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京都工芸繊維大学D-labで何をするのか?

京都工芸繊維大学KYOTO Design Lab(D-lab)の招聘デザインリサーチャー・岩渕です。

6月よりD-labにてデザイン学研究をすることになり(経緯はこちらの記事を参照)、京都のビジョンデザインという超広義のデザイン領域について、どのような理論と実践が可能なのか、Transition DesignとSpeculative Designをベースにアプローチをしています。未だケーススタディが少ない領域のため、本記事より、実際のデザインプロセスや判断、継続研究が必要なテーマ等について、現場の生っぽい部分を書き留めていきたいと思います。

Background

これまで以上に社会、環境、技術が大きく変化し続けている21世紀において、我々の「問題」は巨大化・複雑化している。気候変動や高齢化社会、自然災害への備えといった地球規模の意地悪な問題 (Wicked problem)は、単一のソリューションで一度に完全に解決することは不可能なほど、多くの領域、あらゆるスケールの物事が相互に関連し合っている。

CMUのTransition Design Seminar2019のサイトより。
意地悪な問題とは、貧困や気候変動など、様々な要素が相互に関連し、1つの方向からでは解決不可能な複雑な問題のこと。(Horst, 1967)

従来、このような巨大な問題に関しては首脳会談、連合機関、国際協会、タスクフォース、有識者会議などを通じトップダウンでビジョンや政策が打ち出されてきたが、商業的な利潤追求に走り失敗に終わったり、特定分野のソリューションに偏重し、別の新たな問題を生み出してしまった例は歴史的にも少なくない。

21世紀は人新世と呼ばれる新たな地質年代に突入し、これまで人間の願望中心主義によって突き進んできた時代とは全く異なる生き方・考え方が必要になる。今目の前に見えている問題に近視眼的に応急処置するのではなく、来る22世紀を荒廃したディストピアにしないために、環境・社会・技術の未来を見据えた「人間らしい」ビジョンを思い描く力が求められている。

我々の20世紀からの(良くも悪くも)急速な発展は人新世と名付けられた。
(Steffen W. et al. The Trajectory of the Anthropocene: The Great Acceleration. The Anthropocene Review. 16 January 2015.)

そのような中、上記のような巨大な問題に対するデザイン主導のアプローチが世界各国の機関・行政において近年散見される。イギリス・RCAのSpeculative Design、イタリア・ミラノ工科大学のDESIS (Design for Social Innovation and Science)、IDEOのCircular Design、アメリカ・CMUのTransition Designなどがこうしたデザインを通した研究と実践(Research through Design)の具体例として挙げられ、社会・環境・技術・倫理等の複数の分野から、知識や経験、知能、創造的なひらめきなどを集約する、「超包括的」な学際的・横断的アプローチを模索している。

近年、デザインの対象は従来の製品や意匠という範囲を超え、デザインの持つ、人間を起点にあらゆる領域を橋渡す力を使って、サービスや組織、長期ビジョンなどの概念にも拡がりつつある。日本では経済産業省が高度デザイン人材育成研究会を設置し、「明確な答えが存在せず、先行きが見えない未来」を切り拓いていく人材の育成に向けて会話が始まっているが、日本における既存研究・実践例は未だ少ない。とりわけデザインの対象領域が拡大した先にある「超包括的」なデザインに関する理論、また、デザイナーは職能としてどのように「超包括的」な領域を越境し、何をアウトプットすればよいのかといった議論や研究は十分とは言えない。

第1回高度デザイン人材育成研究会資料より抜粋

このような状況において、京都工芸繊維大学KYOTO Design Lab (D-lab) においては、次年度からRegenerative Design (再生)をテーマに掲げることが決まっており、「再生」を介してどのような京都の未来ビジョンが描けるのか、まさに超包括的デザイン領域の研究が要請されている。

筆者は工学・デザイン・ビジネスを越境しながら現場で実践する経験を経て、現在アメリカ・Parsons School of DesignにてSpeculative design、Ontological Designなどのクリティカルなアプローチを通じた超包括的デザイン領域の理論と実践を探求しており、今回、D-lab招聘デザインリサーチャーとしてアカデミアの立ち位置から、行政上の戦略や商業的な利潤に左右されずに、日本におけるデザイン主導による維持可能な未来の臨床的・生成的な研究を行う。

私のミッションステートメント

以上のことから、筆者の研究では
・「超包括的な」問題の設定から「超包括的な」ビジョン構築・成果物を創出のアプローチ自体を分析対象とし、臨床的研究対象の設定から成果物を創出するまでの過程を分析することで超包括的デザイン領域における理論、ツール、スキルなどを明らかにすることを目的とする。
・「京都」を臨床的研究対象として設定し、その未来の社会像を明らかにすることで、潜在的な研究テーマを可視化する。社会像を明らかにするには、複数の分野、スケールを横断・縦断したストーリーの考案とその具現化・評価と、今回の期間の中で一連のデザインプロセスを実践することで、デザイン学における新たな研究テーマや後続研究を形作ることを目的とする。

Approach

現在、下図(手書きですいません)のように様々なスコープでデザイン方法論が展開されているが、今回の臨床的研究ではベースとなる方法論としてTransition Designを用いることとした。

その理由としては、
・人類の21世紀の大規模な移行という超包括的なデザインスコープを掲げている
・CMUで開発され、全体の体系・論文が学術的に良く整理されている
・未来ビジョンを掲げて終わるのではなく、バックキャスティングで手の届く現実に着地させようという気概が見られる

というという点がある。ここにSpeculative Designをはじめとした他のアプローチの良い所を、よりラディカルな未来を考える手法としてデザインプロセスに取り込んでいきたいと考えている。

1,2枚目はオリジナル、3枚目はTransition Design Seminarのサイトより

Current Linear Vision

上記の観点を持って京都府の府政運営、京都市の基本計画などのWeb情報をソースに現行の課題や取り組みを見てみると、様々な課題にタスクフォースが組まれ、ソリューションの検討が行われていたり、市長・有識者・伝統工芸家元等のメンバーによりトップダウンで2040年ビジョンの策定が行われていた。もちろん日本が誇る文化都市なので、様々な施策が走り、進捗管理の情報公開もきめ細かくされており、ビジネスパーソンの眼では非常に「ちゃんとしている」と感じた。

その一方、デザイナーの眼では、京都のビジョン形成メンバーに「デザイナー」は入っておらず、人の絆と〜、地域が元気に〜などの言葉が踊る中、「有識者の作ったビジョン=我々のビジョン」だとノータイムで受け止めて良いのか?との疑問が湧いた。また、ビジョンから中期計画、各領域ごとのKPIという形で施策に落とし込んでいるが、こちらも「数値目標達成=我々の望む京都の姿達成」だとイコールで結べるのか?という問い。

数値で測れない、京都に住む・訪れる人の情熱や愛はどこに含まれているのだろうか?
未来が狭い筒の中で、線形に思考されている気がしてきた。

Transition Designの中でホラーキーという好きな考え方がある。ホロンという哲学用語から来ており、全ての物事は何かの部分であるが、全体としての性質も持ち、あらゆる万物万事は繋がっているという概念。すなわちモノ、ヒト、コミュニティ、行政、日本、世界と、上から下まで連動した総体として、何か1方向からではなく、大局観を有したデザインを21世紀は考えていく必要がある。我々はヒエラルキーではなく、ホラーキーの時代を生きるのだ

Design Question

そこで、これまでの自論を整理すると、デザイナーとしての問いは以下のようになるだろうか。非常に広範な問いであるが、Transition Designのフレームワークを使って、この後掘り進めていく。最近はDRSのカンファレンスでもHuman's future (人間の未来) からHumane future (人間らしい未来)に論調が変わってきているとも聞いた。

Project Schedule

ということで今後具体的にいくつかのツールを使ってこの問いにチャレンジしていくわけであるが、8月中旬にはNYに帰り、パーソンズの2年目に復帰しなくてはならない。そのため、10週間でデザインを通じた研究を行なっていくわけであるが、上記のような広範な問いに明快にこの期間で回答が出せるとは到底思えない。ここで生まれた新たな研究テーマや残検討事項は学生に引き継ぐ等して今後に繋げていきたいと考えている。Transition Designも意地悪な問題は完璧に解決されるということは無いし、常に未完成なデザインであることが良いとも言ってるし・・ね。

ただし、
・Transition Designベースで一連のプロセスを実践すること
・ビジョンを文字で書いて終わる例が多いTransition Designからプロトタイプにつなげること
・「ビジョンを思い描く」発想系デザイナーの職能と「ビジョンからモノを作る」手を動かす系デザイナーの職能を1人の中で越境すること

という、デザイン学的に価値が高い示唆やフィードバックが出ると思われる、上記の3点は死守していきたい。

イベントのお知らせ

ということで最後に、18日17-19時にD-labにて、水野大二郎先生と一緒に、ここで述べてきたような超包括的デザインやデザインリサーチの展望に関して、ミニシンポジウムを開催しますので、来れる方はぜひどうぞ(入場無料・登録不要)。ここで書いた内容も話しますが、日本ではまだまだ広まっていない考え方だと思いますので、かなり批評性に満ちた内容になると思います。話し始めたら3日かかるような内容を水野先生といま纏めてます。なにが「ミニ」シンポジウムなんだって感じの内容。ぜひ。

Bibliography

- Daijiro Mizuno, “Analysis on the Nature of Design Research in Transition from Wicked Problems to Complex Socio-Technical Problems.” KEIO SFC JOURNAL - Vol.17 No.1 (2017): 6-28.
- Terry Irwin, Gideon Kossoff, Cameron Tonkinwise and Peter Scupelli, “Transition Design:  A new area of design research, practice and study that proposes design-led societal transition toward more sustainable futures,” accessed 14 June 2019. http://design.cmu.edu/sites/default/files/Transition_Design_Monograph_final.pdf.
- Terry Irwin, “The Emerging Transition Design Approach,” Design Research Society (2018), accessed 14 June 2019, doi: 10.21606/dma.2017.210.
- Koskinen, I., Zimmerman, J., Binder, T., Redström, J., Wensveen, S., Design research through practice, Amsterdam: Morgan Kaufmann, 2011.

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岩渕正樹 NYのデザイン・フューチャリスト
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