2021年の最後に怖い話する
2021年の締め。
ネットの世界で仲良くしてくれた人たちに、何かお返しできることがないかな?と考えて、思いついた。
怖い話するわ。
① イヤフォン
10年ほど前の夏。15時頃のことだったと思う。大学から帰宅してすぐに、私はお風呂に入ることにした。
お風呂場と脱衣所は2階のリビングに隣接していて、帰宅して早々、私はリビングの真ん中に置いてある大きなダイニングテーブルの上に、ポケットに入れていたiPhoneと帰路で使っていたイヤフォンを置いた。
ダイニングテーブルに向かって左手前。四人家族の私の定位置。カバンはすぐ近くのフローリングの床に置いて、そのまま脱衣所へ駆け込む。
まだiPhoneに3.5mmのプラグが直差しできた時代。
今でもよく覚えている。それはシリコンを耳にキュっと入れるカナル型で、プラグから長いコードが伸びている有線のイヤフォンだった。
色はライムグリーン。ボカロと黒バスが好きだったから。
10分ほどでシャワーを終えて、お風呂場から脱衣所へ出る。
濡れた髪だけを梳かして、バスタオルを巻いたまま脱衣所からリビングへ出ると、当時はまだ高校生だった妹が帰宅していた。
「おかえり」と声をかけながら、リビングに放置していた洗濯物の中から服を探す。妹は、ダイニングテーブルに向かって右手前に座って携帯を触っていた。
服を着て、体に巻いていたバスタオルは頭に乗せて、ダイニングテーブルに目をやった私は、そこにイヤフォンが無いことに気がついた。
iPhoneはある。
それに繋がっていたはずの、イヤフォンだけがない。
「ここに置いてたイヤフォン見いひんかった?」
そう声をかけると、妹はキョトンとして「え、知らん」と答えた。
置いてたはずなんやけどなぁ……とぼやきながら、あちこちを探す。テーブルの下、床に置いたカバンの中、着ていた服のポケット。どこにもなくて、テーブルの上をもう一度。でもどこにもない。
探し物をするには邪魔だったので、頭に乗っけていたバスタオルをリビングの床へと落とした。
「絶対にここに置いたと思ったんやけど、見てへん?帰ってきてすぐにお風呂入ったから、リビング以外はありえへんにゃけど」
妹は携帯から顔を上げずに「知らんって」と興味なさげな様子。
「覚えてへんだけでトイレとか行ったんちゃう?見てへんもん」
絶対そんなこと無いにゃけど!!!と思いながら、リビング以外も見てこようかなぁ……と思って、とりあえず濡れてる髪を乾かさなきゃな、と思って。
そういえば、さっき床にバスタオル落としたわ、と思って。
拾いに行ったら、乱暴にほったらかしにされていたバスタオルの上に、ライムグリーン色のケーブルが綺麗な塒を巻いて、イヤフォンが丁寧に置かれていた。
② パスタ店のお水
いつのことだったか、季節も時期も明確には覚えていない。あんなに気味が悪かったはずなのに記憶も朧げで、今もどうにか手繰り寄せながら書いている。
日曜日、だったはず。母と妹と、家からは少し遠いショッピングモールに買い物に行った時のこと。
昼食にパスタが食べたくなった。
ショッピングモールに「◯◯パスタ」が入っていたので、そこへ行った。
店の形が、テトリスの「ト」のような形をしていて、出っ張りの部分が入り口兼レジで、縦長の部分に席がひとテーブルずつ、壁にテーブルの一辺をくっつける形で真っ直ぐ並んでいた。
私たちは一番外際の4人掛けに案内された。ちょうど「ト」の縦棒の一番下の部分。
母と妹が外側の席へ、私はその向いへと座った。
正面に壁と家族。逆に、妹と母からは店内の様子は全て見ることができたらしい。
店内のテーブルはみな同じ形で縦列しているので、お客さんの様子も一望できる。
テーブルを囲んで数分して、私は少し振り返ってレジの方を見た。
何があったわけでもない。新しいお客さんが来た気配を感じてふと注意が向いただけだった。
どちらも中年の、男性一人と女性一人だったと思う。その一組だけだった。
レジにいた店員さんが声をかけた。
「三名様ですか?」
「二人です」
「失礼しました。お煙草はお吸いになられますか?」
たしか、そんな声が聞こえた。
その時は、店員さんが後から来た別グループを見間違えたのだと思った。振り向いて見た時には一組だけだったけど、別にその後誰が来たかとか見てなかったし、気にもしなかった。
注文したパスタが届いて、ニコニコで頬張っていたら、少しだけ妙なことに気がついた。妹と母が目を泳がせて、気もそぞろな様子。
なんかあったかな?と思って振り返るけど、別に変わったこともない。
ただ、店員さん同士の会話がちょっと耳に入った。
「三つやんな?水余った」
さっきのご夫婦かな?と思った。まあ、そもそもご夫婦かどうかも知らんけど。
ご飯を食べ終わって店を出て、するといきなり、妹が私の腕を引っ張った。
「今のおかしかったって!おかしいねん!」
母がしきりに頷いている。何がおかしいのか、私には全く分からない。
妹と母の話はこうだった。
二人とも初めから妙だな、と思ったそうだ。
壁を背にした母と妹の席からは、縦列に並んだ客席も、出っ張りにあった出入り口のレジもよく見えた。
店に一組の中年男女が入ってきた。
女性の店員さんが出迎える。
「三名様ですか?」
「二名です」
「失礼しました。煙草はお吸いになられますか?」
「吸わないです」
そう言って二人は、私たちが座るテーブルから1席挟んだところに案内されたという。
しばらくして、二人の座っていたテーブルに一人の女性がやってきた。
奥詰めて座っていた二人の横に腰を落ち着ける。その女性は、母たちは向かい合う形だったらしい。
ああ、ツレが遅れて来たんだな。とその時は思った。
私たちとその三人とは、ひとテーブル挟んでいるため、間にいるお客さんの動きによっては、よく見えないことがある。
それで、ふと人影で視界が遮られた後に、女性の姿がなくなっていた。
お手洗いで席を立つこともあるので、その時はあまり気にしていなかった。
その席に、男性の店員がお冷を持ってやってきた。3つ。
二人の前にお冷を置いて、残った一つを置こうとして断られたようだった。
お冷を持っていった男性店員はキッチンへの戻り際に、すれ違った男性店員に問いかけていた。
「三つやんな?水余った」
問われた男性店員は「んー?」と首を捻って、そのまま足早に立ち去ったらしい。
視線を戻すと、さっきまでいなかった女性が席に戻ってきていた。
母は三人いるけどなぁ……と不思議に思ったそうだ。席に戻った女性は、楽しそうに二人に話しかけていた。
テーブルに水はない。
女性は一生懸命、二人に向かって話をしている。
でも二人は言葉少なげで、寡黙にパスタを口に運んでいる。背中を向けている方はわからないが、向かい合っている方がおとなしくフォークを口に運んでいるので、少なくとも会話が弾んでいるようには見えなかった。
その女性だけが一人、大口を開けて、楽しそうに、一生懸命喋っていた。
私たちが店を出るまで、女性は話し続けていたらしい。
会話内容は聞こえなかった。
「お姉ちゃん気づかへんかったん?!」と問い詰められてようやく、私は漏れ聞こえていた店員さんたちの奇妙なやりとりを思い出すことになる。
だからなのか、どうしても記憶があやふやで、上手に思い出すことができない。
上手に怖く思い出せないので、あまり人に話したこともない。
だからゆっくりと忘れていくだろうと思っている。
おわり
暮れのご挨拶
奇妙なことが相次いだ時期が確かにあって、気持ち悪いな……変だな……という気色悪さだけはあるけれど、どうにも喋る気にならなかったやつです。喋らなければ忘れてしまうので、良い機会と思って文字に起こしてみた。付き合いの長いフォロワーさんだと、ちょいちょい呟いてたのを知ってるかもです。
2022年も良い年でありますように、という思いを込めて。
本年は大変お世話になりました。
来年もよろしくお願いします。