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第3話 人生初のストーカー(?)被害[前編](北海道連載3/15)

Day1夜 ゲストハウスにて

 釧路での宿泊先はゲストハウス。睡眠をとる部屋やシャワー・トイレが共用で、他の宿泊客との交流を図ることに重きが置かれていることが特徴である格安の宿泊所だ。初めて利用するため、館内の雰囲気も含めて非常に楽しみにしていた。

 建物に入ってチェックインを行った。必要事項の記入はロビーのテーブルで行う。名前や連絡先を書いていると、さっそく一人の男性が話しかけてきた。その人はフリーランスでジャーナリストの仕事をされている方らしく、京都から避暑のためにしばしば来訪しているそうだ。新聞記者を目指している身として、勉強になる話を聴くことが出来た。

 チェックインの手続きを終えると、もう一人男性が話しかけてきた。50代後半くらいだろうか、千葉県から一人で訪れているのだという。お互いの住む県の状況や、北海道の交通事情について語り合った。芯が強い方で、私が反論を入れると必ず応戦してくるような形だった。

 しばらく話しているうちに、明日はどこに行くのかを問われた。私は素直に釧路湿原に行く旨を話した。これが地獄の入り口だったのだ。「釧路湿原」の言葉を聞くや否や、すかさず手持ちの時刻表を取り出し、釧路湿原へ行く列車の時刻を調べ始めた。「釧路湿原に行くには、釧路駅を朝6時3分に発車する釧網本線普通列車に乗車。それから湿原駅に着くと22分。滞在時間は大体これくらいで、9時何分の快速列車で網走方面に向かいましょう。あ、もしくはこっちの列車に乗って釧路に戻り海鮮丼を食べるのもアリかもしれませんね。どう思われますか?」

 いやいやいや、どう思うもこう思うもさぁ...。お気づきだろう。この男性は私について来ようとしているのだ。突然の流れに私はどうしていいのか分からなくなった。確かにさっきからおかしい予兆はあった。しきりにツイッター、インスタのアカウントを聞き出そうとしたり、フェイスブックを使って本名を探ろうとしたり...。そこは「大学受験でログアウトしていた」などと何とかかわすことが出来ていたのだが、それとこれとでは様子が違うようだった。なおも男性は話し続ける。

 「駅で降りたら細岡展望台へ。その後レストハウスへ行ってそこから...」もう完全にその気になってしまっている。どうにか一緒にならない方法を模索せねば...。寝起きが悪いことを理由に、早朝の同行を断ろうとした。

 「6時出発ですか?早いですね~!僕は起きられませんのでそれはちょっと厳しいですよ」この男性は1人で行動するんだよな!無理やり自分の中でそう決めつけて、そこはかとなく断りを入れようとした。

しかし、甘かったのだ。

 「じゃあ、その次の列車にしましょう!8時57分の列車なんかどうですか?」

 困った。全く懲りない。作戦を変えることにした。この男性はどうしても釧路湿原に行きたいんだよな!そう自分の中で無理やり決めつけ、私は他の観光地に行きたいことにしておこう。釧路近郊の観光地には、釧路湿原の他に根室という所がある。根室に行きたいことにして、この男性の誘いを断ることにした。

 「やー、僕根室もいいなぁなんて思ってるんですよ。僕は根室にしちゃおっかなー」 一発逆転を狙ったつもりだった。

 「はいはい、となると花咲線ですね!5時35分発のこの快速に乗って根室へ。そこからバスに乗り換えて納沙布岬へ行きましょう。そこから釧路に戻ってもまだ昼前。あ~、こっちの方がいいかもしれませんね!そうしますか?」

 えぇ??心の中で絶叫した。またまた墓穴を掘ってしまったようだ。そこまで追ってきます?私は取ってつけたようにもう一度、寝起きが悪いと言い訳をした。すると、

 「じゃあ2番目の列車にしますか!8時18分。いや、そうは言ってもあなた若いですから、早起きできますよー!大丈夫ですって!」

 なんなんだこの男は。私はふと思った。追われる恋愛って辛いんだろうなあ、と。緊急事態になればなるほど、余計なことを考えてしまう性分なのだ。いけないいけない。まだ諦めてはいけない。自分の身を守るためには多少の嘘は仕方ない。意を決して作り話を始めた。

 「あ、そもそも僕釧路に友人居てそいつと明日出かけるんですよ。そいつ車持ってるんでうまくいったらそいつに世話になるかもしんないっす。釧路公立大学って知ってます?」まったくの嘘をついてしまった。この男性は私の嘘を見破ったのだろうか、やや不機嫌な表情を浮かべその話を無視して自分の話を続けた。畳みかけている模様だ。事態を収拾できなくなった私は一言「ちょっと考えさせてください。シャワー浴びてきます」とまとめロビーから撤収するしかなかった。これ以上の言い寄られは避けられたものの、一時的な逃避であって根本的な解決には至っていない。

 私が睡眠をとる部屋は2段ベッドが3台あり、この日は3人が宿泊するようだった。一人は私、一人は私と同い年くらいの青年だ。軽く一言挨拶を交わし、自分の荷物をベッドの上に置く。もう一人の人は荷物を置いて不在にしているようだった。その人の荷物からはガサガサと物音がし、よく見ると多量のカブトムシがビニール袋を突き破って床に続々とお出まししているようだった。

 シャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かし部屋へ戻ろうとした。この時すでに深夜0時。ドアをこっそり開けると、2人の男性の声が聞こえる。1人は先ほど挨拶を交わした青年の声、もう一人は、、、まさか。。。そのまさかだったのだ。私は不運にも先の男性と相部屋で、しかも隣のベッドだったのだ。部屋はたくさんあるのにどうして...。とうとうパニックに陥った。部屋に入ることはできなかった。

 頭を冷やすためにいったんゲストハウスの外に出て、近くのコンビニに入った。ちょうど財布だけは持っていたので、ガムを買って建物に戻った。

 ガムの味もなくなってきた深夜1時。再びドアの前に立ち、様子を窺った。話し声は聞こえず、甲高いいびきの音が鳴り響く。うん、大丈夫だ。極力音を立てずに部屋に入り、顔を見られる前にベッドのカーテンを閉めようとした、その時...

 「お疲れ様でぇぇす😁明日の行程決まりましたかぁ?」

 お目覚めになってしまったのだ。暗闇の中に映る顔がより一層不気味である。全身が硬直し、身体を動かせなくなった。

 「まあ、明日の朝次第ですかね?早く起きられたら根室へ。ちょっと寝坊してしまったら釧路湿原にしましょう!それでは明日はよろしくお願いしまーす!!」

「分かりました、考えときます」こう返すのが精一杯だった。深い溜め息を吐き、脱力していると、もう一度隣のカーテンが開き、

「まあ、2人だったらタクシー代も割り勘出来てお金抑えられるしいいですよね。釧路駅までも歩いて10分でちょっと遠いし。その辺も併せてまた明日ですね!考えておいてくださいね?おやすみなさぁい🌙」

 いい歳こいた大人が大学生とタクシー代割り勘かよ...。などなどどうでもいいようなよくないようなことも考えられなくなるほど絶望に打ちひしがれた。せっかくのひとり旅を、この男と共にすることになってしまうのか...。全てを引き受けなければならないのか。人生何事も挑戦なのか。この挑戦に何の意味があるのか。ぐじゃぐじゃな思いが、頭の中を巡りに巡った。自分自身のやり方がよくなかったのもあるが、まともな方法で断りを入れるのは不可能な状態になっていた。せめて部屋が違えば強く出るのもありだったのかもしれないが、そんな強硬策もとても繰り出せないような空気が立ち込めていた。

 経験値が足りないため、この状況を脱するための方法は一つしか思い浮かばなかった。夜逃げだ。この男性が朝目覚める前に、私はこの建物から完全に姿を消すしかもう手立てはないと思った。

 では何時に抜け出すのか、根室に行くのか釧路湿原に行くのか、何時の列車に乗るのか...。作戦を考えるため、私は2晩連続の徹夜に突入することが決定した。

後編に続く

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