たった今見た夢「ドロボー!」
夜、路上に立っている私。
左から右に長く緩い下り坂。
私は歩道のガードレールの内側にいる。
坂の上の方から女の人の声が聞こえた。
「すいません、もう結構ですから」
はっきりとした聞き取りやすい声だ。
「ありがとうございます、もう止まってください。」
誰かに何かをお願いしているらしい。
古そうな自転車を漕ぐ音がした。
チェーンカバーが錆びてガッサガッサ音がする古いママチャリの特有の音だ。
「ちょっと待ってください!」
女性の声とママチャリの音が近づいてきた。もはや声は悲鳴である。
すると私を目の前を、ママチャリを立ち漕ぎする若い男が通り過ぎた。男はスポーツ刈りで白いヨットパーカー、黒いズボン。
ママチャリのカゴには紺色のバッグらしきものが見えた。親切を装って女性から騙し取ったものだと私は直感したものの、あまりに早くて何もできずにいると、自転車を追いかける女性の足音が聞こえてきた。
「誰か!誰か助けてくださーい!」
叫びながら走る女性は、小柄で髪が長く、白いブラウスに黒っぽいいスカート、黒っぽいいパンプス。ひと目でOLとわかるが、口紅は派手に赤い。顔はプロレスラーの尾崎魔弓に似ている。
そしてとにかく足が早い。
カカカカカカカカカカカカッ!
パンプスの硬い足音が響いたと思ったら、凄い勢いで走る女性が全速力で逃げる自転車に負けないくらいの同じスピードで目の前を走り抜けていった。乱れた髪と真っ赤な口紅が怖い。
私は何もできず立ったままだった。
すると、しばらくしてまた坂の上からまた女の声が聞こえてきた。
「待てえええええ!」
すると坂を下っていったはずのママチャリが、なぜかまたガサガサ音を立てて坂の上から下りてきた。同じところをぐるぐる回っているらしい。
今度は男はサドルに腰かけてママチャリを空走させていた。ベアリングのジィーッという音が響く。
私はなんとか奴を止めようとしたが、体当りで倒すすべきかママチャリの車輪になにか巻き込ませようかと考えているうちに、ママチャリは通り過ぎてしまった。
「ドロボーーーー!」
女性は私に目もくれず、叫びながらパンプスの足音をさせて目の前を猛スピードで駆け抜けていった。とにかくこの女、早い!
私は歩道にもどろうと振り返ると、歩道の後ろは幅3メートルくらいの石段だった。十段くらいはある。石段の上は戸建ての住宅が立っていて、そこにも私道らしき道があった。
「その人泥棒です!誰か捕まえてぇっ!」
遠くで女の叫び声がすると、ふいにママチャリのガタガタする音が聞こえ、男が、石段の上に現れた。
男はママチャリに乗ったまま石段を折り始めたものの、すぐにバランスを崩して転倒してしまった。
派手な音がして自転車と一緒に階段の下まで転がり落ちる男。落ちたまま動けないでいる。
近寄ってみると、男の顔は擦り傷だらけだった。その顔を見ながら私は「若いからこれくらいの傷すぐに治っちゃうんだろうなあ」と羨ましく思ったところで目が覚めた。