試練を乗り越え、その先へ。MF山口大輝②【Voice】
攻守のリンクマンとしてチームを支えるMF山口大輝選手。数々の苦難を乗り越え、ハワスタのピッチに立ち続ける今季。入団以来最高のパフォーマンスを見せる山口選手の今の声をお届けします。
■いいコンディションがいいパフォーマンスを生む
「今年はあまりケガをせずにシーズンを送れています。もともとボールに触ってリズムを作るタイプなので、シーズンを通じてボールに触れている分、プレー感覚がすごくいい。ずっとサッカーをし続けられていることで、いい状態を維持できています」
2020年に入団以来、中心選手の一人として幾度となく印象的なプレーを見せ、大事な局面でゴールを決めてきたMF山口大輝選手。ただしその反面、負傷がちな印象がぬぐえませんでした。
今季は第34節終了時点で、リーグ戦29試合に出場して5ゴール。序盤戦の負傷と累積警告による欠場以外、ほとんどの試合に先発出場しています。本人も自負するように、今年が入団以来最高のシーズンであることに疑いの余地はありません。ではなぜ、今季は負傷が少ないのでしょう。
「なぜですかね…きっと運です。マジでラッキーです(笑)。これまでのケガの原因はすべて接触プレー。今季序盤の一度だけのケガも接触が原因でしたが、その1回だけで済んでいます。
今年、特別にコンディション管理の仕方を変えたわけではないので、理由ははっきりとはわかりません。ただ、ケガが少なくいいコンディションでプレーできているからこそ、怖がらずにフィジカルコンタクトに行けて、それがいいプレーにつながっている。そのサイクルが今季のいい流れを生んでいることは間違いありません」
試合を通じて攻守でボールに絡むリンクマン。今季チームが採用した可変システムにおいて、山口選手の役割は重要です。攻撃時の3-1-4-2では西川潤選手とコンビを組み、ウイングバックとも連携。積極的に前線にスプリントしていきます。そして守備になればすぐさま中盤に戻り、ボランチとしてMF柴田壮介選手や下田栄祐選手、山下優人選手とともにボール奪取を狙います。
高いスプリント能力を持ち、ハードなコンタクトも苦にせず、中盤や前線のどのポジションでもこなせる高いスキルを持つ。そんな山口選手だからこその役割といえるでしょう。
「昨年は4-1-4-1や4-3-3に加えて3バックも併用するなど、いろいろな立ち位置で戦いました。でも今年はほぼ3バックで一貫しており、迷いなくプレーできています。
今季の戦い方は各々が個人技を生かしやすいです。今のポジションはウイングバックと絡んで裏に抜けたり、多彩なプレーを仕掛けられる。学生時代からトップ下でやっていたこともあり、今の戦い方はとてもしっくり来ます」
入団5年目。若い選手が多いいわきFCの中で、今年27歳になる山口選手はベテランに近い存在です。入団当初は細かったものの、時間をかけてコツコツと身体を作り、もともとの高いスキルに肉体の強さを上乗せしてきました。それにより、チームがカテゴリーを上げる中でも、過酷な競争に生き残り続けています。
ただし、ここまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。
■突如訪れた、先の見えぬ日々
山口選手へのインタビューは今回2度目になります。前回は2020年の入団1年目。流通経済大からJFL1年目のいわきFCに入団。すぐさまチームに欠かせない存在に上り詰めた山口選手のそれまでのキャリア、そして未来への思いをうかがいました。
入団1年目のJFLはコロナ禍の影響で短縮シーズンでした。チームは無念の7位。2016年に現体制となって以来、初めて大きくつまづいた1年でした。
そんな中でも、山口選手は開幕からボランチとシャドーの二つのポジションでリーグ戦15試合に先発出場。山下優人選手とダブルボランチを組み、時には2シャドーの一角に入るなど優れたポリバレント性を示し、1年目から大黒柱の活躍を見せました。
「でも今だから言えるのですが、この年は半分の短縮シーズンだから乗り切れたと思います。1年間フルに戦い抜くフィジカルが備わっていなかったので、もしもフルシーズンだったら、きっとどこかで大きなケガをしていたはずです」
入団1年目の自分を振り返り、そう語ります。それでも優れたパフォーマンスで高い評価を得た山口選手を、チームは2021年のキャプテンに指名。自身もJFL優勝に向け気持ちを新たにしました。
この時、誰もが山口選手の順調なステップアップと輝かしい未来を予想していたことでしょう。しかし結果的に、それを自ら裏切ってしまいます。
2021年は負傷を引きずってコンディションが整わず、シーズン序盤から欠場が続きました。その間、チームは2年目のJFLで勝ち星を重ね、首位を独走。優勝そしてJ3参入が視野に入り始めます。
迎えた9月の強豪Honda FC戦。「JFLの門番」をホームに迎えたこのゲームで、山口選手はついにベンチ入り。後半に約半年ぶりの出場を果たします。
試合には敗れましたが、田村監督を始め多くの人が山口選手に「JFL制覇の切り札」として期待を寄せました。しかし、待ち受けていたのは厳しい試練でした。Honda FC戦直後のトレーニングマッチで左膝前十字靭帯を損傷。全治半年以上の大ケガを負ってしまったのです。
「この年は本当にいいことがなく、まさに厄年。トレーニングマッチでヒラ君(FW平岡将豪:現・栃木シティFC)の落としをダイレクトで打とうとしたら、軸足の膝にもろに相手選手のタックルを受け、立てなくなってしまったんです。
あの時は『マジか…』と落ち込みましたね。負傷からひと月後に手術を受けましたが、術後が本当につらかった。あまりにも痛すぎて、病室でひたすら苦しんでいたのを思い出します。
ケガしてすぐのころはサッカーができる気にまったくなれず、本当に治るのか疑心暗鬼。膝を治してサッカーを続けていくビジョンも、まったく描けませんでした」
チームが首位を走る中、突如訪れた先の見えぬ日々。それでも回復に努め、地道なリハビリを重ねていきました。その間にチームはJFLを制覇し、Jリーグ参入が決定。そこに何の貢献もできなかった山口選手の心には、悔しい思いがひたすら募っていきました。
「振り返ると今までのサッカー生活の中で、自分はさほど苦労してこなかった。このケガはそんな自分を見つめ直す、大きなきっかけになりました。
試合のメンバー外になり、スタンドで試合を見ている選手達の悔しさを身をもって知れましたし、彼らがいるからチームが成り立っていることも実感した。試合に出られない悔しさを決して忘れず、自覚をもってチームのために戦っていこうと思いました」
■J2は少しでも隙を見せればやられる。でも、自分のプレーは十分通用する
J3に参入した2022年。チームは序盤から勝ち星を積み上げていきます。そんな中、6月4日のJ3第11節・Y.S.C.C横浜戦で、山口選手はついにベンチ入り。試合はMF岩渕弘人選手(現・ファジアーノ岡山)のハットトリックなどで、いわきが大量リード。そんな状況で後半、山口選手は9カ月ぶりの公式戦復帰とJリーグ初出場を果たします。
「やっとすべてのトレーニングに参加できたのが、試合の2週間前。復帰前にトレーニングマッチをしておらず、ぶっつけ本番の復帰でした。6対0で勝っている状況の交代出場でしたが、久しぶりすぎて緊張し、夢中でほぼ何も覚えていません。めちゃくちゃキツかった記憶しかないです。決して万全のコンディションではなかったけれど、Jリーグのピッチに立つという夢がかない、本当にうれしかったですね」
前十字靭帯損傷は再発しやすい負傷のため、チームは慎重にプレー時間を管理。山口選手はその後も交代出場で徐々にパフォーマンスを上げていきます。
復帰3試合目の第13節・ギラヴァンツ北九州戦で2アシスト。そして第14節・松本山雅FC戦でついに先発復帰し、第17節・アスルクラロ沼津戦でJリーグ初ゴール。そして11月6日の第32節・鹿児島ユナイテッドFC戦でもゴールを挙げ、勝利とチームのJ3制覇に貢献。2022年はJ3で22試合出場。うち14試合に先発してし3ゴール3アシストという結果で終了しました。
中心選手としてフル稼働を期待された2023年。山口選手はまたしても、ケガに悩まされるシーズンを送ることになります。
「まず開幕前に新型コロナにかかって、出遅れてしまったんです。キャンプも別メニューで調整が遅れ、開幕節の藤枝MYFC戦には出られませんでした」
翌第2節の水戸ホーリーホック戦から復帰するも、第5節の徳島ヴォルティス戦で古傷とは逆の膝を負傷。約2カ月の離脱を強いられてしまいました。その後5月に復帰するも、6月に再び同じ個所を負傷。約1か月半の離脱となってしまいます。その間、チームは5連敗を喫するなど低迷。J2の大きな壁にぶち当たり、降格のピンチに陥ってしまいました。
その後、田村雄三監督の再就任を経て迎えた7月22日の第27節・大分トリニータ戦で、山口選手は復帰を果たします。岩渕弘人選手(現ファジアーノ岡山)とインサイドハーフのコンビを組み、上々のパフォーマンスを見せるとともに、チームの状況も上向いていきます。そして、最終節の藤枝MYFCでは2ゴールを挙げる活躍を見せ、シーズンを締めくくりました。
2023年は26試合出場で4ゴール。チームのJ2残留にも貢献できました。ただし降格争いに巻き込まれ、出場時間を今一つ伸ばせなかったこの年は、決して充実したシーズンとはいえませんでした。
「J2は特に前の選手の個の能力が高く、決定力がすごい。少しでも隙を見せればやられてしまうことを、痛いほど思い知らされました。でもその反面、ボールを受け、相手をはがすといった普段のプレーは十分通用するとも思いました」
さらなるフィジカルの向上と、ケガをしないこと。2024年シーズン開幕に当たり、山口選手の課題は明確でした。
■チームを勝たせるゴールを
今季はシーズン序盤の負傷や累積警告による欠場はありましたが、ほとんどの試合に先発出場し、完全にチームの中心となっています。今年ケガが少ないのは、筋トレの仕方が少し変わったことも大きな要因かもしれません。
「昨年までは重さを攻めるウエイトトレーニングをやっていましたが、今年は友岡和彦S&Cコーチがいらっしゃって、よりサッカーの試合時の動作に近い動きのトレーニングの割合が増えました。
もちろん今まで通りパワーをつけて身体を大きくするメニューもやりますが、今のトレーニングは自分に合っている。今までは筋トレが直接的にプレーに影響するかどうか、自分ではわからなかったのですが、こういった動作系のトレーニングはすごくいいです。
それと、走る量が増えたこともありますね。秋本真吾スプリントコーチのトレーニングが今年本当にキツいんです。特に夏は昨年より暑かった分、倍ぐらい疲れました(笑)。でもそれだけハードな分、試合がぜんぜん苦にならない。試合の方が楽とまでは言わないけれど、走る量が増えたことが確実にゲームに生きている。その証拠に、今年まだ試合で足をつっていません」
ただし今の好調ぶりは、ただ単に「今年のトレーニング内容が充実しているから」ではないはずです。JFL時代の2020に入団して以来、山口選手はコツコツとトレーニングを重ね、細かった身体をたくましく成長させてきました。今のパフォーマンスがあるのは、1年目から地道に体づくりを積み重ねてきた成果。入団5年目の今年、これまで築いた土台の上に今の科学的トレーニングを重ねたことで、一人のアスリートとして、そしていわきFCの選手として完成形に近づきつつあるのは間違いありません。
今季はリーグ戦で5点、ルヴァン杯で1点を記録。本人が「今季で一番好きなゴール」と語るのが、4月3日の第8節・藤枝MYFC戦の2ゴール目です。全員が連動し、躍動する2024年のいわきFCのプレースタイルを象徴するような、ダイナミックなゴールでした。
「リオ(DF大森理生)からタロー(FW有馬幸太郎)にいい縦パスが入り、タローが頑張ってくれたのが大きかった。自分はボランチのポジションから一気に前に出てボールを受け、MF西川潤とのワンツーで崩し、最後はGKとの1対1を決めました。
開幕時からシステムが少し変わって、守備時にボランチに入るようになったころの試合でした。いいゲームでしたし、2ゴールを記録できてよかったです。藤枝は昨年の最終戦でも2ゴールを挙げていて、なぜか相性のいいチーム。だから第34節のアウェーでの対戦も楽しみだったのですが、累積警告で出場停止になってしまい残念でした」
今シーズンもいよいよ残り3試合。ホームゲームはあと2試合となりました。
「昨シーズン戦ってJ2の環境やプレースピードには慣れ、今年は伸び伸びとプレーできています。あとは結果さえついてくれば、という気持ちです。今年のJ2も終盤に入りましたが、さらにフィジカルを向上させ、ムダなケガをせず、チームを勝たせるゴールを挙げたい。ここからの試合で、まだまだ成長を示したい。
もちろん、目指すのは上です。やはりJ1でプレーしたいし、いわきFCで上に行ければベスト。試合にコンスタントに出て自分の価値を高め続けていければ、チームも自分もおのずと上に行けると信じています。ぜひ期待してください」
次回は頼れる守護神・GK立川小太郎選手の登場です。お楽しみに!