【FM店主日記Day71】からいとつらいは同じ文字だとミャンマー屋さんの彼女に伝えたい
発作のように辛いものが食べたくなる時がある。おそらく半年に一度くらいの周期でこの発作的な欲望はやって来る。
発作的なものなのでそれは突然やって来る。前日の予告もなければ、5分前の告知もない。信号待ちでリズムをとっている時だったり、コーヒーのおかわりを注いだ時だったり、雨上がりの秋空を見上げて歩きながら橋を渡っている時だったり、店の床についたシミをスポンジで擦っている時だったり、そのタイミングはさまざまだがそれは時折、忘れた頃に、しかしながら確実に、ちょうどそれは夏の終わりを決定づける長雨や台風のように。
今日の午前中にそれはやってきた。やる気のない気だるい一日の始まりだった。布団の中で寝返りを繰り返しながら、自分の心が感じている欲望、あるいは発しているぼんやりとしたメッセージがなんなのかを突き止めようと五感を精一杯に鋭く尖らせて、神からのお告げを待つ信者のように目を瞑って自らの魂が欲しているものが何かを感じようとしていた。
それは、汗だ。滝のように流れる汗の感触だ。顔中から吹き出し、額を濡らし、タオルがぐしょ濡れになってしまうほどの、どうしようもない、しかし、爽快感を伴う汗だ。
たとえば、ジョギングなどをした時のそれをオレの躰は欲しているのか?
いいや、違う。今日のオレが欲しているのは、いわゆるエクササイズのようなアクティブな発汗ではない。内部からマグマのように噴き上がる熱と共に溢れ出す汗だ。グツグツと地獄絵図のように煮えたぎる唐辛子の赤に染められたスープを口に含み、体をよじらせては悶え苦しみながらその痛みにも似たセンセーションに身を任せるその瞬間をオレの躰は求めていた。そうか、わかったぞ。オレは辛いものが食べたいのだ。例の定期的な発作が起きているのだ。
ではどんな辛いものが食べたいのか?それは、韓国系の辛いなのか、メキシコ系の辛いなのか、はたまたそれはタイ系の辛さなのか。何が食べたいのかをより具現化するため、オレは素早くオレの頭の中にある辛いもの図鑑をクイックスキャンし、それらを口に運び悶え苦しむ自分の姿を想像し、想像するだけで繊細極まりない我が毛穴はすぐさま開放され、まだ何も食べていないにも関わらず軽く汗ばみ始めた。こうなってしまうともう誰にも止められない。クイックスキャンの結果、オレが今日食べたい辛いものは焼きそばであり、願わくば香港の食堂に置いてあるようなチリオイルを大量にドバドバとかけ、それをフヒフヒ言いながら、汗をタオルやティシュなどで拭きながら、その焼きそばを食べたい、ということが明らかになった。
オレはすぐに服装を整え、近所のドラッグストアへと足を運んだ。焼きそばのそばとカット野菜と豚肉を買い、焼きそばの部分に必要な具材はあらかた揃った。しかし、ここで大きな問題に直面したのだ。ここは何の変哲もない日本のドラッグストア、辛いもののセレクションは限りなく限定的である。辛いものといってもせいぜいたべるラー油だとか、キムチ程度の初心者向けの辛いものしかここでは調達できやしない。辛いものを本気で欲している今のオレにとってこんなものは雑魚だ。虫ケラだ。こんなものでオレを満たせると思うなよ。
ここではとてもオレの煮えたぎった、本能を丸出しにした激しい欲望を満たすことはできない。そう悟ったおれは焼きそばの具材の部分だけをとりあえず購入し、一度帰路についた。荷物を置きつつ、次の作戦を練るためだ。
ここいわきにおいて、辛いものを調達できる店は限られている。近所のネパール屋さんには信じられないほどに辛い赤唐辛子のピクルスが売られていて、それは一口食べるだけで気絶するのではないかと思うほどの代物であり、それはいかに言ってもリピートするには危険すぎる。他にある選択肢としては、フィリピン屋さんとベトナム屋さんくらいしかぱっとは思いつかないがそこはさほど辛いものを揃えていなかった気もする。
そうだ、割と最近新しくオープンした、いかがなものかと思うネーミングセンスによって名付けられた商業施設「ペッペ」の近くにあるミャンマー屋さんならきっとタイ料理などで使うようなホットソースが売られているはずだ。オレはすぐさま靴を履き、ミャンマー屋さんへと足早に向かった。
ミャンマー屋さんは都合の良いことにたまたま営業していた。ミャンマー屋さんはいつ営業しているのかが全く持って謎なのだ。オレは店に入ると店内をクスリが切れたばかりのジャンキーのような血走った眼差しで激しく物色したが、どれが辛いのかがよくわからなかったため、店員だと思われる、そしておそらくミャンマーの方だと思われる女性に勇気を振り絞って尋ねた。
「辛いソースはありますか?」と。
店員さんはすぐに笑顔を浮かべ、1リットル近く有ろうかという巨大なボトルを取り出し、これがオススメです、という。
しかし、これはどう見ても業務用の量であり、オレのたまにしか起こらない発作を鎮めるための処方箋としてはどう考えても致死量を超えている。他にないのですか?と弱気になって尋ねると、あったのだ。小さめのボトルの唐辛子ベースのホットソースが。黄色いボトルに収められ、なんと190円という一般庶民感溢るるリーズナブルな値札が貼られたそのホットソースこそ、今日のオレには相応しい処方箋である。早速オレはそれを一本購入してみることにし、開封後は冷蔵保存が必要かどうかだけ、店員さんに確認し、すぐさまその黄色いボトルを購入した。ついでに冷蔵庫に陳列されていたパクチーも一緒に購入し、これも焼きそばに投入することにした。
これで役者は揃った。オレは台所に立ち、豚肉を炒め、野菜を投入し、麺をほぐして粉末ソースを絡めると刻んだパクチーを大量に投下し、それに黄色いボトルに収められたホットソースを心ゆくまでかけて食べたのだ。辛いものを欲していたオレの体は悦びながらも時折その辛さに咽せ、水を浴びたか、あるいは炎天下の中9回裏にサヨナラのピンチを迎えた2年生エースのような大量の汗を額から流しながらそれを食べた。
そうだった、辛いと辛いは同じ文字なのだ。こう書くと伝わらないのでひらがなでかくが、からい、と、つらい、は同じ文字であり、なんなら同じ体験を指しているのだ。額から汗が止まることはなく、食べても食べても体重は減っていく一方だった。そして、この発作が起きるとその翌日からしばらく、からいのあとにセットでやってくるつらい、を経験することになるのだ。
そう、からいとつらいは、光と影、夏と冬、天使と悪魔、アンパンマンとバイキンマンのように、いつもセットでやって来るのだ。
ミャンマー屋さん、ありがとう。オレの発作を収めてくれて。からいとつらいは同じ文字だということをミャンマー屋さんの店員さんにもぜひ伝えたい、とオレは心の底からそう思った。そして、辛いというのは一過性のものであり、幸せまであと一歩である、ということも。
フェルマータ店主 KAORU