診療所のDX・実践編 【これからの医療とDX #6】
「これからの医療とDX」をテーマに事例と方法論をお伝えするこのシリーズ、6回目となる今回は「診療所・クリニックのDX」の実践例を紹介します。
診療所・クリニック経営では、すでにデジタルやデータを活用したケースが出始めています。とくに40代以下の若い経営者の方は、デジタルの導入に積極的な傾向があります。また、開業のタイミングでデジタルやデータを念頭に置いて診療所の仕組みを構築するほうが、すでにある病院のシステムや組織を変革するよりも難易度が低いことも要因の一つだと思います。
本稿では、おうちの診療所目黒(東京都目黒区)で開業から1年間で実践したことを具体的なツールとその活用方法とともにお話します。
在宅医療とは
おうちの診療所目黒は、2020年5月の新型コロナウイルス感染症流行の最中に30代の医師が開業した在宅医療を主とする診療所です。東京都目黒区は、面積14.67平方km、人口27.9万人で、急性期を担う複数の地域中核病院にアクセスできる地域です。
在宅医療に馴染みのない方もいらっしゃると思いますので、まずは簡単にその概要をご説明します。在宅医療は、何らかの理由で外来通院が困難な方や緩和ケア治療を自宅で受けることを選択した方に対して、医師が患者宅を訪問し、診察や検査、点滴などの治療を行う医療サービスです。
病院では通常、診療も看護も介護も調剤もすべて同じ病院内のスタッフが提供します。一方、在宅における医療介護では、多くの場合、院内外の複数のサービスを組み合わせます。一人の患者に対して、在宅診療所だけでなく、訪問看護ステーションやケアマネジャー、薬局、訪問歯科など複数の事業所が連携してサービスを提供します。そのため、連携する各事業所との密なコミュニケーションが必要になります。
また、診療所内の情報共有も必要です。開業当初は実際の業務を行っていく中でだんだんと仕事のやり方が決まっていきます。開業から半年ほどが経過すると、一つの業務に人それぞれで異なる手順が存在したり、一部の業務について特定の人間がいないとできない状態になっていたりして、業務が円滑に進みにくくなります。チームとしての体制を整えるためにも、スタッフ間のコミュニケーションや情報共有を円滑にする取り組みは重要です。
おうちの診療所目黒では、コミュニケーションが業務のキモだと捉えています。コミュニケーションにITツールを活用することで、自院全体の業務効率化と働き方の柔軟性を確保していくことを開業当初より計画していました。この1年間で必要なツールを少しずつ導入し、順調に運用できつつあります。
それでは、ツールごとに具体例を紹介します。皆さんの医療機関で必ずしも同じツールを使えるわけではないと思いますが、同様の機能での応用や、ツール活用にあたっての考え方などを参考にしていただければと思います。
電子カルテの業務効率化機能で継続的な改善活動
最初に紹介するのは「電子カルテ」です。すでに多くの医療機関で導入されているため、「今さら電子カルテ?」と思われる方もいるかもしれません。しかし、電子カルテを継続的に改修し業務改善に取り組まれているところは多くないのではないでしょうか。おうちの診療所目黒ではクラウド型の「モバカルネット」を採用し、業務効率化機能を活用・運用しています。
1)入力ウィザード機能と定型文機能
カルテ記載の入力欄は、S、O、A/Pなど、項目ごとに分かれているのが通常です。モバカルネットの「入力ウィザード機能」では、この入力欄を自由にカスタマイズできます。また、よくつかう文言を定型文として登録しておくことで、入力時間の短縮や重要項目の記載漏れ防止、記載内容の標準化にもつながります。おうちの診療所目黒の場合、以下のようなカルテをクリックのみで作ることができます。
一般的なカルテ記載方法であるSOAP(※1)の前に、サマリとプロブレムリスト(P/L)を位置することで、その患者を診察したことがない医師であっても、患者像と現在のプロブレムを把握しやすい形式にしています。
レセプト担当者の視点でも、診療報酬の請求時に必要な情報が漏れないように「医療処置」の欄に、点滴や在宅酸素などを入力します。2回目以降のカルテ記載では、前回の記載内容が項目ごとに自動入力されるため、サマリやP/Lは毎回転記する必要はなく、秘伝のタレ方式で少しずつ更新を加えていくことができます。
2)処方セット機能
処方オーダーは、薬剤名、用量、用法、処方日数など少なくとも4項目を薬剤ごとに入力しなければならず、処方のすべてを手入力で行うと、膨大な事務作業が発生し、それに伴うケアレスミスの温床になってしまいます。
それを軽減するのが、処方セット機能で、モバカルネットだけでなく、多くの電子カルテで標準機能となっています。よくつかう処方をセットとして登録しておくことで、処方オーダーの手間を削減し、処方ミスに伴う疑義照会を減らすことができました。
上記の2つの機能は、とくに目新しいものでなく、どの医療機関でもある程度使われていることと思います。しかし、導入当初に設定したまま更新がなされていなかったり、現場ではすでに使用されず非効率の業務が繰り返されていたりしていないでしょうか?
おうちの診療所目黒では、定期的に会議を設けて、使用方法や現場の希望を確認し、現場ニーズを機能に反映させるようにしています。加えて、処方薬の選択やカルテ記載方法についても医師間で話し合うことで、自院における「標準」を更新するようにしています。
Slackで院内外の連携を実現
次に、院内外のコミュニケーションツールとして「Slack」を採用しています。最近では、聖隷浜松病院や飯塚病院など、病院でもSlackを導入するところが増えてきているようです。
在宅医療では診療チームが患者宅を順番に回って診療しています。予定通りに診療が終えられればいいですが、ときに急変対応や患者説明で時間を押してしまうこともあります。おうちの診療所目黒では、Slackで「リアルタイム速報」を共有するようにしており、それぞれのチームが今どこで何をしているかを誰もが確認することができます。もしあるチームが急変対応で予定よりも遅れていれば、空きのあるチームがヘルプで代わることができます。
また、電話での問い合わせ履歴もSlack内のフォームで記録・共有されるため、応対した人以外のスタッフも即座に知ることができます。これにより、問い合わせ内容を伝えるために電話をかける必要はなくなり、テキストとして残るので言った言わないのトラブルも回避できます。
さらに、やりとりの多い薬局にもSlackに入ってもらい、Slack内で疑義照会や新規患者依頼を完結させています。以前は、薬局からの疑義照会電話を事務が受けて、事務が医師に伝えて、処方修正をおこない、修正内容を薬局に電話で伝えるという業務フローになっていました。
Slackに参加した薬局とのやりとりでは、薬局が疑義照会をSlackに投稿し、それを医師が直接対応するという簡潔な業務フローに変わりました。その結果、疑義照会の電話は半減し、疑義照会への返答時間も短縮されました。薬剤師が直接医師にテキストで照会できるようになり、薬剤名や用量の伝言ミスもなくなりました。そして、処方に関する細かい相談や情報共有ができるようになり、診療の質や医療安全上のリスクも改善されました。
現在では、薬局だけでなく、訪問看護ステーションや訪問歯科にもSlackに入ってもらい、即時性と正確性の高い地域連携を実現しています。
ノウハウ共有や訪問スケジュール管理もDXで
職種ごとの業務マニュアルや、診療所内の各種機器の使い方など、経時的に院内のノウハウは形成されていきます。しかし、当初、それは「知っている人だけが知っている状態」となっており、その情報を探す手間が頻回に発生していました。そこで導入したのが「Scrapbox」です。各職員が持つノウハウを業務ごとに手順やポイントを書き記すことで、院内のノウハウとして可視化され、蓄積できるようになりました。まさに「院内のWikipedia」として機能しています。
在宅医療は患者の訪問スケジュール管理が重要です。当初、定期の訪問診療のスケジュール漏れが時々起きていました。また、スケジュールをうまく作らなければ、移動時間ばかり長くなってしまい、患者対応の迅速性や経営上の収益性にも影響してしまいます。そこで在宅医療専用スケジュール管理ソフト「クロスログ」を導入し、スケジュール漏れ防止とルートの最適化の両方に役立っています。
クロスログ導入の詳細はこちらをご覧ください。
導入事例|おうちの診療所目黒|CrossLog
おうちの診療所目黒の実践例を紹介しました。診療所やクリニックにおけるDXの取り組みは増えてきており、上記以外にも有効なツールや活用事例は存在しますし、医療機関ごとに状況は異なるため上記が最適解になるとも言えませんが、診療所DXの一例としてご参考になれば幸いです。
次回は、「診療所のDX・解説編」として、上記のDX導入の背景や本シリーズで紹介した方法論をどのように用いたかについてお伝えします。
※1 SOAPは、Subjective、Objective、Assessment、Planの頭文字を並べたもので、患者からの主観的な情報、検査所見などの客観的な情報、情報に基づいた評価、今後の診療計画を順に並べるカルテ記載方法のことです
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