【アリスの物語】過去と和解した記念日
苗字変更にむけて動き出したアリスは、まず地元の役所に向かうことにしました。
予め裁判所のサイトで調べたところ、生まれて親の戸籍に入ったあと結婚して苗字が変わり、その後新戸籍を作ったことがわかる謄本を用意する必要があるというのです。
新しい戸籍の本籍地は実家の住所にしていました。
先輩に実家まで送り届けてもらうと、母がびっくりまなこで迎えてくれます。
「あら、帰ってくるって言ってたっけ?」
「今日は連絡してなかったよ。そろそろ苗字戻そうかと思ってね。」
「うん、うん。いつまでそんな苗字使ってるんだって、この前もここで話してたとこだった。さっさと変えたらいいよ。」
あれ?なになに、ご先祖さまってばこんな仕掛けまでしてくれたん?夜な夜な夢まくらに立って唱え続けてくれたとか。とにかく説得や説明が省けてよかった。
「これから役所に行って謄本もらってこようと思うんだよね」
「んじゃ一緒に行くから」
思ってもいなかった返事に戸惑うも、矛先が変わらぬよう、そっと母に言葉を合わせます。
「そうなのね。んじゃ行こう行こう。今日はトンボ帰りのつもりだから時間ないんよ。」
「忙しいね。はいはい、んじゃ急ごう」
あまりにとんとん拍子に進み、肩透かしを食った格好ですが、それもこれもご先祖さまの仕業かと、妙に納得するアリスです。
役所の窓口で事情を説明すると、アリスの実家は一度引越してるので、以前の住所地、隣町の役場にも出向かないといけないと言われます。
隣町なので急げば間に合う時間です。
街の役所と違って混んでることもないだろうと、そのまま向かいます。行く時はすんなり役場まで案内してくれた母ですが、帰りは案の定以前住んでいた家を観たいと言い出します。
アリスは生まれてから高校卒業まで育ったその家を観るのは好きではありません。家族がなんの心配もなく過ごし、自信と信頼と幸せの象徴のような屋敷。今は当時の面影なく、あんなにピカピカしていた立派な自宅は、主人を無くして古びて打ち捨てられ、鬱蒼とした木々に囲まれています。綺麗に整えていた庭園、芝生、めぼしいものはみんな持っていかれてるんです。
ちょうど屋敷をぐるっと回るように道路ができているため、屋敷の後ろ側から道を進むと表側にでます。
ハンドルをにぎるアリスは横目でチラ見します。その朽ち果てた姿が悲しすぎて、、、無理やり運転に集中しようとするものの、
笑顔ばかりの家族の顔や豪勢な応接セット、いつもお歳暮やお中元が処理しきれず山盛りになる進物。2階の自分が使っていた部屋はどんなだったっけ?、これが走馬灯のようにっていうことなのかな?
思いを振り払おうと頑張っているところへ母が話しかけてきました。
「あの時はほんとにねえーー。あの晩のことは忘れられない。この道はぐるっと理事たちの車でいっぱいになったんだよ。なんと、、みんな来てたっけ。昨日まで笑顔を振りまいてた理事たちがみんなつぎつぎ集まってきた。何台かわかんないけどずーーーっといっぱいになったんだよ。」
「え?なにそれ?いつのこと?なんで?」
「あの新聞に載った日かなー。夜逃げされるんじゃないかってみんな次々来たんだよ。」
「ん?そうだったの?」
「あんたはもううちを離れてたからね。電話がひっきりなしに鳴るから電話線を抜いて。確かあんたが何度も電話したけど繋がんなかったって、誰かから聞いたけど。それどころでもなくてね」
あー、そんなこともあったか。。かなた昔の、脳味噌の奥底に少し断片が残ってる。そんなことになってたって。聞いたけど、聴きたくないから右から左に流したのかもしれないな
それじゃあ母親だって逃げ出したくもなる。それなのに家族を置いて逃げたって責めたり軽蔑してた私。恥ずかしいわー。わだかまりは溶けたとはいえ、親のことをちっともわかってない娘だったね。。。
「そうかそうか、その時弟はどうしてた?」
アリスは自分の申し訳ない気持ちや恥ずかしい気持ち、このまんまじゃ感情がいっぱいになってしまう。そりゃ困ると急いで心に蓋をして聞きました。
「そりゃ家の中で。ぜーんぶ真っ暗にして鍵かけて。そっと外を伺ったりしてね」
まずいまずい。そんなこと言われたら想像しちゃうじゃん。目に浮かぶじゃん。困るよ。
ありがたいことに田んぼ道はすれ違う車もなくスイスイ進み、鬱蒼とした屋敷は豆粒ほどにも見えないところまで来ていました。
「あら〜、こんなとこに花が咲いてるよ〜。これなんていう花?」
母親は山野草や路端の花が好きで、珍しい花を見つけたら株分けするようにいただいて、自分で世話をして増やしています。
「え?どれどれ!」
「ほらほら、これ!右側!!見える?」
「あら。さっぱり見えないよ」
「残念だったね〜。最近は花はどうなの?」
株を増やしたあとは、また株分けして道の駅で売ったり、欲しい人にあげるのが楽しみな母は、話題が自分の得意なことに変わったので嬉しそうに報告をはじめました。
ほっと胸を撫で下ろしたアリスは家路を急ぎます。最終の飛行機に飛び乗るためまっすぐ飛行場へと方向を変え、なんとかギリギリ間に合いました。
シートに腰をおろすと大きく深呼吸をし
「できた!」と思わず声にだしていました。
それにしても今日はなんて日だろう。アリスは思います。
ノープランで出かけてきたのに、先輩に背中を押され、ご先祖さまが導いてくれたんだろうってことが次々起こった。
最後に母親が見せてくれた大切な思い出。
あの家は元旦那も重なる。大反対されたのもあそこの家だった。なんとか許してもらって、庭でゴルフのパターで遊んだり子どもたちとバトミントンもしたっけな。長女も次女もうんと可愛がってもらった。父も祖母も母もみんなが大事に私の子どもたちを愛してくれた。気が利かない私の先回りをして随分助けてもらった。子どもの気持ちを育てるのは難しい。たくさんの大人たちの中で、いろんな性格の人から声をかけられ、なんだかなーと思いながらもあったかいものを受け取っていたはずだ。
アリスはいろんなことを思い出しました。
目の奥が熱くなってきたので、いつもの癖でそのことにはシャッターを閉めます。
「そうだ謄本。謄本。どんなかな。」
バックから取り出してみたアリスは、目を疑いました。
そこには離婚の届出と新戸籍を作成した日が記入されていました。
平成17年6月30日
ちょうど16年前の今日でした。
アリスの物語はたまに物語の形で書いています。
過去を投影してみたり、まったく違っていたりいろいろです。
前回の物語の続きになっていますが、これだけ単体でも読めると思います。
前回の物語はこちらです。
ことばの森図書館のそうさくしゅうかい所に収納する作品ですが、
基準を決めるか、決めないかチョー悩ましいところです。
推薦されたものは有料記事以外は、よほどのことがなければ追加します。
だって誰かの心を動かして行動させてるからです。
ことばの森図書館のそうさくしゅうかい所マガジンへの追加希望は随時募集してます。
こちらのコメント欄にご記入下さるととてもうれしいです。
こちらのサークルに参加しています。
今月のお題は「記念日」でした。
6月30日に合わせての投稿となります。
>サークルのみなさん、またまた最終日ですがよろしくお願いします。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございます! これからもていねいに描きますのでまた遊びに来てくださいね。