【物語】アリス、苗字変更に向けて始動。後編
(この物語はフィクションです。)
<前回のあらすじ>
アリスは離婚するとき婚姻当時の苗字で新戸籍を作りました。当時思春期だった娘が「苗字が変わるのはいやだ」と言うからです。中学生だった自分を思い起こせば想像するのは簡単で、二つ返事で新戸籍を作成しました。
当時戸籍課のかかりの人には「次に結婚するときしか苗字を変えられませんがいいですね?」を念を押されたのが頭にこびりついています。
「結婚したら変えられるのね」と単純に置き換えたアリスでしたが、実際にはそろそろ苗字を変えてもいいと思っても、タイミング良く結婚してくれる人を探すのが至難の技だということを身に染みて感じてるのでした。
そして時代が変わり、「生活に支障があるなら変えることはできる」という情報をゲットします。
なにかにつけ、思いも寄らないことを提言してくる母親をうまいこと説得できるのか。前回帰省したときチョビ出しをしてきたけれど。。。
この島を眼下にすると同時に
「あと30分。。。さて、今日はどんな順番にしようか」
頭の中の組み立てがうまくいかない時は「ご先祖さま頼り」ときめてるアリスです。
ふと思い立ちました。
「呼ぶとすぐ車を出してくれる先輩。。。。」
空港に降り立つまでの30分、メールでおおよその状況を把握してくれた先輩はさっそく車で迎えてくれました。
いつもなら事前に弟か父にお迎えを頼むのですが、今回はノープランです。
急に駆り出された先輩ですが、いつもの笑顔で高校生の頃よく連れて行ってくれた波止場へ向かってくれました。
先輩が話を聞いてくれるときはざっくばらんに、飾らずまんまの自分を話せます。メールでだいたい伝えてはいたものの、車の助手席に座ると同時に挨拶もそこそこに話し続けました。
そもそも離婚するとき苗字をどうしようか悩んだこと。
名乗りたい苗字が実はなかったこと。
苗字はなんでもいいと思っていること。
ほんとうは婚姻当時の名前だけは名乗りたくなかったこと。
でも子どもの気持ちを優先したこと。
その子どもは全員嫁にいったこと。
つまり自分だけが婚姻当時の苗字を名乗り続けるのはおかしい。
いや、名乗りたくない。
でも実は愛着がないと言えば嘘になること。
話しているうちに本当はどうしたいのかやっぱりわからないのかもしれないとアリスの心は揺れてきます。
それはそうです。いやだろうとなんだろうと長年、もはや旧姓を名乗っていた時間をゆうに超えているのですから。
苦労が多かった苗字ではあるけれど、楽しいことや嬉しいこともたくさんあって、だからこそ頑張った自分を褒めたくなったり認めたり愛でたり。いろんな想いがたくさんくっついています。
そんな想いに照準を合わせて無口になったころちょうど潮の香りが強くなり、同時に懐かしい想いが胸に湧いてきました。
「着いたぞ」
先輩が窓を全開にしました。
「わあ〜〜!この香り。懐かしいーーー!!」
さっそくドアを開けて外に飛び出します。
「あ、猫だ!!」
「うちのとそっくりだよー、あれ、先輩のうちにも猫いましたよね?」
振り返ると先輩もニコニコして近づいてきます。
「ああ、うちはもう2代目だよ。ちゃんと後継を遺してくれた。」
なつっこいその猫は2人に触られ放題。
「手入れされてるから野良じゃないな。」
猫と戯れながら地元の懐かしい人たちのうわさ話を聞き、すっかり童心に返ったころ
「アリスはさ、結婚する時ものすごく大好きになったじゃん。この人と結ばれるために生まれてきたんだって勢いだったし、なんなら向こうのお母さんとお父さんの方がアリスの気持ちを良くわかってくれるって。」
「うんうん。そうだった」
「だろ。向こうのお母さんはメッチャ器用だしお料理も上手でたくさん教えてもらえるけどそんなにできないや、ってブツクサいいながら嬉しそうだったぞ。」
「うん、確かに。この私が、いろんなこと言われて”うざっ”とか”言われたくない”とか全く思わなかったんだよね。」
「そうだよ。俺もそれが不思議で、そうなんだなーって思ってた。つまり結婚したときアリスは向こうのおうちの娘になったんだよな。旦那と結婚した、妻になったというよりむこうの家に嫁に行ったんじゃないかな。」
「うーん。そうか。そうかもしれない。」
「むこうのおうちの人になったし、娘の希望で向こうの苗字を使ってたんだから、旦那と離婚してそこは縁が切れても、娘がそこにいるうちはまだむこうの家の娘という立場にいたんじゃないのかな。」
「うん、うん。」
「そして今、娘たちはアリスのところから飛びったったと同時に向こうの家からも飛び立った。だからもう「大手」を降ってこっちに戻ってきていいよ、ってアリスの実家のご先祖さまが呼んでくれてるんじゃないか?」
「。。。。」
「アリスのご先祖はアリスのお父さんのお父さんとお母さん、そのまたお父さんとお母さんと続く。そしてもう一方はアリスのお母さんのお父さんとお母さん、そのまたお父さんとお母さんと続く。」
「うん。」
「アリスの娘たちはと言えば、アリスのご先祖さまが片一方で、もう片一方は向こうのおうちのご先祖さまだ。」
「うん。
「アリスのご先祖さまと向こうのご先祖は交わらない。」
「。。。。」
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「アリスのご先祖さまも喜んでると思うよ。こうやって動き出したこと。」
ふっと、軽くなった。
合点がいった。腹落ちした。
「そうか!そうだね!!」
笑顔が戻ったアリスの顔を見下ろす先輩も満面の笑顔で
「よし!さあ送っていくぞ!!」
と車の運転席に向かった。
助手席のシートにゆったり体をまかせ、「そうか、そうだよ。ご先祖さまも喜んでくれてるんだな。」と安心するアリスでした。
この物語の前編はこちらでご覧いただけます。
そしてそよかぜさんの企画に参加しています。