バイキングの猛攻〈超短編小説〉
時は中世、ヨーロッパにて
ゲルマン人「たいへんだ!海岸にバイキングたちの船が集まってる!バイキングのやつら、じきに上陸してくるぞ!」
バイキング「おーい、ちょっとそこのゲルマンじーん!」
ゲルマン人「えっ?船の上からバイキングの野郎がなんか叫んでるぞ」
バイキング「お前だよ、バイキングバイキング言って騒いでる、お前だよゲルマン人」
ゲルマン人「な、なんだよ!?我々はぜったいに屈しないぞ!」
バイキング「それは、いいんだけどさあ」
ゲルマン人「かかってこい!」
バイキング「ちょっとその前にさあ」
ゲルマン人「どうした、怖いのか、はははは」
バイキング「人のはなし聞きなさいよ」
ゲルマン人「さっきから、なんだ!?」
バイキング「たしかにこれからあんたのとこの土地に上陸して、いろいろやってやろうと思ってるよ、俺らは。フランク王国なんて完全に弱ってるから、いろいろ侵攻しちゃったりするかもしれんが、ゲルマン人よ、それはないだろう?」
ゲルマン人「なんだよ!?」
バイキング「名前だよ」
ゲルマン人「だから、何なんだよ!?」
バイキング「俺らの、呼び名、バイキングって呼んでるだろう」
ゲルマン人「それがどうしたの!?」
バイキング「なんか感じ悪くない?」
ゲルマン人「もったいぶるなあ!?要点を言えよ!」
バイキング「『ばい菌』っぽくない?語呂が」
ゲルマン人「なんだよこんなときに!」
バイキング「なんかさあ、ちょっとイヤなんだよね。音の感じが、さあ。どうしても『ばい菌』を連想しちゃうでしょ?」
ゲルマン人「知るか!」
バイキング「仮に、あんたたちが俺らの立場だったとしてよ。なんだか『ばい菌』っぽい名前で勝手に呼ばれて、さあ、いやじゃん?」
ゲルマン人「いまそんなのどうだっていいでしょうが!」
バイキング「ぜんぜん、分かってねえなあ」
ゲルマン人「何がだよ!?」
バイキング「いま、俺たちが歴史的な事件を起こしちゃったら、後世の歴史の教科書とかに、『9世紀12世紀にかけて、バイキングの進出』とかいうふうに書かれちゃうでしょうが」
ゲルマン人「だから何だよ!?」
バイキング「だから、歴史的な事件を起こしちゃうまえに、変えときたいんだよね、名前」
ゲルマン人「なんの心配だよ!?」
バイキング「だって、もう上陸しちゃったら後戻りできないじゃん。このさきずっと俺ら『バイキング』ってことで行くしかないじゃん」
ゲルマン人「細かいこと気にするんじゃねえよ!」
バイキング「いや、あんたたちだって子孫たちがずーっと、ばい菌、ばい菌って言われるの、イヤでしょ。キラキラネームの問題とか、あったじゃん。親がちゃんと名前をつけてやらないと、子供が困るでしょうが」
ゲルマン人「それはそうだけど!」
バイキング「そうでしょう?」
ゲルマン人「それは、そうだけど…」
バイキング「俺らまちがったこと言ってるかなあ」
ゲルマン人「…。まちがっては、いない」
バイキング「まちがってないよね」
ゲルマン人「まちがってないけど…」
バイキング「ちょっと相談したくて」
ゲルマン人「…。なにをだよ」
バイキング「『バイキング』じゃない、もっといい名前、そっちで考えてくれん?」
ゲルマン人「自分たちで考えればいいだろ…」
バイキング「いや、そうはいかんでしょ。歴史ってのは残念ながらヨーロッパ中心主義ってやつがまかり通ってんじゃんか。俺らが勝手に決めた名前が、教科書にちゃんと記載されますかね?『インディアン』の方々なんて、そうでしょう。ヨーロッパ人が勝手にアメリカ大陸をインドと勘違いしただけなのに、『インドの人』みたいに言われてんじゃん。べつにインドに住んでもいないってのに」
ゲルマン人「うう…」
バイキング「『ネイティヴ・アメリカン』よりも『インディアン』のほうがやっぱり有名じゃん。だから、最初のネーミングが重要だって言ってるの」
ゲルマン人「うう…」
バイキング「だから、ちゃんと考えてよ。名前。時間もかかると思うから、今日の上陸は中止するから」
ゲルマン人「えっ」
バイキング「だから、今日上陸しちゃったら、俺ら『バイキング』ってことで確定しちゃうじゃん。教科書に載るレベルの事件なんだから。わからない人だなあ」
ゲルマン人「はあ」
バイキング「また来るから、今度。それまでにちゃんとした名前、考えといて」
ゲルマン人「はあ」
バイキング「ところで、さあ」
ゲルマン人「なんですか…」
バイキング「うーん、言っちゃっていいかなあ」
ゲルマン人「なんなんですか、もうこの際ですから、言ってくださいよ!」
バイキング「おたくら『ゲルマン人』っていうのも、なんだか音の感じが悪くない?」
ゲルマン人「こちらの心配は結構ですよ…もう…」
バイキング「自分たちがいいと思ってるなら、べつにいいんだけどさあ、ちょっとこの機会に考えてみれば?」
ゲルマン人「わかりましたわかりました!考えます考えます…」
バイキング「じゃあね、また来ます」
ゲルマン人「……」
ゲルマン人「…つかれた…」
ゲルマン人「それにしても…」
ゲルマン人「いい名前、なんも思いつかん!!」
時は中世。ヨーロッパにて。歴史の歯車が回りはじめようとしていた。