DX投資の費用対効果 【これからの医療とDX #8】
「DXに投資して本当に儲かるのか?」
「システムにお金がかかるだけで利益にならないのではないか?」
実際に、病院の理事長・院長から筆者が受けたご質問です。「DX投資は利益につながります」と回答し、理由を説明しました。
本稿では、このときの回答内容を基に「DX投資の費用対効果」についてお伝えします。
DXは人手不足問題の処方せん
DX投資が利益になる理由は「採用コストや人件費が上昇した一方、業務効率化・生産性向上のためのシステムは安価に導入できるようになったから」です。
医療機関で採用に関わっている人であれば、採用の難しさを肌で感じているのではないでしょうか。医療職の採用市場はここ20年で大きく変化しました。20年前の医師の多くは、大学医局に属し医局人事で異動し、関連病院はそこから医師を採用していました。
しかし今では、自分に合った環境を求めて就職活動をしたり、ライフワークバランスを求めて転職したり、医療機関以外で働くことを選んだりするなど、キャリアに対する価値観も変化してきています。これは、医師だけでなく、看護師やその他の専門職も同様です。
地域包括ケアシステムの推進を背景に、働く場も多様化しています。介護施設、訪問看護ステーション、在宅診療所など、在宅の現場で働く医師・看護師も増加しています。とくに、看護師では大手訪問看護ステーションを中心に給与水準が上昇してきており、今後の看護師採用市場全体に影響してくるものと思われます。
医療職だけでなく、事務職も採用しにくいことは変わりません。2022年3月卒業予定の大学生に対する有効求人倍率は1.5倍とコロナ禍であっても高止まりの状況です。
加えて、日本は人口減少の時代にすでに突入しています。労働人口は2017年の6720万人から、2030年には404万人(-6.0%)減の6316万人となります(※1)。この減少幅には地域差があり、例えば、秋田で-21.2%、新潟で-11.5%、兵庫で-6.7%となります。現時点でも厳しい採用環境が、今後ますます採用は厳しくなっていくことが予想されます。
このような状況から、人材確保に関するコスト、とくに採用コストは大きくなっていくことは確実です。
一方で、生産性向上のためのシステムは以前に比べて導入コストが大きく下がりました。20年前は、システム導入するには数千万円〜数億円の初期投資が必要でした。現在は、クラウドコンピューティングの技術や月額課金型のビジネスモデルなどの発展により、医療機関でも活用できるSaaS(Software as a Service)が増えています。
SaaSとは「必要な機能を必要な分だけサービスとして利用できるようにしたソフトウェアもしくはその提供形態のこと(※2)」です。これにより、導入コストを抑えながらも、最先端のデジタルサービスを享受できるようになりました。
したがって、システムをうまく活用して職員一人あたりの労働生産性を高めていくことで、必要人員を少なくすることは、人手不足問題解決のための第一選択といえます。
費用対効果の測定方法
次に、DX投資の費用対効果をどのように計算するかを解説します。今回は採用管理システムの導入を例として、費用対効果について考えてみましょう。
職員500人の病院で、採用管理システムを導入するケースを例にシミュレーションします。従来、採用は各部署に任されており、これを総務課の採用担当者2名が人材紹介エージェントや候補者とのやりとりをサポートしていました。採用担当者が求人サイトや自院の採用サイトに募集要項を掲載し、複数の人材紹介会社に登録して採用をしてきました。
選考は2回の面接で行い、1回目が部署ごと、2回目は院長や部長によるものです。採用データは種別ごとにExcelで管理されており、部署ごとにアクセス制限された共有フォルダに保存されていました。
今のままでも採用業務が成立しないというわけではありませんが、採用担当者にとっては各部署の採用要件の整理や、求人サイトやエージェントへの対応、情報が分散していることによる非効率な運用が大きな負担となっています。繁忙期にはかなりの残業をしなければならない状況で、候補者対応の遅れなども時々発生していました。
導入を検討している採用管理システムは、クラウド型のサービスで各求人情報や候補者情報、面接の日程調整などが一元管理できます。それらのデータから自動解析で採用状況が一覧できるようになっています。
では、このシステムの費用対効果の見積もってみましょう。まずは現状把握と、業務の時間短縮の設計が必要です。
採用管理システム導入前に、採用業務に関わる職員をリストアップし、各人が1ヶ月間でどのくらい採用業務に費やしていたかを記録します。本例では、採用担当者2名と、看護部や医事課など12部署の関係者20名が対象となります。現状把握のタイムスタディに加えて、現状の採用フローを確認します。
この調査によって、募集要項作成や求人公開、採用面接などの各プロセスで誰がどのくらいの時間をつかっているかが明らかになります。
次に、新しいシステムを導入した後に、業務フローがどう変わるのか、それによって職員が費やす時間がどのくらい減るのかを見積もります。
例えば、これまでは採用面接のために候補者情報を総務課でまとめていましたが、新システムを導入すればその作業はなくなります。求人情報の変更が必要な場合も媒体ごとにログインと修正を繰り返さなければいけませんでしたが、採用管理システム側で管理できるようになれば業務時間が大幅に削減されます。
一方、採用管理システム導入時には各関係者が使い方を学び、慣れるための時間が余計にかかります。これも計算して削減時間から差し引いて、合計の削減時間が算出されます。
こうして見積もられた「合計の削減時間」に時給をかけたものが「新システム導入による費用対効果」です。
費用対効果をプラスにするには
一つ確認していただきたい点は、新システムを導入するだけでは費用対効果はプラスにならないことです。上記の例でも挙げたとおり、導入前に現状把握と、時間短縮につながる業務フローの設計を行うことが必要です。
目標を明確にすることで効果を定義でき、効果を定義することで投資の判断や成否の検証ができるようになるのです。
費用対効果以外の効果
このように、DX投資が利益につながり得ることは費用対効果の計算で確認できます。(※3) 見積もりと同様に、導入後に削減時間の検証を行うことで、導入前の見積もりがどの程度正確だったかをみることができます。投資の際にこのような見積もりプロセスを繰り返していけば、見積もりの精度を向上させていくことも可能です。
「優秀な人材がなかなかいない」との声も聞きます。もし「自律的に考えられる」「労働生産性が高い」などを”優秀”と言っているとしたら、優秀な人材はデジタルを駆使して生産性の高められる環境を求めます。
そして、それは優秀な人だけでなく、成長したい人やより良い取り組みを進めたい人にとっても同様です。つまり、採用やモチベーションの観点でもDX投資は副次的な効果を得るでしょう。
今回は、DX投資の費用対効果について解説しました。何事も「ただ入れるだけ」では成果が上がりません。費用対効果を設計して、有意義なDX投資にしていただければと思います。
次回は、「組織の規模とDX」についてお伝えします。
※1 数値は労働政策研究・研修機構の「2019年度労働力受給の推計(2020年3月公表)」に基づきます。原資料では「成長実現シナリオ」と「ゼロ成長シナリオ」の2つの数値を算出していますが、本稿では2つの数値の平均値を「慎重シナリオ」の代用として用いています。
※2 Wikipediaより引用
※3 今回は単純化のため、時間価値の概念を省略した計算方法としています。
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