【葬送のフリーレン】補足情報:師匠を「せんせい」と呼ぶ理由の推察
漫画「葬送のフリーレン」は、解釈の余地が大きい場面やセリフが多いです。
本記事では、師匠を「せんせい」と呼ぶ理由について推察していきたいと思います。
対象は単行本全10巻97話までですので、ネタバレを避けたい方は読むのを止めて下さい。
師匠を「せんせい」と呼ぶ場面の例
師匠を「せんせい」と呼ぶ場面は、主にゼーリエ・フランメが関係しています。
例えばフリーレンはフランメのことを「せんせい」と呼びます。
またフランメはゼーリエのことを「せんせい」と呼びます。
さらにレルネンはゼーリエのことを「せんせい」と呼びます。
逆に師匠を「せんせい」と呼んだり、呼ばせたりしているのは、現時点ではゼーリエ・フランメ系統の魔法使いだけなので、作者として何らかの意味を込めている可能性は高いです。
記事の最後に補足として、師匠を「ししょう」と呼んでいる場面も記載したので、時間があれば目を通しておいてください。
師匠を「せんせい」と呼ぶ理由
結論から言うと、師匠を「せんせい」と呼ぶ理由は、戦う方法は教えても、生き方を教えるつもりはないことを示すためだと推察しています。
以下に上記の結論の根拠を3つ説明します。
師匠と先生の言葉の違い
Googleで「師匠 先生 違い」と調べると、様々な解釈が出てくるので、統一的な解釈は無いと思われます。
その上で個人的には、以下のように違いを解釈しています。
師匠:生活を共にしながら自身の持つ知識や技術などを教える存在
先生:自身の職業として知識や技術などを教える存在
師匠の方がより近い関係、先生の方がより義務的なニュアンスを含むかなと考えています。
つまりフランメ、もしくは作者は、建前上は師匠ではあるが、そこまで近い存在ではなく、あくまで復讐のための魔法を教えるだけの関係であることを、示したかったのだと推察しています。
フランメの生きてきた時代
フランメの生きてきた時代は、現代や魔王討伐の時代よりも、もっと過酷な環境だったと思われます。
以下記事でも多少言及していますが、この時代は魔王が既に存在し、更に魔王の命令でエルフの数が急激に減ったと思われる時代です。
つまり人類側の戦力が急激に落ち、防護結界や騙し討ちなどで急場を凌ぐような状況だったと考えられます。
そのような状況では、たとえ理想として魔法を楽しみたい考えを持っていたとしても、現実としてまず戦うため、もしくは命を守るための魔法を教えるのが、師匠としての最優先事項なのだと考えられます。
それ故に、自身がフリーレンに対して非情に戦い方のみを教える覚悟で、師匠を「せんせい」と呼ばせたのだと推察しています。
ゼーリエの思想
ゼーリエは神話の時代から魔族と争っており、戦いの中で生きてきました。
フランメにもそのことは指摘されていて、平和な時代の生き方については教えるつもりはなかったと推察できます。
以上より、言葉のニュアンス、フランメの生きてきた時代、ゼーリエの思想を考慮すると、師匠を「せんせい」と呼ぶ理由を上述のように推察することができます。
フランメが花畑を出す魔法を教えた理由
フランメとしては、フリーレンに「せんせい」と呼ばせて、戦い方のみを教える関係を示すつもりだったと考えられます。
ただ魔法の修業を経て、フリーレンが魔法に対して、「好き」から「ほどほど」に態度が変化したことを、フランメは少し気にします。
戦い方のみをフリーレンに教えてきたことに関しては、フランメは後悔しませんでしたが、これからのフリーレンの長い人生を考えた時に、魔法を好きでないことは、少し寂しいとフランメは考えたと想像しています。
故にフランメはフリーレンに、自身の好きな花畑を出す魔法を教え、魔物や魔族の戦いの中でも、魔法に対する好意を保ってほしかったんだと考えられます。
フリーレンがその魔法を教えてと言った後の、フランメの表情はおそらく、自身がフリーレンに対して非情になりきれなかったことに対する、自身への冷笑なのだと、勝手に解釈しています。
まとめ
本記事では、師匠を「せんせい」と呼ぶ理由を、戦う方法は教えても、生き方を教えるつもりはないことを示すためだと推察しました。
もちろん他にも解釈はあると思いますので、コメント欄などで教えていただけるとありがたいです。
長くなりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。
補足:師匠を「ししょう」と呼ぶ場面の例
アイゼンは師匠を「ししょう」と呼んでいる。
生き方を教えるのも含めて、アイゼンはフリーレンのことを「ししょう」と表現しているのかもしれない。
シュタルクは師匠を「ししょう」と呼んでいる。
デンケンは師を「し」と呼んでいる。
微妙に師匠と呼んでいないのには、何らかの含みがあるのかも。
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