AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第３集その６『神秘と人為』
今、ルート３５では、天使化したカレンと機械化したエヴリン師長が対峙している。その二人の姿を、傷つき倒れたリアン、アイラ、そしてレイ少尉の虚ろな瞳が見守っていた。
「天使だと！馬鹿な。そんな非科学的なことがあってたまるか！」
動揺を隠せないエヴリン師長。
「そうですね。その当惑には同感です。しかし、私は友人を、大切な人達を守らなければなりません！」
カレンは毅然と応対する。二人の間の空気が大いに緊迫するのがわかった。彼女たちは慎重に距離を測りながら、相手の出方を見守っている。
「ふざけたことを。我らが師の計画は絶対なのだ！」
そう言って、両手に携えた錬金銃砲を矢継ぎ早に発射するエヴリン師長。その銃撃は目にもとまらぬ速さで、人間の応答速度を遥かに超えるものであった。しかし、天使の力を得たカレン、いやラファエルは、『転移：Magic Transport』の術式を小刻みに使用して、それを巧みに回避していく。法弾がその身体をとらえようとする刹那、彼女は術式によって巧みに姿を消していくのだ。法弾は素通りし、銃声だけがむなしく響いた。
彼女は、法弾をかわすだけなく、術式を行使しながら着実にエヴリン師長との距離を詰めていた。その手には、雷と閃光を宿らせた美しい長剣が握られている。刹那、彼女はその手の刃を下から上に素早くないだ。その軌跡はエヴリン師長の歪に機械化された金属の左腕を薙ぎ払ってそれをもぐ。痛みを感じると言うようではないが、しかし、師長の体躯はその衝撃を受けて、大きく左後ろに傾斜した。
「小娘が。粋な真似を！」
そう言って、師長は強がるが、もぎ取られた左腕の継ぎ目からは、火花と人工的な液体が噴き出していた。身をひるがえし、ラファエルとの距離を取って、残る腕に握られた錬金銃砲で、彼女の身を捕えようと慎重に狙いを定める。
初夏の南風（はえ）が湿度の度合いを強める。肌に絡みつく湿気た風が心地悪い。これを全身機械のエヴリン師長はどのように感じているのだろうか？頭上ではか細い声で空が泣き続けていた。
＊ ＊ ＊
エヴリン師長が、右手に握られた錬金銃砲を乱雑に発射する。ラファエルは、防御障壁を幾重にも展開して、それを弾き飛ばしていった。
これまで、エヴリン師長の動きは人間の反応速度を遥かに超える脅威を備えていたが、しかしそれは、天使として人智を越える力を得たカレンの前では、以前と同様の脅威ではもはやあり得なかった。幾重にも撃ち出される法弾の群れは、すべて彼女の展開する防御障壁に飲み込まれて消えていった。
「くそぅ。いったいそんな力をどこで手に入れたというのだ？」
苦々しく言葉を発するエヴリン師長。
「人間の縁（よすが）をないがしろにするあなた方には分からないことです。これは、人と人を繋ぐ、愛と信頼の結晶なのですから。」
毅然として言い放つカレン。その姿を、リアンの美しい青い瞳が羨望の色を灯して見守っていた。しかし、彼女の身体は痛みに動かない。
「人間の縁（よすが）だと。我々にも、人間を越えた自然科学との縁（えん）がここにあるのだ。我々の願いは、信念は絶対なのだ。断じてお前ら等に負けはしない。」
強がるその師長の声には、しかし脅威と恐怖の色が僅かに染まっていた。
「あなた方を私は哀れに感じます。人間を捨て、そんな機械の塊になって、いったい何を得ようと言うのですか？たとえ、永遠の生命と可能性を得たとしても、人間を、日常を捨てれば、私たちに残るものは何もありません。」
そう語るラファエルの言葉は、実に神々しい響きを奏でていた。
「小娘が、知ったようなことを。我らが先生の悲願も知らずに！」
そう言って、なおも乱雑に錬金銃砲を連射するエヴリン師長。
しかし、結果は悲しくも同じであった。全てが、カレンの展開する防御障壁に飲まれていくのだ。
「くそぅ、そんな力がいったいどうすれば手に入ると言うのだ！我々の選択は、決意は、絶対に正しいはずなのに！」
目の前の状況に口惜しさと焦りをにじませるエヴリン師長。しかしその弾丸は一発たりとて、彼女の下には届かなかった。
「自らの意志と力で人を捨てたとしても、人は人を越えられません。それはむなしい虚構だとなぜ気づかないのですか？」
ラファエルは語りかける。
「むなしい虚構だと！？我々は、自然科学の力で、錬金術の力で、自然それ自体によってかせられた制限を取り払い、完全で永遠な存在となるのだ。それは、断じて間違いではない。我々は正しく、我々は完璧なのだ！」
そう言葉を発しながら、なおも錬金銃砲を連射するが、ラファエルはそれらを全て防御術式と移動術式の組み合わせによって凌いで見せる。
「くそぅ！」
エヴリン師長のやるせない声があたりに響く。
＊ ＊ ＊
「もういいですか？せめて貴女に、生命としての、人間としての安らぎを与えることが、私にできる最後の術だと思っています。」
そう言って、ラファエルは手にした閃光の剣をさっと構えなおした。
「小娘が！我らの崇高なる願いと実践を理解もできぬくせに！」
エヴリン師長の声色が一層ヒステリックになる。なおも銃弾は雨嵐のように彼女に襲い掛かるが、それは彼女にとってもはや敵ではなかった。
ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！！
法弾を撃ちだすエヴリン師長の声に狂気の色が乗る。対して、ラファエルは冷静さを失わぬままに、移動術式の小刻みな繰り返しによって、師長との距離を確実に詰めていく！刹那、一筋の光の帯が水平に深夜の中空を切り裂いた。それと同時に、エヴリン師長のその哀れな機械の首は、胴と切り離されて、中空を舞う！
ラファエルは、身をひるがえすと、宙を舞うエヴリン師長の首めがけて剣を突き出し、それを串刺しにした！
「あぁ…。」
心もとない声を発するとともに、エヴリン師長の眼窩を照らしていた妖しい魔術光は、その輝きを失っていった。やがて、その頭部はがシャリという金属音を立てて、その場に崩れ落ちる。もはやそこに生命の輝きは潰えていた。
ラファエルは、静かにリアンたちの方に向きやると、術式の詠唱を始めた。
『我が生命の器を依り代として、生命の雲をなさん。慈愛の雨よ、地を満たせ。傷を癒し、病を癒さん。慈雨：Rain of Affection！』
詠唱が終わるや、彼女は生命力の一部を依り代とした影を生成し、その周りに生命力にあふれた叢雲を創り出し、そこから完全回復と完全治癒の雨をあたりに降らさせたのだ。
傷ついていた、リアン、アイラ、レイ少尉、その他その戦場にいたすべての味方の傷と体調不良が回復していく。
傷の癒えたリアンが立ち上がって、すっかり姿を変えたカレンのもとに近づいてきた。
「カレン、その姿はどうしたですか？」
おそるおそる問うリアン。
「私は天使になってしまいました。でも、リアン。あなたたちが無事で本当に良かった。」
そう言って、リアンの小さな体を抱きとめるラファエル。その腕の中で、リアンは緊張で少し身体を固くしていた。
「リアン、もうすぐアイラとレイ少尉も目を覚まします。あなたたちはこれからもここを死守してください。残る敵はあと少しです。私は先生方と共にいきます。お願いしましたよ。」
そう言うと、彼女はその背の美しい翼を羽ばたかせ、天空に向かって身をひるがえすと、月が照らす闇夜に向かって、羽ばたいていった。それは瞬く間のことで、ラファエルの姿は、リアンの瞳の捉えるところの外に移っていった。
「カレン！！」
その場を支配する静寂を、リアンのか細い叫びだけが艶やかに彩っていた。
＊ ＊ ＊
ルート３５に迫る敵陣の脅威はそのほとんどが去った。残るは、デイ・コンパリソン通りでネクロマンサーらを迎え撃つ巨悪と、ホエール・アイズルで待つ敵の黒幕だけである。
グランデとラヴィのもたらした援軍によってデイ・コンパリソン通りに押し寄せた敵襲を退けたネクロマンサーとソーサラーは、その通りの奥から耳に届いてくる地響きのような足音と今まさに対峙していた。深夜の宵の中から、その脅威は静かにその姿を現してくる。それは、既に完全に人間の姿を捨てた、かつてのシン・ブラックフィールド医師その人であった。
「いやぁ、先生。よくお会いしますな。我々にはやはり特別な縁（えん）があるのかもしれません。どうでしょう？先日のお話、私としてはまだ諦めたわけではありません。そちらの大変に優れたソーサラーの先生もご一緒に、我々とこの素晴らしい奇跡を享有なさいませんか？この力、我らが師（プレプトル）が残してくれたこの秘術は、人間の可能性の外延を自ら押し広げることのできる素晴らしいものです。私は、あらゆる遺恨を越えてこの素晴らしい業（わざ）をあなたがたと共有したいと思っているのです。」
あたりの空気全体を振動させるかのような不気味な響きを伴なって、その恐るべき説得は耳に響いてきた。
「残念ですが、私の答えは病院でのものと変わりません。私たちは、人間の自然のままの在り方と可能性を信じているからです。人の力は、人が自ら操作すべきものではありません。それは運命に委ねるものだと私は信じています。」
毅然とネクロマンサーは言い放つ。
「運命ですと？それは奇遇です。私も運命の存在を尊重しています。ただ唯一先生と見解が異なるのは、我々は運命を所与として受け入れるだけではなく、それを自らの手で切り開くことに望みを見出していることです。人間には、自らの道を自分で開き、運命の定める行き先をその手で同定し得る力と資格があると、そのようには思いませんか？運命を愛する先生のその心、実に惜しい。私は、それを手に入れたいと、今なお願ってやまぬのですよ。」
シン・ブラックフィールド不気味に言い寄ってくる。
「ご冗談はもうそれくらいに。私は、人間の内なる可能性と、それと繋がる積極的で前向きな運命の展開を信じています。あなたにしてみれば、ただ座して待つのみ、死の近づきを受け容れるだけの愚かな生き方に見えるのかもしれませんが、不自然な形で人間性を、日常を捨てたところで、本当の変革など得られるものではありません。自然との持続的な共存、それこそが人間の生きながらえる唯一の途だと私は信じています。」
そう言うネクロマンサーの瞳は生命への確信と尊重に美しく輝いていた。
「私も彼女に同感よ。あなたのように異形と化してまで命を長らえ、力で他人を支配しても、それで得られるものなどに価値はないわ。さぁ、決着をつけましょう！」
ソーサラーもそう言ってのける。両者の間の緊張が、次第に高まって来るのがわかった。深夜の風は再び湿度と熱気を帯び始める。周囲の星が、宵闇を妖しく不気味に彩っていた。
「そうですか…。それは実に残念なことです。しかし、私は力の説得力というものを信じておりましてですな。そういうあなた方の短慮を、今度は別の方法で変えるよう試みてみましょう。先生方、どうかあなた方の言う人間の、我々が目指すのとはまた異なる、別の可能性とやらを見せてみてください。私もそれに実に興味があります。」
そう言うと、シン・ブラックフィールドは静かに片腕を挙げた。そこから一瞬まばゆい魔術光が走ったかと思うと、彼の周りを夥しい数の『人為の兵士』が取りまいた。どうやら魔術を用いた一種の召喚術式の様だ。
＊ ＊ ＊
「前座は引き受けたわ。」
そういうと、ソーサラーは『天使化：Angelize』の術式を唱える。彼女の周りに展開した巨大な魔法陣から魔法光があふれ、その身体に転化を促していく。やがてそこに、彼女は真の姿を現した。
「おお、実に素晴らしい。それがあなた方の言う、我々とは違う人間の進歩の可能性、外延拡張の在り方だと、そういうことですな！その力、がぜん欲しくなります。必ずや、我々の試みに取り込ませていただきましょう！」
シン・ブラックフィールドがそう言うと、人為の兵士たちが、雪崩をうって押し寄せてきた。しかし、ソーサラー、いやウリエルにためらいはない。静かに距離を測ると得意の術式を最大級で放つ。
『水と氷を司る者よ。我は汝の敬虔な庇護者也。わが手に数多の剣を成せ。氷刃を中空に巡らせよ。汝にあだなす者に天誅を加えん！滅せよ。（最大級の）氷刃の豪雨：- maxmized - Squall of Ice-Swords！』
彼女の持つ美しい氷の刃は瞬く間に無数の群れを成して、踊るように舞い、シン・ブラックフィールドがたった今呼び出した『人為の兵士』の群れをずたずたに引き裂いていった。あたりは、その無機質な体躯で死屍累々となる。
「さぁ、前座は整ったわ。あとは任せたわよ。私は一足先にみんなの所へ行くわね！」
そう言うとウリエルは美しい翼をひるがえして深夜の中空に舞い、瞬く間にその姿を闇夜の中へと消した。
「おぉ、おぉ、何と素晴らしい奇跡を私は目にしているのか。これぞまさにわが師（プレプトル）が仰っておられた天界の秘術。我々は、神秘や奇跡といったまやかしに頼ることなく、この手で、人間と自然の力で、もうすぐその境地に階（きざはし）をかけるのだ。なんという素晴らしい瞬間。なんという陶酔。いいでしょう、先生。あくまでも我々に歯向かうと言うのであれば、その身を我々の尊い悲願の生贄として差し上げましょう！」
そういうと、シン・ブラックフィールドは、その手に滾らせた魔術光を一気にネクロマンサーに向けて解き放った！とても防御術式は間に合わない。ネクロマンサーの身体を、闇を光に変えるような眩さが覆う。やがてその光のうねりは鳴りを潜め、静かに宵闇に塗り替えられていく。全てが消え去ったかに思われたその場には、美しい１柱の天使が荘厳にたたずんでいた。
＊ ＊ ＊
「なんと！先生もまた、その力を備えておいでなのですか！！今宵は何という素晴らしい夜だ。こんな奇跡を二度も目の当たりにできるとは！我々はあなたがたのその神秘を越えて、この手で、人間の力でもって、その力を凌駕するのです。我が力をその身に刻まれるがよろしかろう。ついに、ついに我らが悲願が成る時が来た。わが師（プレプトル）よ、どうか見守っていてください。力を与えてください。」
そう言って目を閉じると、シン・ブラックフィールドの身体もまた眩い魔術光に包まれた。それは瞬く間にその巨躯の全身を包んだ。やがて、翳り行くその光の中から、醜悪な存在が姿を現した。
驚異的な姿をさらすシン・ブラックフィールドと対峙する、ネクロマンサー、いや、ガブリエル。両者は互いに全身に魔法光と魔術光を滾らせている。
刹那、ガブリエルは手にした霊の剣から、紅色の稲妻を放って、シン・ブラックフィールドに浴びせかけた！その光の筋は、余すところなく彼のおぞましい巨躯を打つが、しかし、彼は全身に張り巡らせた魔術光のシールドでそれを凌いで見せるではないか！
「その程度ですかな？天使と言えどもやはり奇跡などに頼るようでは、力が知れていますな。」
そう言うと、シン・ブラックフィールドは、地を這うような声でクククと笑った。その目はこの世のものとは思えない複雑な色の光を煌々（こうこう）と放っている。
その時、彼のその摩訶不思議な目から、光線がほとばしる。それは、闇夜を切り裂く一陣の剃刀のようにしてガブリエルに襲い掛かった！あたりの空気が熱量をどっと増す。彼女は巨大な魔法陣の防御障壁を展開してそれを凌ぐ。
彼女の展開する障壁と魔光線は、接触面に夥しい力を蓄えて、周囲の熱量を大きくし、陽炎で夜景をゆがめた。それはまさに、天使と悪魔の衝突であるかのようであった。
「ほほう。その力、伊達ではないようですな！」
そう言うが早いか、シン・ブラックフィールドは、今度はさっと中空に身をひるがえして、鋭い爪を備えるその巨大な手でガブリエルに襲い掛かる。固い者同士が鋭く鬩ぎ合う金属音を奏でて、ガブリエルの剣と、シン・ブラックフィールドの爪がかちあった。ぶつかっては離れ、離れてはぶつかる、そんな激しい空中戦が展開されていく。両者とも、その背の翼の立てる羽音を初夏の漆黒の空に響かせながら舞巡り、刹那、刹那、互いの得物をぶつけあっていた。その鋭い金切り音と羽音の他にあたりに聞こえるものはもはやない。静と動が折り重なるようにして目まぐるしく展開されていた。
「やりますね！その執念だけは敬意に値するかもしれません。」
頬を伝う汗をぬぐいながら言うガブリエル。
「どうやら、私ひとりでは分が悪いようですね。助力を請うことにしましょう。」
そう言って、ガブリエルは口元を不敵にゆがめた。
「助力ですと？あなたの相方はもはやこの場を去られたではありませんか？悪あがきはやめて、我々の悲願のための生贄におなりなさい。それとも、翻意して我々に与しますかな？私は寛大ですから。」
シン・ブラックフィールドは、余裕の表情を崩さない。
『冥府の門よ、煉獄の門とともに開け！囚われた霊魂を解放せよ。我は生命と霊を司る者なり。我が呼び声に応え、その姿を現せ！開門：Open Gates！』
ガブリエルが術式を詠唱すると、彼女の背後に重々しい魔法光とともに冥府の門が開かれ、そこから、極めて高位の死霊の群れが召喚された！
呼び出された死霊たちは、押し寄せる波のように群れを成して、シン・ブラックフィールドに襲い掛かる。その多くは、その巨躯と全身に張り巡らされた魔術光によって阻まれ消滅するが、しかし、いくつかは確実にその体躯を捕え、呪われた歯と鉤爪によって、それを引き裂いていった。
金属を固いものでひっかく不快な音をけたたましく奏でながら、その機械的とも悪魔的とも形容しがたい巨躯が引き裂かれていく。生命体らしい柔らかさと流れ出るなめらかな液体の代わりに、火花と重い油のような液体をにじませながら、その存在は、もがくようにしてその身にまとわりつく死霊をむしり取っていた。
「おお、素晴らしい。本当に素晴らしい。いま、わが師（プレプトル）の仰っておられたことの数々の真意が手に取るようにわかる。我々は自らの手で神秘を踏み越えて永遠の存在へと変われるのだ。そのためにもこんなところで手を焼いているわけにはいかない。終わりにしよう！消し飛べ！」
シン・ブラックフィールどはその禍々しい口から、夥しい量の魔術光の力場を束にしてガブリエルに向けて撃ち出した！彼女の身体はその光の中に、あっという間に飲み込まれていく。
＊ ＊ ＊
彼は勝利を確信した安堵の色を浮かべた瞳で、その口からほとばしる強大な魔術光を見守っていた。その光が徐々に陰っていく中、その中に迫りくる影が見えるではないか！！なんと、ネクロマンサーは、片手に剣を構え、もう片方の手で防御障壁を展開しながら、捨て身でその光の渦の中をまっすぐに駆け巡ってきたのだ！
彼女が天使化したときにローブの上に身に着けていた甲冑は、そのほとんどが魔術光によって砕け、はげ落ちてしまっていた。しかし、彼女はそれをものともせずに、まっすぐに光の渦の中を抜けて来る！そしてそのまま、右手に構えた霊的な神秘の剣を、シン・ブラックフィールドの額にある第三の眼に突き立てた！！
があああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…！！！
全方位にとどろく重苦しい断末魔とともに、シン・ブラックフィールドの全身を覆っていた魔術光が次第に鳴りをひそめ、か細く明滅しながらその輝きを失っていく。そして大きな地響きを伴なって、その巨躯は後ろ手に倒れ込んで、それっきり動かなくなった。
ガブリエルは全身に覆った傷による苦痛に耐えながら、静かにひとつ大きなため息をつくと、他の天使たちと同じように、初夏の宵闇の中に翼を大きく羽ばたかせて瞬く間にその黒い空に吸い込まれていった。
夜の帳はまだ深いが、それでも東の空の彼方には、微かに夜明けの到来を告げる白い輝きが見て取れる。雲の群れが静かにその白に染まっていた。
こうして、フィールド・イン、アカデミー、デイ・コンパリソン通り、ルート３５に展開されたすべての敵勢力が退けられた。残るは、オッテン・ドット地区とホエール・アイズルに残る敵の黒幕のみということになる。
夜が明け、アカデミー中央尖塔５階の最高評議会議事堂には、ダリアンらが集っていた。しかし、そこにはもはや、天使と化したユイア（ウォーロック）、ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサーの姿はない。闇夜に飛び消えて以降、彼女たちの行く末はようとして知られていなかった。アカデミーを代表する参謀長官を欠いたことで、作戦遂行の継続が危ぶまれもしたが、最高評議会の機能それ自体は健在であり、かつ、名将ダリアンとその副官セリアンの存在があれば奪還戦の実行は不可能ではないという判断がされ、ダリアンを、最高評議会の委任を受けた最高総司令官とする布陣で、オッテン・ドット市街区奪還作戦が行われることとなった。
陽は静かにその高度を増し、中央尖塔が落とす影の長さを少しずつ短くしていく。南部戦線の脅威を排除したこともあって、ようやく国防省安全保障特別委員会所属の正規軍の一部も南下を始め、これまでずっと司令部の頭を悩ませてきた兵力の数的問題は、俄かに改善を見せ始めていた。
＊ ＊ ＊
その３日後、正規軍とアカデミー私設軍隊の連合から成る魔法社会軍は、オッテン・ドット地区への進軍を開始した。当初は、市街区の奪還について、敵残党からの相応の抵抗があることが予測されたが、その実は、魔法社会軍はほとんど戦いらしい戦いを経ることなく、オッテン・ドット市街地を奪還することに成功した。
というのも、今は懐かしき、シーネイ村のネリー村長とハインダスらが、ケトル・セラー街とポンド・ザック街から義勇兵を集めて解放軍を組織し、シーネイ北方路からオッテン・ドット沿岸通りを南下して、同市街地の解放に奮戦していたからである。
アカデミー発の魔法社会軍が同市に到着したときには、もう主戦は終わっていて、残党を排除しながら市庁舎を取り戻すだけという様子であった。その日のうちに、同市の奪還は高らかに宣言され、翌日からは、敵の根拠地である『ホエール・アイズル』への侵攻作戦が進められるに至っていた。
なかなか沈まない初夏の太陽が、西の地平のあたりにゆっくりと位置して、その赤い光線をいつまでもオッテン・ドットの市街区に注いでいた。同市街区は敵の侵攻と占領によってすっかり瓦礫の山と化してはいたが、しかい、夕日の中で、蘇る生命力の色をたたえていた。
それから二日後、魔法社会軍は正規軍の海軍力を動員して内海を渡り、ホエール・アイズルへの上陸作戦を敢行した。しかし、そこでも、敵残党はもはや瓦解しており、同島内に存在していた敵根拠地の最奥部には、既に何者かによって無力化された、かのマークス・ヴァレンティヌの成れの果てが、残されていた。
それは、これまで交戦してきた、アブロード・シアノウェル、シン・ブラックフィールド、エヴリン・シンクレアらと同じように全身を機械化され、人工的に用意された脳髄に古い記憶を移植された異形の存在であった。しかし、その力の大半はもう既に失われており、その哀れな残滓は、アカデミーおよび政府関係者からの取り調べに対して、ぼそぼそと世迷言を言うだけの存在に成り下がっていたのである。
アカデミーと政府は、会話が可能な程度にマークスの体躯を解体し、その場に残された各種の証拠資料や試料を回収して、オッテン・ドットを経て、各庁舎に凱旋した。
狂気の脅威から解放された魔法社会の市民たちは、諸手を挙げてその凱旋の行列を歓迎している。陽の光が、その様をまぶしく照らし出していた。
こうして、『シメン＆シアノウェル病院』での怪異から始まった、魔法社会全体を動揺させた事件は幕を下ろした。結局、ホエール・アイズルを襲撃し、マークスを無力化させた勢力が何者であるかは分からずじまいとなった。アカデミーも政府も、その事実の発表に苦慮していたが、結局にして、オッテン・ドットの解放戦における抵抗をもって敵方の残党は潰え、ホエール・アイズルには、敵根拠地の痕跡が残るのみであり、首謀者３名の戦死をもって当該事件は解決を見たという、至極無難なやり方によって事なきを得たようである。脅威から解放され喜びに興じる市民たちに、真相をなお究明しようとする熱意はもはや残されていなかった。
後に、この動乱は『三医人の反乱』と名付けられ、長く語り継がれた。この物語を間近で目撃していたダリアンとセリアンは、姿を消した５柱の天使の存在に最大配慮しながら、彼女たちの足跡を魔術書にしたためることを決め、『詠唱者の書』、『術具・法具一覧』、『魔術総目録』の３部作を完成させた。その一連の書籍群は、まとめて『万象の起源：Omnialcay（オムニ・アルケイ』と呼ばれるようになり、後世まで語り継がれることとなるが、それはまた別の物語である。
＊ ＊ ＊
今、相変わらずの黴臭い空間に、いつもの面々が揃っている。いや、そこにひとり、小さな存在が加わっていた。ひとを離れた５つの神秘の姿を、エメラルドとサファイアの瞳が静かに見守っている。
その入り口の外には、神秘の霧が色濃く渦巻いていた。現世と隔絶された空間に、いつもと違う時間がゆっくり、ゆっくり刻まれていく。
AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第２集その15『神秘と人為』完
― お読みいただき、ありがとうございました。 ―
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか？