宙尻
【宙尻】
生命の起源はどこなのかと問われれば、無数の説が立ち上がり回答に困るような時代である。
何しろそれは、我々人類を哲学の海へと漕ぎ出させた根源的な問いであり、思考の起源と言い換えることすらできる。
古来より大声で叫ばれてきた神が作り給うたという神の創造説、もしくは人の想像説(インテリジェント・デザイン)に、物質による構成説(パラマ・アヌ)はかき消されてしまったが。
それでもようやっと最近、幅を利かせ始めたのが元素構成説、それも宇宙よりの飛来説(パンスペルミア)だろう。
古代中国ではそこに神の影を見た者がいたらしい。神創造説と飛来説のあいの子であるが、時系列の接続が少々おかしく、タイムトラベラーの仕業だとする説もある。
宙の向こうに神がいる。それは門の形をしており、人は玄牝と呼んだ。太陽系からおよそ25,800AUほどの距離にあると計算ができている。
その門からは絶えずガス状の星雲が漏れ出し、検出によるとアルコールが殆どを占めている。炭素と水素の広大なる靄だ。
また、時折固形化した塊が飛び出し、銀河の果てを目指して飛んでいく。そのエネルギーが矮小だった宇宙を押し広げている原動力である。
飛び出した塊は有機物と無機物をランダムに含んでおり、核にとても重い元素を使っているためによく飛ぶ。紙飛行機の先に錘を付けるように。
塊の長い航路の先には自壊のみが待っている。なんともやるせない結末だが、あらゆる物質・生物が同じ末路に至ることから、神が悲劇を好むという証左でもある。
脱出のための手段として、解脱が推奨されている。神の定めた法より抜け出すには、神になるしかないのだ。
重量崩壊の末路に大穴が空き、そこに残った窪みに吸い寄せられた星雲や塊が、星を作っている。人の立つ星も例に漏れずそうだ。
遠くにある門より、ガスが漏れ、有機物が排泄される。それは尻に酷似していた。
あまりに遠くすぎてその門を見ることのできた者はいないが、計算上門には中心があるというのだから、尻穴に違いない。
人はそれを宙尻と呼び、神の尻だと決定付けた。
生命の根源が尻であるということは、一聞にして奇妙である。生殖器を無視しているではないか。
そこでよく引き合いに出されるのは、大宜都比売神の説話である。その神は尻から食物を生み出す。有機の起源である。
さらに殺された大気都比売神の、頭からは蚕が生まれ、目から稲が生まれ、耳から粟が生まれ、鼻から小豆が生まれ、陰部から麦が生まれ、尻から大豆が生まれたという。
さらに言うなれば、原初の神は童貞だったはずなのだ、と。なにしろすべての初めである。
よくある取り違えが起きたのだ。挿入する場所を誤った神により、宙尻は生まれてしまった。
それでも十分に機能しているのだから、神というのはなんというか、随分都合よく組まれたプログラムだ。
現在宙は非常に安定している。温度を急速に失っている、と捉えてもよい。門が塞がってしまったのだろう。
これは危機である。つまり、神は便秘の症状を訴えている。腸は閉塞し、エントロピーが拡散するばかりで、寒々しい宿便の冬が来る。
この宙が盲腸になるその前に、人類は宙尻に刺激を与えねばならない。宇宙工学を駆使し、棒状の、銀河を駆ける浣腸を作り出さねばならない。
未来、壮大な下剤の旅が始まる。
深夜の衝動。
なんすかこの話。