見出し画像

いつかのアジアのそらのした①SARS警戒中のアジアへ

2003年4月4日私達は成田空港へ向かっていた。2003年といえばSARSが流行った年。今も感染症のコロナ禍の中にいる世界だけど、当時はSARSが世界を脅かしていた。SARSは日本には余り影響がなかったと思う。だからこそなのか若気の至りか私達は成田空港からバンコクに向かうのだった。

成田空港からはビーマンバングラディシュ航空でバンコクへ向かう。ビーマンエアーは2006年から日本への乗り入れが無く2019年12月に日本便の再開したはずだけど、コロナ禍の中今はどうなのだろうか。運休はもちろん今後の運行や運営はどうなるのか。ビーマンバングラディシュ航空の食事は美味しくて快適だっただけに心配。このチケットは一年前のバンコクで購入した一年オープンチケット、友達と2人で1年後に行こうとバンコクでチケットを買った後からお金を貯め計画していた。一年オープンチケットは一年間有効な往復チケットで有効期限内であれば日時の変更は可能。私達は決めた当初の日程でSARSに恐れることなくアジア旅を決行した。

到着したのは今はLCCの空港として運営しているドンムアン空港。ここからアジアの旅を開始した。ちなみに当時はSARSで大騒ぎのアジア諸国だったのでドンムアン空港の職員は皆マスク姿だった。クーラーの効いた空港から一歩外に出るとじっとりと背中に汗をかいた。高温多湿のタイにキターと思う瞬間だった。と同時に早く靴下を脱ぎ素足にビーサン、短パンに半袖に着替えたくなる。だがこのあとエアポートバスに乗るので今着替えるとバスのエアコンで寒すぎる。カオサンに到着したら着替えよう。

カオサンはバックパッカーの聖地とも呼ばれる旅行者が集まる繁華街。毎日縁日のような賑わいのある通りで左右にお土産屋、Tシャツ屋、飲食店、銀細工専門店など並んでいて、その前に露店が並び、通りは歩行者天国になっている通りでも食べ物を歩き売りする人がいたり、飲食店は大きなボリュームで音楽を流すというとても賑やかな通りです。カオサンへ到着するとその前の年と同じ光景が広がっていた。カオサンの旅行者は相変わらず多かったのだけど、ただ一つ違う光景はカオサンにも警官が多くいたことだった。警官が多いのが不思議だった。SARSと関係あるのかは不明だけれど。

毎度のことのようにカオサンでの定宿はカオサンから少し離れたメリーⅤゲストハウス。目の前が寺がある立地から賑やかな通りから少し離れていて落ち着くのだ。やっぱりここがコスパもいいしカオサンならココがいい。ふと見ると見慣れたTシャツを着ているスタッフがいた。去年まで私が着ていたTシャツだった。気に入っているものに私には似合わないそのTシャツは去年もココに泊まり最終日に荷物を減らそうと服を置いていったもの。ゴミ箱ではなく畳んでベットに置いておいた。そのTシャツをスタッフが着ていた。そのTシャツは以前グアムに行ったときに購入した紫色にゲッコウ(とかげ)が書かれたものだった。私よりそのTシャツが似合うスタッフをみたらなんだかうれしくなった。また今回も服を置いていこうか。

さすがに今は年を重ねたので、カオサンに行くことは無いのだけど行くとしたらもう少しランクアップしたホテルに泊まるだろう。事実それほど高くない値段でカオサンから少し離れた場所にはプール付きのリゾートのようなホテルがあるようだ。当時のカオサンからは想像できないのだけれど・・時代は変わっているのだなぁ。実は当時からあったりするかもしれない

今はネットでホテル検索もできるし安い宿も予約出来るのだから便利だね。そういえば2003年当時の写真はパソコンから消えてしまい無いのだが、当時の日記をみているとTCを持って行っていた。TCって知ってますか?トラベラーズチェックという外国小切手なのだけど何時のころからか使わなくなった。今調べたら日本での発行は2014年に廃止されたそう。持っているTCを使えなくなったのでは無いらしいが廃止されたのは知らなかった。

日記にはTCをの手数料が23バーツかかると書かれている。ちなみにUSD100をタイバーツ42.73で換金して4273.00バーツにしている。2020年5月11日、今日の日本でのレートを見るとUSD100は3224.25バーツだった。

日記に記してあるこの日の出費は、ドンムアン空港からカオサンまでエアポートバスで100バーツ。メリーⅤゲストハウス90バーツ、なぜかスチューデントカード120バーツ(確か旅行会社でスチューデントカードがあると何かと割引できるから作っとけと言われたのだろう)ちなみにスチューデントカード殆ど使わなかった。夜ご飯30バーツ。何を食べたのか?またタッパイか?ミネラルウォーター5バーツ、ラオスビザ1350バーツで1日トータル1695バーツ。ラオスビザを発見するまで数日かかるので翌日はカンチャナブリに移動した

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?