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医師の労働問題ーはじめに
1 はじめに
昨年から今年にかけて、高校・大学時代の医師の同級生からの相談に始まり、医師から労働問題の相談を多く受けました。それをきっかけに医師の労働問題に関心を持ち、医師の労働環境改善に取り組んでいる若手医師から話を聞いたり、医師の労働実態に関する講演等を聞いたりする機会を持つようになりました。
医師業界は特有の労働問題を抱えています。診療科によって違いがありますが、概して、使命感が強い医師、仕事・残業等について特有の考えの風土がある病院、慢性的に人手不足等の要素が重なると残業問題などの労働問題も発生しやすいようです。
知的レベルの高い医師なら自身の問題を認識しているのでは?と思いますが、意外とそうではありません。弁護士業界もそうですが、自分のことはおざなりにしてしまう傾向があります。「医師とはそういうもの」と受け止めている医師が多いのではないでしょうか。
過酷な労働環境下にいる医師が存在しているのも事実です。異常ともいうべき労働を強いられる医師、過労死に至ってしまう医師、自殺まで至った医師がいることはニュース等でも記憶に新しいかと思います。
2024年から医師の働き方改革が始まり、社会的問題意識は生まれていますが、実務のレベルでは、病院側でも適切に対応できていない事例も多く、まだ多くの問題が解決されていません。
こうした問題意識から、医師の労働問題、特に残業問題の法的知識についてある程度まとまった記事があっても良いのではないかとnote記事で書こうと考えた次第です。今回は初回ですので総論程度の話ですが、今後、医師の労働問題に関わるテーマ・論点等について、医師側・病院側の観点から掘り下げて書いていきたいと考えています。
2 典型的な誤解や事例
(1)医師は労働者?
当然のことですが、勤務医は労働法上、労働者として取り扱われます。したがって、労働者に該当するのであれば、労働法上の保護を受けられます。
しかし、研修医は労働者といえるのか、役職付きの医師は管理職(管理監督者)として残業代が出ないのではないか、副業や兼業として非常勤で勤務している場合でも労働者といえるのか等、判断が難しい事例があります。
過去の判例・裁判例等により判断が下されていますが、即断できるものではなく、個別的検討が必要な事例もあり、慎重な判断が求められます。また、上記例のような事例では病院側にも誤解があることが多く、医師側・病院側で意見が対立する場面も見られます。
(2)年俸制だから残業代は出ない?
医師の給与体系の一つとして年俸制があります。事前に定められた年俸に基づき、毎月一定額が支払われるというものです。医師の年俸は高額になることも多いため、病院側は、年俸に残業代も含まれると主張することもあります。一方、医師側としても、年俸には残業代を含めて支払われているという認識でいることが多くあります。
こういった問題は、就業規則の規定内容の不明確さ、個別の労働契約書における固定残業代の取扱の不明確さ等、病院・医師間の労働契約の不明確さに由来することが多いのですが、結論として言えば、合意の内容が曖昧であれば残業代が発生される見込みが高くなります。
病院側の対策としては給与に関する労働契約は明確化すべきという話になりますし、医師側としては、名称を問わず年俸といった名目で残業代が支払われていないのであれば残業代を請求する余地が生まれます。
(3)オンコール待機は労働時間に含まれない?
オンコール待機とは所定の労働時間外に自宅等で待機し、病院から呼び出しがあった場合には診療に対応する勤務形態のことを指します。
オンコール待機の時間については、呼び出しの頻度、どの程度迅速に病院に到着することが義務付けられているか、オンコール待機中の活動がどの程度制限されているかといった要素により、労働時間に該当するかどうかが個別具体的に判断されます。実際、裁判例の判断も分かれており、過去の裁判例等に照らして個別的な判断が必要とされます。
(4)研鑽の時間は労働時間に含まれない?
医学は日進月歩するものであり、それに伴い医師には自己研鑽が求められます。自己研鑽といっても、新たな診療ガイドライン・新たな治療法を学習すること、学会・勉強会等への参加、手術・措置の見学等、様々な種類があります。
自己研鑽は医師が高度の専門性を保つためには不可欠なものですが、これらの研鑽が労働時間に含まれるのかについては、裁判例においても統一的な考えが示されておらず、個別具体的な検討が必要となります。
(5)医師の働き方改革との関係は?
医師の長時間労働を是正するため、2024年4月から医師の時間外労働の上限規制が本格的に導入されました。一般の企業と同様、月45時間・年360時間を基本ラインとしつつ、医療現場の特殊性を考慮して一定の特例(年960時間や最大1,860時間まで認められる場合など)を設けるものの、従来の「青天井」状態からは大きく変わる点が特徴です。この規制導入に伴い、医療機関は医師の勤務実態をより正確に把握し、シフト管理や業務効率化を図る必要が出てきます。
ところが、現場では慢性的な人手不足や緊急対応の多さが相まって、上限規制をクリアするための具体策が十分に進んでいない病院も少なくなく、対処不足に伴う労働問題が今後出てくることが予測されます。
3 今後
以上で述べた点は、典型的な論点の例ですが、今後、上記の論点にとどまらず、医師の労働問題に関わる論点を掘り下げて論じていきたいと考えています。もし、取り扱ってほしいテーマなどございましたら、ご連絡いただけましたら幸いです。