見出し画像

写真から切り取る言葉ワークショップの個人的感想

ワークショップのレポとはいえない程度の個人的な記録はこちらにまとめています。

以下は本当に個人的な感想です。


1人で乗り込んだワークショップ。
とてもとても緊張した。
それなりに社会人経験を積んで人前で話す事もあるにも関わらずとても緊張した。
おそらく、自分のありのまま感性を人前にさらけ出すという経験値の少なさ、さらけ出す場所は幾度なくあったと思うけど意識的に避けてきた事のツケが回ってきた気がした。
自分が感じていることを表現するってとっても緊張するけどみんなが受け止めてくれる事が心から嬉しかった。こういう経験って小学生ぐらいで終えておくべきだよね。

すこし話がずれましたが、そもそも何故このワークショップに参加したかというと、温度がある文章(昔話)が好きだからです。温度がある文章とは、例えば、『昔ここには闇市があった。』という事実が並べられた文章より、『昔は貧しくてね、法に触れていることは承知だったけど生きるためにやるしかなかったわけよ。それで闇市が広がっていったんだよね。』といった温度のある話の方がより当時を知れる気がする。こういう言葉って普通に暮らす人が残すことに意味があると思う。そうだとすると、私も普段から思うことを文章にして残せたほうが絶対いいよね。と思ったからだ。

とは言っても、自分の考えをありのまま外に出すことに不慣れな私は冒頭でもいったようにとてもとても緊張した。
これが、普遍的な当たり障りのないことを並べれば良い場所であれば、それなりの平均的なことを言ってその場をなんとなくやり過ごせたかもしれない。だけど今日は、そういうことではなくありのままの自分が思うことを外に出すということに意味があり、それを意識していたのでとても緊張した。noteという誰かに読まれているようで、誰に読まれているかわからない、というか誰かに読まれている感覚がない媒体より、目の前に人がいる状態で気持ちを表に出すということは私にとってはとてもハードルが高かった。

結果的には、ワークショップの中で私が1番緊張していたのではないかと思う。写真を見て思ったことをみなさん自分の言葉でうまくまとめられていたけど、そんな風にうまく大人びた言葉を話せない。私は箇条書きした言葉を朗読して小学生のようだった。でも私にできる精一杯のことはできた気がした。普段の生活で自分が思うことを話すことが下手だし、さらに頭で考えている事を言葉にすることに時間がかかるので、話をしていても相手の顔色をみて、あぁこの話はもう切り上げようとおもう。でも今回はみんなが全部受け入れてくれる会だったのでうまく自分の言葉を発せられた気がした。

なんだか私だけ参加の目的が異なっているみたいで申し訳ないと思いつつ、ワークショップの目的でもある写真から言葉を生み出す作業。普段うまく言語化できていないことを、言語化する作業ができてとても嬉しかった。幸せな時間でした。みなさん本当にありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?