さよならくらい言わせてほしかった
しばらく博多でトカトントン。懐かしい匂いです。ここいらで汚いのはカラスだけでしょうか。……失礼しました。私の心の方がずっと意地汚いことをすっかり忘れていました。あ、バカヤロウ! 火を起こさないでください。これはデリケートな問題です。博多で火はいけません。涙がこぼれてしまいます。……ところで君はキューカンバーはお好きですか? キューカンバー。私の好きなオノマトペです。キューカンバー。夏の暑い日キューカンバー。空へ飛べ飛べキューカンバー。早く夏が来ないかなぁ。実家のナスが腐ってしまいます。ああ! 弁当買ったら割り箸を使わないで! 少し残しといてください。一々買うのが面倒だから。ナスキューカンバー。そうそう。来年の正月は放っておいてください。わかっていますね。再来年になったら年賀状を出しますから。泣いてしまいますよ。忘れないでくださいね。きっとですよ。きっと。
それからお願いですから、どうかお願いですから冬の海には近づかないでくださいね。夏もダメです。いつまでたってもダメです。君は私を失いたいのか! ……失礼しました。失うのは私の方でした。ええと。ええと。とにかく危ない生き方はやめてください。私は君と久しぶりにあったのですから。わかっているのでしょう。何があったかもう忘れてしまったのですか? 私は忘れました。もう思い出すことはありませんからあなたは次の夏必ず私にキューカンバーを送ってくださいね。塩なんて野暮なものをつけておくんじゃありませんよ。
好きなのはいつだって私だけでした。きっとそうでしょう? いつもいつもそうです。私のことなんて知らないで勝手にいなくなってしまうのです。意気地なしにだって幸せに生きる権利がありますよ。あ、白い百合の花。摘んでください。根っこから。そのあとバラバラに引き裂いてください。……失礼しました。この百合の花はいくらですか。いくらでこの命を買い取れるのですか。そうですか。350円。安い命ですね。こんなもの! こんなもの! こんなもの! ……失礼しました。10000円お支払いします。私には必要のないお金です。おつりはいりません。どうか受け取ってください。
お待たせしました。お花は捨ててもらいました。え? 君はどうしてそんなことをしたのですか? 私は行きたくないと言ったではありませんか。どうしてあの醜い百合だけが行くのですか? 失礼だと思わないのですか? 君は人の心がないのですね。……失礼しました。それは私の方でした。エゴエゴしているのは申し訳なく思います。でも私は信じていないだけですから関係ありません。信じるも信じないもあなた次第というではありませんか。お願いですから私を殺してください。いえ自殺なんてしませんよ。だってそんなことをしたら天国へ行けなくなってしまうではないですか。木に生まれ変わって永遠に若葉を摘み取られる拷問にあうというではありませんか。私は信心深いですから自殺はできません。天国へ行かなくちゃならないんです。だから殺してくれませんか。私は君が地獄へ行こうと知ったことではないのです。別に永遠のお別れになっても気にはしませんよ。
は? やめてください。私は行きたくないんです。帰ります。すぐに帰ります。飛行機の時間を変えてください。退屈な日曜日なんて時間の無駄ではありませんか。私は歩いてでも帰りますよ。宮城までならもうすぐです。懐かしくて泣いてしまいますよ。……すいません。もうあのときほど私は若くもなくバカでもありません。それに一人ではすぐに根をあげてしまうことでしょう。君は賢いからそうやって慰められるのです。バカの気持ちになってください。見たくないものは見たくないんです。私はとっくに忘れてしまいましたよ。
なんですか。あなたたちは誰ですか。やめてください。私は遊びに来たわけではないんです。あなたたちとホテルにいくつもりはありません。女二人だからといって調子に乗らないでください。この人は柔道でインターハイ直前までいった若き天才柔道家ですよ。……失礼しました。若き天才柔道家だったんですよ。やめてください。私の腕を引っ張らないでください。いいですか。私はマッチ箱を持っています。あなたの髪をチリチリに焼いて食べてしまいますよ。……そうですか。あなたはまだ生きているのですから。賢明な判断です。きっとあなたも無駄な人生を過ごしておられるのですね。これはお互い様の印です。私には必要のないものです。それで自分の髪を焦がしてみれば人生の楽しさがわかるかもしれません。
ええ、ええ。恐ろしかったですね。泣くかと思いました。私は今までどうしてあんな恐ろしいものを持っていたのでしょう。火なんて世の中からなくなってしまえばいいのです。ホルマリンがあれば火なんて必要ないでしょう。君もそう思いませんか。私は絶対に行きませんよ。……え? じゃあ柔道やっていたなんてのは嘘だったということですか。じゃあ渋谷のスクランブル交差点で歩く人を全員地に伏せたというのも事実ではないのですか? あなたは本当に最低な人だ! 大バカだ! ……失礼しました。謝るので許してください。私は地獄に行きたくないのです。
帰りましょう。きっと飛行機もすぐ出ます。はやく空に上がりたいのです。帰ったらまた世界旅行に行きます。今度はきっと見つかります。さようなら。さようなら。お元気で。