マスクのデメリットを補う(コロナ禍のマスクの子育てのへの影響)
(本原稿はキリスト教保育連盟の「ともに育つ」4月号の依頼原稿を元
にしています。)
「せんせい、怒ってますか?」
唐突にクライエントにそう尋ねられて私は戸惑いました。私はむしろあたたかい気持ちでいましたから、感情が正反対に伝わっていたのです。
鼻まで覆ったマスクのため、見えているのは私の生まれつきの細い目だけ。少ない情報によって、表情の読みまちがいやズレがコロナ以前より明らかに増えました。私自身もクライエントの表情や雰囲気を読み取ることに、以前より力を割いていることに思い当たります。
すっかり私たちの日常になってしまったマスクですが、「感染予防のため」とあきらめてしまいがちですが、そのデメリットに注意を払い、工夫していく必要があります。
母子のコミュニケーションを測る「スティル・フェイス」という実験があります。向かい合って普通に乳児をあやしていた母親が、突然表情をなくします。すると、多くの赤ちゃんが20秒ももたずに不安な表情を見せ始め、最後には悲鳴をあげ、大泣きしてしまいます。この実験は母子の愛着の形成などを観察するものなのですが、生後3か月にもなると赤ちゃんが母親の表情や雰囲気を敏感に感知し、繊細に反応していることを如実に教えてくれます。赤ちゃんは早期から母親の表情に強く影響を受けているのです。乳児期に保育者がマスクをつけ続けていることは、大きな影響を与える可能性が十分にあります。
大人は隠されていない「目」の表情で、今までの経験で補正をし、マスク越しのコミュニケーションをなんとかこなしています。しかし、乳児はそれらの経験を獲得している最中です。顔全体のイメージ(相貌知覚と言います)を身につけ、それと安心を結びつけていく学習が赤ちゃんにとって重要な発達課題なのです。
保育にあたっては、母親と赤ちゃんのマスクなしのコミュニケーションの時間を確保することを手助けしましょう。保育者がマスクの時には、口元の表情がないことを自覚し、意識的に声のトーンを柔らかくし、接触を増やすなど、耳や皮膚を通した安心・安全の感覚を意識的に多く伝える必要があります。乳児の反応が不安そうでないか、イキイキしているのかをよく観察し、不足している交流を補う関わりの工夫が必要です。
これは乳児だけの話ではなく、児童から大人まで、マスクや三密の回避による交流の限定やずれ、不足が積み重なっていることを危惧しています。私の感覚ですが、それは時に致命的な影響を与えかねないことだと感じます。一日でも早くマスクなしで交流する日がくることを求めていきましょう。
「わたしは暖かい気持ちで聞いていたんだけど、怒っているように伝わったんだね。」私もクライエントとのズレを丁寧に埋めていく作業が必要です。
「マスクで抜け落ち、失った交流」について常に考えておくことは重要で、それを補うこと、さらにはポスト・コロナの時代に子どもたちにどのような環境を提供していくのかが、私たちの大人の課題と言えましょう。