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続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集04『少女たちの奮闘』

 初日の、団欒の夜からはや2日を経た。東の丘陵地『ハロウ・ヒル』の監視は日々続いていたが、監視装置の性能的な限界もあって、なかなかその核心に迫ることができない状態が続いている。しかし、そんな中でも、召喚した霊体による深夜帯の警邏(けいら)など、一部の活動は奏功しており、一進一退ながらも、任務は概ね良好に進んでいた。
 そんな中、任務開始から3日目にあたる日の昼前に、リアンは遂に、暗視装置付きの完全自動監視装置を遂に完成させのである。

「できましたですよ!!」
 歓喜の声が上がり、それまでせわしく動いていた手が止まって、その青く美しい瞳は、望遠鏡に接続された監視モニターの画面に向けられている。

リアンが完成させてた暗視装置付きの完全自動監視装置。

「まあ、ついにできたのね!」
 リアンの声を聴いて、カレンがそばにやってきた。
「カレンから聞いてはいたけれど、あなたって本当にこうした魔術式の電装装置に詳しいのね。直にお手並みを拝見するのは初めてだけど、まったく見事なものだわ。」
 感心ひとしおのそのシーファの言葉を受けて、リアンは少々気恥しそうにしつつも、なおその監視装置の微調整に勤しんでいる。
 その機材は、魔術式の暗視装置を備えた高解像度の望遠鏡が、そのレンズの捉えた映像を自動的に画像解析する魔術式電算処理組織の上に据えられており、その下部にはさらに大容量の録画用の『印画の素子』を封入した大型の記憶装置に繋がっている。更にその先は、望遠鏡を覗かなくても映像をみなでつぶさに共有できるよう、大型のモニターが接続されていた。リアンの説明によると、望遠鏡を直に覗くよりも、モニターに表示される映像を見る方が、魔術式電算処理組織によって解析された各種情報を併せ見ることができるため便利なのだということであった。夜に捕らえられた景色も、魔術式電算処理を経ることで、ほぼ昼間と変わらない鮮明さで見ることができるとのことで、毎夜毎夜、監視と警邏(けいら)の為に相当数の死霊を召喚していたカレンの負担を大きく減らすことができるのだという。
 これで、万が一の駆除作戦を見据えた場合に、シーファとカレンの二人の魔力を温存できる運びとなる。特に大きな群れを相手にする場合、カレンがどれだけの数の死霊を召喚できるかは、戦力バランスという意味では極めて重要であり、彼女の魔力を温存できることには戦術的な重要性があったわけだ。

「とりあえず、これで監視体制は充実したですよ。」
 やれやれと言った感じでリアンが言う。
「でも、これの動力はどうなっているのですか?魔力駆動式だと思うのですが、それならば何らかの魔力供給が必要ですよね?」
 そう訊くカレンに、
「そうなのです。それだけがこの装置の唯一の課題なのですよ。当面は私が常時魔力を供給することにします。ですから、もし駆除作戦に及んだ場合には、私はほとんど魔法的には役に立てないのですよ。」
 リアンが状況を説明した。
「大規模な集団攻撃術式に長(た)けるあなたの魔法を当てにできないのは少々苦しいですね。」
「確かにそうですが、集団攻撃術式ならシーファも得意とするところです。シーファの火力とカレンの召喚術が駆除作戦成功の鍵を握りますね。」
 リアンとカレンはそのように見通しを話していった。

* * *

「それについては、私に一計あります。これまでの三日二晩の監視からわかるところでは、『ポルガノ族』の総数は我々の予想よりだいぶ多いかもしれないということです。」
 そこに加わったのはアイラだ。
「どのくらいの数に上りそうなの?」
「本格的な夜の調査が可能になるのは今夜からですから、詳細はそれ以降にかかってきますが、それでも、これまで昼間に確認された群れの数から推計するところで、50は下らないように思います。」
「50か…、それを4人で相手にするとなると相当に骨が折れるわね。」
 言葉を交わすシーファとアイラ。
「そうなのです。夜間の監視精度が上がることで、それ以上の数が確認される可能性も十分にあるわけで。そうなると、いかなシーファと言えど、それだけの数に対して殲滅魔法を連用するのは危険なことです。」
「ええ、確かにそうね。」
「カレンの召喚する死霊で、半数を処理できるとしても、それでもなお、高等術式を数回行使する必要が出てきますが、それは相当の負担になります。」
「まあ、やってはみるけれど…。」
「リアンの大規模集団攻撃魔法が使えないことを前提に考えると、最悪、広い平原の真ん中で包囲される危険もあります。ですから…。」
「何か策があるのね?」
「はい。リアンには、魔法には依拠しない方法でのデコイ(囮)の役割を果たしてもらい、シーファと私は、主に剣戟で対応する作戦を考えています。集団攻撃術式は、ぎりぎりのところまで温存するわけですね。」
「で、具体的にはどうするの?」
「具体的な作戦詳細については今詰めているところです。とにかく、この作戦を実行に移すためには、ある程度規模のまとまった装備が必要になるので、あと2日の内に何とかできないか、今お店の方と相談しているところです。おそらく、防具はお店で、武具はここで私が錬成することになるだろうと思います。実現の目途が立ちましたら、詳細を改めてご説明します。」
 アイラは、シーファにそう伝えた。監視用モニターを見入っているリアンとカレンも、頷いてその説明に応えている。

 初夏の陽がまぶしく天上を照らしている。その陽の中で捉えられる『ハロウ・ヒル』の様子は実に鮮明で、そこに息づく動物たち、もちろん監視対象である『ポルガノ族』の動向もつぶさにとらえることができていた。リアン謹製の監視装置はその実大変に優れた性能を発揮しており、彼女がいくばくかの操作を加えると、既に映像として捉えた『ポルガノ族』を座標化して、常時その位置を特定できる仕組みまで備わっていた。少女たちはその完成度とリアンの卓越した技術に感心ひとしおのようである。

* * *

「さてと、リアンのお手柄で、常時監視装置を覗き込む必要からも解放されたわけだから、少し手を止めてお昼にしましょう。もう少しで準備できるから、みんな手を洗って、テーブルについてちょうだい。」
 そうシーファが言うと、リアンは監視装置を自動監視モードに切り替えると、立ち上がってシャワー室の方に移動していった。カレンとアイラもその後に続く。

 時計の針はまもなく正午を指す。オーブンからは香ばしいかおりが漂ってきた。初日からずっとシーファが3食、食事の準備を行っているようだ。
 やがて、シャワールームから戻ってきた3人の少女たちが、食堂のテーブルにつく。そこに運ばれてきたのは、焼きガニの料理であった。香辛料をよく効かせているようで、カニの身の芳醇な香りと香辛料の鋭い香りが相まって、午前中それぞれの任務をよく果たした少女たちの胃の腑を大いに刺激している。

シーファが用意してくれた焼きガニの料理。香辛料のかおりが食欲を誘う。

「昨日買い物に出かけた時ね、とても美味しそうな魔法ガニを見つけたのよ。それで、グリルしてみたってわけ。お鍋にしようか迷ったんだけど、お店の人の話では、このカニは焼きガニで食べるのが一番だってことだったから、おすすめの香辛料とあわせてみたわ。どうぞ、召し上がれ。」
 そう言って、シーファはみなに料理を進める。とりわけ脚が美味とのことで、みなそれをもぎ取っては、殻をむいて口に運ぶ。芳醇で濃厚な甘みが広がった後で、後口に訪れる香辛料の辛みと若干の酸味がなんともいえないハーモニーを奏でていた。
 3杯あった大型の魔法ガニは、瞬く間にその脚を、少女たちの胃の腑の中に移されてしまったようで、脚もツメもなくしてしまった胴体だけが、心細そうに皿の真ん中に佇んでいる。

「美味しかったのですよ。」
 幾分膨れたお腹の上に手を置いてリアンが言う。
「でしょ?今日の香辛料は、リアン姫にも気に入っていただけたはずよね?」
「そうですね。シーファが料理上手になったことは認めざるを得ないのですよ。」
「まあ、生意気なんだから。」
 そういって笑いあう二人を、カレンとアイラがあたたかく見守っている。

 食後のお茶をゆっくりと済ませてから、4人は再びそれぞれの持ち場に戻った。リアンは監視装置の操作と、それへの魔力供給に勤しみ、アイラは火事場に籠(こも)って各種の錬金金属と格闘している。どうやら、数種類の武具を本格的に錬成するようだ。
 立て続けの死霊の召喚任務から解放されたカレンは、気分転換に、シーファとともに街まで買い出しに出掛けたようだ。

 陽がゆっくりと西に傾く中、めいめいにその任務をこなしていく。今のところ、『ポルガノ族』に大きな動きはないようだが、アイラの懸念の通り、その数は当初の予測より遥かに多いことが明らかになりつつあった。今夜からはリアンの力作によって、夜間の監視も十全に遂行できることになる。これまで以上に正確な情報が、彼女らの下にもたらされることになるだろう。
 夜が静かに更けていく。

* * *

 それから早くも陽は大地を3周して沈み、観測開始から6日目の夜に至った。監視装置に魔力を供給し続けるために、機器と自分のブレスレットを繋いで眠っていたリアンは、けたたましい警報音で目を覚ました。慌てて飛び起きた彼女が、監視モニターに目をやると、そこには信じがたい光景が広がっていた!『ハロウ・ヒル』に生息する『ポルガノ族』の所在は、モニター上に光点で示され、その数は望遠鏡に繋がる魔術式電算処理組織で処理されて、モニター上に数値で表示されるようになっていた。
 今、彼女の青い瞳には、膨大な数の光点が映し出されている。それは、機器の故障を疑わせるほどであったが、つぶさに機器の状況を調べたリアンは愕然とするより他なかった。

「みんな、大変なのですよ。起きてくださいなのです!」
 大慌てで、みなを起こすリアン。モニターの隅には、目を疑う数値が刻まれていた。

to be continued.

続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集04『少女たちの奮闘』完


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