【いわし園芸】曼珠沙華と霧の河
noteのどこかにある園芸ショップ「いわし園芸」店主の鰯崎です。当店では季節の草花を取り揃え、お客様に提供しております。
あと、私、大のおしゃべり好きでして、お店に立ち寄っていただいた際には、少しお話におつき合い頂ければとても嬉しいです。今日は先日みえた双子のご姉弟がまた寄ってくれまして。旅のようすを聞かせてもらいました。
秋になって、風が気持ちいいですね。こんな季節は舟にのって、どこか遠くにいきたいなあ。
ビビコとミミオは、寡黙な船頭の漕ぐ小舟に乗り、ふかい霧のたちこめる河を進んでいるのでした。 黄土色の水のなかから、見知らぬ生き物の群れがあらわれ、舟の様子を覗っています。縦長の頭は馬に似ていていますが、耳が四本生えていて、いかなる音も聞き逃すまいと、せわしなく動いています。体にには赤銅色の鱗がびっしりと生え、胸びれと、たくましい背びれをばたばたと揺らして、とても落ち着きがないのです。
やがて群れの数頭が船へと向かってきて、背伸びして船の上をじろじろ観察し、水中へと潜ってゆくのでした。船頭はその生き物にたいしていたって無関心でしたが、ビビコとミミオは気になってしかたありません。
やがて、そのなかの一頭が、ビビコに向かって水を飛ばしてきました。ビビコは怒って、その生き物に変顔をしてやりました。べろを思いっきり突き出して、憎たらしい感じを演出しました。
そうすると、生き物たちは、
げらげらげら
と、爆笑しました。ビビコはよけいに腹がたちました。
「あんたらのことを私はいまから『ゲラゲラ』って呼ぶぞ!」
とビビコが息巻いたとき、ゲラゲラと呼ばれた生き物たちは豆鉄砲をくらったような顔をして、いっせいに笑うのをやめました。ビビコはすっかり調子がくるい、へなへなと甲板に座りこんでしまいました。
まったくどうしたことだ? と、思っていたら、群れの一頭が、どたばたと泳いできました。ずいぶん年をとっているようでした。耳の先からは白い毛が長くたれて、背びれのいたるところに傷がありました。透き通った瞳でビビコを見ながら話しはじめました。
「わたくしどもは、もうずっと以前に、自分たちの名前を忘れてしまったのです、そう、わたくしどもの名前はかつて、たしかにゲラゲラであったのです。それを今、お嬢さんが思い出させてくれた」
「よかったです、ゲラゲラなんて、楽しげで、わりかし良い名前だと思います」
ビビコは得意げに言いました。霧はさきほどからますます深く辺りを覆い、ゲラゲラの群れを徐々にそのうちへと包みはじめています。ゲラゲラたちの笑い声が遠のいていきます。
げらげらげら
「あなたがたは恩人です。よい旅になることを願っていますよ」
そう言って、老いたゲラゲラは、傷だらけの体で、どたばたと水を掻きながら船から離れていったとゆうことです。そして、にぎやかだった河に静寂が戻りました。