予感は続く
大学から市の中心部に向かうバスの中はおそろしくすいていた。ほぼ初対面の間柄の初々しい気づまりさからか、先生とわたしは最後尾の長い座席にいくらか距離をあけて並んで座っていた。
何に対する照れなのかよくわからなかったけれど、その時のわたしは先生の顔をまともに見ることができなかった。ちらちらと探るように彼の方をうかがい見て、何かの拍子に視線がぶつかりそうになったら、ごく自然なしぐさで目をそらした。
「ここに来る前は市役所にいらしたのですか?」
バスのエンジン音にかき消されそうになりながらも先生がそう言うのが聞こえた。第一声にしてはあまりに唐突な個人的な問いかけにいくらか動揺しながら、「いえ、以前は企業で働いていました」と返事した。
「そうですか。市の人事課からの紹介でいらしたと伺ったので、てっきりそうかと」
大して意味のない会話。でもそれをきっかけに終点に着く十数分間の間に、先生とわたしはそろそろと当たり障りにないことからそれぞれの境遇を語った。先生の早口の低い声はバスの振動音でよく聞き取れない時もあったけれど、あえて聞き返すことはせず、なんとなくで話をした。特に困ることもなく話は続いていったので、これは二人の相性がいいのか、それとも自然と互いに思いやりながら会話しているのかわからなかった。
やがてバスは終点に着き、意外に喋り過ぎたことに気恥ずかしさを感じたわたしは、さっと立ち上がり短く挨拶をしてバスから降りると足早に歩き始めた。
「そんなに飛ばして歩かなくても」と、思いがけず背後から先生の声が追いかけて来て、びくっと立ち止まり振り返ると視線がぶつかった。
先生は、電車の乗り換えまで落ち着いて時間を潰せる喫茶店を知らないかと、さも今思いついたかのような素っ気なさで尋ねてきた。
それが誘いの言葉とわかるほどにはわたしは自信家ではなかったので、無言で先生の次の言葉を待った。三月の夕刻の肌寒さに少し震えながら、もう少し先生といたいと思った。