運命は掴めない
運命は掴めない。突然背後から襲いかかってくるものだ。
──エイバー・フランド・イェン
*
こんなはずではなかった。
真昼間の石畳の上で、僕は頭を抱えていた。
誰に言われなくとも、情けない格好であることは否定の余地がない。なにせ人の通りがある屋外、シーズン真っ最中の観光地のど真ん中だ。人目はどうしたってある。
──いや、もしかするとないのかもしれない。
ここにいるのは、地べたにいる僕には興味も向けず、空を仰いでいる人ばかりなのだから。
「ちょっと! そこのお兄さん!」
と、石畳の上でアナゴモリアルマジロのごとく丸くなっていた僕へ、声をかけてくるものがいた。
おそるおそる顔をあげると、そこにはオーガ人種の女性──ではなく、恰幅のいい人類種の女性が仁王立ちしていた。
彼女がオーガ人種に見えてしまったのは、左肩に一人、右脇に一人、女の子を抱えていたからだろう。
「そんなんじゃ運命の女の子なんて捕まえられっこないよ! しっかり上を見な!」
「そんなこと言われたって……」
僕が言葉に困っている間に、女性は紳士的な(?)丁寧さで抱えた女の子をおろしている。やれやれといった様子で首を振るのは、僕に呆れているのか、それとも五十年ぶりという『異常気象』に呆れているのだろうか。
「まぁ、この時期のハウザルが初めてで『これ』じゃあ無理もないね。せめて自分の身は自分で守れるようにするんだよ。いつどこから女の子が降ってくるのか、分かったもんじゃないんだから」
そう言っている間も、女性は油断なく空を見上げていた。つられて視線を上げると、青空と白い雲の下、近くで、あるいは遠くで、人影のようなものが地表へ向かって落ちてきているのがちらほらと見えた。
人影のようなもの、ではなく、実際に人間で、それどころか十代そこそこの女の子であることまで確定した、女の子がよく降る六月の南ハウザルの空だった。
──というのは、観光ガイドの雑誌や人づてに聞いた話。
今朝のニュースで聞いた限りでは、今年のハウザルの『女の子降り』は歴史的な活発さで、なんと警報まで発令される異常事態ぶりだという。
「……うう、運命の出会いがあると思ったのに……」
「きちんと受け止めれば応えてくれるんだがねぇ」
僕のぼやきへなんてことのないように応える女性は、空から降る女の子どころか、僕のようなアナゴモリアルマジロ……もとい、怯えた観光客の扱いも手馴れているらしかった。
よく見れば、女性が受け止めて地面におろした女の子たちは、ぽやんとした目で女性を見つめている。なかには「奥さまの家で働かせてください!」と詰め寄る娘までいた。
彼女が欲しいなら六月のハウザルへ行け──。
彼女いない歴イコール年齢だった、去年から付き合いの悪くなった親友が、つい先月僕に言った言葉を思い出す。
僕だって、このまま彼女いない歴イコール年齢の記録を伸ばし続けるつもりはない。とはいえ女の子に話しかける勇気もないので、残された道は「これ」しかない。
空から降ってくる女の子を受け止める。
意を決して立ちあがった僕の背後を見て、また一人女の子を担いだ女性が血相を変えて叫んだ。
「お兄さん! 後ろ!」
「え?」
次の瞬間、僕は首が折れて死んだのではないかと疑うような衝撃とともに意識を失った。
鋭角に降下してきた女の子が僕の背中に激突した、と聞いたのは、アトス市の病院のベッドの上。
僕のハウザル旅行は、入院費と延泊費用、交通機関のキャンセル費に、入院中の大学の休講手続き、さらに二人分の帰りのチケット費がオマケについて、無事幕を閉じた。