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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 付録 その5『創世年紀〈天国篇〉』

 付録は『AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録』の世界観とキャラクターを引き継いだスピンオフ作品群です。本編と一定の関連性を有している、あるいは同一時間軸上にある場合もありますが、基本的に、新エピソードというわけではなく、補完的・補充的なサイドストーリーです。わけあって、付録シリーズは有償公開となります。予めご了承ください。なお、本編への加筆修正や直接の続編につきましては、従来通り無償公開いたします。

 神は年老いていた。これといった生業(なりわい)を持つわけでもなく、ただ悠久の波の上を孤独に揺蕩(たゆた)っている。特に求めるものなく、欲するものもなく、その霊は静かにゆらゆらとそこに在ったが、あるときふと『創造』の業をなしてみることを思いついた。
 その、古びた生活感にまみれる書斎には、一揃いの椅子と机があり、机上には真っ白な紙が広げられている。神がペンを取ってそこに線を画すと、真っ白な無垢の中に明と暗ができた。やがてその線は幾層にも積み重なり、世界というべきものの形を象(かたど)っていった。

 神は初めに、創造の業の担い手となる1柱の天使を創造した。神がその精神の内にその姿を思い描き、筆を繰(く)ると、それは姿を現した。名をブラフオンという。純白の虚空から最初に創造されたにふさわしい、透き通る雪のような白い髪に、麗しき藤色の瞳を輝かせていた。2枚6対12枚の翼は光を帯びていて、明と暗に分かたれた最初の世界に光と影をもたらしていた。

一番初めに創り出された創造の天使ブラフオン。

 神から創造の業を託された創造の天使ブラフオンは、生命のあらゆる要素が含まれるといわれる『神秘の水』を神から下賜(かし)されると、創造の業をともに担わせるため、それを用いて最初の生命を創り出した。それぞれは『聖人』と称され、これから始まる長い歴史の中で『5聖人』と呼ばれることとなる存在である。
 彼女らは、それぞれに、マリア、アグネス、リタ、クララ、スザンナと名付けられ、ブラフオンに似せた姿に創造された。神の力を直接継受するための縁(よすが)である、エンゼル・ハイロウ(天使の輪)と翼こそ与えられなかったが、それはまさに天使の現身(うつしみ)であったといわれている。

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 彼女らはまず、明と暗だけで象(かたど)られていた世界を、天と地に分けた。そして、遥か彼方に神の隠れ家を置き、そこを時空の壁によって被造の世界と隔てることから始めていく。天の虚空は数多(あまた)の星々で彩られ、美しく飾られた。地からそれを見上げると文字通りの天球に見える。
 次に、彼女らは、地を陸と海に分けた。海は『神秘の水』の希釈で満たされ、そこにありとあらゆる原初の生命が形造られた。また、地にはブラフオンと『5聖人』の姿を写し取った『人』が置かれた。『人々』はブラフオン、『5聖人』とともに創造の業に与(くみ)し、大地を様々な造形で彩っていったのである。
 川は山をうがち、谷を造って海に流れ込み、その流域には植物を育んで土壌を豊かにして、肥えた土は豊富な作物の苗床となった。『人々』はそれを創造の恵みと感謝して、ブラフオンを通じて神に謝意を告げるようになっていく。それがこの世界における信仰の始まりで、『人』が自他を区別し、認識して、他の者との縁(よすが)を結び尊ぼうとする最初の契機となった。やがて、『人々』は人間同士互いの間にも縁(よすが)を結び、絆を紡ぐようになった。ブラフオンと『5聖人』は彼らの間に結ばれるにようになったその紐帯に『AI-愛-』という名称を与え愛しんだ。『愛』はやがて世界中を覆いつくし、『人』と『人』の想いを結んで新しい種を成し、実をつけて地を満たしていった。瞬く間に世界は『人』と生命に溢(あふ)れかえり、繁栄と進歩をたどっていくことになる。

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 神が創造した生命の源、すなわち自然の原理と摂理を被造の世界で用いるためには、神に通ずることを必要とした。創造の業をより豊かにするために、神は天において世界の運動に必要な各種の要素を司る4柱の天使を創造した。火と光を支配し力を与える、猛々しく燃える熾天使の長ミカエル、生命と霊性の安定を統べ、神秘との交信の途に関与する伝道の大天使であるとともに、自然においては重力と磁場を制御するガブリエル、水と氷を治め、造型のための摂理を授けるが、力を奪う働きも併せ持つ大天使ウリエル、時の運航と時空の制御を担い、閃光と雷、天候を操作する大天使ラファエルである。
 彼女たち4柱の大天使の配下に置かれる各種の摂理と要素、およびそれらの神秘について、この世界では、それぞれの大天使への信仰に基づいてその力を引き出すことと定められた。それが魔法の始まりであった。魔法は、原初の創造の業の基底にあたる物理法則と自然摂理を利活用するときの作法である魔術とは区別されるもので、信仰をよりどろことして神秘から力を引き出す、いわば地と天の間に結ばれる一種の縁(よすが)であった。

 魔法の力を得たことで、世界の創造は大いに進んだ。人々は火を力に変えることを憶え、水でそれを諫(いさ)めて制御し、天候を見極めては作物を育て、時間と季節に応じて生活の有様を千変万化させる術を身に着けていく。世界はいよいよ繁栄を極め、地上は『人』とその他の生物で満たされ、神は大いに満足であった。

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 しかし、空前の繁栄の中で、世界に俄かに動揺が生じる。それは、信仰の別を原因とする人々の間の軋轢(あつれき)であった。4柱の大天使を通して力を得ることを知った『人』は、次第に、我が信仰の対象こそが最良の力の持ち主であると考えるようになり、敬虔さを競い、互いに反目するようになりはじめる。最初は、火と水ではどちらが強いかといったような、無垢な子どもが抱くかのような些細な疑問と意地の張り合いが、やがては大きなうねりへと発展し、同じ信仰に連なる『人々』の縁(よすが)を一層強めるように働く一方で、信仰を異にする人々の間には亀裂を大きくしていった。やがて、人々を豊かに紡いでいた『愛』は翳(かげり)と澱(よど)みを見せるようになり、少しずつ、少しずつ、その中に穢れを沈殿させていく。

 次第にその穢れは大きくなり、人々の間に『猜疑』と『憎しみ』の情を喚起するようになった。この事態にブラフオンと『5聖人』はもとより、神自身が大いに狼狽(ろうばい)したが、不思議だったのは、その穢れがただ世界を乱すだけではなかったことである。

 むしろ、『猜疑』と『憎しみ』はその他の様々な感情のよりどころとなり、『人々』の間に競争を喚起するようになって、世界の発展を大いに後押しした。競争を通してより良きものが生まれ、一層選別され、選ばれた良きものはさらに新しい競争と発展を促して世界は加速度的に転回して進歩と発展に満たされていった。
 しかし、世界が大きく密になればなるほど、それだけ一層そこに沈殿する穢れは大きくなっていった。やがて、まばゆい光が色濃い影を生むようにして、まるで創造の業を映し鏡に逆手に取るようにして、ブラフオンを模しながらもそれと正反対の性質を持つ『魔王』が生み出されることになる。それは、ある意味では、光には影が、陰には陽が、一体不可分であり続けるのとどうように、明と暗を始めに画した創造の業に伴う一種の必然でもあった。
 『猜疑』と『憎しみ』の権化である『魔王』は、『人々』を誘惑し、力と引き換えにその心に『猜疑』と『憎しみ』の情を植え付け、さっかく結ばれて広がった縁(よすが)の紐帯を次々に切断していった。やがて人々は住む場所を変え、それぞれの信仰と理念に基づいて排他的に団結するようになり、分断・純化して世界は俄かに融和から隔絶へと進んで行くことになる。

* * *

 世界を愛でうるおそうとする神の遺志を無下にすることに成功しつつあることから、自らの力にすっかり酔いしれた『魔王』は、増長して自ら望む姿に世界を変えようと、神の創造の業を真似てみることにした。それは、『猜疑』と『憎しみ』を信仰の対象とする邪神『セト』を生み出し、自身の半身として大いに重用した。『魔王』と『セト』は互いを求めあい、溶け合うようにして世界を『猜疑』と『憎しみ』の色に染め上げていく。ただ、『猜疑』と『憎しみ』に彩られた世界にもまた、しかし『人々』の間にある種の縁(よすが)がまだ残っているという点ではなお健全であった。疑い、憎むという精神の働きは、裏を返せば相手への関心をまだ失っていないということであったわけだ。

 ブラフオンと『5聖人』が頭を大いに悩ませたのはその先で、『魔王』と『セト』がやがて一つの存在として混然一体となり『大魔王』として世界に君臨したとき、それは『猜疑』や『憎しみ』よりもなお一層破滅的な『無関心』と『虚無』を世界にもたらし始めたのである。
 やがて、『人々』は互いに対する関心をすっかり失い、隣で我が子が飢え衰えていようとも、刹那的(せつなてき)な享楽に興じてそれを顧みることをせず、その精神は自己中心にとらわれ、まるで世界に自分の他は何ものも存在しないかのようにして振舞うようになっていった。ここにきて、『猜疑』や『憎しみ』という歪なかたちであっても、なおかすかに残されていた『人々』の間の紐帯は根こそぎ断ち切られ始め、遂には他者だけでなく、自分自身の生にも意味と目的を見いだせなくなって、自己の存在それ自体を『虚無』に飲ませるようになっていった。それは文字通り魂の死であり、創造の失敗を如実に物語るものであった。

 この状況を、ブラフオンらは『最初の黄昏』と呼んで大いに嘆いた。しかし、悲嘆に暮れているばかりでは事態は一向に改善しない。神から与えられた創造の業に再度光と色を取り戻すために、彼女らは立ち上がり、遂に『大魔王』と雌雄を決する覚悟を決めたのである。

 南方の海の果てに浮かぶ小さな島、初めて天と地が分かたれた時の欠片で『アンタエオ・アイランド』と名付けらていたが、そこは、まさに創造の業の始まりの地であった。
 純然たる力でもって、創造と生を、死と破壊に置き換えることを至上とする『大魔王』は、創造の始まりの地であるその『アンタエオ・アイランド』に陣取り、そこでブラフオンと『5聖人』らを迎え撃った。その島は、『猜疑』と『憎しみ』の情に蝕(むしば)まれ、精神を虚無に囚われつくして生ける屍のようになった数多(あまた)の『人々』が群れ成しており、『大魔王』を戴く、さながら地獄の軍勢といった様相を呈していた。
 ブラフオンたちは、いまだ心に生命のあかりを灯す善き人々とともに力を寄せ合い、『大魔王』と対峙することになる。

 その戦いは7日7晩におよんだ苛烈なもので、『大魔王』の行使する破滅的な魔法、それは『大魔王』が司る『魔』そのものの具現化であったのだが、世界中に死の灰を降らせては、いまだわずかに生に連なっていた『人々』に深刻な影響を及ぼしていった。

 世界はいよいよ、翳(かげ)りながら、地平に沈む夕日のごとく黄昏を迎えようとしていたが、ブラフオンは決死の働きによって『大魔王』を『魔王』と『セト』に分かつことに成功し、そのうちの半身『セト』を『アンタエオ・アイランド』の地下深くに封印することに遂に成功したのである。しかし、その代償はあまりにも大きかった。
 ブラフオンは結局、『セト』と刺し違える格好となり、現身(うつしみ)たる半身『セト』を失った『魔王』は、文字通り影だけの存在となって、世界のありとあらゆる闇という闇、光の裏という裏に隠れ住むようになっていったのだ。『セト』なき限り、『魔王』が再びその力を具現化させるおそれこそ後退したものの、創造の業は結局惨憺(さんたん)たるありさまで、その最初の結末を迎えていた。
 世界はそれでもなお、かろうじてまだ息をしており、ごくごくかすかな縁(よすが)によって保たれていはいた。しかし、神の代理人たる創造の天使を失ったことはあまりに大きく、世界の滅びは時間の問題であるようにも思われた。

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