたりには霞のようなものが立ち込めている。初夏のこの時期こんなに冷えるということもあるまい。3人は、ローブの下で身体をさすりながら、なおも奥を目指していった。
 最奥には、小さな石造りの牢部屋のような場所があった。一見した限りでは、ただの収監用の小部屋であったが、よく見ると床の中央に更に下に続くのであろう入り口のようなものがあった。

最奥の牢部屋の床にある入り口のようなもの。

 それは金属製の扉で、固く施錠されていたが、シーファは『不触の鍵:Invisible Keys』の術式を駆使してそれを開けた。ふたりはその手際に目を丸くして驚いている。
「行ってみましょう!」
 そう言うシーファに、カレンが固くしがみついている。
「さぁ、行くわよ!」
 そう言ってシーファはカレンの身体を振りほどいた。

 時は、25時をまわったであろうか、すでに丑三つ時に差し掛かっている。

隠し扉から更に下につながる階段。どんどんと周囲の気温が下がっていく。

 隠し扉から、更に下に続く階段を降り始めると、周囲の気温はいよいよ下がってきた。階上とは5度から6度はちがうであろう。冷たいというより明らかに寒い。夜とはいえ、少なくとも6月下旬の気温でないのは明らかだった。あたりに立ち込める霞のようなものも心なしか濃くなってきたように思える。3人はどんどんとその階段を降りていった。幸いにして、ところどころにろうそくやカンテラが設置されており、視界に困るということはなかったが、その事実は同時に、今まさに何者かが、この先の空間を何らかの目的で使用しているのであろうことを意味するものでもあった。
 3人は恐怖と不安に飲まれそうになりながらも、それに押し勝つ好奇心に突き動かされて、その足を下へ下へと繰り出していた。その下り階段はずいぶんと長い。視界に入る段数の半分ほどを降りた頃だろうか、3人の耳に不気味に響く呪文の詠唱のような声が聞こえ始めた。それは聞いたことのない術式でその意味は分からなかったが、詠唱の声であることだけは間違いない。3人に俄かに緊張が走る。

「あれが聞こえますか?もはや幻聴という類ではありません。何事かあるのかは明らかです。戻って先生にこの事実を伝えましょう。」
 カレンが至極もっともな提案をする。
 しかし、シーファは好奇心の方が勝ってしまったようだ。
「ここまできて、一番おいしいところを先生に持っていかれるというのは癪(しゃく)だわ。せめて、何が起こっているのだけでも調べましょう。」
 返事はしなかったが、リアンの瞳もまた好奇の色に輝いてた。
「でも…。」
 カレンは不安なようだが、
「大丈夫。私がついているんだから!」
 シーファは譲らない。自信過剰で、他人の話を聞かないところが彼女の難点でもあった。それを知っているカレンは、仕方なくそのあとに続いて行った。
 石段を下りるに従って、気温は一層下がり、その詠唱の声は大きくなる。しかし、これほどまでに長い呪文とはいったいどのような効果の魔法なのだろうか?3人はそんなことを考えながらおそるおそるその声のする方に近づいて行った。

階段を降り切った先には、更に石畳の廊下が続いており、その先に小さな小部屋が見えた。

 階段を降り切ると、その先には更に長い石畳の廊下が続いており、その先に扉のない小部屋のようなものがかすかに見える。件の声はその部屋から響いてくるようだ。その声は呪わしく、あたりの石畳をびりびりと震わせるような威圧感がこもっていた。3人は足音を殺しながら、奥へ奥へと進んでいく。
 その部屋の入り口の両脇にとりついて、そっと中を覗き見る。もうその詠唱の声は間近に聞こえていた。小部屋の中では、床に展開された大きな魔法陣の中央に、ローブを目深にかぶった怪しい人影がいて、それは魔法書のようなものを手にして、一心不乱に呪文を詠唱していた。その魔法書の開かれたページには魔法光が漂い、暗いその小部屋の中を妖しく照らしている。

最奥の小部屋で一心不乱に呪文を詠唱する怪しい人影。

 その詠唱の声はやむことがない。魔法書のページが次々にめくられる。そのたびに、床に刻まれた魔法陣の光の色は濃くなり、魔法書からは禍々しい光があふれ出るようになってきた。ついにシーファが動く!
「そこまでよ!あなた、そこで何をしているの!」
 彼女を引き留めようとしてそのローブに手を伸ばすカレンを振りほどいて、シーファはその人影と真正面に対峙した。その人影は静かに視線を上げる。しかしその口は呪わしい詠唱をやめることはない。
「何とか言いなさいよ。ここはアカデミーの研修施設よ。そこに不許可で侵入することは許されないわ。身元と目的を明らかにしなさい!」
 そう詰問するシーファ。実はシーファは中等部生でありながら、アカデミー治安維持部隊の非常勤エージェントとしスカウトされたエリートでもあった。その怪しい人影を詰問するのに、その資格を活用しているようだ。その人影は視線をこそシーファに移すが、詠唱をやめる気配も、彼女の質問に答える気配も見せない。ただただ、その詠唱を続けるばかりである。

「とにかく、ここは危険です。いったん戻りましょう。」
 そういうカレンの声を無視して、業を煮やしたシーファはついに行動に出る。
「勧告に従わないのであれば、排除します。」
 そう言うが早いか、彼女は『火の玉:Fire Ball』の術式をその人影に向かって繰り出した。その人影は、それをかわすでもなく、その場でじっと詠唱を続ける。炎の塊はその右肩に命中し、その身体を大きく後ろにそらしたが、それはすぐに元の姿勢に戻った。ローブが焼け焦げた以外には、大した損傷はないようだ。人影はそのことを気にもかけていないようで、なお、ひたすらに詠唱を続けていた。
「警告が聞こえませんか?あなたはアカデミーが執行する行事の安全を脅かしています。直ちにその素性を述べ、目的を明らかにしなさい!」
 更にシーファが語気を強めるが、その人影はまったく応じるそぶりを見せなさい。やがて、その詠唱は最終段階に入ったようで、3人にも意味が分かる言葉で術式を唱え始めた。どうやらそれは召喚術式のようだ。
『呪われた者どもよ、わがもとに集え。その穢れた力を用いて我が敵を滅ぼせ!Summon of Deadly Angelic P.A.C.!』

その人影が詠唱していたのは、かの P.A.C. 召喚術式であった。

 その声が終わるや、床に刻まれていた巨大な魔法陣はその外延を広げて部屋いっぱいに広がり、虹色の魔法光を放って、30は下らない数の醜悪な人影をそこに現し始めた。それはアンデッドと言えばそうであったが、見た目はそれよりも恐ろしくおぞましいものであるように感じられる。この召喚術を使って、古城に宿泊するアカデミー学徒を襲撃するつもりだったのだろうか?妖しい人影に呼び出された異形の群れは、ゆっくりと3人の方に向きを変えると、一斉に襲い掛かってきた。

「逃げて!」
 シーファのその声に合わせて、長い石畳の廊下を反対方向に駆け出す3人。異形の影はゆらゆらとその後を追ってくる。最後尾に位置する格好になったシーファが『砲弾火球:Flaming Cannon Balls』の術式を繰り出すと、それらの火球は動きの遅い異形の軌道を正確にとらえてことごとく命中した。しかし、それらの影は、被弾によって怯みはするものの、焼け焦げた身体を引きずるようにして、なおも追跡の手を緩めることがない。
『生命と霊性の均衡を司る者よ。彷徨える魂に永遠の安らぎを与えたまえ。冥府の者を冥府に返せ。悪霊への危害:Harm Non Material!』
 詠唱とともにカレンが強力な対霊術式を放った。その虹色の光が追っ手を包み込んでいく。しかし、相手には消滅する気配が見えない。やはり、追っ手はただのアンデッドではないようだ。

 息をきらしながら逃げる3人。この廊下はこんなに長かっただろうか?そう思えるほどに上り階段まで距離があった。途中で躓きころぶリアンの手をカレンが引きながら、どうにかこうにか逃げ惑う。追っ手が術式を繰り出してきた。狭い通路でそれらを懸命にかわしながら、なおも走る3人。リアンの息がひどく上がっている。もうそれほど長くはもたない。
 後ろを振り返り、後に続くふたりを気遣うシーファは、突然何かにぶつかった。ハッとして前を見ると、そこにウィーザードの顔があった。その顔を見るやあの気の強いシーファの瞳に涙が浮かんだ。
「先生…。」
「お前ら、ここで何してるんだ!」
 そういうウィザードの視線が追っ手の人影を捉える。
「はやく後ろに隠れろ。はやく!」
 その声に促されて3人はウィザードの背に身を隠した。
「おい、みんな来てくれ!どうやら久々のご対面だぜ!」
「やっぱり、マークスの悪だくみは続いていたようね。」
 ソーサラーが不敵に笑う。
「学徒達に手出しはさせません。」
 ネクロマンサーもそう言って姿を現した。
「お前たち、早く逃げろ。こいつらはお前らがかなう相手じゃねぇ。」
 そう言って避難を促すウィザード。しかし、彼女たちの腰は完全に抜けてしまっている。
「仕方ねぇ。いっちょやるか!」
 そういってウィザードが身構え、あとのふたりもそれに続いた。

 ウィザードが『砲弾火球:Flaming Cannon Balls』の術式を繰り出す。さすが、学徒達のもとのとは比較にならない火球の数と威力である。それは瞬く間に召喚されたほぼすべての異形を薙ぎ払っていった。あとには燃えくずのようなものがくすぶっている。残った異形は、ソーサラーが『加重水圧:Hydro Pressure』の術式で片づけた。残るは最奥からゆっくりと近づいてくるローブの人影だけだ。それは召喚した異形が全滅したことなどまるで意にも解さない様子で、ゆらゆらと近づいてくる。その姿は3人の記憶にはっきりとある姿だった。

「あいつは P.A.C. だ。間違いねぇ。」
「そうだとすると、骨が折れるわよ。」
「いずれにせよ、放っておくわけにはいきません。」
 3人はいよいよそれとの距離を詰める。その後ろで小さな3人が震えていた。

『火と光を司る者よ。我が手に炎の波をなせ。我が敵を薙ぎ払い、燃えつくさん。殲滅!炎の潮流:Flaming Stream!』
 詠唱とともに、火と光の高等術式を繰り出すウィザード。その両手からほとばしり、業火の波がそのローブの人影を確実にとらえていった。異形が身に着けたローブは大きな炎を上げて燃え上がり、その中で、影が悶えている。

 やったか!?

 そう思った刹那、その異形は燃え盛るるローブを脱ぎ去って、一層おぞましいその正体をあらわにした。

燃え盛るローブを脱ぎ捨てて正体を現した異形。見たことのないおぞましさである。

 それは、鎧を着た骸骨に禍々しい翼をはやした、これまでに見たことのないおぞましい姿であった。シルエットこそ天使のようではあったが、その全体は腐敗しているような、焼けただれたような姿で、焼け焦げたローブの残りかすを引きずりながら、鎧の継ぎ目からガシャガシャと耳障りな音を響かせていた。

「こいつは!?」
 ウィーザードもその情景に戸惑っている。
「正直、かなりやばそうね。」
 身構えるソーサラー。
「とりあえず、やるしかりません。」
 ネクロマンサーの意は決しているようだ。

 狭い通路で、その堕天使の様な異形が、雷を放つ。自身たち自身とその後ろに隠れて動けない若い3人の小さな体を守るようにして、防御障壁を展開し、それを必死に防ぐ3人の先生。強力な雷の幾筋かがその防御障壁を突破して、最前列のウィザードを襲った。彼女の身に着けるローブが雷撃で引き裂かれ、その裂け目から焦げ臭い匂いが放たれる。

「やってくれんじゃねぇか。」
「なら、これでどうよ!」
 ソーサラーが、美しい法具、氷の剣を取り出して詠唱する。
『水と氷を司る者よ。法具を介してその加護を請わん。清流を刃となし、高圧で切り裂け!噴出水剣:Water Jet Blade!』
 高圧の水流が、美しい太刀筋を描いて堕天使を斬りつけた。その水流の刃は片方の翼を捉えて、それを斬り飛ばした。異形は、苦痛に慄いている。

 しかし、なおも攻撃の手を緩めることはない。更に強力な雷を放ってきた。ウィザードは懸命に防御障壁を展開してしのぐが、その雷の幾筋かは確実にウィザードの身体を捉えてる。その服のあちこちが裂け、そこからは血が滲んできた。

「やりやがるぜ。『アーカム』でのことを思い出すな。」
 そう言って、口元の血をぬぐう。
 ネクロマンサーが『帯電した雲:Thunder Clouds』の術式を繰り出した!狭い通路を稲妻が駆け巡り、その異形と3人との間に距離を開ける。命中した稲妻は、その鎧の一部を破壊し、その箇所からは、やはり人間のものとは明らかに異なる、どす黒い血液のようなものが噴き出していた。

『衝撃波:Shock Wave』の術式を繰り出す異形。
 狭い通路の先頭でウィザードがそれに耐え忍ぶが、ずいぶんと損傷が蓄積している。そろそろ限界だ。ソーサラーは再度『噴出水剣:Water Jet Blade』の術式を繰り出して、その異形の片腕をもぐ。しかし、その堕天使はなおも殺意を増し加えていった。

 その頭蓋骨の眼孔に不気味な光が灯り、口もとにエネルギーが収束していく。そのエネルギー光は周囲に魔法陣を展開し、いまにも解き放たれそうだ。

 まずい、やられる!
 そう思って、ウィザードが体を固くした時だった。小さな3つの影の内の一つが立ち上がり、か細い声で詠唱を始めた。
『生命と霊性の安定を司る者よ。火と光を司る者、水と氷を司る者とともになして、聖なる潮流を生ぜしめん。不浄の者どもを洗い流し、汚れた大地を浄化せよ。聖光潮流:Sacred Tide!』
 それは、3大天使の加護を必要とする高位の神聖魔法だった。聖なる光をたたえた潮流が巻き起こり、その聖なる水はたちまちその狭い通路にあふれてその堕天使を最奥の部屋まで一気に押し流した。まばゆく輝く聖光がその汚れた身体を蝕み、その体表を焼き尽くしていく。奥の部屋の真ん中で、その異形は、傷ついた身体を引きずるようにして、ゆっくりとその上半身を起こそうとしていた。

 そこに向かって駆けていくウィザード。彼女の手には、紫色の電が取り巻く光球が輝いていた。
『火と光を司る者よ。法具を介してその加護を請わん。業火を火球となして立ちはだかる者を粉砕せん!貫け!殲滅光弾:Strike Nova!』
 強力な光弾を、今まさに起き上がらんとするその異形に向かって激しく打ち出し、その上半身を粉々に吹き飛ばした。その残された下半身からは、どす黒い液体がどっと噴き出す。どうやら、脅威は退けられたようだ。

 安堵して、後ろを振り返ると、魔力枯渇を起こしたリアンが、カレンの腕に抱かれていた。それをネクロマンサーが介抱している。先ほど、高位の神聖魔法を行使したのはなんとリアンだったのだ!彼女は、魔力制御が不安定で、いつもおぼつかない様子でしか術式を行使することができなかったが、襲い掛かる危機が彼女の奥底に眠る資質を呼び覚ましたのか、その決死の術式がその場にいる6人を救ってくれたのであった。
 体内の魔力をすべて使い切ったようで、ほぼ完全に意識を失っていた。魔力回復薬を飲むこともできないらしい。仕方なくネクロマンサーはリアンをその背におぶった。

「こいつ、すげえな。中等部で三大天使術式を使うとは。」
 ウィザードは驚きを隠さない。
「そうね、さすがは血筋と言ったところかしら。」
 ソーサラーも感心しているようだ。
「とにかく、この事実をすぐに報告して安全の確保に努めましょう。」
 そう言うネクロマンサーの提案に従い、3人は小さな3人を連れて、階上へと戻っていった。

「どうして先生たちはあそこにいたのですか?」
 階段をのぼりながら、シーファが訊く。
「お前たちに見えたり聞こえたりするものに、あたしたちが気づかないとでも思うか?」
 そういって叱責するウィザード。
「すみません。」
 めずらしくしおらしいシーファ。よほど恐ろしかったようである。
「あれはいったい何なんですか?」
「そうだな。まぁ悪い奴だ。今はそう思っとけ。」
「はい…。」
「いいか、今晩はリアンに助けられたが、それはそれ。これはこれだ。言いつけを守らずに就寝時間後にうろついた罰はちゃんと受けてもらうからな。」
 そう言って、ウィザードはシーファの額を軽く小突いた。
「本当にすみませんでした。」
「これに懲りたら、今度からは何かあったらすぐあたしたちに言うんだぜ。透明マントなんて姑息な手を使わずにな。」
 そう言って、ウィザードはいたずらっぽい視線をシーファに送った。
「気づいてたんですか!?」
「当たり前だろ。お前らのすることくらいお見通しだよ。」
「なにせ、この人は華麗な女盗賊だから。」
 ソーサラーがちゃちゃを入れる。
「うっせぇな。こいつらの前で面倒くせぇ話を持ち出すなよ。」
 そういって照れくさそうにするウィザード。
「女盗賊って…。」
 そう言いかけたシーファに、
「いいから黙って歩け。」
 ウィザードはそう言って、先を急がせた。

* * *

 1階に上がってきた時には、降りる時に感じた不気味な寒さはなりを潜め、季節さながらの蒸し暑さに覆われていた。どうやらひとまず脅威は去ったと考えて間違いないようだ。
 3人の先生は、小さな3人の少女たちをそれぞれの寝室まで送り届けてから、再度古城中を見回った。十分な安全が確保されたという確信が持てたところで、彼女たちは今晩の出来事を報告書にしたためて封書にしまった。明日には、『転移:Magic Gate』の術式を使って、それをパンツェ・ロッティ教授に届けるつもりである。

 あれが、かつて対峙した P.A.C. の変種であることはまず明らかだった。それはマークスの再動が始まったことを意味している。魔法社会を再び脅威が包もうとしているのだ。マークスとの決着はいつかつけなければならない。3人はその決意を新たにしていた。

* * *

 研修最終日の夜はちょっとしたパーティーだった。研修の無事な終了を祝して、地域観光組合のスタッフ陣がとびきりの品々を用意してくれたのである。豪華な料理を素晴らしいデザートが取り囲んでいた。メインディッシュは牛肉のステーキと多彩な魚介の盛り合わせで、学徒達の味覚を大いに唸らせた。

山の幸と水海の幸に彩られた見事な料理のプレート。

 デザートは多種多様なケーキと、チョコレートやビスケットなどのお菓子で、これもまた若人たちの目と舌を十分に満足させていた。

デザートテーブルは食べきれないほどのケーキとお菓子で覆われていた。

 学徒達は、素晴らしい料理を大いに楽しみ、会話に花を咲かせた。その中で、教員たちが、昨晩の出来事をかいつまんで説明し、今後は何か気づいたことがあれば無謀を冒さずに、すぐ教員に伝達するようにと注意喚起を行っている。
 シーファ、リアン、カレンの3人の名は伏せられていたが、その日の昼休憩に、休憩返上で古城の前庭を走らされていたことから、その3人が何事かをやらかしたのであろうことは、学徒達の間で公然の秘密となっていた。

 宴会はいつまでも続いていく。月が古城を照らし、その窓からは子どもたちの明るい声が漏れ聞こえていた。もうすぐ夏本番が来る。漆黒の天空はいよいよ夏の星座に彩られようとしていた。夜が静かに更けていく。

to be continued.

AIと紡ぐ現代架空魔術目録 本編第7章最終節『古城の秘密』完


いいなと思ったら応援しよう!