一粒のザクロのサスペンス --- 増田惠子 40th Anniversary & Birthday Live “そして、ここから…”
だいぶ昔の話ですが、松任谷由実が「メロウな気分を味わいたくて歌っている」というようなことを話していて、まーたオシャレな単語使うなあと思って調べてみたのですが、結局どんな気分なのかイマイチよくわからなかったんです。
それが今日、わかった気がします。
Billbord Live YOKOHAMA 9/2 夜の部は増田惠子さんソロデビュー40周年のバースデーライブ。本当に楽しみにしていたライブです。
ステージに立つケイさん(以後ケイさんと書かせていただきます)は白いノースリーブのドレス。
「皆さん、お元気でしたか?」
一言目は「ようこそ」ではありませんでした。ステージの上から観客の顔を見て自然に出てきた言葉が上の言葉です。この最初の一言で既にケイさんは感極まっているようでした。この日2回目のライブであるにも関わらず。
ケイさんが自身のライブで歌を披露するのはおよそ3年ぶりとのこと。その間、配信ライブなどは行ってはいても、やはりコロナの影響はここにもありました。ケイさんは今回のステージが不安でたまらなかったそうです。仙台育英の監督の仰る通り、若い人にとって3年間ってとても大きいと思います。しかし、齢を取ってからの3年間というのもまた別の意味で大きいのです。
(また会えてよかった。)
その気持ちが、最初の一言から痛いほど伝わってきました。私はそれがとてもうれしかった。
そしていざライブがスタートしてしまえば、もうさすがの一言。前回の配信ライブよりもむしろコンディションがいい。しかも今日2回目のステージとは思えないくらいに声も身体も元気いっぱいで、やはりプロフェッショナルだなと思います。特にノースリーブのドレスから覗く肩から二の腕のあたりの筋肉が凄い。体脂肪率がいかにも低そう。ボディビルで言うところの「キレてる」状態です。
私はもうピンク・レディーとして表に出ることはないのではないかと思っていたのですが、あの腕を見ればその時の準備はいつでもできているんだなと思わざるを得ません。ああ、やっぱり増田惠子は今でもケイなんだと嬉しくなりました(たとえ始球式の練習で着いた筋肉だとしても、です)。あと数年でピンク・レディーも50周年ですしね。
セットリストは以下の通りです。
・奇跡の花
・Del Sole
・観覧車
・Et j’aime la vie
・向日葵はうつむかない
・愛唱歌
・愛の讃歌
・KEY
・インスピレーション
・UFO
・渚のシンドバッド
・こもれびの椅子
・すずめ
・Del Sole(アンコール)
落ち着いた大人の歌が多く、ゆったりとした気持ちで聞くことができました。今こんな感じの歌を歌える人って誰がいるのかなって考えてみたのですが、パッとは思い浮かびません。いや、上手な歌い手さんはたくさんいらっしゃいます。MISHAさんだったり平原綾香さんだったり、まあ手軽にこんなライブスタジオで聴けるかどうかは別として。
でも、私にとって増田惠子のステージはやっぱり特別。
ケイさんのMCの中で、ちょっとした事件がありました。観覧車の曲紹介の時のことです。ケイさんのMCでは観覧車(阿久悠の未発表詞)の作曲を宇崎竜童さんに依頼した際のエピソードが語られました。
観覧車の詞からどんなイメージを受けたかを宇崎さんに問われたケイさんは、「過去にいろいろあって別れた二人が同じ観覧車に乗り合わせて、心の中でうごめいていたザクロの実が、どんどん大きくなってさいごには弾けてしまうようなイメージ」みたいな話をして宇崎さんに笑われたという、まあ他愛のないエピソードです。
しかし、そのあとケイさんは、「まだ私の中にもザクロの実が残っているのかな…なんて思ったりして。」と続けました。これ、どんな意味でケイさんが語ったのかはわかりません。ここでひと笑い取りに行っただけなのかもしれません。
しかし、客席はほんの一瞬でしたが確かに押し黙ってしまったのです。私もどう反応していいのかわかりませんでした。おそらく会場の空気をケイさんも敏感に感じ取ったのだと思いますが、即座にケイさんの口から「冗談です。」という言葉が出てきました。
私も、そして会場にいる古参のファンもケイさんがこれまでどういう人生を歩んできて今日に至るかはわかっています。そして彼女がとても感受性が強く、激しい情熱の持ち主であることも知っています。その彼女に「自分の中にもまだザクロの実があるのかな」なんて言われたら、ドキリとしないわけがないんです。
もちろん今のケイさんがご結婚もされて大変に幸せな日々を営まれていることも全員が良く知っています。しかしその序盤のMCで投下された一粒のザクロの実のサスペンスが、結果的に彼女が歌う大人の愛の歌に、より一層の艶めかしい輝きを与えることになりました。
そう、これが歌手・増田惠子の怖さ。彼女にしか歌えない歌。ひょっとしたら私たちは彼女の掌の上で転がされていただけなのかもしれません。
以前年の離れた奥さんと結婚した友人と会話した時に「若い嫁さんでいいね」と問いかけると彼の口からこんな答えが返ってきました。
「若い女房をもらって困ることってなんだかわかる?共通の過去がないことなんだよ。」
そう。私たちはケイさんの人生を知っているし、ピンク・レディーを小学生の時に見てから、同じ時間を生きてきた。人間50年も生きていればそりゃあいろんなことがある。私の人生とケイさんの人生は違うものだけれど、同じ時間の中で営まれた人生であることには変わりがない。ケイさんは自分の人生を歌に重ねて、私たちはケイさんの人生に自分の人生を重ねながら、彼女の歌声に身をゆだねていました。
その時の、なんとも言えない満たされた気持ちをどう表現したらいいのでしょうか。すごい!とか、上手い!とかいう単純な驚きではないし、感動とか、鳥肌とか、号泣とかの激しさを伴うような心の動きとも違います。
そして思ったんです。
ああそうか、これが松任谷由実が言ってたメロウな気分なのかもしれない。
若い時には若い時なりの新鮮な感動というものがたくさんあるように、こうして長い時間をかけなければたどり着けない幸せというものも確かにあるな、と思いました。
ケイさん、今回のライブで少し自信を取り戻したとのこと。よかった。少しどころか現在の歌手・増田惠子は素晴らしい輝きを放っているし、まだまだたくさんの可能性を秘めています。ぜひ少しでもライブの機会を増やしてほしいし、一人でも多くの人に聞いて欲しい、そんなことを願わずにはいられない素晴らしいライブでした。
いつかピンク・レディーではなく、未唯mieと増田惠子のジョイントライブをやってほしいな。