うるるアブノーマル Ⅰ
次元が違うため、設定にオリジナルの部分が多く含まれる
また、過激な描写が含まれる恐れがある
まだパートⅠ
まずい
以上
アブノーマルとは言っても、この話は変態(アブノーマル)ではなく異能(アブノーマル)であるので、勘違いしないように。
なんて、ふざけたことを言っている場合ではなく。
「おい!馬鹿でも分かるだろ!この包囲でガキ一人が逃げられるわけねえだろうが!出てこい!早く楽にしてやるよ!」
滅茶苦茶な銃撃音が響き、遅れてドアに焦げた穴が空いたのを確認する。ドアが蹴り破られる前に、私は隠れていた冷蔵庫の影から飛び出しベランダから隣室のベランダへと飛び移った。
下から奴ら――反異能力者集団の戦闘員が見張っており、姿を見せた私に躊躇いなく銃口を向ける。
ただの少女に馬鹿馬鹿しいほど過剰な戦力投入だ。もちろん彼らにはそうせざるを得ない恐れがあるのだが、私にとっては酷く迷惑な勘違いをされているとしか思えない。
ギリギリで銃弾をかわしマンションの角部屋まで移動したが、ここから脱出する方法は思いつかなかった。外の部隊の情報が行けば、すぐにこの部屋にも侵入されてしまうだろう。
いや、それともベランダ側から先程の隊員が突入してくる方が先だろうか? こんなことなら貯金なんてせず、もっと美味しいものでも食べておけばよかった……いや、大して貯金なんかしてなかったけど。
四面楚歌で万事休す。これ以上ないほど体現したその状況に天上を仰いだそのとき、視界が割れて木片とコンクリートが弾けた。
……まさか上からとはね。冗談みたいな長銃を抱えた少女が飛び出して、私の頭上にそれを振り下ろす。ああ、綺麗な白髪が汚れてしまわないだろうか、なんて的外れな心配の後で。
漆間うるるは脳を頭蓋ごと破壊され、即死した。
私は追われている。それも、殺害それだけのために。
"イベント"――この世界で起きた、世界同時多発的な異能力発現現象を指してそう呼ぶ。何の予兆があったわけでもなく、ある瞬間を境に、その異常は発生し――今日この日まで尾を引き続け、むしろ被害は拡大している。その日から人間は”異能力者”と”非異能力者”に二分されることとなった。
続けざまに起きた異能力者による痛ましいテロ事件、逆に非異能力者による異能力者の迫害・虐殺。今までの平和という概念が薄紙に過ぎなかったことをこれでもかと象徴づける悲劇の数々は、絶えず発生するまた新たな悲劇に上塗りされ嘆く暇すらない。
そんな世紀末と化した日本で、私、漆間うるるはごく平凡な非異能力者の女子高生として、荒れる世界にそれなりに怯えつつ、しかし持ち前の能天気と隔離によって齎された平和を享受していた……先週までの話だ。
高校で行われた“健康診断”に引っかかってしまったために、私の平穏は粉々に破壊された。異能力者と非異能力者を区別する方法は異能の発露以外にはない――そう言われていたのが一ヶ月前の話。
異能力者の脳は非異能力者には無い特殊な脳波信号を発することが明らかになってすぐ、その機械は実用化され、反異能力者集団が活動する上で必須のアイテムになった。即ち、非異能力者に隠れ潜む異能力者を見つけ出し、迫害、というよりは、抹殺するためのキーパーツとして。
そんな機械が生み出され、健康診断の当日を迎えても、私は不安のひとつも感じていなかった。むしろ異能力者という危険因子が排除されるのは、彼らにとっては可哀想ではあるけれど、自分の生活をより安定したものにする上で不可欠なのではないか、と思うほどに。
私は異能力者ではない。そう、思い込んでいたのだ。
異能力として表出することのない異能力を、どうやって自覚すればよいだろう? 反異能力者集団が悩んできたそれは、異能力者本人にとっても同じ問題だった。
例えば、その力を使うと地球の反対側でカエルが鳴く――そんな馬鹿げた異能力の存在は聞いたことがないが、本当に存在したとして、どうやって確かめるのか?
異能力自身が自覚する手段として、一応二つが挙げられている。噂が元であり信憑性があるかはわからない。異能力を拷問して手に入れた情報だ、なんて血生臭い枕詞が付いているけれど、この現代に拷問なんて旧時代的なことが行われたとはどうも信じがたかった。
一つ、異能力に目覚めると、偏頭痛になる……これは、しょうもない方の噂だ。偏頭痛持ちの人間が世界にどれだけいると思っているのだろう。
現に私も生まれたときから偏頭痛がストレスの要因になっていた。脳の変容が関係しているとか言われていたが、解剖して確かめたわけでもないだろう。脳波の特徴が発見されたために、変な信憑性を得ようとしているが……
二つ目。異能力者は異能力を初めて使った瞬間に、その性能・特性・仕様を感覚で理解する――こちらはそこそこの確度がある。
突如発現した異能力なんていう代物を、まるで生まれ持った手足のように操る彼らは決して特殊な訓練を積んでいるようには見えない。
そして私は、こちらに関しては”正しい”と言い切れる。
健康診断の後、私はクラスで一人だけ呼び出され、検査が終わり生徒の帰っていった旧校舎体育館へと戻ることになっていた。
何一つ疑わず、こりゃ普段の不摂生が祟ったかな、なんて軽口を叩いていた私はどれだけ間抜けだったことだろう。旧校舎への渡し廊下の最中、軽い怖気が過った瞬間に私の意識は途絶した。
目が覚めるとそこは、絶えず振動の響く暗い部屋だった。部屋と言っても、エンジンの音からそこがトラックか何かの荷台であることはすぐに分かる。
そこには数人の学生が私と同じようにうなだれていたり、無造作に手足を放り出して寝転んでいた。同じ高校の生徒であることが制服で分かる。
「あの……これって、どういう状況で――」
言葉は途中で力を失い、本来音の乗せられるはずだった呼気だけが無様にひゅうと鳴る。転がされていた、の方が正確であることが、観察で分かった。
彼らは皆頭から一様に血を流し絶命していたのだ。力を失った肢体が、石を踏んだトラックと同じ動きで跳ね、知らない男子学生の首がこちらを覗いた。そのショックで、自分の記憶も再生される。そう、私も彼らと同じように、殺されて。私は、確実に死んだはずだった。
背後から、それが何だったかは知らないが、金属のような堅い物質で頸椎を殴られて。首の骨が折れた私の頭蓋骨に、二度目の衝撃が襲い、私の脳はぐちゃぐちゃにかき混ぜられて機能を停止したはずだったのだ……いや、停止したのだ。
停止するまでの過程は厳密には分からないが、停止した後――死んで生き返るまでの過程を、私は得体の知れない確信によって理解している。そしてそれは、私が異能力者であると自覚するには十分すぎるほどの知覚だった。
6時間、きっかり6時間。死に至って、もしくは死に至るほどの傷害から6時間後、私はこの世の外側から傷のひとつも無くなって、私の体の傍より完全な姿で顕れ出る。それが『出現(リボーン)』という異能であると、死の縁で聞いた声が、私の声で囁いている。
そして、その能力の全貌と、この状況を理解した後。
「どうしようもねー……」
私は盛大にため息をついて、思考を放棄した。
確かにまだ死にたくはないし、ここにいる異能を持っていたはずの彼らと違い命を助けてもらったのだから感謝すべきなのだろうが、状況を変える力のなさではあらゆる異能に引けを取らないであろうそれに希望は見いだせなかった。
あとは死ぬ前と死んだ後の同一性だとか……ここは私自身よくわからないのでよしとして、死ぬほどの苦痛を何度も感じたくはない。何度も生き返るということは、何度でも殺されうるということだ。
異能力者を恨む人間なんて腐るほどいるこの世の中で、この異能力が齎す残酷はいかほどだろうか?
手から火が出るわけでも人を操作するわけでも時間を止めるわけでもなく、死んだ後、生き返るだけ。漆間うるるという少女は、ただの少女以上のことを何もできないまま異能力者にされてしまった。
エンジンの音がじきに弱まり、揺れる車体から細かなカーブを繰り返しているのを感じる。もしかして、と思った数秒後、荒くブレーキが踏まれエンジンの音が止んだ。
すぐに車の戸が開き、閉じる音がする。漆間うるるはそっと立ち上がり、その音がした反対方向――つまり、コンテナの開く方向へと向き直した。扉に近づきすぎず、しかしすぐに飛び出せる位置でその瞬間を待つ。
4回目の呼吸の後、細く入った光に視界が突然橙に染め上げられ、思わず目を覆った。開いた扉から、夕日が空を潰すような圧力でこちらを見ている。
扉がギイギイと鳴いて開いていく。目が慣れると、遠くに見覚えのない山々と不法投棄されたゴミの砂漠。目の前には扉を開いた馬面の男と、それを背後から見ている茶髪の男がいた。荷台が高いので見下ろす形になる。
「おい馬鹿!どういうことだ、まだピンピンしてんじゃねえか!手え抜きやがって!」
茶髪が馬面の背に蹴りを入れ、素早く周囲に目を這わせた。見られるわけにはいかないからか、何か凶器を探したか。気を伺っていた彼女はその隙を見逃さなかった。
少し屈んだ馬面の肩を踏み、うす暗いコンテナを飛び出しオレンジの世界を駆ける。息が切れても足がもつれても、転んだとしても前へ。
ゴミの埋め立て地らしき場所を抜けると、下り坂の道路の下方に寂れた団地が見えた。もしかすれば、助けを呼べるかもしれない。異能力者であることを隠せば、だが。
「でも、何もしないまま死ねないもんね」
彼女がただの少女と違っていたところは、少しばかり肝が据わっていたところだろう。
まあ、度胸があったとしてただの少女であることには変わりなく。
「……で、逃げ込んだ先が反異能力者集団のアジトだったわけなんだけど」「当たり前だろ。死体解剖したり遺棄したりすんだから、管理・監視できる場所がすぐそこにあるに決まってる」
結局捕まって……いや、殺されて、生き返ったところを縛られて、尋問されている。目が覚めれば窓のない灰色の部屋に、学生たちの死体と共に転がされていた。
その場に誰もいなかったためすっかり安心してドアから出たところ、死体の解剖待ちだった職員数名に即座に縛られてしまった。油断してなかったとして、人がうようよいる組織のアジトから逃げ出せるわけもなかったが。
そんなわけで、尋問部屋、ではなく解剖のための部屋なのだろう、拷問器具ではなくメスやコットンなどが台に並ぶ部屋の中で、私は椅子に縛られていた。
目の前には先程の茶髪と、天上をぶち抜いておそらく私の頭を破壊したであろう銃を抱えた少女。
銃、と端的に表現したが、どちらかと言えば大砲。戦車についているそれをそのまま銃にしたようなサイズ。白髪の少女はそれを壁に掛けるでもなく大事そうに抱いている。とんだ怪力だ。
「もう答えられることは全部答えたと思うよ? わたしは今日まで異能力者だって自覚も無かったんだし、異能力者グループだとかそいつらのアジトだとか知る由もないし」
「ああ、まあなんとなくそんな感じはしていたな。期待してなかったから気にしなくていい。能力に関してもおそらく嘘じゃあないだろう。ここで嘘吐けるくらいなら捕まってないだろうからな」
「じゃあ何のために聞いたんだ……」
「お前の処分をどうするか、決定権が俺とコイツにある」
処分、という言葉の響きで緩んでいた緊張が蘇った。茶髪は親指で背後の少女を指す。少女はどこかぼんやりとした目で私を見つめていて、指を指されたことも話題に上げられたことも意に介していないようだった。
「処分ってのは、例えば私を元の家に帰してくれたりとか……」
「俺は芸人以外が言うボケが死ぬほど嫌いだ」
「あ、はは……」「原則、異能力者は皆殺しだ。危険因子を残してはおけない。異能力者ってのは人間に出たバグみたいなもんで、そいつらを根絶やしにしなければ正しい地球には戻らない」
ネットでいつか見た過激思想を、茶髪はさも当然のように、躊躇の一つもなく振りかざす。どこからの受け売りではなく、芯からそれに染まっている。
「異能力者とはいえ人間で、頭をカチ割ったらあいつらは死ぬ。異能力の根本である脳が潰れるからな。残念ながら、お前はそうじゃなかった」
茶髪が手を伸ばし、私の頭を万力のように押さえつける。縛られているため抵抗もできず、指先が頭蓋に食い込む痛みをただ耐えるしかない。
「どうなってるか知らねえが、お前は殺しても死なないらしい。そして、それ以外に脅威はないが、ここの場所を知ってしまっているわけだ」
「え、いや、知ってるって言ったって、目で見ただけで地名とかまでは全く」
「黙れ。記憶を覗くような異能や”一度行ったことのある場所にワープする”異能だって確認されてんだ。この場所に来て、死んでない異能力者がいるということが問題なんだよ。それにお前、他の集団に捕まったとすればさっきみたいにベラベラ喋る口だろう?」
痛いところを全て突かれた。特に最後。私は生き残るためならなんでもするだろう。
「俺は6時間ごとに脳味噌をかき混ぜる装置を提案したんだがな、うちのチームがどいつもこいつも腑抜けばかりで、倫理だとか相手も人間だとか――あと、コイツ……いつまで黙ってるつもりなんだ。特殊対象作戦部隊 (蜘蛛食い)はみんなこうなのか?」
クモグイ、と呼ばれた彼女は表情を変えないまま、数歩私に近づいた。視線も変わらず私へと注がれている。雪国の印象を感じさせる整った容貌は妖精に喩えてもいいほどだが、それがかえって異様な威圧と鋭さを持って私に迫る。
「あ、あの、やっぱり殺されるのは嫌なんだけど……」
男を押しのけ近づく彼女の長い白髪が視界の端を埋めたころ、突然彼女は手に持っていた銃を男へと放り投げた。ああ、別に大切にしているわけじゃないんだ、あの銃。
「おい何すんっ……馬鹿重ェ……」
必死に銃を支える男をいい気味だと見ていたら、これまた急に顔を両側から挟まれた。ミトンのような分厚い手袋でがしがしと顔を揺らされ、それをただ無表情に行う少女への恐怖が湧き出てくる。
「あぶばばぶえ」
「決めたーーー!」
少女が叫び、私の両頬は強くはたかれた。男に詰問されているときよりも圧倒的に怖い。次の言動が何一つ予測できないことの不安に引きずり回されている。
「ウチで引き取るよ、この子。えっと……うるるちゃん?」
私の表情筋をぐにぐに雑に伸ばしながら少女は言う。表情からは予想もつかないアッパーな雰囲気に、私も男も完全に気圧されている。
「引き取るって、どういうことだ。死体処理や監禁ならここの管轄だろ?」
「殺さないし、監禁もしない。うるるちゃんはウチで引き取るから、あなたはもう関係ないよ。この決定に何か文句があるのなら書類を通してね」
気付けば男にかける声から温度が消え去っていた。興味を無くしました、と突きつけるように顔を背け、少女は私をじっと見据える。
「私はユキネ、紗狐ユキネ。あなたは、漆間うるる、だよね?」
「びゃい」
頬を押さえつけられているため、まともに発音もできない。
「ずっとね、探してたんだ。年が近くて、お友達になれそうな子」
男は苛立たし気に口を開いたが、ユキネが懐からサバイバルナイフを取り出した途端黙ってしまった。ユキネと名乗った彼女は私を縛っていた麻縄を軽々と断ち切り、私の手を掴んで立たせると、そのままこの部屋唯一の扉へと歩き出す。男はもう制止しなかった。
「さっきはごめんね?悪い人だから殺さなきゃと思って、うるるちゃんのことを何も知らないのに殴っちゃって」
扉を開け、入り組んだ建物内、手を引かれるままについて行く。どうしてか、逆らおうという気にもならなかった。4つは扉を開けた後、ようやく土を踏むことができた。
まるでゼラチンに固められたような星空が、重々しく天に張っている。それでも外に出た、ということが思いのほか効いたのだろうか。ようやくどこか安心した気持ちで私は深呼吸を繰り返した。
「えっと、どういうことかまだよくわかってないんだけど……とにかく、助けてくれたんだよね?えっと……一応、ありがとう」
一回殺された相手に言うことの違和感を、無理やり嚙み潰して言う。
「気にしないで!私も勝手なことをしちゃったし……でも、それでも仲良くなれる気がしない?私たちって、年も近いし、女の子だし、あとは、えっと……」
後半になって詰まりながらも、いや、口下手だからこそ、仲良くしたいというシンプルで純粋な思いが伝わってくる。警戒ばかりしているのが不誠実な気さえした。だから、こちらも肩の力を抜いて、自分の行く末に対するネガティブな想像を止めることにする。
「うん……これからどうなるか分からないけど、ユキネ……?さんとならやっていけるかもしれないね。こちらこそ、よろしく」
ゴミ処理場と黒ずんだ山々に挟まれた、人間を迫害する団体の根城。その一角にもかかわらず、私たちはメルヘンな儀式を交わし、刹那的な笑顔を見せあった。空は星で潰されて、相変わらず澄んではいなかった。
そうして私たちがより知性のない子供になった後。彼女の寝床であるキャンピングカーへと招待された途中の呟きのこと。
「それに、うるるちゃんは殺しても死んでも死なないし、ね?」
あの時見せた笑顔の美しいほどの恐ろしさを、私たまに夢に見る。