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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第6集その10『愛と美の陳列』
突如姿を現したダーク・サーヴァントは、転移魔法で時の翁との距離を一気に詰めると、そのまま老体の上に大剣を振り下ろし、時の翁を切り伏せてしまった。翁も杖を片手に、その突然の暴挙に抗おうと振り返るところまではできたが、しかし、ダーク・サーヴァントの凶刃はその速度を圧倒したのであった。
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「うがぁぁぁぁ。」
その場に突っ伏して、翁はうめき声をあげる。その前に脅威はただ静かに立ち尽くしていた。
「馬鹿な…、現代人の得物がこの身に届くはずがない。なぜだ…!?まさか、それは!?」
その瞳に俄かに驚きの色が載る。
「その通りだ、爺よ。古代魔法の力がお前たちだけのものだと思いこんでいたようだが、迂闊だったな。」
地を這う声が響いていく。
「そ、それは『天帝の剣(つるぎ)』。なぜ貴様ごときがそれを持っているのだ…?だがしかし、いずれにせよ、時の禁忌に連なる者を解放することはできん…。この愚か者めが…。」
その声は次第に弱々しくなる。
「無辜であればだろう?しかし、罪の軽重を問わず身を穢した者はその禁忌に触れられるというではないか。そのために俺はこの手を汚してきたのだ。今また更にな!貴さまの血で俺の罪とやらは完全になっただろう?違うか、爺よ。」
「痴れ事を…。現代人風情が、時の禁忌に触れてどうしようと言うのだ。どのみち時の運航に関する神秘は貴様らの手には余る…。あの神でさえ…、うぐぅ…。」
翁のその言葉を遮るようにして、ダーク・サーヴァントはひるがえしたその剣を彼の背に突き立て、その命の灯を絶った。その場が恐怖に戦慄する。
「貴様!何ということをするのだ!!」
怒りの声を上げるウィザード。ダーク・サーヴァントは血ぶるいしてからゆっくりとその声の方を見た。」
「お前たちとて目的は同じだろう。時の神秘、愛と縁(よすが)を繰り結ぶ究極の秘宝…。それに触れるためには避けられぬ通過点だ。驚くことではない。」
その声はいよいよ低く、地を揺るがすような響きを帯びてくる。フードの下でそこだけ輝く怪しい瞳で、彼はは目前の6人をじっと見据えていた。みな、身の凍るような思いでその脅威と対峙している。
「それよりも、貴様!学徒達をどこへ連れ去った!速やかに彼女らを解放しろ。聞かぬなら容赦はない!」
ウィザードは毅然と言い放つと剣を構えた。その脇をソーサラーとネクロマンサーが固める。3人はキースとライオットをかばうようにして、ダーク・サーヴァントの前に乗り出した。
「そうはやるな。彼女たちは我が卓越の芸術として今『エゴの迷宮』に囚われている。慌てずとも、貴様らもすぐにその美の一端を担うようになるだろう。だが、後ろの二人はいただけんな。お前たち、俺と一緒に来るなら、貴様らにも愛と美のの耽美を味あわせてやろう。どうだ?いっしょに来ないか?お前たちと俺に縁(よすが)がないわけではないだろう。」
その言葉を聞いて、キースが眉を顰(ひそ)める。ライオットにも何か思い当たることがあるようだ。しかし、二人とも毅然と首を振って答えた。
「冗談じゃない。お前の道楽に付き合うつもりはさらさらない。何がお前をそうまで駆り立てるのか…、いずれにしても、それはもはや狂気でしかない!俺はお前を止める!」
「そうでやんす。愛と美の耽美だかトンビだか知らないでやんすが、そんな訳の分からない代物はごめん被るでやんす。あっしはアニキにつくでやんすよ!」
「そうか…。それは実に残念だ…。しかし、我が手による耽美の芸術を目にした後でも同じことが言えるかな?交わる花と花、やがて実る果実。そしてそこからやがて新しい生命が芽吹くのだ。その輪廻を支配する時の法則。時と輪廻を支配できれば愛を永遠に紡ぎ、絶え間ない快楽と悦楽の至福に浸り続けることができるというのに…。耽美で愛おしいその時間。新しい息吹の連鎖…、絶えることなく紡がれる愛。その究極をかたどる美の象徴を見てもなお同じことを言えるのであれば言ってみるがよい。」
そう言うと、ダーク・サーヴァントは空気それ自体を震わせるかのような不気味な底笑いを響かせた。
「では、我が愛の檻に案内しよう。絶世の愛と美を陳列する永遠の宮殿。精神の奥底に潜む神秘の空間、『エゴの迷宮』へ、いざ!」
そう言うと、そそれは呪わしい呪文の詠唱を始めた。
『ヴォン・ハルマーレ・ル・エゴス。暗愚なる者に罰を与えん。呪わしき精神には呪わしき牢獄が相応しい。不明な魂を檻に捉えよ。不浄の霊を逃がすな。永遠の回廊を紡ぎだせ。エゴの迷宮:Psycho Maze!』
刹那、周囲にあったはずの『時空の檻』の宮殿は姿を消し、壁なのか血染めのヴェールなのかよくわからないもので幾重にも囲まれた不気味な空間に置き換えられていくではないか!迷宮に閉じ込められたのだ!!
「深遠なる精神の地、『エゴの迷宮』へようこそ。」
今しがた聞き知ったはずの声がどこからか聞こえてくるのか分からない方向感で耳に届く。その声の主は、迷宮の床の魔法陣の上に静かに佇んでいた。
* * *
ダーク・サーヴァントは黙ったまま、その場にいるみなの視線を促すようにして上空を仰ぐ。そして、一同は息を飲んだ。
そこにあったのは、性愛の象徴ともいうべき薄衣だけの姿にされて、時計の歯車のような枷に繋がれた、シーファ、リアン、カレン、アイラの4人であった。それは、少女たちの美しさに薄衣による耽美な艶やかさを重ねた、字通り愛と美の「陳列」であった。
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彼女たちはみな、一様に美しい彫金の手枷で時の檻に繋がれ、意識を失っていた。失っているというより、精神それ自体を何かの檻に閉じ込められているかのような様子であった。
「貴様!!何ということをする!すぐに学徒達を解放しろ!」
逆上して声を荒げるウィザード。ソーサラーとネクロマンサーも怒りの火を瞳に灯している。キースとライオットはその情景にただただ当惑しているばかりであった。
「ははは。どうだ?美しいだろう。彼女たちの精神は今エゴの檻の中にある。近い将来訪れるであろう愛を夢見て束の間静かに眠っているのだ。心配せずとも害はない。来るべき時に、その精神は開放されて与えられるべき愛の中で揺蕩うだろう。その時を待っているにすぎない。」
不敵な響きを載せて、自分の芸術を高らかに誇るようにしてダーク・サーヴァントは言った。
ウィザードは、少女たちを繋ぐ枷を打ち壊そうと剣を構える。
「愚かな真似はよせ。これは時の秘術の一端を使って作った特別の手枷だ。無理に壊せば彼女たちの精神は永遠にエゴの檻から戻って来なくなるぞ。それでもいいのか?」
勝ち誇ったような声がいまいましい。
「トマス!もうやめろ!!こんなことをして何になると言うんだ!」
キースが声を上げる。呼びかけたその名を、ウィザードたちは驚きをもって受け止めたが、ライオットには既に分かっていたようで、固く傍らでキースを支えている。
「トマス、こんなものがお前の求めていた愛の姿だと言うのか?お前は、ロッティ教授に似て不埒なところはあったが、それでも女性たちを傷つけ害するようなことは決してしなかったはずだ!それが、これはなんだ、これじゃあまるで。これじゃあ…。」
思いが溢れてキースの言葉は続かなくなる。
「これではなんだと言うんだ、キース。愛の押し売りとでも言いたいか?それとも詩的なお前なら、さしずめ美への冒涜と蹂躙とでも表現するか?見ろ、実に美しいじゃないか。この色、あたたかさ、柔らかさ。見ているだけで、心が満たされるようだ。お前も触れてみたいだろう。この耽美でたとえようのない美の極致に。時の秘密を解けば、その美しさを永遠に保ったまま愛し合い、新しい実を紡ぎ続けることができるのだ。老いることのない悦楽、誕生という神秘の連続…。ああ、すばらしい。ロッティ教授はこの素晴らしさを閻魔帳を通して僕に教えてくれたんだ。あの方は素晴らしい人だよ。それが分からないなんて。ほら、キース、ライオット、君らもこうして触れてみるとよい。生命の神秘に!」
そう言うとダーク・サーヴァントはカレンの脚に手を伸ばしそれを愛おしそうに下から上に撫でた。相貌の見えないその表情は、完全に耽美という名の狂気に溺れ支配されていた。
ただ、今は亡きパンツェ・ロッティの、最後の決意の姿を知るウィザードたちだけは、言葉にならない切なさを胸に抱いていた。しかし、そのことを目の前の狂気は知らないのだ。
その時だった!
「やめるですよ!それ以上カレンに触れたら、きっと殺してやる!!」
頭上から、聞き知った声が聞こえてくる。それは精神を迷宮に囚われている筈のリアンのものであった。
ダーク・サーヴァントの瞳にみるみる驚きの色が滾りくる。
* * *
「ほう、エゴの檻から自ら回帰したと言うのか。檻を抜け出るためには愛を感じねばならない。ということは…、そうか、そういうことか!」
何か得心したようにダーク・サーヴァントは言葉を紡ぐ。
「リアン、彼女が君の想い人なんだね?」
続けて問いが発せられた。
「そうですよ。カレンは、私の…、私の…、…、大切な…、大切な友達なのです。傷つけることは許さないのですよ!」
「はっはっはっ!笑わせるな。友達だと?友愛の囁きごときでエゴの迷宮を抜け出ることはできない。つまりそういうことだろう、リアン?」
「だからどうしましたか!!そうですよ、カレンは私の全てです!それは認めるですよ。お前の言う通り、カレンのその美しい肌に触れたい、そのぬくもりに包まれたい、その美しい唇にも…。」
激昂と戸惑いの入り混じったリアンの声が響く。それを遮ったのはウィザードだった。
「よさないか、リアン。お前たちがお互いをどう思っていようとそれはいい。だが、こんな時に不謹慎だぞ!こんなやつに同調するなんて。頭を冷やせ。」
諫める声がそこに重なる。しかし、あのリアンが言葉を紡ぐのをやめない。その声には涙の響きがあった。
「そんなに…、そんなに…、不謹慎ですか…。汚らわしいですか…。私は本当にカレンを大切に思っているですよ。彼女を失いたくないと、彼女の美を賛美していたいと、いつもそう感じているです。また、彼女が私に眼差しを向けてくれるとき、その指が、手が、私に触れる時、溶けてしまうようになるですよ。そんな私の想いはそんなに穢れていますか先生…。」
「それは…。」
さすがのウィザードも二の句を直ちに継げない。
「カレンを想う時、それは喜びであると同時に苦しみでもあるのですよ。もしカレンを失ったら、そう考えると、この世界が滅びるより怖いのです。カレンを失うくらいなら、いっそこの手で壊してしまいたいと、そう思うほどに切ないですよ。こんなに愛おしくて、こんなに切ないのに、私の心から溢れ出るカレンへの想いはそんなに醜いものですか…?こんなに、こんなに胸が痛いのに…。」
リアンがそう言い終わるか終わらないかのうちに、その狂乱と涙の場に似つかわしくない拍手の音が鳴り響いた。その主はもちろんダーク・サーヴァントである。
* * *
「すばらしい、リアン!!実にすばらしい。やはり君は僕が思った通りの卓越した愛の逸材だ。君の言葉はこの頭の固い教授殿を黙らせてしまった!それはまさに君の愛がつまらない倫理や常識に勝った瞬間であり証左だよ。実に美しい告白じゃないか!僕はこんなに真実味に彩られた愛の告白を未だかつて聞いたことはない!!リアン、今すぐにでも、カレンをエゴの檻から解放しよう。さあ、君たちの愛の絆と形を我々に見せてくれたま…。」
「うるさい!うるさい!だまれ、トマス!お前なんかと一緒にしてほしくないのです。私は、絶対にカレンを傷つけるようなことはしないですよ!確かにカレンの、その全てが、心だけでない、お前の言うようなすべてが欲しいと渇望することは認めるです。でも、でも、私はお前のように、それを嬉々として見せびらかしたり、こんな風に陳列したりは絶対しないです。愛は、二人だけで秘められているからこそ輝くのです!美しいのですよ!秘めることによって愛は尊重され、敬われるのです!尊厳のない愛なんて、そんなのただの猥褻(わいせつ)なのです!トマス、いますぐ殺してやるから覚悟するです!」
ガラガラと金属が擦れ合う音がけたたましく響くが、その彫金の美しい戒めはリアンの身を放つことをしなかった。その鋭い金属音が、俄かに訪れた静寂を際立たせていた。
「『尊厳なき愛は猥褻』だと!?リアン、君は今『猥褻』と言ったのか?」
「そうですよ。そんなのは唯の色ごとにすぎません。そんなものしか見えないお前に愛の本当の姿なんて絶対にわかるはずはないのです!」
激昂の中にも、岩に染み入る清水のような透明感を載せてリアンが奏でる。ダーク・サーヴァントは何か神妙にそれに耳を傾けていた。
「そうか…。ただの色ごと、ただの猥褻か…。尊厳と愛、秘める愛、神秘と愛…。」
何かをひとしきりぶつぶつと唱えた後で、ダーク・サーヴァントはその相貌なき顔を上げて言った。
「いいだろう。わからんではない。ならばリアン、お前の言う愛が僕の言う愛より優れていることを、その精神の力で示して見せろ。それができれば、僕は負けを認めてやる。いいか、これから出す問いを解け!それが、この『エゴの迷宮』を抜け出る鍵となる。一度しか言わない。心して聞け!」
一同の間に緊張が走る。
「『天の川を船で翔ける偉大なる使徒の名は何だ?しかし、その名の他はみな地に落ちた。』さあ、お前の愛の正しさを証明するために答えを探せ。見つかったら、この魔法陣に答えを告げるがいい!僕は、お前たちが永遠の精神の檻の中で、己の愚かな愛の信条に縛られて死を迎える時を待つことにする。さらばだ。」
そう言い終わるか否かといううちに、ダーク・サーヴァントの姿はその場から消えてなくなっていた。そこには、ただ彼の言った魔法陣だけが残されている。魔法陣から声が響いた。
「答えを見つけよ!お前らをここに閉じ込めた者の名を答えるのだ。」
* * *
「そんなの簡単でやんすよ。答えは『トマス・ブルックリン』でやす。」
そう声を上げたのはライオットだった。しかし、それほど単純ではないようで、魔法陣は、
「違う、答えを探せ!」
そう言ったきり沈黙した。
「落ち着け、ライオット。そんなに単純なはずがない。その『偉大なる使徒』というのが、トマスを指しているのは間違いない。しかし、何か仕掛けがあるはずだ。『その名の他はみな地に落ちた』というのも気になる。とにかく頭を冷やして答えを探そう。」
キースのその言葉に、一同は幾分かの冷静を取り戻した。
「とにかく、リアンたちをまず解放できないだろうか?枷を壊さずに戒めを解けばいいんだろう。何か方法はないものか…。」
ウィザードが言った。それを聞いて我が意を得たりという顔をしたのはまたしてもライオットであった。
「先生、あるでやんすよ。これっす。この『死霊の鍵』で開かない鍵はないでやんす。これを使えば時の神秘を使ったとかいう戒めだって解けるでやすよ。やってみるでやんす!」
「しかし、失敗して永遠の檻に囚われたりしたらそれこそ大ごとだぞ。勝算はあるのか?」
そう詰め寄るウィザードの肩にネクロマンサーがそっと触れた。
「大丈夫ですよ。この『死霊の鍵』は普通の鍵とは作用が全く違います。鍵を壊してしまうということはありません。きっとうまくいくはずです。」
説得力のある声で彼女は告げる。
「でも、ライオット。その鍵を使ってしまったら肝心の『パンツェ・ロッティの閻魔帳』を開くことができなくなってしまうぞ。いいのか?」
そう訊いたのはキースだった。いつものように、にやりとしてライオットは言った。
「アニキ、前にもいいやしたけど、道具は必要としてる人が使うもんでやんす。確かに閻魔帳にも感心はありやすが、さっきのトマス兄の話を聞いてたら中身はだいたい想像できるでやすよ。なによりもうあの手の話は腹いっぱいでやんす。」
そう言うと、ライオットは『死霊の鍵』をウィザードに託した。
「先生、効果は保証するでやす。はやく彼女たちを自由にしてあげてくだせえ。」
その横でネクロマンサーも、ライオットに信頼の眼差しを向け、太鼓判を押すようにウィザードを促した。
「よし、わかった。」
そういうと、ウィザードは、浮遊の術式を使って、リアンを檻に繋いでる手枷にその鍵を差し込む。刹那、白い靄がその枷の周りを取り巻き、そして音もなくその戒めを解いた。急に軛を失ったことで落下するリアンの身体をソーサラーが抱き留める。
「リアン、大丈夫?」
「はいなのです。ありがとうです、先生。」
リアンの無事を確かめた後、ソーサラーは自分のローブを脱いで、薄衣だけとなっているリアンの身体をそっと包んでやった。
ウィザードは順に、シーファ、カレン、アイラの戒めを解いていった。皆、手枷が外れ檻から解放されると無事に目を覚まし、今では謎の迷宮の中で、一堂に会している。いよいよここを抜け出るための謎解きを始めなければならない。
* * *
「さて、全員無事に集まったところで難題だ。トマスの出した謎かけの答えを探さないといけない。」
そう言って、再度問いを全員で共有した。
『天の川を船で翔ける偉大なる使徒の名は何だ?しかし、その名の他はみな地に落ちた。』
答えの核心がトマス・ブルックリンであることに間違いはない。しかし、そう単純でないこともまた確認済みだ。みな鳩首(きゅうしゅ)で知恵を絞る。
「そう言えば、トマスにはジェームスというミドルネームがある。だから、あいつのフルネームを書き出すとこうなるんだ。『トマス・ジェームス・ブルックリン:Thomas James Brookelyn』だ。」
その文字列を眺めていて、最初に声を上げたのはシーファだった。
「アナグラムかもしれないわ。たとえば、Thomas James BrookelynのT、M、A、S、E、Rを取り出して並べ替えると『偉大なる』の『MASTER』になるわ!」
その発見は見事で、その場の全員を大いに驚かせた!
「やるじゃないか、シーファ。きっとあたりだ!その調子でほかの部分を探してみよう。」
ウィザードの促しで、あれこれと思案を巡らせる一同。
「『天の川』を直接表現できるかどうか分からないですが、『川』は『Brook』ですよ。残る『ho Jams Bookelyn』からB、O、O、Kを取り出すと…、うーん、Rが1つ足りないですね…。」
そう言ったのはリアンだった。それを聞いて、ふとライオットが思いついた顔をする。
「そう言えば、トマス兄は、古い神話に登場する神様とやらが『茨:Thorn』の冠をかぶっていたことにいたく感銘を受けていて、『マジカル・エンジェルス・ギーク』の活動の時などには、自分の名前を『Thomas』じゃなくて『Thormas』と綴っていたでやんすよ。もし、そっちのつづりなんだとしたら、リアンちゃんの言う通り、『Brook』ができるでやんす!」
「それだ!まちがいない。あいつの私的なサインはいつでも『Thormas』だった!」
キースも我が意を得たりといったように言った。
「残る文字は、『ho Jas kelyn』ね。J、O、H、Nを取り出せば『John』になるわ。『John』はその古い神話に出て来る神様の使徒として有名な人物よ!」
さすがの天才、ソーサラーがそこに気づく。
「ということは残る文字は、『as kely』ですね。発音できるように並べ替えると『kelsay』となります。残るヒントは『船』ですが『kelsay』に『船』の意味はないですよね…。」
のこった6文字をまじまじと見つめながらカレンが言った。
「『kelsay』で『船』ですか…?」
神妙な面持ちをしているのはアイラだ。何かを頻りに考えている。
「以前、お店にあるとても古い本で、神話の時代には『島の船着き場』のことを『kelsey』と呼んだと見たことがあります。aとeが違いますが、奇妙な一致は感じます…。」
「それだ!」
「それでやす!」
男性陣が声を揃えた。
「トマス兄のやることですからね。」
「それに違いない!」
「どういうことですか?」
訝しそうにネクロマンサーが訊く。
「あいつはaとeを間違える癖があるんだ。manyをmenyと綴って満点を逃したり、その逆の間違いをすることがしょっちゅうだった。あいつなら、『kelsey』とすべきところを『kelsay』と間違えたということは十分にあり得るぜ!」
「でやんす!ということは、のこる『船』は『Kelsay』に違いないっす!」
「ということはだ、意味の分かるように並べ替えると、『偉大なる使徒:Master John』、『船と川:Kelsay Brook』だ。これを名前になるように並べ替えれば、『Master John Kelsay Brook』となる。詩的に読めば『川を船で翔ける偉大なる使徒』だ。それをあいつのこれまでの行状と重ねれば、『天の川を船で翔ける偉大なる使徒』と解釈することは十分可能だ!」
ウィザードの言葉に、一同大きく頷いて応える。
ウィザードは、魔法陣に向かって、答えを伝えた。
「答えは、『Master John Kelsay Brook』だ!」
そこにいるだれもが、それを正解だと確信していた。しかし、魔法陣は言う。
「違う、答えを探せ!」
どういうことだ?
「しかし、名前が間違いでないことは確かだ。ただ、このままでは後半の『その名の他はみな地に落ちた』というヒントらしき文言が全く反映されていない。これを解決しないといけないな。」
キースのその指摘は的確だった。
「このつづりの中で、明らかに名前なのは『John』だけっすよ。あとは間違い込みの一般名詞でやす。ならば答えは『ジョン:John』に決まりっす!」
そのライオットの声は自信満々だった。しかし、魔法陣は繰り返す。
「違う、答えを探せ!」
一同完全に、文字通り迷宮に囚われてしまっていた。
* * *
「使徒、使徒…。」
なにやらぶつぶつ言っているのは、今回の愛の使徒リアンである。
「『John』の発音は、古い神話の中では『ジョン』ではなく、純愛・友愛・性愛の全てを包摂する神の愛を伝える使徒『ヨハネ』とよばれるです…。わかったですよ!答えは『ヨハネです!』
現代の愛の使徒が、まさに古き神話の時代の愛の使徒の名を叫んだその刹那だった。さきほどまで、同じ言葉しか繰り返さなかった魔法陣から、別の響きが届いてきた。
「哀しき愛の伝道者『ヨハネ』の呪いは解かれた。お前たちは今、エゴの檻を出る。」
その声と共に、血染めのヴェールのような周囲の不気味な壁は溶けるように消え去り、あたりに時空の神殿の神秘のたたずまいが再来していた。虚空を彩る星光が、そこが神秘的ながらも確かに現実の世界であることを物語っていた。
そこには、鎧を脱ぎ、仮面を外して、血染めのローブだけを身に着けたダーク・サーヴァントことトマス・ブルックリンが佇んでいた。
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「おめでとう、リアン。カレンに対する君の愛は紛うことなき本物だった。率直に負けを認めるよ。君の言う通り、尊厳なき愛はただの猥褻に過ぎない。そのことには、実は僕も気づいてはいたんだ。ただ、性愛の織り成すその実利的結果、すなわち、美しい花と花が交わることで新しい果実が実ること、それだけを神秘の結晶だと思い込もうとしていた。しかし、それが間違いであることを、君は今その精神の働きによって見せてくれたよ。君たちを傷つけて本当にすまなかった。この通りだ。」
そいう言うと、トマスはリアンの前にひざまずいて深々とこうべを垂れる。心なしかその姿は清々しい神々しさをたたえているように感じられた。いや、感じられるのではない。その身体は間違いなく、神々しい魔法光に覆われ、次第に小さな光の粒となって虚空に消えかけていた。
目前の景色に驚きを隠せない一同の耳に、潰えたはずの声が俄かに聞こえた。
「愚か者め。現代魔法使いごときが我ら太古の魔法使いにとどめを刺せるなどと本気で思っていたのか?」
それは時の翁のものであった。あたりが俄かに騒然となる。その間にも、トマスの身体は、白い魔法光の粒となってどんどんと虚空に舞っていく。
「『天帝』ごときが、時空と時の運航を支配するこのわしに歯向かいおって。神でさえ、我が法則には関与できぬのだ。それは永遠の約束であり、絶対の誓い。しょせん人たる『天帝』がその神秘に介入などできぬわ。」
その言葉と共に、床面に大きな魔法陣が形成され、そこに事切れたはずの時の翁が厳然たる表情で姿を現した。その魔法陣の、まばゆいばかりの魔法光が翳った時には、トマスの姿はすでに光の渦の中に完全に飲まれており、そこにはただ、魔法石のような桃色の小さな欠片と、最期の贖罪と浄化によって染められた血がすっかり抜けた純白のローブだけとなっていた。リアンは目の前のそれに手を伸ばし、そっと拾い上げる。
かつてトマスだったものの欠片は、本当に小さな魔法石の欠片で、彼が全霊を賭してその価値を信奉しようとした性愛の美しさと可能性を思わせる『愛の欠片』であった。その欠片の上にあたたかい透明の液体が滴っていく。
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その一部始終をエメラルドの瞳が見つめている。最初からこうなることを全て見通していたかのように、始終一言も発することなく、ただ彼らの背中に視線を静かに注いでいた。
to be continued.
AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第6集その10『愛と美の陳列』完