音MADが好きな理由を言語化しようとして失敗している

僕は一般的な音楽にバキバキ滅法疎く、車内で曲を流すなどの展開になると驚くほど所在なさげな表情を浮かべる他ない寄る辺なき存在に成り果てるわけなのですが、これは僕が音楽を音MADとボカロ以外全く聴かないことに起因しています。

音MADというのは「アニメ作品等の音声や映像を短く切り出したものを加工し組み合わせた動画作品」です。知らない人はイメージすら全くできないと思うので例も貼ってしまいましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=eiqKEgbhdP0

どの音楽ジャンルでもそうだと思うんですがなぜこれが好きかを理由づけるのは難しくて、僕にとっての音MADも単に聴いたら脳の一部回路がパチパチするから、いつの間にかそうなってしまったからとしか言えないです。これしか聴かなくなったのは大学3年くらいからですが、別に小学生の頃から割と聴いてはいたのでこれといったきっかけもない。超イイ作品に一撃でやられたり、辛い論文執筆のお供にしたり、多分音楽体験としてのシチュエーションも他と大差ないんだと思います。でも一応ジャンルとしての特徴を挙げるとするなら3つくらい言えるので言います。

一つは没言語的さです、通常の歌が100%言語として聴かれているとは言わないにしろ、歌詞に感動する余地を一切残さない寸断された文未満で構成されている当該音楽ジャンルは比較の上で没言語的と言って差し支えないでしょう。だから良いとも悪いとも思わないですが特徴ではあります。しかしだからといって没意味的かというと議論の余地があり、僕は現状そんなに強い意味は感じていないんですが仮に一回作品を作ってみたとすると音の塊や下支えのドラムに意味を感じ始めるかもしれず、未知数です。

もう一つは映像の話なんですが圧倒的音ハメです。僕は基本的に映像に興味がなくて曲のPVとかあっても見なかったりするんですが、音ハメだけは話が別でめっちゃ好きです。そして音MADの映像は基本的に音ハメしかしていません。証明終了

もう一つは声で、僕は基本的に声が素材の音MADばっか聴くのでそこに声好きな部分が出ているかもしれないです。ある意味歌より純粋に声で満たされることができるという固有の優位性がある。

これらの必死の説明をした僕はセリフ活かしの作品や音ハメにとどまらない凝った映像の作品、電車素材MADの隆盛などにより現在ペシャンコなのですが、そういう状況でも寄り添ってくれるのが音楽だと信じています

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