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2hourトリップ:自由が丘『金田』
私は以前、自由が丘から一駅の奥沢に6年程住んでいた。自由が丘からも田園調布からも近く高級住宅街であることは間違いないのだけれど、駅前には八百屋さんがあったり、お豆腐屋さんがあったり、割と庶民的で生活しやすく、穏やかな時間の流れる奥沢が大好きだった。そして、徒歩圏内だった自由が丘は今も大好きな街。好きなお店も沢山あり、今もよく逃避行トリップする街。
逃避行トリップを決行する場合、理想は平日。土日は夫と過ごすことが多く、ひとりになる時間が作りづらい。金曜夕方の打ち合わせがなくなった。現状のタスクはなし、というか来週でも間に合うかな。なんて時は電車に飛び乗る。
自由が丘の駅に着くと、私は一切の迷いなく歩き出す。オシャレで華やいだイメージの自由が丘とは違う、呑んべい達が愛する一角へ向かう。このエリアには私も大好きなうなぎ串を楽しめる『ほさかや』もある。でも逃避行トリップの時は『金田』と決めている。
この店は創業1936年。酒学校とも呼ばれる有名なお店。引き戸を開けて中に入る。ふたつのコの字カウンターが並び、壁には品書きの木札がずらり何十枚と掲げられている。そして客は静かに酒を飲んでいる。以前、私は何も知らずに友人と話をしたまま店に入ると「少し静かな声でお話しください」と注意をされた。友達と飲むには、適切な店ではないかもしれないが、だからこそ、ひとりで飲むには最高の店だ。
まずは瓶ビール。手酌でグラスにビールを注ぐ。そしてビールを口に運ぶ。「うまい」声にできない声が私の中に響く。私はなぜひとりで飲むことが好きなのだろう。好きと言うか定期的にひとりで酒場に来ないと調子が悪い。誰かと浴びるように酒を飲んで盛りあがって、カラオケに行って発散できたらいいのだが、その方法だと私は私の問題を解決できない。私がひとりでカウンターでお酒を飲む時は、自分自身とおしゃべりをしている。なぜこんなに心がモヤモヤするのか、何に悩んでいるのか、これからどうしていきたいのか。アルコールのせいでふわふわした、ちょっとの甘えなら許されそうな状況で私は私と対話する。
頼んでいたゴマ豆腐とぬたが目の前に置かれる。美しい。どの料理も料亭レベル。丁寧に作られた味が私を元気にする。私は料理に合わせて飲むお酒を決める。店員さんが目の前を通ったタイミングで「お酒常温でください」。
私は手酌が好きだ。自分の飲む量もペースも自分で決めたい。徳利からおちょこにお酒を注ぐ。ぬたを口にふくみ、ゆっくりとお酒で流し込む。最高のマリアージュ。追加で頼んでいたふわふわの海老しんじょうも日本酒と相性抜群。
丁寧に想いを持って作られた食べ物、守り続けられてきた空間。そのせいなのかこの店にくると私の心は軽くなる。人生はやっぱりハードだけれど、こういう逃げ場があるから、もう少し頑張れる。