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怪#7-2(死の自覚)

町医者の話を聞いても
しばらくは何のことか
理解できなかったらしい

吉さんは尻にひかれていたし
藤枝さんに怒られることが
嬉しそうだった

いつもニコニコして
子供より二人の時間が
大切なようで
再婚って
そんなにいいものなのかと
ひそかに思いましたよ

それほど大切な人が
意識をなくしたまま
大学病院の
厚い扉の向こうに
連れていかれた

悪いけど、吉さんは
あまり学のある人ではない

だからこそ
隠すこともなく
藤枝さんへの愛情が丸見えで
女と生まれて羨ましい
惚れられっぷりでした

惚れるより
惚れられたほうが
幸せなのかなぁ


自動ドアが、おもむろに
開いた。

「早すぎる・・」

不吉なほどの速さ


吉さんが、すがるように
先生の前に前かがみで立った

覚えてるよ
あの光景

時間が流れなくなった
ようだった


残念ですが、現在の医術では
どうにもできないのです

血管が脆すぎて
縫合できない

大静脈が大きく裂けており
一時的な処置はしましたが
もって数日でしょう


吉さんは
座り込んで泣き出しました

私はね
先生に尋ねようとしたのに
震えて声が出ない

胸の前で手を握りしめて
涙だけがこぼれていきます

それを見て
先生が言いました


痛みを緩和しながら
ぎりぎりで意識を保てるよう
薬を調節しますから
今のうちに親しい方を
お呼びになったほうが
良いでしょう

リリースは前後しましたが
兄やんより
藤枝さんのほうが
早くこんなことに
なったのです

今思えば、二人とも
臓器や血管が脆く

生きているのに
体の中は
死につつあったのです



遺伝なのだろうか…

私の最後も
こんな結末ならば

娘の京子に
早々の覚悟を
話しておかなければと
考えてしまう


ハッと我に返り
吉さんに聞きました
「子供たちの連絡先は?」

長い沈黙の後
やっと
「店の帳面につけてある」
と、答えたので
すぐに京子に電話をして
状況を話したうえで
子供たちと
親族全員に
連絡を取るように指示した

翌朝から近隣の親族が
交代で現れ始めた頃
医師が話した通り

藤枝さんは
うっすらと意識が戻り
会話もできるようになった

少しばかりジュースなど
飲み物もとれる

だけど半身が麻痺していて

気をつけないと
向きによっては
飲み物がこぼれたり
視えていないため
ろれつの怪しい口調で
私を「呼んで」と
騒いだりする

そんなときは
大急ぎで
「ここに居るよ」
と、視える方へ周り
安心させるのです



小康状態を保っているかの
ように見えてはいたが
実際は体内での出血は
続いている

その証拠に
藤枝さんの顔
頭部というべきか

そこは通常より
肥大化してきている
血液が溜まっているのだ

疲れさせないように
集まった親族や友人が
1~2人ずつ病室に入る

午後からは
他県の親族も到着し
少人数で、顔を見に
病室に入る

合間で私が呼ばれ


吉さんが不安そうに
病室にいるのが辛気臭いから
出すように言われた

私に
「旅行は
  元気になってからね」

と、とぎれとぎれに言った


「うん、そうしよう」
そう答えた

藤枝さんは
まだ、自分の
「死」を
知らない

私は、そう
返事する以外
何ができるというのか

泣かずにいるだけでも
精一杯なのに


藤枝さんが眠ったすきに
京子や数人の若い子らに
吉さんの家の片付けや
必要なものを取りに行かせた
「その時」の準備のためだ

その日の
19時くらいだったろうか
やっと長女が着き
二人きりで長く過ごして
いました

数年ぶりの再会が
こんなことになるなんて
悲しすぎるよね


一方で何回かけても
電話に出ない長男

どうしても連絡がつかない

いつもの、小言だと踏んで
無視しているのだろう

金の無心のときだけ
応答すると
聞いた覚えがあるのだが

このままでは
間に合わないので

一旦帰らせた娘たちに
誰か連絡を取れないか?

と、困って尋ねると
数時間後
探し出した・・・


凄い早さである

SNSを駆使して
友達の友達の・・・
という風に辿って

東京にいることが分かり 
明日の朝いちばん便で
帰りつくよう手配し
友人がピックアップして
病院に直行することまで
お膳立てまでされていた

ひと安心した私の横に
長女が座り込んだ

入れ違いに
吉さんが病室に入る

黙って見ていたが
ドアが閉まったとたんに
「○は?」と
長男のことを聞いてきたので
連絡がついたことと
明朝には
到着することを伝えた

「そう」
短く答えると
また黙り込んだ

今夜もここで夜明かしだ

待合の長椅子に横たわると
つい眠り込んでしまい
気付くと夜が明けており
慌ただしい朝を迎えていた

冠婚葬祭
いや
葬式以外ほとんど
交流が無い親族が集まり
入れ替わり立ち代わり
藤枝さんに会いに行く

止めることはできない


最後に会えた

言葉を交わせた

心残りが無くなったと
話しているが
誰も
気が付かないのだろうか?


あなたたちは
「別れ」を言えて
良かったかもしれない

しかし「死」という
イベント以外
会うことが無い一族が
順番に来るということは

「お前はもうすぐ
    死ぬんだ」

そう
本人に念押しして
言っているのと

同じじゃないか


朦朧としていても
気付いたよ

きっと


と、その時
半泣きで長男が到着した


「とどめだ・・・」


最後の一葉がやって来た


確定的な死の自覚



その日の夜半


眠るようだった


私たち数人が枕辺で
呆然自失と
立ちすくんでいた時
長女がささやいた




「母さん・・・
   父さんが迎えに来た?」


毎日の重ねから私なりの 「思い」を綴っております 少しでも「あなたの」琴線に 触れるものがあれば幸いです 読んで下さり、ありがとうございます