ぼくらが旅(多店舗化)に出る理由
※ こちらの内容は、ウェブサイト(現在は閉鎖)にて2016年~2019年に掲載したものを再投稿しています。内容等、現在とは異なる部分があります。ご了承ください。
その昔、当時イケイケだったIT企業の社長がインタビューされているのをテレビで目にすることがあった。
次々と会社を買収し拡大していた彼にインタビュアーは、こう質問をした。
「なぜ、それほど早急に会社を拡大しようとするのか?」
彼の答えは、これ以上ないほどシンプルで明快だった。
「倒産リスクを下げるため」
見ていたぼくは「そりゃそうだ」と、とてもシンプルに共感を覚えた。
ぼくらのやっていることは IT企業のように急速に拡大するといった種類のものではないけれど、それでもぼくがそれを志向する理由と本質的には同じだった。
ぼくの場合、もともとあんな店もやりたい、こんな店もやりたいといった思いがあったので多店舗化へ向かうのは自然なことだったけれど、やっていくうちにこの社長と同じような理由になっていた。
あんな店もやりたい、こんな店もやってみたいと話をすると多くの人が「夢があって良いですね」「楽しそうですね」と共感してくださるけれど、「そのためにも稼がないといけない、利益を出さないといけない」といった話をしたり、”拡大” という言葉を使った途端、反応が一変することがある。
拡大というのは何も店舗数が増えたり面積が増えることだけでなく、一店舗一店主主義のお店や小さなお店であっても昨年より今年、今年より来年と売上や利益を伸ばすことだって拡大の1つに違いないのに、感情論が好きな人は思い込みや偏った見方をされる傾向にあるように思えてならない。
また多店舗化や移転拡大などに挑戦し失敗でもした日には、こういった人に限ってしたり顔で「手を広げるからだ」などと言われることがあるけれど、「手を広げたから失敗した」なんて単純な話なのであれば、世の中にある多店舗化されても上手くいっているお店や会社の説明がつかないことになる。
雑誌などで一店舗一店主主義を何度も公言されていながら、数年後には多店舗化へ方針転換をされたオーナーシェフが何人もおられる。
あるオーナーシェフがご自身のお店を始めたばかりの頃には、すでに多店舗化へ方針転換されていたシェフのことを批判的に話されていたのに、数年後にはその批判していたシェフご自身が2軒目をオープンされたという笑い話もあった。
一店舗一店主主義を公言までされていたシェフが多店舗化されるのには、それぞれいろんな理由や事情があったと推察する。またそのときには、それが必然なことと判断されたからこそ方針転換をされたのだと思うし、その根底にはぼくと同じような思いもあったのではないかと思えてならない。
多店舗化へ挑戦したものの、その後撤退を余儀なくされたり縮小されたシェフもおられるけれど、それは無責任に言われる「手を広げるからだ」といった単純な話でなく、複数店舗になっても1軒目でのやり方をそのまま踏襲されたり規模に合わせたやり方を整備できなかったことなどに原因があるのではないかと個人的には思う。
ぼくが東京へ店を出すことが決まったとき、わざわざ電話をいただき多くのアドバイスをしてくださったイタリアンのスターシェフがおられる。
そのとき、話の後半にこう話されたことを今でも鮮明に憶えている。
「西山くん、店を増やすと批判したり好き勝手なことを言う奴が必ず現れるけど、そんなもん気にしなくていいよ。そういう奴らには、『俺らはそこを通ってきた上で、ここまで来たんやわ』って言ってやればいい」
ぼくはこの手の批判をされようが本当に何とも思わないけれど、これほど著名なスターシェフでさえ多店舗化でかなり嫌な思いをされたんだなと思い至った。
そもそも「やらない」と「やれない」では、似て非なるものだしね。