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吾輩ハ青弐才デアル

※ こちらの内容は、ウェブサイト(現在は閉鎖)にて2016年~2019年に掲載したものを再投稿しています。内容等、現在とは異なる部分があります。ご了承ください。


今日は店名について。

店名や会社名がカタカナ表記のところはきっと同様の経験が多いのでは、と思うことの一つに郵便物など宛名の誤字がある。
これが本当に多い。
うちの場合だと、ラ・プチメックやレ・プチメック(「ラ」は女性名詞。「レ」だと複数形)
最も多いのが「ル・プチネック」

惜しい・・・

「ラ・プチネック」に至っては、もう完全に別もの。

正しくは、ル・プチメック(le petitmec)

よく店名の意味をお客様から訊かれることがあるけれど、おそらく正確な日本語訳はない(多分)。
「mec (ヤツ 男性に対して)」という俗語、いわゆるスラングが付いているのでニュアンスとしては『このガキ』が近いと思う。

なぜ、こんな店名にしたのか?

ぼくが今の業界を志したのは、特に料理をやりたかった訳でもパンをやりたかった訳でもなく、ただ店をやりたかったから。
そんなぼくは、10代後半から料理やパンに限らず店に携わるいろんなものに意識が向いた。テーブルや椅子をはじめ、壁や床の色、素材、ドアノブ、看板、トイレ、カウンター・・・そして店名。

ぼくの憧れたフランス系の食べもの屋さんの店名といえば、その多くがフランスの地名を付けたものやChez(シェ)◯◯といったオーナーシェフの名前が付いたもの、あるいは店名のどこかにBon(ボン=良い)、Or(オールゥ=金、黄金)、Grande(グラン=大きい、偉大な、広い)といった単語の入ったものが多かった。
まだない自分の店を想像しながら、ぼくはそれをどう思っていたか。

フランスの地名・・・少ししか住んでいない地名や行ったこともない地名を付けて質問をされたらきっとボロが出るからやめよう。

Chez◯◯(◯◯さんの家、店)・・・自分の名前を付けると店に自分がいないといけない気がするし、将来的に多店舗化しにくくなるからやめよう。

Bon、Or、Grandeなどの単語・・・そこまでの自信もなければ、才能や実力もないからやめておこう。

そして、もう一つ・・・こういった店名では笑えないな

今から20年前、ぼくはフランスのレストランで料理の勉強をしていた。
ランチ営業が終わり休憩時間が取れる日には、近所のカフェへフランス語の辞書3冊とノートを持参し、必ずというほどやっていたことがある。
この時点では近い将来レストランをするのか、あるいはパン屋さんをするのかさえまだ決めていなかったけれど、店をすることだけは決めていたぼくはずっと店名を考えていた。
思いつく限りの自虐的、自嘲的な言葉や単語をノートに書き出し、今度はそれを辞書で調べてフランス語にしたものをまた書き出す。
「たいしたことない」「悪い」「申し訳ない」「未完成」「この程度」「未熟者」「青二才」・・・これがなかなか楽しい作業だった記憶がある。

こうしてできたノートを見ながら絞り込むけれど、ぼくがポイントとしていたのは次の5つ。

・長すぎないもの
・筆記体で表記した際、最初の文字が綺麗な形に見えるもの
・声に出して読んだときにポップな印象を受ける響きのもの(よって、濁音の入っていないもの)
・店名から日本語の意味を想像しづらいもの
・その意味がちょっと笑えそうなもの

こうして見つけたのが「le petitmec(ル・プチメック)/ 青二才」だった。

この店名なら必ず起こるであろう、お客様との会話を想像してみる。

「これ、何て読むの?」

「ル・プチメックです」

「どういう意味なの?」

「『このガキ』って感じです」

「・・・」

数年後、フランスのカフェで想像したそのままの会話が最初の店で何度も繰り返された。
オチで笑われる方、唖然として固まってしまう方、いろいろだったけれど、とにかく笑いながら店名を褒めてくださったのは、いつもフランス人のお客様だった。

店がまだまったく無名だった頃、芦屋のビゴさんが突然来店されたことがある。
その際にも真っ先に言われたのは、「この名前(店名)を付けたのは誰だ?おまえか?これは、おまえのことか!?そっか、良い名前だ。本当に良い名前だ」と笑いながらパン以上に店名を褒めていただいたのが嬉しかった。

そういえば先日、ぼくが新宿の店を出ようとすると店の前で若い外国人女性2人が随分と笑いながらカメラを構えられていて、その角度を考えると被写体は店の看板としか思えない。きっと彼女たちはフランス人、あるいはフランス語圏の方だったに違いない。
彼女たちが帰国後、家族や友人に日本の土産話をされた際、写真を見せながら「これ見て。東京に超アホな店名のパン屋があったの!」と笑ってくれていたなら90点。もしそこで「でも、このお店すごく美味しかった」とまで言ってもらえたなら、ぼくにとっては100点になる。

店名にちなんだ話をもう一つ。
開業したばかりの頃からの常連様に京都在住の小説家、蜷川泰司さんがおられる。
蜷川さんの著作の一つ『新たなる死』は、死をテーマに短編12作からなる作品集で第1作目の「コワッパ」の舞台は今出川の店であり、この作品の執筆もずっと今出川店のイートイン席でされていた。
タイトルを教えていただき、le petitmec を「コワッパ(小童)」と訳されたことを知ったときには、さすが言葉を扱われるプロフェッショナルだと唸らずにはいられなかった。もし店名を le petitmec にしていなかったら蜷川さんとの出会いもなかったかもしれないし、小説の舞台になるといった光栄なこともなかったに違いない。

昨年刊行された多屋澄礼さんの著書「京都おしゃれローカル・ガイド」で今出川店をご紹介いただき、そのページタイトルが『青二才という名のパン屋』だった(なんだかカッコいい)。
そして文末にはこう記述されている。

ちなみにル・プチメックはフランス語で「青二才」を意味する。辛辣で自虐的なところも実にフレンチである。

文字数など制限ある中で、どこの部分を切り取り表現してくださるのかが書き手のセンスだと思っているけれど、多屋さんの文末は書かれる側としてとても嬉しくシビれるものだった。
ただ、ぼくの場合はどちらかといえばこっちだと思う。

ちなみにル・プチメックはフランス語で「青二才」を意味する。辛辣で自虐的なところも実に関西人である。







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