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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚最終集その4『全学魔法模擬戦大会』

 そして、ついに週が明け、アカデミー全体で行われる秋の一大イベント『全学魔法模擬戦大会』の当日となった。今年からは、1日目に、競技大会を、翌日にエキシビションマッチを行う2日制となった。学内最大のイベントの複数日程化ということで、学内全体が、例年よりもひときわ大きな盛り上がりを見せている。
 初等部の競技大会は、予定通り午前中に消化され、中等部以降の学徒が活躍する午後の部へと移っていこうとしていた。中等部と高等部の競技大会は非常に見ごたえのある一大イベントとなっており、とりわけ、4対4(Q.v.Q)で展開される高等部の試合は大変な見ものとなっていた。また、高等部の試合の多くは、夕方から夜にかけて行われるため、その盛り上がり方は格別である。

 昼食と休憩の時間が終わり、午後の部の開始を告げる魔術アナウンスが会場を駆け巡っていった。個人戦トーナメントの後は、団体戦トーナメントを経て、人数まちまちの混成チーム同士による、一層実戦に近い形の無差別試合へと順次進んで行くことになる。特に、午後の部の一番最後に実施される中等部の無差別試合は、午後の部の最高潮を演出するとともに、その興奮を高等部が織りなす夜の部へと架橋する、重要な節目に位置していた。

 件(くだん)のエキシビションマッチを翌日に控えるフィナとルイーザの二人は、上級生の戦い方や戦術からなにかしらヒントを得たいと考え、それらの試合をかぶりつきで見守っている。その美しい手には力がこもり、エメラルドとサファイアの瞳は、選手たちの一挙一動に一心不乱に注がれていった。

 今年、中等部で特に衆目を集めていたのは、シーファ、リアン、カレン、アイラの混成チームと、ミカエラ、ミネルバの双子ウィザード姉妹と、エイダ、リンダのこれまた双子のネクロマンサー姉妹から構成される混成チームが衝突する、2年生の試合であった。シーファたちとの相手となる双子のペアは、同学年において、シーファたち同様の注目成長株であり、その実力は折り紙付きと評されている。

ミカエラ、ミネルバ姉妹。濃紫髪が姉のミカエラ、ブロンドが妹のミネルバである。

 同じウィザードとして、シーファはミカエラと親交があり、彼女自身、今日の試合を心待ちにしていた。ミカエラは、濃い紫色が好みらしく、ローブの色に合わせて髪も同じ色に染めていた。姉妹共に侮れない火と光の術式の使い手である。彼女たちの得意の獲物は、人為のルビーを配した特別製の魔法杖で、得意の術式の力をそこから存分に引き出してくる力強い戦法を得意としていた。彼女たちは、新しい『競技採点』の制服ではなく、旧式のものを用いるようだ。
 もう一組のリンダとエイダの姉妹であるが、こちらもまた知らぬ者のない実力者であった。

リンダ、エイダ姉妹。向かって左がリンダ、右がエイダであるが、瓜二つである。

 姉のリンダは召喚術式を得意とし、妹のエイダは閃光と雷の術式を得意としているが、その外観は、エイダの瞳の色の方が僅かに赤みを帯びているのを別にするとほとんど瓜二つで、対戦相手は瞬時に目前の相手がどちらであるかを見抜けないと、思わぬ攻撃を受けることになる、恐ろしい相手なのである。双子ならではの巧みな連携プレイを得手とする業物(わざもの)姉妹であった。

 対するシーファたちのチームは、ウィザードのシーファ、ソーサラーのリアン、ネクロマンサーのカレン、術士であり錬金術師であるアイラから成るバランスの取れた構成であり、前衛のアイラが攻撃を担い、リアンとカレンが補助術式と召喚術式で後衛から支援、パワーファイターのシーファが、機を見て中衛から相手を圧倒するという比較的オーソドックスな戦術を軸に、安定した強さを見せていた。

 奇抜で型破りな戦術を得意とする二組の双子組と、教科書的な戦い方で手堅く勝利を目指すシーファ組との対決である。いやがおうにも観衆の期待は高まっていった。相変わらず学則違反の賭けは、不埒にも盛んに実施されている。その胴元から漏れ聞こえてくる情報によると、4対6で、二組の双子組『デュアル・ツインズ』が優勢との見立てであった。話によれば、リンダとエイダ姉妹の独特巧みな錯乱戦法を介して繰り出される不意打ちに耐えられる相手はほとんどいないから、というのがその理由のようであった。

* * *

 中等部1年の無差別試合が終わり、いよいよ注目のカードとなる!T.v.TとQ.v.Qの団体トーナメント戦は、予選から決勝までの一連が当日に実施されるが、最後の無差別試合だけは、春と夏に行われる事前の予選を勝ち残った選抜チームによる決勝のみが執り行われる段取りとなっていた。いきなり、注目話題の対戦を見られこととあって、会場は大いに沸くのである!

 いよいよ、シーファ組と『デュアル・ツインズ』の選手たちが、フィールドの中央に歩み出る。中等部2年からは空中戦が基本だ。この試合も当然のごとく空中戦となる。

「選手は各々位置につけ!中等部2年、無差別試合決勝!用意、はじめ!」
 審判の掛け声とともに、戦いの火蓋が切って落とされる。シーファたちとしては、やっかいな戦法を繰り出すリンダ、エイダ姉妹を先になんとかしたいところであるが、こちらがそう目論むのは相手も当然に織り込み済みなわけで、魔法戦だけでなく白兵戦をも得意とするパワーファイターのミカエラとミネルバ姉妹が、後ろの二人を守るようにして前にさっと踊り出る。

 対するシーファ組は、前衛にアイラ、中衛にシーファ、後衛にリアンとカレンを配置する布陣でそれに相対した。

 実のところ、みもふたもない言い方をすれば、アイラの黄龍の力と、カレンの天使の力を解放すれば相手を圧倒するのは容易である。しかし、彼女たちのその力の存在は、学内では絶対の秘密であるのだ。黄龍はまだしも、本物の天使の存在を周目にさらすなど、できる相談ではない。そんなわけで、4人は「人間の魔法使い」として、今まさに正々堂々と試合に臨んでいた。

 最初に動いたのは、互いに白兵戦を得意とする、アイラとミネルバである。ミネルバの得物は、アイラの黄龍の剣と比較すれば、白兵戦能力の点では格段に劣るが、しかし、姉のミカエラが『武具拡張:Enchant Weapons』の補助術式でそれを巧みに強化しており、為石ルビーを用いていることもあって、アイラが相手でも、そうやすやすと撃ち負けるということはなかった!

アイラは一生懸命試合をしている。

 一進一退で打ち合う様を見かねたリアンが、アイラにも『武具拡張:Enchant Weapons』による支援を行おうとしたその時だ!後衛に控えて機を伺っていたリンダが、そうはさせじと大規模召喚術式を行使する。それは、冥府の門を開いて強力な死霊を呼び出す『暗黒召喚:Summon Darkness』の高等術式だ。中等部2年して高等術式を使いこなすとは、噂通りの実力である。

 明るい秋の陽が一瞬陰ったかと思うと、上空に渦巻く暗雲に妖しい魔法光でもって冥府の門が描画され、そこからおびただしい数の強力な死霊が召喚されて、競技場になだれ込んでくる。

『暗黒召喚:Summon Darkness』の高等術式を行使するリンダ。

 前衛として優れた白兵戦能力をもつあのアイラが、ミネルバとの打ち合いに釘付けにされているときを狙って、支援を妨げるべく召喚術式を繰り出してくるとは敵ながら見事なやりようである!案の定、アイラはミネルバが繰り出す打撃と迫りくる死霊の群れから後ろの3人を守るのが精一杯で、他になにもすることができないままでいる。

 召喚された死霊の数は多く、ざっとみても30を下らない。もはや、ちょっとした小隊規模だ。

「シーファ、はやくなんとかするですよ!」
 リアンの声が響く。
「なんとかって、この数よ。集団攻撃魔法ならあなたでしょう!」
「そんなこと言ったって、死霊の群れに水と氷は不利なのです。」
「それなら、カレンの召喚術式でなんとかできないわけ!?」

 シーファの言うことはもっともだったが、カレンが召喚術式を身に着けたのはほんの数ヶ月前のことだ。天使の力を解放していない状態で、それほど大規模かつ強力な召喚術式を行使することは難しい相談であった。得意の閃光と雷の術式という手もないではないが、召喚された死霊の数と強さを考えると、火と光の術式ほどの効果は見込みにくかったのだ。
 そんなことをやっているうちにも、死霊の猛威はとどまるところを知らない。防戦一辺倒となっているところに、相手陣営から、すなわち、ミカエラとエイダから無数の火の玉と雷の術式が繰り出される。
 甚大な損傷が、シーファたちにもたらされた。

 得点を知らせる魔術式掲示板が赤字(『デュアル・ツインズ』側)で120と表示する。
 団体戦では、1人あたり100点の持ち点を持ち、4対4の場合、400点の得点を先取したほうが勝ちということになる。また、構成員のうちの誰かが魔力枯渇を起こした場合は相手側に、問答無用で即座に100点が入る。団体戦では、個人戦の場合とは異なり、魔力枯渇、即負けとはならないが、戦力が1人減る上に相手側に100点も入るので、その致命性は相変わらずであった。魔力枯渇は一種のペナルティなのである。

「しょうがないですね!召喚者を止めるですよ!」

 そう言うと、リアンはリンダめがけて一気に走った。小柄でスピードのあるリアンは、前衛を固めるミカエラの脇を素早く抜けると、一気にリンダとの距離を詰めようとした。その瞬間である。リンダとエイダはともに『転移:Magic Transport』の術式を行使して、ランダムな瞬間移動を繰り返した!瞬く間にどちらがどちらかがわからなくなる。リアンは召喚を行っているリンダを必死で目で追いながら、目前の1つの影に対して一気に距離を詰めた。手にしたクリスタルのショートソードでその影を切りつけようとしたその時、眼の前の影から強烈な閃光と雷の術式がほとばしる。そこにいたのはリンダではなく、エイダの方だったのだ!思わぬ反撃が直撃して、リアンの小さな体は全身帯電しながら宙を舞い、やがて、激しく地面に打ち付けられた。

「リアン!」
 カレンは、回復術式を行使するために、急いでそのそばに近づこうとするが、そこら中でこちらを牽制する死霊の群れにすっかり阻まれてしまい、身動きが取れない。リアンの損傷は思う以上に大きいようだ。

 掲示板が赤字で170を、青字(シーファ組)で70を示した。ここまで圧倒的に押されてはいるが、しかし、さすがはアイラだ!ミネルバとの互角の打ち合いの中でも確実に得点を積み重ねており、ミネルバ個人の持ち点を残り30というところまで追い詰めていた。しかし、リアンの持ち点もあと20しかない。団体戦では、いくら全体としての合計損傷が400点に届いていなかったとしても、各人の損傷が100点に到達した時点で、その選手は戦線を離脱することになる。だから、最後まで油断はできない。

 団体戦における数の要素は非常に重要で、いかにして相手より常に数的優位を保つことができているかが勝敗の大きな鍵を握っていた。それがわかっているからこそ、アイラはミネルバに、エイダはリアンに、それぞれ的を絞っているわけなのである。

「まずいわね。このままでは押し負けるわ!」
 そういったのはシーファだ。
「そうですね、とにかくこの死霊の群れをなんとかしないとどうにもなりません。」
「と言っても、あなたの召喚術式で対抗というわけにはいかないし、アイラとリアンがあの調子では、打つ手がないわね。せめてリアンを回復できれば…。」
 そうシーファが言ったときだった!
「そのとおりですね。ならば、これを使うまでです!」
 意を決したように言うカレン。

「ちょっとカレン『慈雨:Rain of Affection』はだめよ。退学になるわ!」
「わかってますよ、禁忌術式なんてもちろん使いません。シーファはとにかくこれ以上の損傷がリアンに入らないように、ミカエラを牽制してください。」
「心得たわ!」
 そう言うと、シーファはミカエラと対峙しつつ、更に、相手陣営の不意を突いて、『魔法の道標:Magic Beacon』の術式をリンダに向かって打ち込んだ。そんな絡め手を仕掛けてくるとは思わなかったリンダは回避が間に合わず、それは安々と命中した。

「これでいいわ!いい、道標がある方がリンダよ。それを目印にして!」
 シーファはそう声を張り上げる。カレンとアイラは頷いて応えた。
 
 その刹那、アイラの剣がついにミネルバを下す。掲示板の表示が「170対100」(赤対青)に変わった。

「よし、これで少なくとも数の上での優位は確保しましたよ!」
 肩で息をしながらも、絶え間なく迫りくる死霊への対処をしながらアイラは言う。あとは、とにかくリンダを止めることだ。そうしないと、いつまでも死霊が後から後から補充されて厄介きわまる。そうかといってシーファはまだそれほど大規模な火と光の集団攻撃術式を何度も乱発できる魔力的余裕があるわけではない。死霊の総数が、常時多くとも30前後以上には増えないのがせめてもの救いだった。

「カレン、おねがいです。とにかくリアンの回復を!」
 アイラの言葉に頷いてから、カレンは詠唱を始めた。

『生命と霊性の安定を司るものよ。我は汝の敬虔な庇護者なり。今、法具を介して助力を請う。冥府の門より霊魂を呼び出し、それを生ける者のための生命力と魔力に変えん。死生転換:Switch Death to Life!』

『死生転換:Switch Death to Life』の術式を行使するカレン。

 詠唱が終わるや、カレンもまた頭上に冥府の門を開き、そこから4つの霊を召喚した。その霊はリアンを含む味方4人の身体に取り憑くと、魔法光を放つ白い靄に転じながら、その身体に吸収されていった。その靄が消えるに従って、身体の中に活力と魔力が戻ってくるのが感じられる。
 リアンがようやく立ち上がって、構えを新たにした。

「カレン、ありがとうなのですよ。」
「と言っても、この死霊の群れをなんとかしなければ力でゴリ押しされてしまいます。とにかく集団攻撃魔法を!」
「わかっているですよ。私に任せるです!」
 そう言うやリアンは術式の詠唱を始めた。

『生命と霊性の安定を司る者よ。火と光を司る者、水と氷を司る者とともになして、聖なる潮流を生ぜしめん。不浄の者どもを洗い流し、汚れた大地を浄化せよ。聖光潮流:Sacred Tide!』

『聖光潮流:Sacred Tide』を繰り出して死霊を一掃するリアン。

 リアンとっておきの三大天使術式である。彼女を中心として、聖光をまとった潮流があたりに現れ、瞬時に、周囲のあちこちに跳梁跋扈する死霊の群れをことごとく焼き尽くしていった。生者に対する影響度は大きくはないが、それでも、ミカエラ、リンダ、エイダの3人にも確実な損傷を与えていく。防御行動をとることを余儀なくされたことで、ようやくリンダの脅威の召喚術式を沈黙させることができた!

 しかし、同時に大量の魔力を一気に放出したリアンは魔力枯渇を起こしてそのままその場に倒れ込んでしまう。これで3対3だ。しかし点数差が大きい。魔力枯渇は残された持ち点とは関係なく、問答無用で相手に100点が入るので、点差は270対140(赤対青)と開いてしまった。

 その大きな差に会場がどっとどよめくが、あっというまにその表記が270対240(赤対青)と書き換えられ、観客の声は一層大きくなる!点差を縮めたのはアイラだった。シーファの放った道標を目印に、それが刻まれているリンダを一刀のもとに斬り伏せたのである。同年代のネクロマンサーとしては超一級のリンダも、白兵戦においては、さすがのアイラに敵うはずがない。あえなく、持ち点の100点を使い果たし、退場となった。

 これで、3対2、再び数の上での有利を得たシーファ組。しかし点数的には、追いついたといえども、まだ負けている。だが、シーファは顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

「これで終わりよ!」

『火と光を司る者よ。我は汝の敬虔な庇護者なり。錬金の力を司る者とともになして、我に力を与えん。炎に翼を与え、燃え盛る数多(あまた)の鳥を形作らん!燃やし尽くせ!火の鳥:Flaming Birds!』

『火の鳥:Flaming Birds』の術式を行使するシーファ。

 それは、火と光の領域に属する高等術式だ!瞬く間に彼女の周囲におびただしい数の大小の火の鳥が形作られ、それらは群れなして、残るミカエラとエイダに休む間なく襲いかかった。その勢いは凄まじく、エイダが咄嗟に繰り出した『氷壁:Ice Sheld』の術式をものともせず、防御障壁もろともに二人をすっかり焼き尽くしてしまった。もちろん、そうは言っても、あくまでこれは模擬戦であるので、本当に身体的な損傷が及ぶわけではない。それらはすべて『競技採点の制服』を介して点数に置き換えられていく。

 掲示板は今、270対400(赤対青)を示していた。

 わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
 会場から割れんばかりの感性が沸き起こり、シーファたちの劇的な大逆転を讃えている。

「そこまで!勝者、シーファ組!」
 またもや会場全体が大歓声に包まれていく。

 両チームのメンバーはフィールドの中央に集まって、相互の健闘を称える握手を交わしていた。

「シーファ、さすがね、私たちの完敗よ。」
「何を言うの、ミネルバ。アイラをあんなに長い時間釘付けにしておくなんて、あなたたちだからできる芸当よ。リンダとエイダも噂に違わぬ戦術家ね。お見事だったわ。」
「どういたしまして。いい試合でした。またやりましょう。」
 握手のあと、互いに礼をして、手に汗握る見ごたえ満点の試合を披露した両チームのメンバーは、それぞれが所属するクラスの観覧席へと移動していった。

 最大の見せ場である高等部の出番を前にして、競技場全体が猛烈な熱気に包まれている!

「先輩たち、すごいね!」
 フィナが言った。
「そうね、明日に備えて学ぶべきことが多いわ。これからもきっと勉強になる試合がたくさんあるはずよ。明日、私があなたを絶対に守るわ。そして二人の願いを一緒に叶えましょう!きっと、必ず私達は勝てるわ!」
 そう言って、フィナとルイーザは互いの手をしっかりと握りあった。そう約束するサファイアの瞳は、次第に赤みを帯びてくる斜陽の中で、これまでにフィナが見たことのない、複雑な色をたたえていた。

 会場は、これからしばしの休憩に入る。その後はいよいよ高等部の登場だ。次は、今大会における、もう一人の挑戦と活躍を語らねばならぬであろう。空は透明から赤、赤から宵へと複雑に変じて行った。

* * *

 休憩を挟んで、西の空がいよいよ赤から藍に染まろうとする時間帯に至る。いよいよ高等部の個人戦と団体戦のトーナメント、そして無差別試合が実施される夜の部が始まるのだ。

 高等部の試合が終わるのは、場合によっては深夜帯に及ぶため、初等部の学徒の見学は任意とされていた。同様に、高等部の学徒もまた、午前の部への参加は任意である。これは、長時間の拘束による疲労から学徒の健康を守らんとする、アカデミー新体制の大いなる配慮であった。

 さて、これから始まる高等部の各試合郡の中で、注目すべき存在と言えば、星天をかける壮大な旅の中で思いがけず成されたウィザードとの約束をによって、男子でありながら「ローブなし」のハンデと引き換えに、女子の個人戦トーナメントに正式出場を許された、ライオット・レオンハートの活躍であろう。男装の麗人ならぬ女装の秀麗であるライオットは、今年の高等部の話題の一角をさらっていた。

 消費魔力量が多くなりがちなネクロマンサーのライオットにとって、装具としてのローブによって魔力増量を得られないことは、かなり不利なことであった。もちろん彼はありとあらゆるその他の装具を用いて自己強化を図ってはいたが、やはり魔法使いにとっての主要法具であるローブなしというのは極めて不利なことである。

 個人戦トーナメントは、高等部の各試合群の中でも、最初に行われる。高等部の1年生であるライオットの出番はすぐに訪れた。

 第1回戦は、ハルマという名のウィザードの少女との対戦であった。ローブを含めて完全武装の相手は非常に強かったが、ライオットは得意の召喚術式を巧みに駆使することで、どうにかこうにか辛勝をおさめることに成功した。案の定、男子が女子の試合に参加するのは不公正であるという申し立てが相手側から審判部になされた。試合結果が、実に90対100(相手対ライオット)という僅差であったこともあって場は一時騒然としたが、ライオットの今大会における選手権は、魔法学部長代行のウィザードからの具申を受けた最高評議会が正規の手続きを経て正式に授与したものであり、かつ『競技採点の制服』の機能によって、選手の身体的安全が確実に担保されていることを理由として、ハルマ陣営の抗議は退けられ、ライオットの勝利が確定した。2回戦までの束の間、観客席に戻ったライオットはキースと他の試合を共に観戦している。

ライオットは一生懸命試合をしている。

「お疲れだったな、ライオット。無茶なハンデを負って女子トーナメントに参加しなくても、お前の力量なら男子トーナメントで遠慮なく大活躍できるのに…。その意味ではもったいない気もするな。」
 そう言って、キースは観客席に戻ってきたライオットを出迎えた。
「アニキ、ありがとうでやんす。アニキの気遣い、嬉しいっすよ。でも、これは、なんていうかオイラのアイデンティティの問題でやんすから。公正性が担保される限り、そして、選手権が正式なものである限り、オイラはこっちで自己実現したいんでやんす。」

「まぁ、それはそれでいいんだが、そこまでする必要があるのか?」
 そう言うキースの視線は、不自然な膨らみのあるライオットの胸元に注がれていた。
「これでやんすか?まあ、気分でやんすよ、気分。なんなら触ってみるでやんすか?これでなかなかおつなもんでやんすよ。ほれ、アニキ。」
 そう言って、胸元を強調して見せるライオット。
「馬鹿言うなよ。お前になんて興味ない。」
「でやんすよね。アニキの興味はセラ・ワイズマン一筋でやんすから。」
 いたずらっぽい笑みを浮かべるライオット。
「バカを言うな!誰があんなやつのことを。だいたい、いつ誰がそんなことをお前に言ったんだ。あとでそいつをとっちめてやる!」
「アニキの顔にかいてあるんでやんすよ。」
「このやろう、もう許さん!」
 そう言ってじゃれあう二人を、かつての師でるパンツェ・ロッティの人形は、魔法石越しに温かい眼差しで見守っていた。

 そして、ライオットの2回戦の時が訪れる。なんと相手は、その件(くだん)のセラ・ワイズマンであった。若干高等部の1年生にして既に『アカデミー治安維持部隊』警部補という高級エージェントの地位にあるそのソーサラーは、並々ならぬ力量を備えていた。また、この大会は、同部隊のエージェントにとっては、その力量を幹部はじめ内外に知らしめるための、一種の成績評定と自己アピールの意味合いが多分にあり、組織内で出世を考えなければならないセラたち部隊員にとっては、2回戦敗退などはまずありえない話であった。彼女が全力でかかってくることは間違いない。ライオットはいつものように笑顔をたたえていたが、その内心は、言いし得ぬ緊張が支配していることを、付き合いの長いキースとその生きた魔法石は、つぶさに感じ取っていた。

 やがてその時が来る。競技フィールドの中央に進み出る二人。ところが、ローブを身に着けていないのは、なんとライオットの方だけでなく、セラもまた然りであった。観客席が俄に騒然となる。

「ローブなしとはなめてるでやんすか?オイラはこう見えてもそれなりには強いっすよ。それに何と言ってもオイラは…。」
 その言葉を遮るようにしてセラが言った。

「うぬぼれは勝ってからになさってはいかがでして?ローブを身に着けていないのはあなたのためではなくてよ。どうぞ、ご心配なく。ローブを身に着けずにここで男子学徒を下して見せれば、私にとりましてはとてもいいアピールになりますのよ。ただそれだけのことですわ。悪しからず。」
 そう言って、セラは余裕の笑みを見せた。

「なるほど、アニキが惚れるのもわかるでやんすね。さすがでやんす。」
「あら、なんのお話なのでして?」
「なんでもねぇっすよ。今すぐオイラがそのお高く止まった鼻っ柱を叩き折ってやるでやんす。」
「ご同様ですわ。」

 二人がそんなやりとりをしているところに、審判からの注意が入った。

「両者に指導!試合開始前の私語は禁止だ。両者ともに20点のペナルティとする!」
 そう言うや、魔術式掲示板は20対20を示す。つまり、この試合では80点先取したほうが勝つわけだが、そうなると制圧力の高い術式に優れ、得点を積み上げやすいソーサラーのセラの方が圧倒的に有利になる。

「高等部個人戦第2回戦、一本勝負。用意、はじめ!」
 ライオットには何とも不利な形で、試合開始の合図が告げられた!

 ライオットは、高威力の高等術式で一気に圧倒されないように、リスクを犯して魔力を大きく放出しての、大規模死霊召喚術式を繰り出した。競技フィールド全体が、瞬く間に死霊の群れに覆われる。さすがは高等部、その数は50にも及んでいた。通常なら、これだけの死霊に囲まれると、死霊に対する効果的術式に乏しいソーサラー側に怯みが出るはずであるが、目前のセラは平然としていた。

 それもそのはず、彼女は水と氷の使い魔の扱いに長けているのだ!召喚術式というよりは錬金術を基礎とする造型術式を行使して、セラはライオットが呼び出したのと同じか、それを凌ぐ規模の氷の使い魔を作り出した。案の定、死霊は使い魔の存在に気を取られ、そこかしこで小競り合いを始めるが、それは、セラにとっては、牽制が解けたことを意味するわけだ。

 彼女はソーサラーの得意術式である『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swords』を大出力で繰り出した!それは、錬金的に生成した膨大な数の氷の剣を相手に向かって浴びせかけるという、高等術式に属する文字通りにソーサラーの必殺術式なのである。

『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swords』を行使するセラ・ワイズマン。

 夥しい数の氷刃が、一斉にライオットに襲い掛かる。この術式が優れているのは、大集団に対しても、単体の敵に対しても、共に大きな殲滅性を発揮するということに尽きるだろう。ひとつの的に対し、浴びせかけられる氷刃の数は100どころでは済まない。使い魔に気を取られ、防御壁としてまったく役に立たなくなった死霊の群れを尻目に、それらは瞬く間にライオットを屈服させた。

 会場内がどっと歓声に包まれる!セラの、文字通りに圧勝であった。

 魔術式掲示板は、100対20(セラ対ライオット)と表示しているが、その100の表示が不自然に揺れている。どうやら、ライオットの被った損傷が、計測範囲を越えつつあったようで、そのために表示が不安定になっているようだ。これが、更に苛烈な攻撃によって明らかに計測範囲を超えた場合には、「計測不能」と表示される。もちろん、そう表示させた側の勝利である!

「ちくしょうでやんす…。」
 地面に突っ伏したまま、悔しさをにじませるライオット。彼はネクロマンサーとしては卓越した能力を持っている。しかし、上には上がいるのだということを、また、ハンデを負うということが如何に言うほど簡単なことではないものであるかということを、その身で存分に噛みしめていた。口元にはいつもの笑みが浮かんでいたが、瞳は涙で揺れている。

「試合終了。100対20。勝者、セラ・ワイズマン!」
 再び会場が歓喜の声でどよめいた。

「あなたは、お強くてよ。ただ、今日は少々レギュレーションと相手が悪かっただけですわ。さあ、お立ちになって。」
 そう言うと、セラは、ライオットをそっと助け起こした。
「やっぱり、アニキが惚れるわけでやんす。かなわんでやんすね…。」
 片手で涙をぬぐいながら、そう言ってライオットは立ち上がり、フィールド中央まで移動してからセラと握手を交わし、彼女の勝利を称えた。

 その一部始終を、ルイーザのサファイアの瞳は食い入るようにして眺めていた。フィナもまた同様である。明日は、いよいよ自分たちの番なのだ。たった今、自分たちの目の前で、ある上級生はハンデの大きさと相手の強大さの故に沈められたが、それと同じ状況を、自分たちは何としても覆さなければならないのだ。ルイーザの喉が高まる緊張で鳴った。しかし、不安な表情を、傍らで意を決するフィナに見せる訳にはいかない。彼女は懸命に作り笑いをして、フィナを励まそうとした。フィナもまた、自分を気遣ってくれるルイーザの強さと優しさに触れて、心を強く、温かくしていた。

 秋の夜風は日増しに冷たくなってくる。それは、迫りくる試合が如何に厳しいものになるであろうかについて、二人に暗示するかのようでもあった。夜はどんどんと更けていくが、競技フィールドに漲(みなぎ)る熱狂は、深夜遅くまで、冷めやることはなかった。
 地平の裏側を駆ける太陽は、運命の朝に向かって静かに移動している。運命の夜明けは近い。

to be continued.

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚最終集その4『全学魔法模擬戦大会』完


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