民法上の保護要件(対抗要件・免責要件を含む)まとめ

一 基本

 民法に定めのある保護要件(対抗要件・免責要件を含む)をまとめておく。その際、保護要件の観点から情報を一元化するために敢えて立証責任は度外視することとするが、この点を補うために条文をなるべく叮嚀に引用する。
 なお、代理行為の善意・悪意や過失の有無については、代理人が基準となる(§ 101 I u. II)。

  1. 特になし(悪意でもよい)

    1. 強迫の被害者(例外なし):「詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる」(§ 96 I)。

    2. 詐欺の被害者(例外あり):「詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる」(§ 96 I)。但し、第三者が善意無過失の場合や第三者詐欺で相手方が善意無過失の場合には、取り消せない(後述)。

    3. 催告権を行使する無権代理の相手方:「前条〔無権代理〕の場合において、相手方は、本人に対し、相当の期間を定めて、その期間内に追認をするかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、本人がその期間内に確答をしないときは、追認を拒絶したものとみなす」(§ 114)。これに対して、取消権を主張する場合には善意表見代理を主張する場合には善意無過失が要件となる(後述)。

    4. 無権代理行為追認の第三者:「追認は、別段の意思表示がないときは、契約の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない」(§ 116)。

    5. 20年の取得時効を主張する占有者・準占有者:「二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する」(§ 162 I)。「所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する」(§ 163)。これに対して、10年の取得時効を主張する場合には善意無過失が要件となる(後述)。

    6. 債権の消滅時効を主張する当事者:「債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する」(§ 166 I 本文)。消滅時効を主張するのは債務者(もちろん悪意である)が多いであろうが、消滅時効を援用できる当事者には、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者も含まれる(§ 145 括弧書き)。

    7. 解除の第三者:「当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない」(§ 545 I)。但し、不動産の場合には保護要件が加重される(後述)。

    8. 他人物売買売主の追奪責任を追及する買主:「他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う」(§ 561)。買主は悪意でも問題ない(むしろそれが通常である)。これに対して、買主が追完請求権・代金減額請求権を主張する場合には無過失が要件となる(後述)。

    9. 遺産分割の第三者:「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない」(§ 909)。但し、不動産の場合には保護要件が加重される(後述)。

  2. 善意

    1. 心理留保の第三者:「前項ただし書の規定〔心理留保の相手方の悪意又は有過失〕による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない」(§ 93 II)。

    2. 虚偽表示の第三者:「前項の規定〔通謀虚偽表示〕による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない」(§ 94 II)。

    3. 本人追認前の取消権を主張する無権代理の相手方:「代理権を有しない者がした契約は、本人が追認をしない間は、相手方が取り消すことができる。ただし、契約の時において代理権を有しないことを相手方が知っていたときは、この限りでない」(§ 115)。

    4. 果実収取権を主張する占有者:「善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する」(§ 189 I)。「悪意の占有者は、果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う」(§ 190 I)。

  3. 無重過失

    1. 錯誤者(例外あり):「錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない」(§ 95 III 一)。

  4. 無過失

    1. 債務不履行者(損害賠償責任の免責要件):「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」(§ 415 I)。帰責事由は故意過失と基本的に同視される。

    2. 債務不履行解除を主張する債権者:「債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定〔催告による解除・催告によらない解除〕による契約の解除をすることができない」(§ 543)。なお、債務者側の帰責事由(故意過失)は不要である(不可抗力等でもよい)。

    3. 売買の契約不適合責任を追及する買主

      1. 追完請求権を主張する買主:「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる」(§ 562 I)。但し、「前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、同項の規定による履行の追完の請求をすることができない」(§ 562 II)。「前三条の規定は、売主が買主に移転した権利が契約の内容に適合しないものである場合(権利の一部が他人に属する場合においてその権利の一部を移転しないときを含む。)について準用する」(§ 565)。

      2. 代金減額請求権を主張する買主:「第一項の不適合〔催告期間内に追完のない契約不適合〕が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、前二項の規定による代金の減額の請求をすることができない」(§ 563 III)。「前三条の規定は、売主が買主に移転した権利が契約の内容に適合しないものである場合(権利の一部が他人に属する場合においてその権利の一部を移転しないときを含む。)について準用する」(§ 565)。

    4. 不法行為者(損害賠償責任の免責要件。例外あり):「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」(§ 709)。例外として工作物・竹木の所有者の無過失責任があり、「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたとき〔…〕占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない」(§ 717 I)。「前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する」(§ 717 II)。

  5. 善意無重過失

    1. 重過失錯誤の相手方:「錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。/一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき」(§ 95 III 一)。

    2. 譲渡制限付債権(預貯金債権を除く)の譲受人その他の第三者(例外あり):「前項に規定する場合〔譲渡制限の意思表示があった場合〕には、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる」(§ 466 III)。但し、「前項の規定は、債務者が債務を履行しない場合において、同項に規定する第三者が相当の期間を定めて譲渡人への履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、その債務者については、適用しない」(§ 466 IV)。

    3. 譲渡制限付預貯金債権の譲受人その他の第三者(例外あり):「預金口座又は貯金口座に係る預金又は貯金に係る債権(以下「預貯金債権」という。)について当事者がした譲渡制限の意思表示は、第四百六十六条第二項の規定〔譲渡制限付債権譲渡の有効性〕にかかわらず、その譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対抗することができる」(§ 466の5 I)。「前項の規定は、譲渡制限の意思表示がされた預貯金債権に対する強制執行をした差押債権者に対しては、適用しない」(§ 466の5 II)。

    4. 相殺制限付債権の第三者:「前項の規定にかかわらず、当事者が相殺を禁止し、又は制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、又は重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる」(§ 505)。

    5. 売買目的物の種類・品質に関する契約不適合責任追及期間の制限(1年)の利益を受ける売主:「売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない」(§ 566)。

  6. 善意無過失

    1. 心理留保の相手方:「意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする」(§ 93 I)。

    2. 錯誤の第三者:「第一項の規定〔錯誤〕による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない」(§ 95 IV)。

    3. 詐欺の第三者:「前二項の規定〔相手方・第三者〕による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない」(§ 96 III)。

    4. 第三者詐欺の相手方:「相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる」(§ 96 II)。

    5. 任意代理人の善意を主張する本人:「特定の法律行為をすることを委託された代理人がその行為をしたときは、本人は、自ら知っていた事情について代理人が知らなかったことを主張することができない。本人が過失によって知らなかった事情についても、同様とする」(§ 101 III)。

    6. 代理権濫用の相手方:「代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす」(§ 107)。

    7. 表見代理の相手方

      1. 代理権授与表示による表見代理の相手方:「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない」(§ 109 I)。

      2. 権限外の行為の表見代理の相手方:「前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する」(§ 110)。

        1. 代理権授与表示かつ権限外の行為による表見代理の相手方:「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う」(§ 109 II)。

        2. 代理権消滅後かつ権限外の行為による表見代理の相手方:「他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う」(§ 112 II)。

      3. 代理権消滅後の表見代理の相手方:「他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない」(§ 112 I)。

    8. 10年の取得時効を主張する占有者・準占有者(占有・準占有開始時):「十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する」(§ 162 II)。「所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する」(§ 163)。

    9. 即時取得を主張する占有者:「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する」(§ 192)。

  7. 登記

    1. 不動産物権変動の主張者:「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」(§ 177)。

      1. 大審院判例(大連判明治41年12月15日民録14輯1276頁):「第三者」とは「当事者若クハ其包括承継人ニ非ズシテ不動産ニ関シ物権ノ得喪及ヒ変更ノ登記欠缺ヲ主張スル正当ノ利益ヲ有スル者」をいう(制限説)。例えば、無権利者(無権利者から譲り受けた無権利者を含む)不法占拠者には登記欠缺主張の正当な利益がなく、ここでいう「第三者」に該らない。

      2. 最高裁判例(最判昭和44年1月16日民集23巻1号18頁):「実体上物権変動があった事実を知りながら当該不動産について利害関係を持つに至った者において、右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、かかる背信的悪意者は登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有
        しないものであって、民法一七七条にいう「第三者」にあたらない。」

      3. 不動産登記法5条:「詐欺又は強迫によって登記の申請を妨げた第三者は、その登記がないことを主張することができない」(1項)。また、「他人のために登記を申請する義務を負う第三者〔当該登記申請を受任した司法書士等〕は、その登記がないことを主張することができない。ただし、その登記の登記原因(登記の原因となる事実又は法律行為をいう。以下同じ。)が自己の登記の登記原因の後に生じたときは、この限りでない」(2項)。

    2. 不動産賃借権の主張者:「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる」(§ 605)。

    3. 夫婦財産契約を主張する夫婦:「夫婦が法定財産制と異なる契約をしたときは、婚姻の届出までにその登記をしなければ、これを夫婦の承継人及び第三者に対抗することができない」(§ 756)。

  8. 引渡し

    1. 動産物権譲渡の主張者:「動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない」(§ 178)。

  9. 通知又は承諾

    1. 債権譲渡:「債権の譲渡(現に発生していない債権の譲渡を含む。)は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない」(§ 467 I)。「前項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない」(§ 467 II)。

二 応用:不動産物権変動の対抗要件規範とその他の規範の間の牴触規範

 不動産につき売買等の通常の法律行為により物権変動が生じた場合において民法177条に基づき登記の先後により対抗の可否を決すべきことは言うまでもないが、取消し・解除といった復帰的法律行為の場合についても民法176条にいう当事者の意思表示による物権の設定及び移転であるから、基本的には民法177条の適用対象になるように見える。しかし、取消し・解除には第三者保護規定があり、第三者は登記なくして取消権者・解除権者に対抗できるようにも読める。このためこの点について牴触規範を置く必要があるが、この点については民法に明文の規定がなく、その解決は判例に委ねられている。
 さらに、大審院判例(大判明41年12月 15日民録14輯1301頁)によれば、民法177条のいう「不動産に関する物権の得喪及び変更」は、民法176条の定める当事者の意思表示による物権の設定及び移転に限られず、その他の法律の規定による物権の得喪及び変更にも適用される。すなわち、「民法第百七十六条ニ物権ノ設定及ヒ移転ハ当事者ノ意思表示ノミニ因リテ其効力ヲ生ストアリテ当事者間ニ在リテハ動産タルト不動産タルトヲ問ハス物権ノ設定及ヒ移転ハ単ニ意思表示ノミニ因リテ其効力ヲ生シ他ニ登記又ハ引渡等何等ノ形式ヲ要セサルコトヲ規定シタルニ止マリ又其第百七十七条ニハ不動産ニ関スル物権ノ得喪及ヒ変更ハ登記法ノ定ムル所ニ従ヒ其登記ヲ為スニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ストアリテ不動産ニ関 スル物権ノ得喪及ヒ変更ハ其原因ノ如何ヲ問ハス総テ登記法ノ定ムル所ニ従ヒ其登記ヲ為スニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルヲ得サルコトヲ規定シタルモノニシテ右両条ハ全ク別異ノ関係ヲ規定シタルモノナリ之ヲ換言セハ前者ハ物権ノ設定及ヒ移転ニ於ケル当事者間ノ関係ヲ規定シ後者ハ物権ノ得喪及ヒ変更ノ事為ニ於ケル当事者ト其得喪及ヒ変更ニ干与セサル第三者トノ関係ヲ規定シタルモノナリ故ニ偶第百七十七条ノ規定即チ物権ノ得喪及ヒ変更ニ付テノ対抗条件ノ規定カ前顕第百七十六条ノ規定ノ次条ニ在ルトノ一事ヲ以テ第百七十七条ノ規定ハ独リ第百七十六条ノ意思表示ノミニ因ル物権ノ設定及ヒ移転ノ場合ノミニ限リ之ヲ適用スヘキモノニシ テ其他ノ場合即チ意思表示ニ因ラスシテ物権ヲ移転スル場合ニ於テ之ヲ適用スヘカラサルモノトスルヲ得ス何トナレハ第百七十七条ノ規定ハ同一ノ不動産ニ関シテ正当ノ権利若クハ利益ヲ有スル第三者ヲシテ登記ニ依リテ物権ノ得喪及ヒ変更ノ事状ヲ知悉シ以テ不慮ノ損害ヲ免ルルコトヲ得セシメンカ為メニ存スルモノニシテ畢竟第三者保護ノ規定ナルコトハ其法意ニ徴シテ毫モ疑ヲ容レス而シテ右第三者ニ在リテハ物権ノ得喪及ヒ変更カ当事者ノ意思表示ニ因リ生シタルト将タ之ニ因ラスシテ家督相続ノ如キ法律ノ規定ニ因リ生シタルトハ毫モ異ナル所ナキカ故ニ其間区別ヲ設ケ前者ノ場合ニ於テハ之ニ対抗スルニハ登記ヲ要スルモノトシ後者ノ場合ニ於テハ登記ヲ要セサルモノトスル理由ナケレハナリ」。
 このため、不動産につき相続・時効取得が行われた場合にも民法177条の規定は適用されるべきことになるが、他方、これらの場合について定められている個別の要件との調整も必要である(さらに、遺産分割と取得時効には遡及効があるため譲渡人が無権利者となり民法177条の適用は排除されるのではないかという疑問もある)。しかし、これらの牴触についても民法に明文の牴触規定がなく、判例に委ねられている。
 これらの点につき、判例は、規範の適用範囲を行為・事実の前後で時間により切り分ける牴触規範を導入している。例えば、「民法909条但書にいう第三者は、相続開始後遺産分割前に生じた第三者を指し、遺産分割後に生じた第三者については同法177条が適用されるべき」である(最判昭和46年 1 月26日民集25巻 1 号90頁)。

  1. 取消し・解除・遺産分割・取得時効完成後の第三者:取消し・解除については復帰的物権変動、遺産分割については相続による承継取得、取得時効の完成については原始取得が生ずるため、それ以降については民法177条のいう「不動産に関する物権の得喪及び変更」が存在することになる。したがって、この場合には民法177条が適用される(登記が必要)。

  2. 取消し・解除・遺産分割・取得時効完成前の第三者:1の牴触規範を導入した結果として、個別の保護規範の適用範囲は行為・事実の前に限定されることになる。

    1. 取消し前の第三者:意思表示の規定(§§ 95 ff.)による(登記は不要)。

    2. 取得時効完成前の第三者:取得時効の規定(§§ 162 ff.)による(登記は不要)。

    3. 解除前の第三者:解除の規定(§ 545)によるが、判例により要件が加重されている(登記が必要)。

    4. 遺産分割前の第三者:遺産分割の規定(§ 909)によるが、判例により要件が加重されている(登記が必要)。但し、自らの相続分でないものを譲渡した場合には、無権利者から譲り受けた無権利者ということになり、登記なくして対抗可能。


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