何回見ても推しが死ぬ〜ボロミアを添えて〜

ロード・オブ・ザ・リング「旅の仲間」「二つの塔」のIMAX上映を見てきた。

私が指輪物語に出会ったのは小学生の頃で、おそらく「王の帰還」のロードショーを記念してテレビで放送されたであろう「旅の仲間」を見たのがきっかけだった。
トールキンの描く世界に夢中になった私は、そのまま「二つの塔」を履修し、「王の帰還」を見に映画館へ走った記憶がある。

そういうわけで、恥ずかしながら私にとっての指輪物語の始点はピーター・ジャクソン版映画「ロード・オブ・ザ・リング」なのである。そのぶん思い入れもひとしお。

今回初めて映画館で「旅の仲間」そして「二つの塔」を見ることができて「当時も映画館で見てみたかったなー!!!映画の流れと同じ時間を過ごしたかったー!!!」って思いが強まったと同時に、20年後の今、劇場放映版を劇場で再び見る機会を得たことに対して、とても嬉しい気持ちでいっぱいだ。

特に「旅の仲間」は絶対見なきゃ!って思ってた。
なぜか?
推しが死ぬからである。

分かる人は分かってると思うし、誰が好きなのかな?って推測ってくれた人は答えを聞いて一緒に頭を抱えてほしい。

私はボロミアが好きだ。


ロードオブザリングのあらすじ

「ロード・オブ・ザ・リング」を知らない人に、物語の概要とボロミアという人について簡単に説明したい。

主人公のフロドは、いたずら好きで純真なホビットという種族で、愛すべき友人や従兄弟たちに囲まれて平穏に暮らしていた。しかし、とあるきっかけで、この世界の命運を握る「一つの指輪」を破壊するという使命を負う。
この「一つの指輪」、元の持ち主である冥王サウロンのところにすごく帰りたがっており、迎えを呼ぼう呼ぼうとする。しかも、心の弱い者を誘惑して、サウロンのところへ持って来させようとかもする。それで、サウロンが指輪を持ってしまうと、この世界「中つ国」が滅ぶ。
さらに、破壊するためには「一つの指輪」が生まれた所「滅びの火口」まで行かないとダメなんだけれど、まさにその真上くらいにサウロンがいる。
でも壊す以外に道はないぞ!ということで、この世界に棲まう主な種族「人間」「エルフ」「ドワーフ」から有志が立ち上がり、フロドたちを「滅びの火口」まで連れていくための「旅の仲間」を結成するのだった。中つ国の運命やいかに!

有識者から見れば粗さが目立つあらすじだと思うけれど、ご勘弁いただきたい。

それで、その「旅の仲間」として立ち上がった人間の一人、それが私の大好きなボロミアなのである。


ボロミアという人

ボロミアは人の国「ゴンドール」の執政の長男で、強い正義感と深い愛情を持った、勝ち気で素敵な人である。

ゴンドールは立地上、サウロン軍との戦いの矢面に立たされていて、マジでガチ目に戦闘で疲弊しているので、ボロミアはその国の責任ある立場として「一つの指輪」を人の勝利のために利用したいと思ってしまった。

その「指輪を利用したいから欲しい」という気持ちが、一つの指輪の誘惑そのものなのである。誘惑しにくいホビットから誘惑しやすい者の手に移りつつ、ゆくゆくはサウロンのところに戻りたい指輪は、とにかく周囲の者を魅了しまくる。ボロミアは彼が強く抱いている「ゴンドールと臣民を守りたい」という気持ちを利用されて、フロドから指輪を奪おうとする。

しかし途中で我に返り、彼は彼らしさを取り戻す。そして、まるで罪滅ぼしをするかのように「旅の仲間」の窮地を救い、ついには壮絶な死を遂げる。

彼は死に際、己の弱さを恥いるように、何度も何度もフロドへ言葉を送る。指輪の誘惑に負けてしまった、彼から指輪を奪おうとした。その懺悔を受け取るのは、旅の仲間の一員でもあり、彼の王であるアラゴルン。

ゴンドールには長い間、王がいない。そしてボロミアは、その王が戻らない都の留守を守る執政の長男。

ロード・オブ・ザ・リングのもう一人の主人公の名前はアラゴルン。アラゴルンはゴンドール王の子孫である。

アラゴルンはかつて、自分の祖先が指輪の誘惑に負けたことを知っていて、その弱さが己の内にもあることを恐れ、人を率いる資質を否定している。正当な血統にもかかわらず、自分がゴンドール王となること恐れている。

一方でボロミアは、そんな「自分の都合」で国に戻らない「不在の王」の留守を守り続けてきた執権の家系。しかも長男。さらに前線で剣を振るう大将。最初アラゴルンが王の血統だと知った時はマジで「はぁ?」って感じなのだが、共に旅をする間に、ボロミアはアラゴルンを己の王として認め、望み始める。

共にゴンドールに帰り、あの白い城門をくぐろう。道中そんな夢をボロミアが語るも、当のアラゴルンには迷いがあった。それが、ボロミアの死の間際になってようやく言う。「我らの民」「我らの民は私が守る」

その言葉を聞いたボロミアは、幾度か「我らの民」と反芻し、最期には微笑みながら

「あなたについて行きたかった」「我が王」

そう言い残して、息を引き取る。


推しが死ぬ

何回見てもボロミアが死ぬ。

もうマジで、何十回と見返しても必ず最後にボロミアが死ぬ。

My brother...My captain...My king...つって死ぬ。そこで涙腺がぶわぁってなって、しばらく中つ国から帰って来られない。

まあでも、子供の頃は「好きなキャラクターが死んでしまった……」という喪失感に沈んだものだけれど、大人になるとちょっと「ボロミアが誘惑に弱くても仕方なくない!?」と若干キレてる。

ボロミアはね!これまでゴンドールの命運背負って前線で戦ってて、「旅の仲間」の中で唯一サウロン軍とガチ当たりしてて、疲弊していく祖国と臣民をなんとかして守らねばっていう強い責任感を抱きつつ、民を思いやる愛情を兼ね備えた勇敢な人なの!!!

戦闘中にガンダルフが落ちた後、助けに走ろうとしたフロドを咄嗟に制止する判断ができるような冷酷さも備えてるのに、危険を脱したらホビットたちの心情を思いやって「少しは休ませてやれ」ってアラゴルンに進言できる人。

とても人らしくて、優しくて強くて、だから弱い。それがボロミア。

何度かは、彼が勇敢に戦っているシーンでテレビの画面を決してしまえば、その後訪れる死は観測されないままで、彼は永遠に生き続けるのではないか?と思ってブチ切りしてみたこともあるけれど、二部「二つの塔」でボロミアの弟が「兄は死んだ」って無情な現実を突きつけてくる。

フロドと一緒に「ボロミアが……!?何故?どうして?」ってなる。


あまりにも虚しいので、ボロミアが生きていたらどんな未来だったかなぁって考える。

ガンダルフがセオデン王に迫る時に周りの敵を排除していくシーン、どんな風に見切れてどんな風に素手で戦うのかなぁとか。

ヘルム峡谷の籠城戦で、アラゴルンと一緒に兵を鼓舞し続けただろうなぁとか。

アイゼンガルドぶっ潰したメリーとピピンの戦果を目の当たりにしたら、きっと手を叩いて喜んで、息子を褒めるみたいに撫でくり回したかもなぁとか。

ファラミアとの再会のシーンが見たかったなぁとか。

ゴンドールにたどり着いた時も、イキイキと胸を張って城門を潜って「王が帰った!」って叫ぶんやろうなぁとか。

デネソール公が頑なに突っぱねても、ボロミアとは親子喧嘩にしかならへんなとか。

アラゴルンが戴冠した後に、執政として彼を支えるボロミアが見たかったとか。


とにかくそんな、あり得ない未来の話をたくさん考えて、それで彼がもう死んでしまったことを強く感じてしまう。彼にはもう未来がない。永遠に失われたあり得ない記憶。それ故に、推しの死は美しい。

存在しないからこそ、ボロミアの未来は美しくて輝かしい。

ミロのヴィーナスだ。

失われてしまった両腕は、存在しないからこそ一層美しい。死んでしまった推しは、死んでしまったからこそ輝かしく、愛おしいのだ。儚さの先に広がる美しさ。

推しが死ぬ。

だから私は、推しの死を劇場の大画面で見なければならぬ。情に厚く、正義感に溢れ、面倒見が良くて、意外にデレが激しくて笑顔が可愛いボロミアが見せた生の刹那と、一呼吸の間に突如として姿を消した彼の儚い未来、そして永劫の死。

その全てをまざまざと目に焼き付けなければならない。


スクリーンで推しが死んだ。酷く美しい光景だった。



ちなみに「二つの塔」では物心ついた時からハルディアが好き。

もはや好きなキャラが死ぬのか、死ぬキャラが好きなのか分からんくなってきた。





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