【物語】アリスの3.11 10年前に思いを馳せる #それぞれの10年
2021年3月11日。
その日アリスはバスに揺られていた。
車窓の緑をじっと見つめ、「この緑が途切れたとき、懐かしい風景が目に飛び込んでくるはずだったのに。」と、何度となく過ぎるその思いが、その日はさらに強く脳裏に浮かんで消えなかった。
アリスはあの未曾有の震災のとき、仙台市中心部のMビルの1階で、同僚と2人遅いランチを摂っていた。
オフィスのある向かいのSビルは、数年前まで仙台で一番背たかのっぽビルと有名だったが、次々とできる新しいビルにとっくに身長も越され、最上階で景色を眺めながら食べるランチが大賑わいしていたころの名残はなく、最上階で最上級なランチなんて呼び込みもとんと見られなくなった。
一方できたばかりの向かいのMビルは、WTホテルが併設されたオフィスビル。ホテルと反対側にはレストランやハンバーガーショップなど、老若男女、誰でも集いやすいよう多種多様なお店が並ぶ複合施設となっていた。
遅くなったのでゆっくりランチを摂ろうと、
いつメンとも言えるYさんと2人、向かいのMビル1Fの美味しいイタリアンのお店へ向かった。
バルバレスコは、コーヒーも美味しいしマルゲリータも、何よりふんわりのパンケーキがめっちゃ美味い。
「娘と一緒に食べたパンケーキの味はほんとに忘れられない。」
と、思いを馳せながら
「今日も残業になりそうだし、パンケーキじゃなくしっかり食べておこう」
この日はランチメニューのパスタに決めて、さっそくコーヒーとパスタをオーダーした。
「あー。このひとときがたまんない」と一口めのホッとする瞬間を楽しんでいると、
地鳴り?ん?
カタカタカタカタ
ん?揺れてる?
わっ!!また地震か・・・・?
少し待てばおさまるでしょ。
ゴゴゴゴゴゴ
え?なんかいつもとちょっと違うね・・・・
わわ、大きい? やば。。。
(まだ一口しか食べてないやん)
「すみません、お客様、いったん外に出ていただけますか」
お店のスタッフが慌てて声をかけてきます。
同僚も真剣な顔になってきて、仕方なく外に出ます。
オフィスが入った向かいのSビルからはなにやら不気味な静けさといった雰囲気が伝わってきて、嫌な感じが伝わります。
あ、少し落ち着いたね。
私もう少し食べてくるね。
コーヒー、コーヒー。
コーヒーを飲んで少し落ち着こう。
そしてパスタ〜♫
ひとくち口にしましたが、最初の一口目とは違ってあまり味がしませんでした。
そしてまだ、揺れは続いています。
一緒に中に戻った同僚が
「アリスさん、ちょ、ちょっと。。。まだ食べるんすか」
「うん、だってここのパスタめっちゃ美味しいし、コーヒーもほぼ飲んでないもん。」
「お客様、お願いします!外に出てください。ビルの中は危険です」
え?ビルの中って危険なの?新しいのに?
それにしても長い地震だね。
そうだよね、いつもと違うね。
あれ、全然おさまんないね。
わ、ほんとにやばいのか?
え?
やっぱり外出よう。
再び外に出ると、隣のローソンが入った古いビルが60度まで倒れてるかと思うほど左右に揺れてる。
わわ、やばいねこれ
何かが割れる音が聞こえるけど、不思議と慌てる声は聞こえず
不気味な地鳴りの音がずっと続いてるのがいつもと違う。
ずいぶんと長い。。。。。。。
うちの娘たち、今日の予定どうだったかな。
わ、三女は自宅にいる日。8階はかなり揺れてるはず。大丈夫だろうか。
少しすると向かいのオフィスから喧騒のイメージが伝わってきた。
「アリスさん、戻りますか?」
「いや、今戻ってもでしょ。ここで少し様子みましょう。」
これはほんとにやばい。
なになに、いったいなんなの。
ここまで一気に思い出したアリスですが、バスが大きなカーブに差し掛かり、大きく揺らされるとともに回想の質がチェンジしました。
あの後は雪が降ってきてますます不気味な思いだった。
もう2度と子供たちと会えないのではないかとメチャクチャ不安な思いで避難所を探し回ったっけ。
8階の我が家は文字通り部屋ごとひっくり返されていて、片付けが一苦労だったけど、みんな無事で、避難所で娘2人と会えたときの感動は2度と忘れない。
絶対何があろうと、この子たちを守らないと。
そうだ、シングルマザーになった初日の夜、
「やっと安心して眠れる〜〜〜〜」
開放感とともに、この子たちを私は守っていくんだと強く思ったあの日と全く同じ思いだったことに、バスに揺られながら今さら気づいた。
あれから10年、たくさんの出来事が起こりたくさんの感情が動き、もちろん自分も歳を重ねたけれど子どもたちは大きく成長してくれた。
それもこれも周りの人たちの援助があってこそだし、なによりご先祖さまが見守ってくださったな。
ありがたきだ。
スマホの写真を開けば、そこには孫たちの可愛らしい写真でいっぱいの画面が広がる。
周りがどんなに変化してしまおうと、自分を持った人間に育ち、愛する家族と一緒に幸せに暮らす娘たちに思いを馳せ、
大変な10年だったけど、頑張った結果がいまあるんだな。
いつもにも増してそう合点したアリスは、今にも緑が途切れそうな車窓を見続けるのでした。
こちらの企画に参加しています。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございます! これからもていねいに描きますのでまた遊びに来てくださいね。