診療所のDX・解説編 【これからの医療とDX #7】
「これからの医療とDX」をテーマに事例と方法論をお伝えするこのシリーズ、7回目となる今回は、前回に引き続き「診療所のDX」についてお伝えします。
前回の実践編では、おうちの診療所目黒で導入している具体的なツールとその活用方法を紹介しました。本稿では、解説編として、各ツール活用の背景となる目的や考え方を診療所の経営方針とからめてお伝えします。
おうちの診療所目黒では、以下の取り組みを実践しました。(詳細はシリーズ第6回参照)
これらは、以下のことを目的に取り組んできた結果の一部です。
なぜ、これらの目的を達成するために、これらの施策を打ったのか、順に説明します。
1)スタッフを楽にする(余裕をつくる)
医療機関は、労働集約型産業です。人がいなければ患者に診療を提供することができません。「人材こそすべてである」と言っても過言ではないでしょう。とくに、この10年間で業務の密度が増し、現場の業務負担は増加の一途をたどっているように思います。大事な人材であるスタッフの業務負担を軽減するために、おうちの診療所目黒ではITツールを積極的に活用することにしました。コンピュータがITツールを動かし仕事をする分だけ、スタッフの業務負担が減って楽になります。そして、コンピュータの特長は、指示通りに遂行できることと、何時間でも疲れることなく働けることです。
例えば、何度も繰り返しているテキストや数字の入力やその集計作業は、人間よりもコンピュータのほうが得意です。具体的には、カルテ入力、処方オーダー、検査オーダー、病名登録、算定項目登録など、いずれの作業にも ”繰り返し” が含まれています。電子カルテの定型文機能や処方セット機能などは、繰り返し作業を時間短縮してくれます。
また、情報を探す手間を減らすために、情報を一元管理して参照しやすくすることも有効です。5S運動などに代表される「患者情報や資料を整理整頓し、情報とモノを見つけやすくして業務効率化をはかること」は、すでに多くの病院で取り組まれていることと思います。それも重要なことではありますが、もう一歩踏み込んで「情報を入手する時間」自体を削減する取り組みが「情報の一元管理」です。これにより「情報を探す」という作業に費やす時間を大幅に短縮し、より大きく生産性を向上させます。
例えば、おうちの診療所目黒では、連携先の情報をクラウド上の「電話帳」に保存し、院内の誰でもすぐに閲覧できるように整備しています。これにより、連携先の電話番号を探す手間だけでなく、病院の代表電話番号から交換でつないでもらう待ち時間や、緊急時に連絡がとれなくなるリスクも減らすことができました。
2)チームでカバーできるようにする
業務量を減らす努力とは別に、チームでカバーし合える体制づくりも重要です。業務量を減らしたとしても、一人だけで業務を行っていると、見落としや確認漏れが発生する可能性をゼロにすることはできません。ミスが発生すると、業務の手戻りや、影響を与えてしまった関係各所への連絡などの追加業務が発生してしまいます。余計な手間がかかるだけでなく、スタッフにも「失敗してしまった」「怒られてしまった」など、本来必要でない精神的な負担をかけることになります。
そこで、自分の仕事の進捗や実施状況が常に複数人が見える状態になっていれば、お互いにカバーし合うことができると考えました。
おうちの診療所目黒では、「お互いにカバーし合う」ために、Slack上に疑義照会や電話の問い合わせ内容を共有しています。これにより、たとえ担当者が回答し忘れたとしても他のスタッフが見つけてリマインドしてくれるようになっています。
3)診療を良くする
医師・看護師に限らず、医療機関には「患者さんのために貢献したい」という気持ちを持っている職員が多くいます。しかし、「診療を良くする」のは ”言うは易く行うは難し” です。実践が難しい最大の理由は「人の数だけ ”医療の質” がある」ということだと思います。
そこで、おうちの診療所目黒では、開業前から議論し、自院にとっての「在宅医療の質」を定義しました。8つの指標をモデル化したのが下図で「QI-8(キューアイエイト)」と呼んでいます。
QI-8は『幅広く受け入れられる体制をつくり、転倒や誤嚥などの急変・増悪を予防しながら、必要な緊急対応・必要な救急搬送を速やかに実施し、患者さんが望むかぎり在宅での療養・看取りを全力で支援していく』ことを目指すための指標であり、行動指針です。※1
QI-8の各指標は上げればいい、下げればいいという単純なものではありません。例えば、軽症の患者ばかりを受ければ、急変や転倒などのイベント数も、緊急往診率も下げることができてしまいます。しかし、目指す在宅医療は「重症例や複雑な背景を受け入れながらも、イベントを予防し、無用な緊急往診を減らしていく」というものです。各指標のモニタリングとともに、院内カンファレンスでどうすれば急変を回避できたか、救急搬送の判断は適切だったか等について振り返りをおこなうことで、診療の改善に活用しています。
これら ”医療の質指標” は、全スタッフが意識してほしいものである一方で、データ入力には現場スタッフの協力が不可欠であり、前述の「スタッフを楽にする」という目的に反してしまいます。
そこで、「できるだけ簡単かつスピーディーに入力できる仕組み」を目指して、集計業務全体を設計しました。その結果、Slackやスプレッドシートを用いること、通常業務の中にデータ入力作業を無理なく組み込むことができています。現在も継続的にデータ収集をおこなえており、スタッフ全員で指標を確認し、医療の質向上を目指しています。
4)人が替わってもできるようにする
妊娠・出産や健康問題、家庭の事情など、スタッフがいろんな理由で休んだり、辞めることになったりすることはある程度しかたがありません。しかし、誰かがいない状況になっても業務を遂行できるようにしておくことは医療機関を経営する者の責務です。
おうちの診療所目黒では、特定の人に業務を依存しないような業務運営を意識しており、この仕組みづくりにもデジタルを活用しています。
例えば、クラウドに院内マニュアルを作成し、簡単に検索・閲覧できるようにしています。手順や操作方法をマニュアル化する取り組みはよく知られた手法だと思います。それを「クラウドのウェブページ」に移すことで、いつでも誰でも参照できるようになります。とくに在宅医療では、患者宅と車中にいることがほとんどですので、どこからでも見ることができる点もクラウド化した理由です。最近は、文書だけでなく、ガイダンス動画も増えてきています。
また、在宅医療特有の「訪問ルート調整」という業務も属人化しやすい仕事でした。在宅医療では緊急対応に伴って訪問ルートの調整が必要になることがあります。このルート管理を、以前は土地勘のある人に依存し膨大な時間がかかっていましたが、訪問スケジュール管理ソフトを導入したことで誰でもルート調整を検討できるようになりました。
5)長く続けられるようにする
「理想の医療・理想の組織」を実現するには、その実践を長く続けられるようにすることが必要です。繰り返しになりますが、医療は「人こそがすべて」です。たとえ理想を掲げて開業したとしても、一緒に走ってくれるスタッフがいなければ進めることはできません。
1)〜 4)の取り組みは、スタッフの時間をつくり、チームをつくり、目指す医療の形を再確認し、組織として成長するための現実的なアクションです。その積み重ねが理想に近づくための道であり、長く続けていくためのコツでもあります。
自身の技術を研鑽するためにも、患者のために知恵を絞るためにも、疲れたときに休息をとるためにも、スタッフの時間が必要になります。その時間をつくるために、業務の見直しとその再構成が必要であり、その実現手段としてDXが有効であると実感しています。
2回にわたって、おうちの診療所目黒でのDX事例をご紹介しました。診療所としての歴史も、DXへの取り組みもまだ始まったばかりではありますが、少しでもご参考になりましたら幸いです。
次回は、「DX投資の費用対効果」についてお伝えします。
※1 QI-8は本文中で示した意味合いの他に、「在宅医療の適応を考慮し、病態や社会的背景が複雑な症例でもより適切に診られるように組織的な研鑽を継続していく」という意味も内包しています。
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